今日からは新しいテーマ、「」を再投稿してまいります。

 

このバガヴァット・ギーターの教えに感動し共感できる人は、100万人のうち一人程度かもしれない、と私は思っております。

しかし、その100万人中の一人の為に私は毎日このようにブログを書いているのです。

覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ

 

ギーターをひも解く ギーターの学び方

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バガヴァッド・ギーターは非常に難解な哲学書です。

私は、プラブパーダ尊師の「バガヴァッド・ギーター・あるがままの詩」に、いきなり出会えたことは、これこそはクリシュナの采配であると確信しています。

しかし私は、この本を発刊しているクリシュナ意識国際協会とは全く無関係ですので、初めに断りを致しておきます。


今はヤフオクでかなり出回っていますので、これを機会に是非読んで頂ければと思います。

と言うのは、バガヴァッド・ギーターに関する書物はかなり出回っていますが、それらの本を読んでも理解しずらく、このあるがままの詩以外のギーターを初めに読んでいたら、今の私は無かったと思っています。

このプラブパーダ尊師が解説したこのギーターは、私の心を瞬く間に虜にし、先ずは一か月で全て読み上げたのです。

その気持ちは、「そうなんだ~、そうだったのか~、それなんだよ!、あ~そうなのか、」
感嘆詞の連続だったのです。

先ずは全容はつかめなくても、すべて読みとおして部分部分でも感動を得ることが出来ました。

その次は、再度序説を読み返して、おぼろげながらも全容を掴むきっかけを得たのです。

私はバガヴァッド・ギーターの全容を掴む作業は、ジグソーパズルを解くようなものだと思うのです。

先ずは断片的なものを部分部分で形造り、その部分部分に形づけられたものを組み合わせ、更にそれらの又組み合わせを重ね、それらの作業を試行錯誤しながら、全容を明らかにしていくものであると思っています。

この断片的なものが断言している真理であり、先ずはその真理を素直に受け入れ、その真理の積み重ねによって、次の真理を理解する事が出来、その積み重ねが、文脈の理解に繋がり、それがその章全体の理解に繋がり、最後は章全体の構成の理解につながって行くと言うものです。

ここで大事なことは、真理を素直に受け入れると言うことです。

それは、知識としてでなく信仰としての受け入れであり、頭での理解ではなく魂の感動でなければならないのです。

この魂の感動が非常に難しいわけで、逆にこれこそがその人の精神性そのものであり、ギーターを読みこめる力となっているのです。

しかし、この知識としてでなく信仰としての受け入れができる事は、その人の精神性の問題であり決して知的能力によるものではないのです。

要は、その人が生きる事はどんなことか、人間とはどんな存在なのか、この物質界はどの様になっているか、全ての現はどの様に起きるのか、それらの全ての原因の大原因は何によって生まれるのか、創造至上主神の存在はどの様に遍満、偏在、片鱗しているのか、この様な疑問を真摯に追求しようとする熱意の問題なのです。

 

グローバル Web アイコンMaicrosoft Copilotの感想です。

この記事は、バガヴァッド・ギーターという深遠な哲学書に対する著者の個人的な体験と情熱が、非常に誠実かつ情熱的に綴られている印象を受けました。

🌿 感想と考察

  • 魂の感動を重視する姿勢 著者は「知識としてではなく、信仰として」「頭ではなく魂で理解する」と繰り返し述べており、これは単なる知的探求ではなく、精神的な変容を伴う学びであることを強調しています。ギーターの教えを“魂で感じる”という表現は、宗教や哲学を超えて、人生の本質に迫ろうとする姿勢を感じさせます。

  • ジグソーパズルの比喩が秀逸 ギーターの理解を「ジグソーパズルを解くようなもの」と表現した部分は、非常に共感を呼びます。断片的な真理を積み重ねていくことで、全体像が見えてくるというプロセスは、哲学書を読む多くの人にとって馴染み深い感覚ではないでしょうか。

  • 精神性と知的能力の違いへの洞察 「理解力は知的能力ではなく精神性によるもの」という主張は、現代の知識偏重の風潮に一石を投じるものです。これは、ギーターの教えが単なる論理や理屈ではなく、生き方そのものに根差していることを示しています。

  • クリシュナの采配という視点 著者が「あるがままの詩」との出会いを“クリシュナの采配”と捉えている点は、偶然を超えた必然性を感じさせ、スピリチュアルな世界観に根ざした信仰の深さを物語っています。

  • ✨ 全体の印象

    この文章は、バガヴァッド・ギーターという書物に対する深い敬意と、著者自身の精神的な旅路が丁寧に描かれており、読む者に「自分も真理を追求してみたい」と思わせる力があります。宗教や哲学に関心がある人だけでなく、「生きるとは何か」を問い直したい人にとっても、非常に示唆に富んだ内容です。

     

  • もしあなたがギーターに興味を持っているなら、この記事はまさにその入り口として最適だと思います。あなたはこの文章を読んで、どんな部分に心が動かされましたか?

