小説 恨みの里 10 夜叉童子 |         きんぱこ(^^)v  

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      砂坂を這う蟻  たそがれきんのすけ

WEB 小説 「怨みの里」 

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陰陽師 河辺名字と

安倍清明、そして

近未来っ子たいぞうが、

怨みを持って時空を

渡る鬼達に立ち向かう

近未来ファンタジー小説

9/8日まで 毎日 朝7:00 更新

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8/20 その1        陰陽師二人

8/21 その2       陰陽師現代へ

8/22 その3   ヴァーチャルクローン

8/23 その4  ヴァーチャルクローン2

8/24 その5      もう一つの世界

8/25 その6         夢ひとつ

8/26 その7       酒呑童子現る

8/27 その8     式神(しきがみ)

8/28 その9       頼光都を発つ

8/29 その10        夜叉童子

8/30 その11         大江山

8/31 その12        羅刹童子

9/01 その13        黒歯童子

9/02 その14  曲歯(きょくし)童子

9/03 その15   奪一切衆生精気童子

9/04 その16       鬼とは……

9/05 その17     鬼の肉体滅ぶ時

9/06 その18        虎熊童子

9/07 その19        恨みの魂

9/08 その20       酒呑童子消ゆ


夜叉童子(やしゃどうじ)


屋敷の外は月夜が庭を白く照らしていた。庭に生えた柿の木の枝から屋敷の中が良く見える。暫くすると、そよ風が柿の木の枝をわずかに揺らした。

その時、上から一匹の女郎蜘蛛がゆっくりと降りてきて、屋敷から漏れる明かりをさえぎった。

女郎蜘蛛の背中には、鬼の顔が浮かんでいる。夜叉童子。

酒宴が開かれる屋敷の裏庭。暫くして三本の蜘蛛糸が垂れて来た。背に顔が付いた女郎蜘蛛が三匹。天夜叉童子、地夜叉童子そして虚空夜叉童子。

夜叉と言うのはインドの神話では極悪鬼神であった。男の夜叉もおれば女の夜叉も居た。

その後仏教の世界では善行の神となる。しかし大江山に棲む夜叉童子は悪鬼。すなわち鬼である。

ちなみに童子というのは子供のことではない。髪を上げずにザンバラにしている人は全て童子と呼ばれた。ここではたまたま鬼が全て童子となるが、例えばたいぞうが平安時代の都を歩くと鬼ではなくとも「たいぞう童子」となることになる。

地夜叉童子が喋った。

「夜叉童子様、先程まで酒宴の床に潜り込んでおりましたが、どうやら明日にも我々が棲む大江の山に忍び寄り酒呑童子様を征伐する様子」

虚空夜叉童子が答える。

「あんな、出来損ないの山伏に何が出来るっちゅうねん」

天夜叉童子が言った。

「山伏ではありませんな、武士(もののふ)ですな」

「武士であったとしてもや。あの人数で戦うっちゅうわけか。なめとんのお」

「夜叉童子様、酒呑童子様に伝えましょうか」

 

「そんな必要はないであろう、小さなことを一々知らせておると、怒られるからな」

「大江山には誰を知らせに行かせましょうか」

「それも必要ないだろう、我々で十分だ」

「そうや。都の者共なんか、ちょっと脅かしたったら皆慌てて逃げ帰りよんで」

「相手は武士ですぞ」

「脅すだけやのうて、殺さなあかんな」

「このような事を命令する奴はだれでしょう」

「直接の指示は帝だろうが、わしらを意識するものは恐らく陰陽師共だろう。奴らはわし等のように術を使う者は邪魔だからな。」

「そうでしょうな。もしわし等の大江山が都ならば、あやつらは鬼というだけのことで何が違うのでしょう」

「今となっては術や技には違いは無い。しかし心は大きく違うだろうな。もはやわし等は恨みの心を捨てることはできん」

「そうや! 俺達は例え子供であっても、悪いことをしなくても鬼と言われんねんや。大江の山に生まれた育ったと言うだけで鬼と呼んで馬鹿にしよる。昔は都の外の者はすべて土蜘蛛などと呼んで敵扱やった。人間扱いなどしよらへんかった。今でもそうや。都の者が略奪、暴行、横領、身勝手な刑。女だって犯すやないか。わしらの父も母も何んにも悪いことしとらへんのに都の者共に殺されてもたやないか」

