人は自分の置かれた境遇に不満を持つことがありますね。たとえば仕事です。好きでやっている仕事でも不満に思うことはあります。私にしても、体調が悪い時はもちろん、生徒との相性も正直ありますし、仕方なくレッスンを行っている時もあります。勝手なもので、今日は何もしたくないと思う日だってあります。でも、生徒たちのことを思うと、さぼるわけにはいかない。それが正しい考えや人として正しい行いだからではなく、生徒の気持ちや意欲や期待をむげには出来ないと単純に思うからです。そう思えば、辛くても気が向かなくても、なんとかできます。一般に正しいか間違いかで人は判断しがちですが、私も含めて。でも本当はそれ以外のもっと本質的で大切なことがらで判断すべきであると常々自分自身を戒める努力をしています。それは一体なんなのだろう?とよーく考えてみるのは面白いかもしれません。作曲家はどんな動機で作品を書き続けたのでしょうか?そこには大きな意味で社会的意義を見出していたのかもしれません。人によってはもっと素朴で小さな小さな理由があったからかもしれません。苦しかったから。悲しかったから。嬉しかったから。お金が欲しかったから。人に褒められたかったから。世間をあっと言わせたかったから。考えてみればいろいろ思いつきますね。一つ言えるのは、どんな仕事も楽ではない、大変なことの向こうに、耐え忍んで頑張った向こうに達成感があります。特に若い人でこれを理解できて実践する人は少ないのかもしれません。たくさん間違えて痛い目にあって、やっとわかるようになるのかもしれません。私はふと思います。どんな仕事でも、誰かを幸せにしていると思うんです。そう思えば、何か府に落ちませんか?特に駆け出しの若い人がレッスンという仕事を始めると皆、戸惑うと思います。いうことを聞いてくれない子供に教えるために自分は苦労してピアノを勉強してきたのではないと思ったりします。だからと言って他の仕事もやる気にならないしという人は多いと思います。仕事をするにあたりモチベーションを維持することは大変ですよね。そのためには、今している仕事が誰かを幸せにしていると思うのはどうでしょう。それが誰かはわからないし、それがいまじゃないかもしれない。でもそう信じて、音大卒の新社会人の皆さんに頑張ってほしいですね。