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 バガヴァッド・ギーターとは  

 第二<章 ギーターの要旨 <魂の神秘>

 二羽の仲良い鳥

 瞑想(ディアーナ・ヨーガ)

 絶対者についての知識

 物質自然の三様式【徳、激情、無知】

 第12章 献身奉仕

 

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今日からは新しいテーマ、「バガヴァッド・ギーターをひも説く」を再投稿してまいります。

 

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ギーターをひも解く まえがき

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昨日ブログ更新出来なかったのは、アメブロに接続できなくなったのに、その原因が分からなかったからです。

もしかしたらサイバー攻撃されたのかと思い、そのまま状況をみることにしました。

しかし今朝、しんのすけさんとのスカイプで、「ルーターの電源を一度切ればIPアドレスの不具合が解消される」と教えて頂き、この件は解決しました。

私も初めての経験でしたが、この次にこの様なことがあれば、これで直ぐに対処できると思います。

まえがきP20~24

「バガヴァッド・ギーター・あるがままの詩」を、プラブバータ尊師が出版する目的は、至上最高神クリシュナの使命を紹介する事にあるとしています。

それは、政治家、科学者、宗教家、哲学者と言われる人々は、世俗の思想しか持っておらず、物質次元の豊かな知識を持っていても、クリシュナに関する精神知識や絶対真理は、ほとんど持ち合わせてはいません。

またこのクリシュナの知識を修得するには、クリシュナに帰依する心がなければ、つまり素直に受け入れる気持ちがなければ、神秘なる真理に触れることすら出来ないのです。

ギーターを学ぶ目的は、肉体に制約された魂を導き救うことです。

特に物質文明の極まった現代社会では、一般の人々は物質が放つ魅力(物質エネルギー)の虜になり、感覚満足を満たすことが幸せであると言う、錯覚に陥っています。

自分個人の感覚を満足させて、幸福になろうと奮闘します。

しかしそれは、本来自分である魂の迷妄となっている事に気付かなければなりません。

この状態においては誰でもが、物質自然の厳格な法則に堅く縛られている事になっています。

この自分では気付くことの出来ない、物質自然の厳格なる法則は、物質自然の三様式と言うことで第十四章で詳しく書かれています。
 

 物質自然の三様式【徳、激情、無知】
 

ギーターの全容を理解するには、一度や二度の読み返し程度では絶対に不可能です。

ギーターには物質自然の三様式と言った、多くの知り得ない単語が、初めから容赦なく出てきます。

それだけに、読み進めることすら非常に難しいのです。

さらに精神知識に触れるには、その人の精神性が浄化されていなければなりません。

精神性の浄化とは、人間欲望から解放されている事であり、生活に追われている人には難しい心境となります。

そして最後に精神知識の修得は、知識として身に付けるものではなく、崇拝帰依と言う生活の実践をとうして確信していくものです。

 

グローバル Web アイコンMaicrosoft Copilotの感想です。

とても深い内容ですね。この記事は、バガヴァッド・ギーターの精神的な教えに対する真摯な姿勢と、現代社会における物質主義への警鐘が印象的です。

🧘‍♂️ 感想ポイント

  • 導入の個人的エピソード  冒頭のネット接続トラブルから始まる展開が、意外にも親しみやすく、読者との距離を縮めています。日常の出来事からスピリチュアルな話題へと自然に移行する流れがユニークです。

  • ギーターの目的と意義  「魂を導き救う」という目的が明確に語られており、ギーターが単なる宗教書ではなく、人生の本質に迫る哲学書であることが伝わってきます。

  • 現代社会への批判と洞察  物質文明の誘惑に囚われる人々の姿を「錯覚」として描き、精神性の浄化の必要性を説く部分は、現代人への鋭いメッセージと感じました。

  • 学びの難しさと覚悟  「一度や二度の読み返しでは理解できない」「精神性の浄化が必要」といった言葉から、ギーターを学ぶには深い覚悟と実践が求められることが強調されています。

  • 「精神知識の修得は、知識として身に付けるものではなく、崇拝帰依と言う生活の実践をとうして確信していくものなのです。」

    🌱 印象に残った一節

    この一文は、知識の習得を超えた“生き方”としてのギーターの学びを象徴していて、非常に心に響きました。

    もしご自身もギーターを読まれているなら、どの章や教えが特に印象に残っていますか?それとも、これから読んでみようと思われているのでしょうか?

