小説 恨みの里 19 恨みの魂 |         きんぱこ(^^)v  

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WEB 小説 「怨みの里」 

きんぱこ(^^)v  -1


陰陽師 河辺名字と

安倍清明、そして

近未来っ子たいぞうが、

怨みを持って時空を

渡る鬼達に立ち向かう

近未来ファンタジー小説

9/8日まで 毎日 朝7:00 更新

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8/20 その1        陰陽師二人

8/21 その2       陰陽師現代へ

8/22 その3   ヴァーチャルクローン

8/23 その4  ヴァーチャルクローン2

8/24 その5      もう一つの世界

8/25 その6         夢ひとつ

8/26 その7       酒呑童子現る

8/27 その8     式神(しきがみ)

8/28 その9       頼光都を発つ

8/29 その10        夜叉童子

8/30 その11         大江山

8/31 その12        羅刹童子

9/01 その13        黒歯童子

9/02 その14  曲歯(きょくし)童子

9/03 その15   奪一切衆生精気童子

9/04 その16       鬼とは……

9/05 その17     鬼の肉体滅ぶ時

9/06 その18        虎熊童子

9/07 その19        恨みの魂 *

9/08 その20       酒呑童子消ゆ



恨みの魂



式神貴人(きじん)の説得も無視して、平安の時代へ戻った酒呑童子であったが、時すでに遅く自分の体は頼光に首を刎ねられた後だった。

余りの怒りの為に怒りが湧かず、ジッと胴から離れた自分の首を見ていて、何処に怒りを向けるべきかがはっきりと解ってきた。

この山奥で怨みを持ち苦しむ鬼どもが棲める世界を築き、《力》と《欲》の前に散って行った多くの怨みの心を後世に残した酒呑童子。それすら潰し去ろうと言うことか。


安部清明、河辺名字。こいつらだけは許さない……。


そう思う酒呑童子は、現代のヴァーチャルクローンに戻ったはずの安倍清明を追いかけた。



 星熊童子は、子分の小鬼を清明と名字が張った結界の周りに遊ばせて、少し離れた大岩の上で寝そべっていた。背後に人の気配を感じて振り向いた。

「おう、棟梁。戻って来られたか。金熊童子も。今しがた動きがありましたぞ。先ごろまで動かなかった安部清明が動き出した」

「清明と都の者共が、わし等の肉体を奪い去った。首謀者は清明だ。わし等はもう平安の時代には戻れぬ」

「ということは、わしの体もダメか。都では幸せそうに馬鹿騒ぎをしておるやつらがいるというのに、わしなどは小さい頃から虐げられて、何もせずとも疎んじられて、挙句の果てには自らの肉体も葬り去られたわい、わしらに安らぎは無いものかのう」

「星熊童子、ここがわしらの里だ。その為には憎き清明を潰す」

「あいつらだけはここから帰さんぞ」

「竜巻を起こして結界の外へ放り出そう」

「あとは一人ずつ蟻を潰すがごとく消し去ってやる」

酒天童子は立ち上がって空に向かって印を結び、何やら呪文を唱え始めた。暫くすると、青く澄み渡った空の山影から白い入道雲が現れた。

一方、清明たちも結界の中で式神を呼んでいた。平安の時代に来ていた式神朱雀と玄武は清明が現代に戻ったと同時に去って行った。式神の中心となる貴人は結界の中央に立っている。この式神の力は相当だと言われるが、争い事は好まない。たいぞうの肩に乗った大陰は、相変わらずの少女姿でたいぞうを守っている。結界の周りには蛇の青大将の化身と言われる青龍が人の姿をして守っていた。


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貴人が清明に声を掛けた。

「清明殿、私ではもはや説得ができません、戻りますゆえ、どうかご無事で。代わりに騰蛇(とうだ)がやってまいります」

「そうか、有難い」

暫くすると、白装束の貴人は黒い闇に静かに消えた。その後直ぐに、闇の中に鬼火が浮かんだ。ひとつ、ふたつ、みっつ。その鬼火の間から、黒々とした大蛇が降りて来た。大蛇には羽根がはえていた。神通力を持つといわれる式神騰蛇(とうだ)。

