あの演奏はショパンのようなベートーヴェンだ!とかベートーヴェンのようなショパンだ!まあ、どっちでもいいんですけど、よく人々が口にするセリフです。ベートーヴェンとショパンがひきあいに出されるということは、どちらも偉大で代表的な作曲家であるということだと思うんです。でありながら、演奏のアプローチとしては真逆の存在であり、とても遠い位置にいます。
そんなポピュラーな作曲家であっても、若手のピアニストに多く見受けられるのは、ちょっとした勘違いから来ているであろう演奏スタイルの誤解です。
ある意味では、どちらの作曲家も多くの作品が知れ渡っていて演奏も耳にタコができるほど誰の身体にも染み渡るほど聴いているはずです。
それでも、ボタンの掛け違いの如くにちょっとした誤解から、ショパンのようなベートーヴェンやベートーヴェンのようなショパンの演奏があります。しつこいですが、どっちでもいいんですけど。
でも、もしかしたら、頭を柔らかくして捉えた場合、どっちも本当はあってもいいのかもしれない。多くの人がボタンの掛け違いで演奏するようになって、それが市民権を得るかもしれません。
だって、あの偉大なホロヴィッツの弾くベートーヴェンは聴く人によってはショパンのようですねーと口にこそしなくても思う人もいると思うんです。実は私もその一人なんですけどね。 
何が正しくて間違いかは時代や場所や人によって、いかようにも変化するものです。
芸術って、そんな多様性を含んでいるから、普遍的でもあり、いつまでも末長く愛され続けられるのですね。
ちょっとした勘違いで思い出しました。留学時代、夏のザルツブルクの人混みをかけ分けるようにCHANELと大きく胸に書いてあるTシャツを着て闊歩していた友人がいました。でもよく見るとそこには大きくCHANNELと書いてありました!シャネルじゃなくてチャンネルです!気づいた瞬間から一緒に並んで歩けなくなりました。