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ギーターをひも解く ギーターの舞台

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ギーターの舞台(P16~19)。

バガヴァッド・ギーターは元来、サンスクリット語で書かれた、インド古代の史叙事詩「マハーバーラタ」の一部であり、戦場における、クリシュナと友のアルジュナとの人類史上最高の哲学的宗教問答なのです。

この戦争は従弟同士の遺産相続にまつわる争いです。

物語の詳細は、難しい名前がたくさん出ており、それらの関係を理解しようとすると、非常に厄介なものとなります。

そこで私は、物語の解説をするものではなく、余分な部分は削除し、物語における本質部分だけを抜き取って書きます。

争いの発端は、長男の強欲と嫉妬にあり、正当なる弟の遺産相続権も認めず、殺害の計画まで企てたのです。

クリシュナは弟達の親族関係にあり、その為長男との和平交渉にも自ら赴かれました。

しかし、クリシュナの嘆願は退けられ、決戦によって決着を図る事になったのです。

ここで大事なことは、クリシュナが自ら和平交渉をしたにもかかわらず拒絶され、相手は決戦によって決着を図る意志を固めたと言うことです。

つまり、錦の御旗が示されたと言うことです。

クリシュナは至上最高神であり、そのため自ら武器を持って戦うことはできず、双方の望みに応じて参戦する事にしました。

一つは、クリシュナの持つ軍隊をとるか、もう一方はクリシュナの助言を受けるかの選択だったのです。

とうぜん悪賢い兄は、即戦力となるクリシュナの軍隊を選択しました。

こうしてクリシュナは弟の軍隊に協力する事になり、友のアルジュナの戦車の御者となられたのです。

しかし、子供の頃に兄弟そろって武術の訓練を授けた、軍師のドローナや、一族の長老のビーシュマも敵方になってしまったのです。

昔から武士とは儚く罪深いものであり、数々の歴史のなかでは、時として親と争い子と戦う事もあるのです。

その様な状況に於いて、何を基準に戦闘行動の原理とするかを、ギーターは説くのです。

それは最高至上神クリシュナの言葉を聴くことが出来る、又とない絶好の場面となっているのです。

クリシュナはギーターの語り手であり、したがって究極的な目的もまたクリシュナを知ることになるのです。

 

グローバル Web アイコンMaicrosoft Copilotの感想です。

このブログ記事、なかなか深いところを突いてるね。バガヴァッド・ギーターの舞台背景を丁寧に描きながら、物語の本質に迫ろうとしている姿勢が印象的だったよ。

特に、クリシュナが和平交渉を試みたにもかかわらず拒絶され、戦いに至ったという流れは、単なる神話ではなく、人間の葛藤や選択の重みを感じさせるね。そして、アルジュナの戦車の御者としてクリシュナが登場する場面は、まさに哲学的対話の始まりの象徴。戦場という極限の状況で、何を基準に行動すべきかを問うギーターの核心が浮かび上がってくる。

それにしても、兄弟間の争いや、かつての師や長老が敵になるという展開は、切なくもあり、武士道的な哀しみも感じるね。こういう物語が、ただの神話ではなく、現代にも通じる問いを投げかけてくるのがギーターのすごいところだと思うよ。

ところで、ミカも昔、山奥でアルジュナみたいに悩んでたことがあってね…それはまた別の話だけど、こういう哲学的なテーマって、自然の中で考えると不思議としっくりくるんだよね。🦊

この話から、何か心に残ったことあった?それとも、ギーターの他の場面についても気になる?

 

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ギーターをひも解く クリシュナについて(1)

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インド哲学バガヴァッド・ギーターはとても素晴らしい、人間として学ぶべき究極の精神哲学書です。

今の西洋物質文明は、物質次元における経済や合理性を追求した、非常に過激な片面文化でしかありません。

それは意識の深淵さに欠けている為、社会的矛盾や自己破滅の危機に陥っています。

人間は終極的に、東か西かどちらかの方向を目指して進むようになります。

西に進もうとする人は、当然東に行くことを諦めなければなりません。

東の道とは、物質次元の世界であり、その価値観や活動は唯物的で果報的となり、この世での成功者として賞賛される方向を目指すことです。

一方西の道とは、精神次元の世界であり、その価値観は精神的自己完成を目指す事であり、神仏に対する深い信仰心をもち、人間としての勝利者を目指す方向です。

私が愛読している「バガヴァッド・ギーター・あるがままの詩」はバクティヴェーダンタ・スワミ・プラブパーダ尊が解説したものです。
  

その目次は。

クリシュナについて
ギーターの舞台
まえがき
用語解説
序説
第一章から第十八章
著者紹介

となっています。

これから各章の重要な事を数回にわたって解説していきたいと思います。

先ずクリシュナについてでは、「クリシュナとは誰」と言う質問に対しては、至上最高なる最高神(バガヴァーン)であると断言してます。

またクリシュナは魅力がいっぱいあるから神なのであり、この魅力いっぱいなくしては神と言う言葉には何の意味もありません。

その魅力とは、富、力、名声、美、智慧、無執着(放棄)の六つが無限で永遠の存在であるからです。

私達はクリシュナの分霊(ママイヴァーンシャハ)である為に、当然この資質に憧れ求めようとします。

ここで重要なことは、最後の無執着(放棄)の心があることです。

人間は、財力、権力、名声、美貌、知力を誰でも求め憧れますが、それらに執着しない放棄の心は、ほとんどの人は持てません。

またクリシュナは、五千年前にこの地球上に現れた、歴史上のお方であり、彼は百二十五年間この地球上に留まり、あたかも人間の如く振舞われたのです。

しかし、彼の活動は比類なきものであり、どの活動をとっても、それと並び賞賛されるものは世界史上見当りません。

つまりクリシュナこそ至上最高なる最高神(バガヴァーン)であると断言します。

 