「誰かと思えば清明と名字か、わしを呼び出して何事だあ」

「久し振りだの。少し困っておる、助けてくれるか」

「なんだ」

「あそこに居る鬼共を、できればこの大きな鬼瓦の中へ封印したい」

「ほう、そのためにセーマンを鬼瓦へ向けておったか。あれは、酒呑童子か。やつの怨念は相当なものだぞ」

騰蛇は酒呑童子に向かい鬼火を連れてゆっくりと結界の外に出た。

早朝の薄ら青い空の山裾に雲が集まり、その雲が除々に盛り上がって大きな入道雲が出来始めていた。先ほどから酒呑童子は呪文を唱え、その入道雲を作り上げることに没頭している。


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西よりこの地に伸びて来る道から、エアカーのライトが光った。エアカーは酒呑童子達がいる鬼の交流博物館の手前で止まった。

それを見た河辺名字は騰蛇に声を掛けた。

「騰蛇よ、しばしこちらに戻って様子を見よう」

神通力を駆使する騰蛇は、名字の声に頷いて結界の内に戻った。

「名字よ、困った事になるかもしれんぞ」

物事の先が読める騰蛇ではあるが、はっきりとした結末までは読み切れない。

エアカーから、一人の人間が降りてきた。

「棟梁、戻ってきたで、おい、ぐずぐずせんと早よお出てこんかい」

そう喋った男は、暫く姿を消していた茨木童子だった。茨木童子は車の中に居た人物を外に引きずり出そうとした。

金熊童子が訪ねた。

「誰だ、そいつは」

「おう、金熊童子やないか、どうしたんや、屋敷の留守居は虎熊童子だけか」

「もう平安の屋敷に我々はおらん」

茨木童子はエアカーから人を引っ張り出す事を止めて、睨むようにして金熊童子の方へ近づいた。

「なんやと、どう言う事や」

「あそこに居る清明と名字の画策で、頼光ちゃら言う都の武士(もののふ)にまんまと攻め入られ、わしらの肉体は斬り捨てられて朽ちてしもうたわい」

「はあ? ちゅーことは、俺の肉体も無くなってもたっちゅーことか」

「そうだ。すべての首は打ち取られた。残るのは棟梁とわしとお前と、そして星熊童子の魂だけになった」

「羅刹童子はどうしたんや、あいつが負ける訳がないやろう」

「わしらが居た屋敷の手前で、渡辺綱(わたなべつな)ちゃら言う武士にやられたそうな。やつらは触地印(そくちいん)が結ばれた刀を使う」

「触地印(そくちいん)、釈迦が使う印やないか。なんでそんな刀を持ってんねん!」

「わからん」

「それにしても、どいつもこいつも鬱陶しい奴っちゃ。大して世間を見てる訳でもないのに自分がいっぱしの者やと思い込んで、自分勝手に好きなよーに敵味方を決めおって。しょーもないプライドを磨く事しか出来へんのんかっちゅうねん! おれらを鬼々てぬかすけど、一見優しそうな顔してどっちがホンマの鬼なんやっちゅーねん!。そんなしょーもない奴らは俺様がプチプチぶち殺したるわい」