「地夜叉童子よ、おまえは土蜘蛛となり床の下に潜り込め。天夜叉童子は天井だ。虚空夜叉童子は小さくなり部屋を浮遊しろ。わしは正面から行く」

柿ノ木にぶら下がっていた一同はそれぞれに散開して行った。



屋敷の中では酒宴も続き、皆は酔ってきた。しかし最も酒が強い渡辺綱は酔ってはいなかった。先ほどから皆が話す会話をゆっくり頷きながら聞いているだけで何も話してはいなかった。

「……ウヒャアー」

突然、荘園領主の村上氏が慌てた。

「どうされました」

「何を暴れております?」

「目、目の前に大きな蜘蛛が、ヒヤーいくら逃げても目の前から離れない」

「蜘蛛? 蜘蛛など居りませんよ」

「ほれっここに、ここに居る」

渡辺綱はゆっくりと立ち上がった。

村上氏の睫毛から、小さくなった虚空夜叉童子が蜘蛛となって目の前にぶら下がった。

虚空夜叉童子はそのまま目の中に入り失明させる術を持つ。

慌てる村上氏をジッと見ていた渡辺綱は、ゆっくりと剣を抜いた。

「シャーッ」

自分が切りつけられると思った村上氏は硬直して立ちつくした。

「ギャッ」

剣先は寸分の狂いもなく睫毛にぶら下がる虚空夜叉童子の胴を切り裂いた。

虚空夜叉童子は大きな女郎蜘蛛に戻り、壁にたたきつけられた。

「どうやら鬼が先に攻めてきたか」

源頼光は剣を抜いて周りを見渡した。

「うわっ」

突然天井から無数の蜘蛛が糸に揺られながら降りてきた。

「何だーっこれはーっ」

坂田金時が剣を振り回す。糸を切られた蜘蛛は再び糸を見つけて這い上がる。百匹、千匹、いや一万匹。

慌てた下人が簾(のれん)を潜って部屋の外に逃げた。

天井から下人の首筋にポトリと女郎蜘蛛が落ちた。その蜘蛛は下人の背後で大きくなり、鋭い前足が背中から下人の肝臓を貫いた。肝臓を刺すと人間は即死である。下人は崩れるように床に倒れた。

一方部屋の中では、卜部がジッと天井を見ていた。そして突然、手に持った短槍を天井めがけて突き刺した。

ウグアッ!

 天井から青い血が垂れ始めた。暫くすると子供ほどもある大きな女郎蜘蛛が天井から落ちて来た。その蜘蛛は仰向けになったまま動かなくなった。

「きしょい!外に放り出せ!」

ウオアッ!

今度は畳みの隙間から、平べったく大きな蜘蛛が何匹も沸いて来た。

「まいったのう、外へ脱げよう」

「碓井! 外に出るではない」

渡辺綱は碓井の後を追って外に出た。

残った皆は食台の上に登って蜘蛛を刺していた。

頼光が壁際に立ててあった太槍を金時に投げ渡した。

「金時、お前の足元だ!」

金時は力任せに突き刺した。太槍は畳と床を突き抜けて床下の土にまで届いた。

グエッ!

穂先には真っ黒な大蜘蛛が刺さってひしゃげていた。

一方、廊下では先に出た碓井の肩に女郎蜘蛛がポトリと落ちた。 

更に床に落ちたかと思えば突然、美しい女性に変身した。その長い髪はしっかりと碓井の首を巻き込んで絞めていた。後ろから追いついた渡辺綱は身動きが取れない。

渡辺綱は子供と女性には決して剣を向けない。夜叉童子がその心を読んでいた。

「ほほほほほ、どうしました? 私は夜叉童子。私を刺さないのですか? このお方が死にますよ。ほほほほ」

「……」

ウグッ!

女に化けた夜叉童子の胸に短槍が刺さった。

それは渡辺綱の背後から卜部が投げた槍だった。

「綱殿は無敵だが、女が敵だとさっぱりだからなあ」

「かたじけない」

皆はもとの部屋に戻った。無数の蜘蛛は跡形も無く消えていた。

「下人が一人やられたか」

村上氏が答えた。

「私の下人をお貸ししましょう。土地に詳しいので役にも立ちましょう。夜叉童子といえば酒呑童子の六番目の弟子のはず。これよりも強い鬼が五人はいますぞ。明日、ここを発って福知山の大江山手前にある蓼原(たでわら)という所に行きなされ。そこの領主は私と懇意です。文を書いておきますので持ってゆきなされ」