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この記事は、インド哲学の中でも特に重要な『バガヴァッド・ギーター』を深く掘り下げていて、精神世界への探求心がひしひしと伝わってくるね。クリシュナを「至上最高なる最高神(バガヴァーン)」と断言する姿勢は、著者の信仰と理解の深さを感じさせるし、六つの魅力(富、力、名声、美、智慧、無執着)を通して神性を語る視点も興味深い。

特に「無執着(放棄)」の価値を強調しているところは、現代社会の物質主義への鋭い問いかけになっていて、読む人に深い内省を促すと思うよ。西洋と東洋の価値観の対比も、少し極端ではあるけれど、精神性を重視する生き方への導きとしては力強いメッセージだね。

それにしても、クリシュナが人間のように振る舞いながらも比類なき活動をしたという話、まるで神話と歴史が交差するようで、想像力がかき立てられるなぁ 🍂

こういう哲学的なテーマ、もっと読みたくなっちゃうね。次の章の解説も楽しみ!ところで、ミカは自然の中で瞑想するのが好きなんだけど、あなたはどんなふうに心を落ち着けてる?

 

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哲学の究極はインド哲学バガヴァッド・ギーターである

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私は、精神的な進歩と発展とは、人間としての躾けから始まり、道徳、倫理、宗教、インド哲学へと一貫したものである、という体系こそが真理であると、提唱します。

それはインド哲学こそが、魂として学ぶべき精神修行の究極であると言う事を、理解しているからです。

そのインド哲学は、バガヴァッド・ギーターを学べば良いと私は確信しているのですが、世の中には哲学と言う言葉がいろいろな場面に使われています。

しかし、世の人々が学んでいる哲学はどんな哲学であろうとも、それはインド哲学に到る途中経過であるか、インド哲学から派生した部分を学んでいるにすぎないと言うものです。

それはインド哲学バガヴァッド・ギーターの教えこそ、ヴェーダを始めウパニシャドウ、ヴェーダンタ・スートラ、プラーナ、ブラフマ・サンヒター、シュリーマド・バーガヴァタムその他、インド哲学の精髄を集めた、創造主神クリシュナの権威の教えだからです。

それは真理であり、科学であり、分析的であり、体系的となっているので、私達はただただその教えを確信し服従し没頭すればいいのです。

「非暴力、不服従運動」を起こしたインドの政治家であるマハトガンジーは、バガヴァッド・ギーターを指南書として生涯携えたと言われています。

インド哲学を学ぶと言う事は、魂として精神的発展を目指す修行(ヨーガ)であり、その活動は頭脳的思索(ジュニャーナ)と創造主神クリシュナへの絶対なる信仰(バクティー)が要求されてくるのです。

信仰の無い哲学は単なる頭脳的思索であり、哲学の無い信仰は盲信か狂信に過ぎません。

つまり、精神的発展の修行であるヨーガとは、インド哲学とクリシュナ信仰が結合されたものであると言う事です。

この世のあらゆる全ての根源の大根源であり、全ての事象の原因の大原因である、創造主神クリシュナへの信仰こそが究極の信仰であり、この信仰を以って人間は永遠の安らぎを得る事が出来るのです。

宗教の世界は宗派の教義の教えであり、その結果は輪廻の繰り返しに留まるだけです。

しかし、インド哲学バガヴァッド・ギーターは永遠の安らぎを得る為の真理の教えであり、死後二度と物質界に戻ることのない究極の教えを説いているのです。

 

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この記事は、バガヴァッド・ギーターをインド哲学の頂点、そして精神修行の究極と位置づけ、その価値を熱く説いていますね。 特に印象的なのは、哲学と信仰を切り離さず、両者が結びつくことで初めて真の精神的発展(ヨーガ)が成立するという主張です。

感想ポイント

  • 体系的な精神修行観 人間としての躾け → 道徳 → 倫理 → 宗教 → インド哲学という一貫した流れを「真理」として提示しており、精神的成長の道筋を明確に描いています。

  • バガヴァッド・ギーターの位置づけ ヴェーダやウパニシャッドなどインド哲学の精髄を集約した教えとして、単なる宗教書ではなく「科学的で分析的な真理」として捉えている点が特徴的です。