そう言いながら、茨木童子は再びエアカーに戻って中にいたもう一人の人間の髪を掴んで引きづり出そうとした。

「んー、痛いー」

「うるさいワイ。早よー出て来んかい」

そう言って茨木童子はエアカーの中にいた人間を引っ張り出して清明らから見える位置に移動した。

太陽こそ登ってはいないものの、辺りは明るくなっている。

茨木童子は引っ張り出した女性の轡(くつわ)を解いた。

「やめて、いやー離して!」

「うるさい!大人しゆー立っとかんかい」

「福子さん!」

その声を聞いたたいぞうは、肩に式神大陰(たいおん)を乗せたまま結界の外へ飛び出ようとした。

「たいぞう! 出てはいかん」

「たいぞー」

「福子さーん」

「だめよ! 外へ出ちゃだめーっ」

大陰は小さな体で精一杯たいぞうの喉と顎を締めた。

「ふぐふぇーふいふぐふー(離せー、おいはなせー)」

追いついた河辺名字がたいぞうに抱きついて結界の中へ引き摺り込んだ。

「行かないと、福子さんが危ないよ」

「あー解っている、解っているから、とにかく落ち着け!」

「けどほら、あいつ福子さんに、危ないよ!」

「だめー」

また駆け出そうとするたいぞうを皆が止める。

「おーう、どうしたどうしたーオタクの坊っちゃーん、ほらほら、早く来んとこんなことしちゃおうかなあ」

そう言って挑発する茨木童子は、福子を背後から強く抱きしめながら、舌を出してうなじを舐め始めた。

「やめろ! こらーオニー外道」

「おーそうそう、俺はあなたのおっしゃる鬼ですよー、それがどうしたのかなあ」

そう言った茨木童子は、今度は福子の胸に腕を這わし出した。

「いやあーっ、おっねっがいっ、やめてーっ」

福子は泣きながら訴える。

それを見ていた式神騰蛇(とうだ)は、周りに浮かんでいる鬼火を一つ掴んで茨木童子めがけて放り投げた。鬼火は避けようとした茨木童子の右耳を掠めた。

「あぢっ! あぢーっ」

茨木童子は右耳が焦げ、耳を抑えながら福子を離してグルグルと回りだした。福子は逃げ出せずにその場にしゃがみ込む。

「こらーっ、この蛇の化けもんがあ! 何やお前は。鬼火やてっ、おれらの専売特許やないかあっ、あっついわーほんまに」

騰蛇は鬼火をもう一つ投げようとしたが、茨木童子はすばやく福子の髪を掴んで持ち上げた。

「いやあ、やめてー痛いー」

福子は痛そうに両手で掴まれた髪に手をやる。

「同じ手は使えんでえ、なめとんかボケ、今度やったら、この女がどうなるかなあ」

福子を再び立たせた茨木童子は背後から片腕で福子を掴み、もう片方の手で、火傷をした右耳を押さえた。

その様子を見ていた金熊童子が福子の前に出た。片手にはいつの間にか鉄の棒を持っている。その手をグルグルと縦に振り回し始めた。

「ふーんっ!」

気合と共に、振り回していた鉄の棒が騰蛇めがけて放たれた。鉄棒はどんどん大きく太くなり唸りを上げながら騰蛇に向かう。しかし、神通力を持つ騰蛇は先を見通せた。体を返しながら飛んでくる鉄の棒を難なく交わす。

その間、酒呑童子はずっと呪文を唱えていた。北側の山陰から大きく盛り上がった入道雲が除々に近づいて来た。

雲の下は柱のように見えるほどの豪雨と、時々大きな稲妻が走っている

「清明、あの入道雲がこちらに来ると、結界が消えるかもしれん」

「護摩の火を消されると、結界は消える」

「これはまずいぞ。そうなるとわし等は戦う武器も無い」

「ああ、式神も去ってしまう」

「はっはっはっは、ここまでやって来て、わしらも終わりか」

「最期まで諦めぬぞ」

「あー、素手で立ち向かってでも、最期まで諦めん」

「騰蛇よ、最期まですまぬがわし等と戦ってくれ」

「わからん」

「何故だ、どうしてお前がわからないのだ」

「わからんが、お前達の最期が見えて来ない」

「どういうことだ」

「それ以上はわしの意識の範疇外ということだ」

「天の助けでもあるのか、尤も騰蛇、おまえが天の助けそのものだがな」

「清明、わからんが何かある、最後まで諦めぬことだ」



結界の側で茨木童子に向かって騒いでいたたいぞうは、何を思ったか突然後ろを向いて走り出した。

「たいぞう」

河辺名字がたいぞうを追いかけた。

たいぞうは、セーマンの側に置いておいた大きなナップサックを開けて、中から折りたたみ式のテントを取り出して空中に放り投げた。

テントは小さなドーム型となり地面にフワリと落ちた。たいぞうはそれと同時にテントの中へ潜り込んだ。

「おい、どうしたんだたいぞう」

河辺名字が心配そうにテントの中を覗き込んだ。

安部清明も心配して、たいぞうの所にやってきた。

たいぞうはテントに潜り込んでナップサックからパソコンを取り出した。たいぞうの肩に乗っていた式神大陰は寝転んで、胡坐を組んでいたたいぞうのひざに顎を乗せて様子を見ていた。

