バガヴァッド・ギーターは非常に難解な哲学書です。

私は、プラブパーダ尊師の「バガヴァッド・ギーター・あるがままの詩」に、いきなり出会えたことは、これこそはクリシュナの采配であると確信しています。

しかし私は、この本を発刊しているクリシュナ意識国際協会とは全く無関係ですので、初めに断りを致しておきます。


今はヤフオクでかなり出回っていますので、これを機会に是非読んで頂ければと思います。

と言うのは、バガヴァッド・ギーターに関する書物はかなり出回っていますが、それらの本を読んでも理解しずらく、このあるがままの詩以外のギーターを初めに読んでいたら、今の私は無かったと思っています。

このプラブパーダ尊師が解説したこのギーターは、私の心を瞬く間に虜にし、先ずは一か月で全て読み上げたのです。

その気持ちは、「そうなんだ~、そうだったのか~、それなんだよ!、あ~そうなのか、」
感嘆詞の連続だったのです。

先ずは全容はつかめなくても、すべて読みとおして部分部分でも感動を得ることが出来ました。

その次は、再度序説を読み返して、おぼろげながらも全容を掴むきっかけを得たのです。

私はバガヴァッド・ギーターの全容を掴む作業は、ジグソーパズルを解くようなものだと思うのです。

先ずは断片的なものを部分部分で形造り、その部分部分に形づけられたものを組み合わせ、更にそれらの又組み合わせを重ね、それらの作業を試行錯誤しながら、全容を明らかにしていくものであると思っています。

この断片的なものが断言している真理であり、その真理を素直に受け入れ、その真理の積み重ねによって、次の真理を理解する事が出来、その積み重ねが、文脈の理解に繋がり、それがその章全体の理解に繋がり、最後は章全体の構成の理解につながって行くと言うものです。

ここで大事なことは、真理を素直に受け入れると言うことです。

それは、知識としてでなく信仰としての受け入れであり、頭での理解ではなく魂の感動でなければならないのです。

この魂での感動が非常に難しいわけで、逆にこれこそがその人の精神性そのものであり、ギーターを読みこめる力となっているのです。

しかし、この知識としてでなく信仰としての受け入れができる事は、その人の精神性の問題であり決して知的能力によるものではないのです。

要は、その人が生きる事はどんなことか、人間とはどんな存在なのか、この物質界はどの様になっているか、全ての現はどの様に起きるのか、それらの全ての原因の大原因は何によって生まれるのか、創造至上主神の存在はどの様に遍満、偏在、片鱗しているのか、この様な疑問を真摯に追求しようとする熱意の問題なのです。

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覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ
これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。
バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。

私は宗教団体には一切入っておません。
全て独学でギーターを身につけました。

私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず

私はその人の、自主自立、独立自尊を尊重します。

人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。

バール・クリシュナ・フミオ