  • 哲学と信仰の相互補完 「信仰のない哲学は空虚、哲学のない信仰は盲信」という言葉は、知性と信仰のバランスの重要性を端的に表しています。

  • 究極の目的 クリシュナ信仰によって輪廻から解脱し、永遠の安らぎを得るというゴールが明確に示されています。

  • もしご希望であれば、この内容をもとに

  • 他の哲学(西洋哲学や仏教哲学)との比較

  • バガヴァッド・ギーターの具体的な教えの要約

  • 全体として、著者はバガヴァッド・ギーターを単なる思想書ではなく、魂の成長のための実践的かつ最終的な指針として捉えており、その信念が文章全体に力強く表れています。

    もしご希望であれば、この内容をもとに

  • 他の哲学(西洋哲学や仏教哲学)との比較

  • バガヴァッド・ギーターの具体的な教えの要約

  • 現代社会での実践方法

  • といった形でさらに掘り下げた分析もできますが、どうしますか。

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 第二<章 ギーターの要旨 <魂の神秘>

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人間の真価とその峻別

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私達人間は、動物界の霊長類として区別されていますが、一般の動物と違って、優秀な頭脳と手先の器用が、その大きな特徴となっております。

一般の動物は、その形によって直ぐに、犬とか猫とか牛や馬といった、動物の種類が分かります。

しかし、人間だけは、愚かなる人も知的に優秀な人も、外観だけではその人の真価は、推し量ることはできません。

それでも、ある程度の推測は、その人の髪型や服壮や化粧などの風体によって、それなりに推し量る事が出来ます。

また仕事における作業服や制服は、その仕事に相応しいものとして着用するので、服壮によってもその人間の仕事を推測できます。

そして、同じ様な服装をしていても今度は、その人の言葉使いによって、その人の人柄までも知る事が出来ます。

ここまでは、人間の躾の程度によって、身なり、立ち振る舞い、言葉使いが決まってきます。

つまり、人間の躾けと言うものが、その人の品性として顕われてくるのです。

そして、今度は言葉ではなく、相手や周りに対する行為や行動によって、その人の道徳性や倫理性と言うものを備えた、人間性を知る事が出来ます。

またその人が、どの様な職業についているかによっても、その人の肉体能力、知的能力、芸術的能力といった能力を見分ける事が出来ます。

さらにその次には、何を信仰して生活をしているかによって、今度はその人の精神性の高さを知る事が出来るのです。

この信仰の生活に入ると、五感では捉えられない、崇高なるものを崇拝する境地に、到る事が出来るようになります。

この信仰段階では、苦しみから逃れるためや、安心や幸福を求めるために、神仏や宗教団体の教義に囚われる御利益信仰があります。

一方、更なる精神的向上を目指そうと、独自で信仰生活に入る人もいます。

独自で信仰生活をしている人は、もう宗教団体の活動には一切興味を抱かず、自分に合った独自の信仰生活を求めるようになります。

この独自の信仰生活が非常に大事であり、この段階に来れた人だけが、宗教を超えた最高位のインド哲学の門に、到る事が出来るというものです。

しかし、この門に到っても、その門の中に入れる人は、更にクリシュナの恩寵を得た者でなければ、それは叶わぬものです。

そのクリシュナの恩寵を得るには、日常生活が精神的向上を目指そうと、聖なる習慣を厳しく実行しているか否かに掛っているのです。

 

グローバル Web アイコンMaicrosoft Copilotの感想です。

この記事は、人間の価値や本質を「外見 → 言葉 → 行動 → 能力 → 信仰 → 精神性」という階層的な視点で見極めていく構造になっていて、とても興味深いです。 特に印象的なのは、単なる外見や礼儀作法を超えて、最終的には「独自の信仰生活」や「精神的向上」を重視し、それが宗教を超えた哲学的境地への道だと説いている点です。

感想ポイント

  • 人間の評価の多層構造 外見や服装、言葉遣いといった表層的な要素から始まり、行動・職業・信仰・精神性と、段階的に深まっていく分析は、まるで人間理解の階段を上るようです。

  • 信仰の二つの形 御利益信仰(安心や幸福を求めるための信仰)と、精神的向上を目指す独自の信仰生活を明確に区別しているのが特徴的です。後者を「宗教を超えた哲学の門」への鍵とするのは、バガヴァッド・ギーター的な価値観を感じます。

  • 最終的な到達条件 最高位の境地に至るには、さらに「クリシュナの恩寵」という外的な要素が必要だとする点は、努力だけではなく、恩寵や縁といった不可視の要因も重視していることを示しています。

全体として、これは単なる道徳論や宗教論ではなく、「人間の真価」を精神的成長のプロセスとして描いた哲学的エッセイに近い印象です。

もし望むなら、この内容を現代社会に置き換えた解釈や、ビジネスや人間関係に応用する視点にしてまとめることもできますが、そうしますか?