「おまえ、ここもパソコンの中なのにまたパソコンを持っていたのか」

「ちょっとまってくださいね」

たいぞうはそういうと、パソコンを起動させてなにやらしきりにキーボードを叩き始めた。

「清明さん、名字さん、ひょっとすると鬼をやっつけられるかもしれない」

「パソコンでか」

「そうです。厳密にはパソコンからダウンロードしたソフト」

「どうするのだ」

「IPV6(アイピーブイシックス)ですよ」

「あー、あの340澗(かん)と言っていたやつか」

「そう、340兆の1兆倍の1兆倍」

「そのアドレスがどうしたと言うのだ」

「ちょっと待っていてくださいね、ここの緯度と経度を探さないと」

「井戸?」

「ちがうぞ名字、場所を示す数字だ」

「まー、見ていてくださいよ。おっダウンロードが出来た」

「えっと、北緯 三十五度に十七分三十六秒、東経百三十五度八分三十八秒だな。ここから半径一キロ以内で、この場所を中心に東から北方向へ百八十度っと。よし! これでいいぞ」

「おう、雨が降り出したぞ」

「たいぞう、いいか、酒呑童子が造った雷雲から降る雨で、ここにある護摩の火が消えた時、結界は壊れ式神も消え去る。元々おまえは関係が無い。今からパソコンを片付けて西の方角へ逃げろ」

名字も清明に続いて言った。

「そうだ逃げろ、急げたいぞう」

「まー、待ってください。私は福子さんを見捨てませんよ。ここに来たのはそもそも、福子さんに会いにきたんですからね。見ていてくださいよ。よしっと設定できたぞ。清明さん、名字さん、それに大陰、これから説明することをよーっく聞いてくださいね」

「なんだ、時間は無いぞ」

「解っています。いいですか、このヴァーチャルクローンにある全てのものにはIPV6のアドレスが割り振られています。ところが、あの鬼共はなぜか平安時代から来ていますよね。つまりアドレスを持っていない可能性があるのです。いや絶対に持っていない。だから今ダウンロードしたソフトを使って、この一帯をスキャンしてアドレスの無いオブジェクトを駆除します」

「おぶじぇくと」

「人間とか石ころとかそういった物の事です」

「そんなことが出来るのか」

「もうそれに賭けるしかないな」

「待てよ、式神はどうなるのだ」

「式神もだめです。だから、スキャンが始まる前に式神は遠ざけておかないと。ここから半径1キロ以内は絶対に駄目です」

「しかし、式神も消えて結界も消えると、どちらが速いかの問題になるぞ」

「スキャンはここを中心に東から北へ百八十度です。私の予想では五分かかります。だからギリギリまで騰蛇さんだけは残ってもらって、あそこの鬼のモニュメントの影に隠れてもらうように伝えて欲しいのです。絶対に光の壁に触れないようにって」

「わかった、伝えてくる。周りを守っている青龍と大陰は去ってもらおう」

「いや! あたし、たいぞうと一緒にいる」

「大陰、いくら少女でもおまえは式神だぞ。子供みたいなことを言うな」

「いやよ、たいぞうさんの肩に乗っている。そうしたらそのスキャンの光の壁に触れることはないわ」

「たいぞう、そうか」

「大陰は大丈夫です」

「よし、では青龍を去らすぞ。そして騰蛇に説明をする。名字、スキャンがスタートしたら手を上げてくれ」

そう言って清明は騰蛇の方へと駆けて行った。