小説 恨みの里 18 虎熊童子 |         きんぱこ(^^)v  

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      砂坂を這う蟻  たそがれきんのすけ

WEB 小説 「怨みの里」 

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陰陽師 河辺名字と

安倍清明、そして

近未来っ子たいぞうが、

怨みを持って時空を

渡る鬼達に立ち向かう

近未来ファンタジー小説

9/8日まで 毎日 朝7:00 更新

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8/20 その1        陰陽師二人

8/21 その2       陰陽師現代へ

8/22 その3   ヴァーチャルクローン

8/23 その4  ヴァーチャルクローン2

8/24 その5      もう一つの世界

8/25 その6         夢ひとつ

8/26 その7       酒呑童子現る

8/27 その8     式神(しきがみ)

8/28 その9       頼光都を発つ

8/29 その10        夜叉童子

8/30 その11         大江山

8/31 その12        羅刹童子

9/01 その13        黒歯童子

9/02 その14  曲歯(きょくし)童子

9/03 その15   奪一切衆生精気童子

9/04 その16       鬼とは……

9/05 その17     鬼の肉体滅ぶ時

9/06 その18        虎熊童子 *

9/07 その19        恨みの魂

9/08 その20       酒呑童子消ゆ



虎熊童子



金時は片手を頭上に上げ腰を下げて、大きな体を更に大きく見せた。それを見た白虎は耳を絞り低く構えて金時を見上げながら吼えた。周りの者は互いに構えながら金時と白虎の対決に見入って動かない。

金時はゆっくりと右に回りながら白虎を睨みつける。金時の体は気迫で見る見る赤く染まってきた。白虎は低く構えたまま金時の目を見て威嚇する。

金時の足が止まった。と、同時に白虎が飛びかかった。金時も前に出た。金時が白虎の首を両手で掴む。白虎の前足が金時の肩を引っかいた。大きな爪が金時の肩に突き刺さる。

「ぐおーっ!」

首を絞めた金時はそのまま体を回転させた。白虎が宙に浮き振り回され始めた。白虎も前足を金時の腕に絡め、口を大きく開けて噛み付こうとする。金時の腕に力が入った。血管が浮き出た腕から血飛沫が飛ぶ。真っ白な白虎に赤い血が染まる。

ゴキッ!

鈍い音が鳴った。金時は白虎を虎熊童子めがけて投げつけた。

「おおっ」

「この手で何十頭もの熊を倒した俺様に、虎など相手にはならんわ!」

「おんのっれー」

虎熊童子の白髪が空を踊り、金時を睨む目は動物の目に変わり、口には牙が生えてきた。

「コチャー!」

気合と共に振り出された右手の爪は太く鋭利で、床を大きく傷つけた。金時はかろうじてその爪を避けた。次の手が伸びてきた。金時が下がってもその手はどんどん伸びてくる。

「ふあーっ!」

金時は思わず仰向けに倒れてかわした。

「コチャーッ! コチャーッ! 」

虎熊童子の左右の手が休む間もなく金時を襲った。金時はひと掻きひと掻きと傷を負い、とうとう壁に突き飛ばされた。

「シャーッ!」

更に片手の爪が、金時を襲おうとした時、渡辺綱の刀が光った。虎熊童子の伸びきった片手の手首が勢い良く天井に当たり床に転がった。

「ぐおー、おのれー、何故わしを斬れるー、その剣はっ蝕地印(そくちいん)を結んだかっ」

蝕地印。悪魔悪霊を断つ強い意志を宿す印。この信念の印を鬼は恐れた。

「シャーッ!」

刀を上段八双に構えなおした綱の剣が手首を失った虎熊童子の左首から袈裟懸に斬り下ろされた。鈍い音を立てて首の付いた右肩がめくれる様に胴から離れ床に落ちた。暫くして胴がドサッと後ろに倒れた。