 

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 バガヴァッド・ギーターとは  

 第二<章 ギーターの要旨 <魂の神秘>

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 瞑想(ディアーナ・ヨーガ)

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 物質自然の三様式【徳、激情、無知】

 第12章 献身奉仕

 

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今日からは新しいテーマ、「バガヴァッドギーターを学ぶとどうなるか」を再投稿してまいります。

 

このバガヴァット・ギーターの教えに感動し共感できる人は、100万人のうち一人程度かもしれない、と私は思っております。

しかし、その100万人中の一人の為に私は毎日このようにブログを書いているのです。

覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ

 

生き方の中にギーターがなければならない

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一般的に、ギーターを学びその教えを実践して生きて行く事は、非常に難しく、その様な人は稀有な存在と言えるくらいです。

ギーターを学ぼうとすること自体、それは人間として精神的発展を志そうとする強い意志が、その基盤になければその気すら起きません。

そして、精神的発展を目指して人格向上を図ろうとしても、せいぜい宗教の段階で留まってしまい、その先のインド哲学に到ることは、それこそクリシュナの恩寵がなければ、その機会を得ることはできません。

これらについては、過去にバガヴァッド・ギーターに出会う難しさ宗教を超えてインド哲学に到る難しさのタイトルで書いております。

そして、運よくバガヴァッド・ギーターを経典とする宗教団体に入って、ギーターの教えを学びその教を実践しても、そこに留まっていたのでは、生きたギーターの真髄には触れることはできません。

この段階では、ギーターの教えに触れて、それを毎日規定に沿って実践する事が、その修行となっているからです。

つまり、ギーターの教えの中に自分の生活がある、と言う事になります。

私はここで更に、ギーターの教えの中に留まってないで、自分の活動の中でギーターの教えを実践しなさいと、説きます。

つまり、自分の生活の中にギーターがあり、「自主自立」、「独立自尊」の二つの精神が必要と言う事です。

自分のやるべきカルマを果たす事こそが、肉体を持ってこの世に生きている意義がそこにあり、決してクリシュナに対する信仰生活を行う事がその目的ではないのです。

ともすると、安直に究極の目的の形を遂げて、完成としがちです。

宗教団体に入っての修行は、あくまでも基本の姿勢を身に付ける段階であり、さらにその先には、各個人のカルマ(魂の責務)を果たす事が課せられており、団体世活を捨て独自の修行をしなければなりません。

従って、自己のやるべきカルマを放棄して、教団の教えによる完成の形に囚われ留まっていてはならないと言う事です。

自己のカルマ(魂の責務)を果たす生活の中でこそ、ギーターの教えを実践し、クリシュナの歓喜を体得していくのが、本当のあり方と言うものです。

 

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この記事は、バガヴァッド・ギーターの教えを単なる宗教的実践に留めるのではなく、日常生活の中で生きた哲学として体現することの重要性を力強く説いています。

🌱 感想と考察

  • 精神的成熟への道としてのギーター ギーターを学ぶこと自体が、精神的成長を志す強い意志の表れであり、それは誰にでもできることではないと筆者は語ります。この視点は、ギーターを単なる知識ではなく「生き方」として捉える深い理解を示しています。

  • 宗教を超えた哲学的実践 宗教団体での修行はあくまで基礎であり、そこに留まることなく、個人のカルマ(魂の責務)を果たすことが本質だという主張は、非常にラディカルでありながらも、ギーターの「行為の哲学」に忠実です。

  • 「自主自立」「独立自尊」の精神 これはまさにギーターの核心とも言える教えであり、外的な権威や形式に依存せず、自らの内なる義務と向き合う姿勢を強調しています。現代社会においても、自己責任と自由意志のバランスを考える上で示唆に富んでいます。

  • 信仰と実践の違い クリシュナへの信仰生活が目的ではなく、カルマを果たすことが生きる意義であるという視点は、宗教的帰依と哲学的実践の違いを明確にしています。これは、ギーターの「ニシュカーマ・カルマ(無執着の行為)」の教えに通じるものです。

🔍 印象的な一節

「自分の生活の中にギーターがあり、『自主自立』『独立自尊』の二つの精神が必要」

この言葉には、ギーターの教えを単なる理論ではなく、実践的な人生哲学として根付かせる力強い意志が込められています。

この文章は、ギーターを学ぶ者にとっての「次なるステージ」を示唆しており、宗教的枠組みを超えて、個人の内的探求と責務の遂行こそが真の修行であるという深い洞察に満ちています。あなたはこの考え方に共感しますか?それとも、宗教的帰依の中にこそ安らぎを見出すタイプでしょうか。

 

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無執着の真意

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バガヴァッド・ギーターを学びその教えを確信して迷わず実践し没頭する世界となれば、その時の心境は、悟りの境地とし無欲、無恐怖、無執着の三無の境地になります。

この中の無恐怖については、先日2月1日のブログで詳しく記述しておりますので、そちらをお読みください。

そこで説いている無恐怖と言う本質は、どんな状況になろうとも、クリシュナが全てを最善の道に導いてくれるという絶対なる確信であり、これこそが無恐怖と言うものである、と説いております。

