《前編》 より

 

 

【日本人の “美意識” は頭で考えるものではない】
 その点、呉善花さんより日本滞在期間は20年ほど長いとはいえ、黄文雄さんは学者タイプの方なので、日本人の美意識を哲学的に考えて理解しようとしているから、呉善花さんのような日本文化の本質的理解者に成れていない。
黄 : ただね、お二人は美学だといわれますが、 ・・・(中略)・・・ 美の世界に入ると、私はまったく文盲みたいな、いや美盲ですかね、まるで理解できなくなってしまうんです。
 たしかに、美というのは道徳を超えるようなものかもしれませんが、何を持って美というのかは個人差が大きいんじゃないかと思うんです。 ・・・(中略)・・・ 。美が普遍性を持てるかどうかというのは、私にはちょっと疑問なんです。
呉 : 黄さんのいわれる普遍性というのは、理性をどこまでも高めていった先の最高の概念みたいなものですよね。ようするにそれは、個々人の経験を超越する観念であり、個々人の頭の上の方から超越的に全体を覆っていくものでしょう。唯一の神様みたいに。でもね、それとはまったく逆方向の普遍性というのがあると思うんですね。
 黄さんが言われる普遍性が頭の上に広がる普遍性だとすれば、それに対してお腹の底や足元のほうから広がる普遍性ですね。(p.141-142)

 日本語に 「かぐわし」 という言葉がありますね。元は 「かぐはし」 ですが、この 「くはし」 は 「細し」 とも 「美し」 とも書かれ、また 「微妙」 とか 「妙」 の漢字に 「くはし」 と訓がふられることもあったそうです。細やかであることをうつくしいことと感じていたのでしょうか。自然の細部にわたる感受性の強さが、そういう感覚を生んだと思います。(p.143)
 呉善花さんは上手に表現している。
 この書籍の中では、道徳をテーマとした第3章が一番おもしろかった。
 この章の最後に、中国と韓国の社会秩序に関わる犯罪や自殺のことが書かれている。日本人は日本がひどい状況になっていると思っているけれど、文革を経て開放経済になり拝金主義に毒されきっている中国や、IMF管理以降アメリカ型社会になってしまった韓国の倫理崩壊の状況は、日本をはるかに超えている。

 

 

【日本の人気】
黄 : 台湾では、いまや 「哈日族」(日本大好きな人々)の新時代に入り、高校生の第2外国語の日本語選修が90%、一番住みたい国、尊敬する国はアメリカを抜いて日本がトップになっている。(p.7)
 観光に行きたい外国のトップはずっとアメリカがトップだったんですが、月刊誌の調査によりますと、去年からは日本がトップになりました。(p.105-106)

呉 : 韓国にはお茶を飲む習慣が絶えてなくなっていたんですが、今では大変な日本茶ブームが起きています。 ・・・(中略)・・・ いろんな意味で、日本文化に触れることが、韓国では一種のステータスになっています。
 そういうことで、事実上の日本大好き族が韓国にはたくさんいるわけです。 ・・・(中略)・・・ 。個人的には韓国の若者たちは、みんな日本のサブカルチャーを楽しんでいますよ。(p.239-240)
 頭が固くて馬鹿でトロくて思いっきりドン臭い大人たちが政治的に邪魔をしているだけで、若者たちは相互に隣国のサブカルチャーを楽しんでいるはずである。
 台湾、中国に関しては、下記の本にも同じようなことが書かれていた。
   《参照》   『私の中のよき日本』 盧千恵 (草思社)
           【台湾人が尊敬する国:日本】
   《参照》   『日本の名前をください 北京放送の1000日』 青樹明子 (新潮社)
           【日本の名前をください】

 

 

【インスタントラーメン】
黄 : 日本の即席麺、インスタントラーメンは、実は台湾人が発明したものなんですね。 ・・・(中略)・・・ 。ルーツはどこかというと、台湾の中部地方に鶏糸麺というのがあって、これなんですね。(p.177)
 日清食品の創業者は安藤百福さん。台湾名は呉百福さんである。昔から百福という名前だけがやけに印象に残っていた。 鉢巻をした少年がラーメンを運ぶ 「出前一丁」 が車体広告として描かれたツーデッキ路面電車が走っている都市・香港のスーパーで、「百福」 という名前のインスタントラーメンを目にしたとき、メーカーを見たら日清食品じゃなくって中国メーカーだったから 「???」 となったことがある。調べたことはないけれど、台湾の親族にかかわる人が経営しているのかもしれない。

