WEB 小説 「怨みの里」 | |
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陰陽師 河辺名字と 安倍清明、そして 近未来っ子たいぞうが、 怨みを持って時空を 渡る鬼達に立ち向かう 近未来ファンタジー小説 |
9/8日まで 毎日 朝7:00 更新 (クリックお願いします) 8/20 その1 陰陽師二人
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【陰陽師二人】
今から千年は遡る昔、ここは「たいらのみやこ」。貴族は贅の限りを尽くし、武士(もののふ)が現れ、都の外には鬼が棲んでいたと言う。その時代も二百年が過ぎようとしていた頃、都の隅に河辺名字(かべのみょうじ)という陰陽師が住んでいた。
陰陽師。天文を読み、気象を見極め、精神世界を知る者。
ある日、河辺名字の屋敷に、貴族の藤原足長(ふじわらあしなが)が遊びに来た。
「名字よ、陰陽師という者は誰でも何がしか不思議な術を持っていると聞く。安部清明という人物は近頃有名であるが、何かの術を持っているのだろうか」
「持っている」
「どんな術を持っているのだ」
「色々な術をもっている、術だけではない。清明に限らず陰陽師と言う者は、普通の人間では出来ない体験もしている」
「体験」
「そうだ。例えばこれを見よ」
名字は、木箱から鉄で造られた黒く丸いものを取り出して藤原足長に見せた。その黒く丸いものには細長い柄が付いていた。
「何だ、これは」
「フライパン」
「フライパン……、その黒いのは鉄ではないか、どこで手に入れた」
「わしと清明が霊界で遊んでいた時の事だ。そこに異界の者が現れた」
「ほう」
「その男は白い烏帽子を被り、自らを『こっく』と呼んだ」
「こっく……なんだかよく解らぬのう、何者なのだ」
「中々解らぬだろう。白装束に白烏帽子の男だ。その男が別れ際に、このフライパンをくれた」
「ほう、してそれは、何に使うのだ」
「何に使うかは解らぬ、しかし、さすがは安部清明。このフライパンの使い方を見事に看破した」
「どのように使うのだ」
「ある日、清明は仁和寺の寛朝僧正の所へ伺った、公達共も数人来ていたらしい」
「寛朝僧正といえば広沢僧正と呼ばれる大僧正ではないか」
「そうだ、そこで公達共が清明を冷やかした」
「何と冷やかしたのだ」
「『清明よ、陰陽師という者共は何かの術を持っているそうではないか。その術を使って一瞬のうちに、そこにいるアマガエルを平べったくしてみよ』と」
「はっはっはそんな馬鹿な事を。陰陽師という者は何でも出来ると言うのか、カエルが一瞬で紙の様に薄くなる訳が無いではないか。それで清明はどうしたのだ」
「清明は動じず『よかろう』と答えて祈祷を始めた」
「なに、『よかろう』と祈祷を始めたか。そのカエルはどうしていたのだ」
「カエルは清明の祈祷に大人しく聞き入っていたそうだ」
「はっはっはっは、蛇に睨まれた蛙でもあるまいに」
「いや、ただ訳も解らずにケロッとしていたそうだ。カエルは祈祷のことなど解らぬからな」
「それでどうなったのだ」
「『キエ~ッ』という声と共に、後ろに隠し持っていたフライパンをカエルめがけてたたき付けた。目にも止まらぬほどの速さでだ。バーンっと」
「…………」
「そして辺りは静寂に包まれた。清明は、ゆっくりとフライパンを持ち上げた」
「それで、どうなったのだ」
「公達共は思わずカエルのいた場所を覗き込んだ。しかーし、そこにカエルは居なかったのだ」
「なに、一体どこへ行ったのだ、奇怪な」
「ふっふっふ、そのカエルは平べったくなってフライパンの底にへばりついていたのだ。清明はこれを『フライパンど根性ガエルの術』と名付けた」
「――ど根性」
「清明は『ほれ、この通り』と言ってフライパンにへばりついていたカエルを手のひらにヒラリと乗せて公達共に見せたそうだ」
「公達共達はどうしたのだ」