「ひえー」

周りを囲んでいた鬼の中には、虎熊童子の最期を見て驚いて逃げ出す者もいた。

「ほっほっほ、その刀の蝕地印は誰が結んだ」

「知らぬ」

部屋の奥に飛びのいてから身構えた金熊童子の体は天井に届くかと思うほどに大きくなっていた。



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真っ赤な顔で渡辺綱を睨む姿。

それはまさに赤鬼そのものだった。

赤鬼は怒りの視線で頼光らを睨みつけている。

左手に持つのは鉄の棒。その周りには、小さく見える鬼共がひしめき合っていた。

「猪童子に穴熊童子。おまえらは鬼の岩戸に向かって棟梁を呼び戻せ」

猪童子に穴熊童子は勇んでこの場を離れようとした。

その時、廊下を飛び降りようとした穴熊童子の左首を、矢が貫いた。穴熊童子は奇妙な声を出して、頭から白い砂利の上に落ちた。驚いた猪童子は立ち止って身構えた。

「そうは行くかい!」

卜部はすかさず二の矢を放つ。一瞬の後その矢は驚いて立ち止まった猪童子の額に突き刺さった。何が起こったか分からない顔をしたままの猪童子は、バランスを崩してゆっくりと倒れた。

「しゃらくさい!」

金熊童子は手に持った鉄棒を卜部に向けて放り投げた。卜部は弓を前に構えて身構える。縦に回転しながら飛んでくる鉄棒は回転を増しながらどんどん太く大きくなって来る。

碓井が叫ぶ。

「うらべ、危ないっ!」

「うおー」

鉄棒は卜部が構えた弓を折り、交わそうとした右肩を砕いて後ろの壁を突き破った。当たった勢いで卜部も壁にたたきつけられ、その場に蹲って動かなくなった。

「卜部、しっかりしろー」

羅刹童子との戦いで片腕を痛めている碓井貞光が卜部の方へ寄って行く。卜部は右肩から血を流しながら気絶をしていた。

源頼光と渡辺綱は卜部を心配しながらも、二人で金熊童子と対峙した。

怒りのためか、肩で大きく息をしながら頼光らを睨みつける金熊童子。

「蜂童子に狐狸童子ぃーっ!鬼の岩戸だあー、行けー」

今度は、蜂童子に狐狸童子が走って屋敷を出て行った。

「おんどれらあ、許さんぞ! これを喰らえー」

ダーン

いつの間にか再び鉄棒を手に取った金熊童子は頼光と渡辺綱に向けて、その鉄棒を振り下ろす。

ダーン

鉄棒を振り下ろす度に、床には穴が空いて行く。

そこへ龍の顔をした蛇のようなものがあらわれた。式神玄武(げんぶ)。胴には手足が生えた大蛇。その上には安部清明が乗っていた。清明の体は平安の都の自邸にある。そこから現代に行き、さらにそこからヴァーチャルクローンに入り、ヴァーチャル現代の大江山から再び平安の大江山へ来ていた。鬼に対して直接手を出すことは出来ない。

「おお。せいめいー。こいつは手に負えぬ」

頼光は清明に向かって助けを求めた。

「頼光殿、金熊童子を掻い潜ってなんとか中央に座る酒呑童子の人形の首を打たれよ。それは人形ではなく酒呑童子そのものだ!今なら魂は他にある」

渡辺綱が声をかけた。

「頼光殿、金熊はわしが引き付ける。その間に!