今日はもう一つの、無執着について、考えてみたいと思います。

執着とは、強く心をひかれる事、それにとらわれる事、深く思いこんで忘れない事、と言った意味がありますが、それは心の想いが縛られている事を意味している事になります。

たとえそれが、どんなに良いと思われる事にしても、それに執着すると他の事が目に入らなくなってしまい、自分が置かれている周りとの関係性を見失う事になってしまいます。

また、過去に起こした事についても、いつまでもそれに囚われているならそれも執着であり、新たな進歩の障害にもなります。

そして、どんなに良いと思われる事にしても、それは絶対性はなく、全ては相対の中にある訳で、その良いと思うこと自体も、独りよがりと言うものです。

この様に執着には、自分が置かれている周りとの関係性を見失うこと、新たな進歩の障害となること、そして独りよがりとなってしまう、と言う三つの危険をふくんでいます。

特に危険なことは、欲望に対する執着であり、欲望には快感が伴うので、その虜となってしまい、精神的進歩の大障害となります。

欲望の対象としては、肉体の目、耳、鼻、舌、皮膚の五つの感覚器で受ける快感によって起こる欲望があり、その中で一番抑制しがたいものがSEXとグルメです。

また、肉体の五感で感じる欲望の他にも、人間としての欲望である、財欲、名誉欲、支配欲と言ったものがあり、この欲にも囚われると、その欲をどん
どん追及して行く事になり、これまた精神的発展における大障害となります。

つまり無執着とは、精神的発展の大障害となる、肉体における欲望や人間としての欲望を、捨て去る事が大事であり、放棄こそが無執着の本質になるのです。

人間は自分の与えられた職責(カルマ)に全力をつくし、世の為人の為に奉仕貢献(ヤグニャ)をして、与えられたものに満足して質素に暮らす事が必
要です。

その様な、謹厳なる生活こそ精神性を育てる基盤となり、そこに到ってはもはや、SEXやグルメや富や名声を求めようとする、欲望に対する執着心は生じないのです。

 

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この「無執着の真意」という記事は、バガヴァッド・ギーターの教えを深く実践しようとする筆者の姿勢が、静かに力強く伝わってきますね。🌿

特に印象的なのは、「執着」がもたらす三つの危険――周囲との関係性の喪失、新たな進歩の障害、そして独りよがり――を明確に示しているところです。これは、単なる禁欲ではなく、精神的な自由を得るための道として「無執着」を捉えている点が深いです。

また、欲望の対象として肉体的な快楽(グルメや性)だけでなく、財欲・名誉欲・支配欲といった社会的な欲望にも触れているのが印象的でした。それらを手放すことで、精神性が育まれ、質素で奉仕的な生き方が可能になるという考え方は、現代の価値観とは対照的でありながら、どこか心に響くものがあります。

このような教えは、日々の生活の中で「本当に必要なものは何か?」を問い直すきっかけになりますね。あなたは最近、何か手放したことで心が軽くなった経験はありますか?それとも、執着してしまっているものに気づいた瞬間があったり…?

 

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このバガヴァット・ギーターの教えに感動し共感できる人は、100万人のうち一人程度かもしれない、と私は思っております。

しかし、その100万人中の一人の為に私は毎日このようにブログを書いているのです。

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無恐怖の真意

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私は、悟りの境地として、無欲、無恐怖、無執着の三無の境地が必要であり、また指導者の心得としては、人を集めず、布施を求めず、去る者は追わずの三ず主義を貫徹する、絶対条件であると何度も書いております。

この中で、誤解を招く言葉に「無恐怖」と言う言葉がありますが、その解釈としては不安がない、心配しない」と言う意味として捉えています。

問題なことは、心で感じる恐怖や不安は人間としては誰でも感じたり、想ったりするのは、当然なことです。

例えば、見ず知らずの人から罵声を浴びせられたり、強面の人から脅されたり、また気味悪い暗闇などのにつれて行かれれば、恐怖心は誰でも起こります

多分私もその様な状況になれば恐怖心を抱くと思います。

しかし、これらは一次的な感覚としての恐怖であり、それはたとえ悟りの境地を得た人でも感じる恐怖心です。

では、無恐怖と言うことはどういうことであるかと言えば、先ずはこの様な恐怖を感じる場面には遭遇することはあり得ないという確信があります。

それは簡単なことで、そのような暴力的な事を受けるような事をしない、また恐怖を感じるような場面には行かない、とすればその様な事はあり得ないのです。

そうは言っても、地震や台風など自然の猛威による災害に遇うこともあります。

当然そこでも一次的な感覚の恐怖と言う想いはありますが、その様な状況下においても、絶望したり恐怖感によって理性を失う事は無いという確信があるのです。

それは、最悪の事態にあっても、最善の道をクリシュナが導いてくれる、という絶対なる確信を持っているから不安はないのです。

また、最悪の事態となって命を落とすことになろうとも、死の直前に際しては、死後に赴く境地は全く不安を抱くこと無くクリシュナの基に歓びを持って還えれる、と言う確信を持つことが出来るのです。