「見事な術に言葉も無く、それ以来清明は本物の陰陽師だと一目置くようになったらしい」
「フライパンとはそのような術の道具であったか、さすがは清明」
「そうだ、それ以来清明はこのフライパンでカエルを殺しまくっている」
陰陽師河辺名字と藤原足長の話はまだ続く。
そこへ、噂をすればなんとやら、安部清明が公達共を3人連れて遊びに来た。
「やあ、清明、久しぶりだのう」
「おう、名字よ、今日はお願いがあってここに来た」
「どうしたのだ」
「おまえもフライパンを持っておっただろう、取り替えてくれ」
「なぜだ」
「フライパンの柄がひん曲がった」
「はっはっは、カエルばかり叩いておるからだ」
「叩いても叩いても湧き出て来る」
「今は田植えの季節だ。カエルだらけだから仕方が無い」
「カエルピョコピョコミピョコピョコ」
「合わせてピョコピョコムピョコピョコ」
「そうだ、しかしそんな数ではない」
「どれほど居るのだ」
「ケロケロがケロケロケロケロケロケロと」
「――」
「ケローとしか聞こえなくなり」
「――」
「あまりの多さに、ケーとしか聞こえない程だ」
「それは凄いのう」
「しかし、わしがフライパンをコンと叩くと」
「叩くと」
「ピターッと静かになる」
「カエルも清明を恐れ始めたか。良いとも持って行け、しかしこれで最後だぞ。わしのがひん曲がると、もうど根性の術は使えないぞ」
「仕方が無い。フライパンを作れる者がいないのだ。刀を造るより難しいと言われた」
「では持って行け、まあせっかく来たのだ酒でも出そう、ゆっくり遊んで行け」
「こちらのお方は」
「藤原足長殿だ、先程まで清明の話をしておったところだ」
「なんの話だ」
「陰陽師の術の話だ。清明がカエルを殺しまくる術だ、かっかっかっか」
「なんだ、その術のことか。足長殿、この名字も奇怪な術を持っておるのをご存知か」
「なに、名字も持っているのか、見せてくれ」
「そんなに見たいのか。仕方が無い、見せてやろう」
「どんな術を使うのだ」
清明が横から説明した。
「天文気象の術。足長殿、名字はあるものを上下に自由自在に動かすことが出来るのだ」
「自由自在に……、それは何なのだ」
「睾丸。つまりタマタマでござる。名字はタマタマの動きで天文気象を計る事ができるのでござる」
「なんと! 是非見せてくれ」
「おおー。わちらも見とうござる」
清明の後ろに座っていた公達共もざわめいた。
「名字、見せてやれ」
「これは一子相伝の秘術なのだが。仕方がないのう」
そう言って名字は服を脱ぎ裸になった。そして呪文を唱えながら足を開き膝を少し曲げて構えた。相撲取りが四股を踏む時に構えるような格好だ。
「おのおのがた、こちらに来られよ」
清明は皆を名字の背後に集め、頭を畳につけて見上げるようにさせた。
「汚いケツだの」
「ほっほっほ、男のケツはあまり見たくはないのう」
文句を言いながらも、足長と公達共は畳に額を付けて見上げた。
名字の尻の割れ目の奥に、玉が二つ入った袋がぶら下がっていた。
名字は呪文を唱えるのをやめて言った。
「よくご覧あれ、そろそろ始めよう」
そういって再び呪文を唱え始めた。
すると驚いたことに名字の玉袋が少しだけ上下に動き出した。ゆっくりと、ゆっくりと。
「おおーっ」
一同は息を飲んだ。
「まだこれからでござる」
清明が小声で説明した。
「みぎーがーあがるー」
名字がそう言うと、驚いたことに右側の玉だけが上がってゆく。
「ひだりーがーあがるー」
そうすると、今度は右の玉が下がり、左の玉が上がった。
「おーっ、これは、神の技じゃあ」
一同は驚いて唾を呑んだ。しかし、下から上を向いていたので、飲んだ唾が鼻に入ってむせた者がいた。暫くして呪文が終わり、玉袋も静かに落ち着いた。
名字は服を着ながら皆に言った。
「まもなく、雨が降るであろう」
そういい終わって暫くすると、本当に雨が降り出した。
雨とともにカエルの鳴き声が激しくなって来た。
「おっカエルだ」
清明は交換したフライパンを持って出て行った。