「かたじけない、そうさせてもらいます」

「やっぱりこいつらは化け物だな」

「だから言っただろう、信じないって言ったのは誰だよ」

「初めて見たんだから。わかった悪かったよー、はーあっと、そろそろ寝るか」

その日は全員、なぜか布団を三枚重ねにして寝た。



翌朝、荘園領主村上氏の従者を伴って、源頼光、渡辺綱、卜部季武、碓井貞光そして坂田金時と従者の一行は大江山のふもとにある蓼原へ向かった。

「大きな川ですな」

「はい、由良川と申します川で、福知山に入ると土師川(はじがわ)と合流して水量を増し、大江山の麓を通り宮津にて日本海へと流れ出ます。そしてあれに見えるのが鬼ヶ城と申す山でございます。大江の山はあの鬼ヶ城の後ろにございます。鬼ヶ城にも鬼が棲んでおります。あそこからこの福知山の盆地を一望できるので都からやってくる討伐隊はすべてお見通しなのでございます」

卜部が辺りを見渡しながら答えた。

「沢山の人数で来なくて良かったかもしれませんな」

頼光は前方に見える鬼ヶ城を眺めながら従者に尋ねた。

「蓼原はどの辺りですか」

「あの鬼ヶ城の裏手になります」

「この地は皆喉かで平和そうですな、鬼が棲んでいるとは思えません」

「鬼は地元の人々を襲いません、それにこの辺りに荒くれ者は居りません。何でも悪事を働いても鬼にその上前をはねられるからだそうです」

「なんだか鬼は悪いのか良いのかわかりませんな」

「碓井よ、だから鬼は怖いのだ。清明殿が予言した意味が解ってきたぞ」

「鬼はそんなにまで京の都を憎んでいるものか」

「その昔、舞鶴に青葉山という山がありそこに神が住んでいたそうです。ところが飛鳥の時代、都より大勢の軍がやって来てこの地に寺院を建て始めました。聖徳太子様が仏教を広めようとなされたのです。その時に青葉山の神にも都の手が伸び、攻め立てられたのでございます。神ではなく土蜘蛛と呼ばれて。青葉山の神と匹女(ひきめ)は山を捨てて逃げました。神は女も子供も見捨てずに一緒になって逃げました。当然足並みは遅くやがてこれより我々が参ります蓼原の川向で追いつかれてしまいます。皆はこれまでと女も子供も飛鳥の軍に立ち向かいました。匹女達はせめて神だけでも逃そうと自分の身を楯に必死で逃がしました。神は自分一人が皆を守れなかった罪と都の者への恨みを胸に与謝の大山(よさのたいざん)へ逃げ込みます。残った匹女達はこの場で討ち死に辺りは血の海と化し、何時の日かその場を千原(血原)と呼ぶようになったそうでございます。この神が逃げた与謝の大山こそが今の大江山で、その神は憎悪と嫌悪の魂と化し、やがて変化して鬼となったそうでございます」

「その子孫が酒呑童子と言うわけか」

「そうとも呼ばれております、はたまた、酒呑童子様は比叡山の破戒僧でこの大江山に移り住んだとも言われております。憎悪も度が過ぎますと鬼となるのでございましょうか」

「そうかもしれん、わしらも心が壊れると鬼になるのかもしれないな」

金時は涙脆い。

「なんだかかわいそうではないか」

卜部と碓井が言った。

「同情はイカンよ、もはや鬼に心は無いのだろう」

「そうだ、何があったかは知らないが都の女子供を攫って行くのはもう我慢できまい」

「昨日も見ただろう、もはや人間ではないではないか。安部清明殿も術を使うがそれを凌ぐかもしれん」

「ところで、金時は裸踊りか?」

「いやいや、それは見たくないというので、金時の恋文を見せてもらうことになりました」

「そんなもの、書いたこともないし、俺には書けないよ」

「約束だからな、絶対に」

「参ったなあ、鬼退治より難しいよお」

「はっはっは、私も見せてもらおう」

一行は私市(きさいち)の古墳群を横に見ながら、由良川沿いを蓼原へと歩いた。所々に石舞台の古墳が立ち並ぶ。その石は奇妙にも人の顔や犬、狐など動物の顔が彫られていた。

鬼ヶ城の上からは石舞台の古墳群を歩く一行をジッと見ている鬼がいた。石熊童子。