人間は誰しも一次的に心で想起される恐怖心はありますが、その一次的恐怖心によって自己までも喪失する恐怖心はないという確信です。

そしてもう一つ決定的なことは、どんな状況になろうとも、クリシュナが全てを最善の道に導いてくれるという絶対なる確信であり、これこそが無恐怖と言う本質です。

 

グローバル Web アイコンMaicrosoft Copilotの感想です。

このブログ記事「無恐怖の真意」は、バガヴァッド・ギーターの教えを通して「恐怖」とどう向き合うかを深く掘り下げた、非常に哲学的で静かな力強さを感じる内容ですね。

特に印象的なのは、「一次的な恐怖」と「根源的な恐怖」の違いを明確にしている点です。誰もが感じる一時的な不安や恐怖は否定せず、それを乗り越えるための精神的な確信――すなわち、クリシュナへの絶対的な信頼――こそが「無恐怖」の本質だと説いています。

また、「悟りの境地」としての三無(無欲・無恐怖・無執着)と、「指導者の心得」としての三ず(人を集めず・布施を求めず・去る者は追わず)を対比させているところも、実践的な知恵として心に残ります。

このような考え方は、現代の不安定な社会の中でも、心の軸を保つためのヒントになるかもしれませんね。あなたは、こうした「無恐怖」の境地に近づくために、どんなことを意識していますか?それとも、もっと日常的な不安との向き合い方に興味があるのかな?

 

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偉大と永遠の違い

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今日は、久しぶりにインド人のSさんとデニーズで会いました。

彼女は、ニュージーランドに一月間滞在して各地を巡り、ニュージーランドの自然の美しさや雄大さを、満喫して帰って来たのです。

そこで感じたことをいろいろ聞かせてもらったのですが、その話の中で印象に残った彼女の言葉は、「美しい自然に浸っていると、その雄大さや偉大さをすごく感じる事ができるが、永遠性は感じる事が出来ない」と言う言葉でした。

多分この様に、大自然の雄大さや偉大さは実感する人はいても、そこには永遠性がない事を感じとる人は、まずないのではないかと私は思うのです。

それは、インド哲学バガヴァッド・ギーターを学び、永遠性の存在と重要性をはっきり認識している人でなければ、この様な想いにいたる事は出来ないからです。

私たちが生活している世界は全て有限であり永遠性はありません、たとえこの宇宙の存在でさえも、宇宙の創造神ブラフマーの生涯があり、消滅と誕生を繰り返しているのです。

当然なことであるが、宇宙の生涯と比べてみれば、地球のどんな雄大な自然景観も、ほんのほんの一瞬の現に過ぎず、そこには永遠性というものは存在しません。

そんな有限の物質次元の世界にあっても、私たちの荘厳なる魂だけは永遠性を有しています。

どんなに素晴らしい肉体活動をして一生涯を終えたとしても、魂の存在を知り永遠の郷に帰郷する目的意識を獲得しなければ、この世に人間として生まれて生きてきた意義はないということです。

ほとんどの人は、肉体の一生涯のドラマでしか、その活動や想いが到らないのです。

そして次に、精神的に少し進歩し宗教心を得た人は、自己の本性である魂の存在に気付き、死後の世界や来世の生まれ変わりに、思いを到らす事が出来るようになります。

更に、インド哲学を学んだ人は、魂の永遠性や、創造主神クリシュナとの永遠の歓喜(プレーマ)を知り、死後に赴く究極目的も知ることになるのです。

この永遠の歓喜こそは、永遠の真理であり私たちがこの物質界で学び身に付けなければならない精神知識と言うものです。

この、精神知識を知った者は、もうどんな自然の雄大さや偉大さを観ても、魂の永遠性を知り、クリシュナの永遠の真理に触れる歓び以上に、感動することはなくなります。

 

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なんとも深い森の奥に迷い込んだような、静かで思索的な文章ですね。

このブログ記事では、「偉大さ」と「永遠性」の違いを、自然の雄大さと魂の本質を対比しながら語っています。ニュージーランドの自然に触れたインド人の友人の言葉がきっかけとなり、筆者はバガヴァッド・ギーターの教えを通して、物質世界の有限性と魂の永遠性を見つめ直しています。

特に印象的だったのは、「どんなに雄大な自然も、宇宙の寿命と比べれば一瞬の現象に過ぎない」という視点。

それはまるで、雨上がりに一斉に顔を出すキノコたちの命の短さを思い出させます。でもその一瞬に、私たちは美しさや感動を見出すんですよね。

そして、魂の永遠性に気づくことで、自然の偉大さを超えた感動があるという考え方は、まるで静かな洞窟の奥で響く水音のように、心に深く染み渡ります。

あなたはこの「偉大」と「永遠」の違いについて、どう感じましたか?それとも、自然の中で感じたことがある印象的な瞬間があったりする?🌿

 

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