 

 

【腹いっぱいの幸せ】
黄 : 台湾に中国の観光客が入ってくると、台湾人の2,3倍は食べるんです。 ・・・(中略)・・・ 。
呉 : 腹八分がいいというのは、日本人だけのことでしょうね。韓国ではとにかく腹いっぱい食べるのが幸せなんです。腹八分の状態だと頭の働きもいいし、気分もいい、和歌を詠んだり抽象的な思考に頭を働かすこともできる。そういう余裕、これは文化ですね。これ以上はもうはいらないといった腹いっぱいの状態では、もう何もしたくないですから、文化なんて生まれませんね。中国も腹いっぱいでしょう?
石 : もちろんそうです。中国5千年の理想は腹いっぱい食うことでしたから。(p.203)
 重要なポイントなんだけど、なんか、おかしい。
 中国も韓国も一人前の量って、日本人の感覚では殆ど馬並み。そんな人々全員が腹いっぱい食べたがるんだから、そりゃあ世界が食糧危機になるわけです。
 多食と貧困はペアである。カロリーバランスのいい食品が手に入れば自ずと身体は多食を要求しなくなる。粗食を恥じ、食卓を豪華に飾りたがる人間ばかりであるならば、奥深い文化など生まれようもない。

 

 

【日本民族が永遠に守っていくべきもの】
石 : 日本民族が永遠に守っていくべきものは何かというと、日本文化の源流、原点に関わるものです。沢山ありますが、もし3つに限定するとしたら、一つは神道、一つは皇室、もう一つは個人的な思いも入っていますが禅の仏教というのが私の考えです。これらはすべて、日本人の美意識と美学に根本的な関係があるものです。
 たとえば、茶道に禅は深く関係しています。皇室はもとより日本の伝統文化を守っているコア的なものです。神道は日本精神の基本である清らかな心をもち抱えています。この3つのうち1つでもなくなったら、日本は確実に日本ではなくなると思います。(p.242)
 この選択に感心する。でも、石さんが選んだ 「3つの内容を認知し理解しているか?」 と個々人に問い判定したら、きっと、日本人じゃない日本人だらけになっちゃう。

 

 

【呉善花さんの夢】
 日本の悪いところなんて、世界のどこにも多かれ少なかれあるものですよ。韓国や中国はもちろん、他の国にはもっともっと悪いことが、いくらでもあるわけです。そんなところには、私はまったく興味がないんです。私が興味を持つのは、世界のどこにも見られない美点、美風といったもの、それが日本にはたくさんあるということです。にもかかわらず、そのことを自ら積極的に評価していこうとする日本人が少ないんです。(p.271)
 まったく。
 これまで西洋世界に対して、アジアといえば中国を課題にしたり、インドを課題にしたり、あるいはイスラム地域を課題にしたりすることが行われてきましたが、日本を課題として本格的な検討がなされたことは一度もありません。大きな夢ということでいえば、日本から世界の未来的な課題が引き出せる、それを引き出してやろうというのが私にはあるんです。残念ながら、あまりにも力不足で嫌になりますが、いつか必ず、日本というのが世界的な課題になるはずなんです。(p.271)
 日本人が語るべきことを、日本に帰化した呉善花さんが夢として語ってくれている。やむをえないところがある。日本で生まれ日本に育っている人は相対化して見ることが出来ないから日本の良さが解らないのである。
 そんな日本人は、呉善花さんの著作や黄文雄さんの著作を読んで学べばいい。私自身、お二方の多くの著作から学ばせてもらってきた。最初の出会いは、呉善花さんが 『ワサビと唐辛し』 、黄文雄さんが 『それでも日本だけが繁栄する』 だった。いずれも強く印象に残っている。
 石平さんのデビューは比較的最近だと思うので、私はかつて読んだことがないけれど、きっと中国に係わって日本人に貴重な示唆を与えてくれることだろう。
 
<了>