「解った!」

「おのれ式神までもが、そこに乗るのは都の清明か!」

ブーン

金熊童子の鉄棒が唸りをあげて式神玄武を襲う。玄武は清明を乗せながら童子の鉄棒をうまくかわしてゆく。

「シャー!」

渡辺綱は童子めがけて刀を斬りあげる。ヒュッ。刀が空を切る音がする。

ガシーッ

童子は腕に巻いた金鎧で渡辺綱の剣を受け止めた。そしてもう片手に持った鉄棒を上段から振り下ろす。

バキーッ

綱が転がりながら避けた。床が割れ大きな穴が開く。

「シャーッ!」

起き上った綱は刀を水平に薙ぐ。しかし童子には届かない。床から鉄棒を引き抜いた童子は一歩踏み出して渡辺綱へと近づいた。その時。

「今だ」

頭上から清明の声がした。

「ソィヤー!」

頼光は金熊童子の背後に回り、刀を水平に薙いだ。

刀は首の根元に入り、そして切り抜けた。

宙を飛ぶ首は、やがて鈍い音を立てて床に落ちる。その音を聞いて金熊童子が振り返った。

「棟梁! とうりょー、おんのれー」

金熊童子は片手で頼光の首を掴み持ち上げた。頼光は刀を落として童子の腕を掴み、足をばた付かせて抵抗する。童子は頼光を左右に振り回す。

「ングーッ」

「オノレー 棟梁を!」
「頼光殿!」

遠くから碓井貞光の声が聞こえる。

「シャーッ!」

金熊童子の背後から、渡辺綱の気合が飛んだ。綱の刀は金熊童子の左胴から見事に右胴を抜けた。

下半身の無くなった金熊童子が床に落ちる。その反動で童子に掴まれていた頼光が床に放り投げられた。

「グアー、棟梁! すまぬー」

胴の無くなった金熊童子が両手で這う。

その時、酒呑童子の首の後ろに、細くて黒い竜巻が起こった。竜巻は徐々に太くなり、周りにいた鬼の子分共を吹き飛ばした。

やがて竜巻は消えて一人の大男が立っていた。

真っ黒な肌に赤い目。その男は足元に転がっている自分の首をジッと見ていた。

床に放り落とされた頼光は刀を失い、代わりに先ほど差し出した源氏の兜を手に掴んだ。

「棟梁、わしの不覚じゃあ。すまぬー」

胴を失った金熊童子は、そう叫び腕で這いながらじわじわと酒呑童子の所へ近づこうとしていた。

酒呑童子は髪を掴んで自らの首を持ち上げた。魂の無くなった顔が宙に揺れる。真っ赤に血走った童子の視線がゆっくりと頼光の方へ移動した。

「おどれかー、わしの首を取ったのは!」

そう言った童子は自分の首を縦に大きく振り回し始めた。

「ただで済むとは思うなよー」

童子は振り回した首を頼光めがけて力一杯放り投げた。


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口を開け、うなりを上げて酒呑童子の首が飛んで来た。都の者共に異端視され、蹂躙されてきた土蜘蛛の恨み、平和な生活を壊された地元の者共の恨み、そして童子と先祖が受けた屈辱を怒りの目に表した酒呑童子の首が飛んできた。頼光は手に持った鎧を両手で掴んで構えた。歴代の帝の血を引く源氏の兜が鬼の顔を受け止める。童子の顔が勢い良く鎧に突き刺さる。その勢いで頼光は壁まで飛ばされた。

「金熊童子、肉体が朽ちる前に離脱せよ!」

自らの首を放り投げた酒呑童子は頼光の事など無視をして、金熊童子に声をかけた。

金熊童子は動きを止めて自らの魂を離脱させる。やがて真っ黒な酒呑童子の側に真っ赤な金熊童子の姿が現れた。

「もはやこの時代に用はない。行くぞ」

「どこへ行かれる」

「現代のヴァーチャルクローンに行く。そこにいる安部清明を叩きのめす。わしについて来い」

「こいつらはどうします」

「放っておけ、もはや相手にしても仕方の無い世界の者共だ。肉体など何時かは朽ちる。清明の魂を抜きに行く」

「殺すのでは無く魂を抜くのですか」

「そうだ、志を抜く、情けを抜く、徳を抜く、胆を抜く、そして腑(ふ)を抜く。魂は死なぬ。しかし抜くことが出来る」

「それで腑抜けと言う訳か」

「そうだ。腑は腹だ。底力を出すときに必要な所だ。そして心でもある。であるから腑を抜く。強い恐怖でも構わない、絶望を与えても構わない。さあ行くぞ」

酒呑童子と金熊童子の周りに、再び黒い竜巻が起こった。他の鬼共はいつの間にかどこへやらに消え去っていた。式神玄武に乗った安部清明の姿も消えていた。

静寂が続く。先ほどの戦いが嘘のように灯された菜種油の火が静かに灯っていた。

頼光は酒呑童子の首が刺さった兜を床に放り投げた。

ゴトッ

放心状態から我に帰った渡辺綱がゆっくりと起き上がった。

「頼光殿、大事はないか」

「ああ。やっと終わった、なんと手ごわい相手だったか。碓井、金時、卜部は大丈夫か」

壁の側で気絶していた金時がゆっくりと起き上がった。渡辺綱が寄ってゆき金時を抱き起こした。

「うっ、いてて」

「いかんな、肩が砕けておる」

そう言って綱は金時を碓井と卜部のところまで連れて行き、手当てを始めた。

東の空がうっすらと青みがかった。

「酒呑童子の首を持って帰ろう」

「ああ。その前に暫く休もう。疲れた」

「もう鬼は戻ってこないだろう」



突然消えた酒呑童子に、河辺名字とたいぞうは心配して待っていた。相変わらず石熊童子の子分の小鬼は結界の周りを賑やかに取り囲む。

結界の中でジッと動かなかった清明が突然立ち上がった。河辺名字がそれに気づいて声を掛けた。

「清明。無事だったか」

「何とか酒呑童子の首を取ることが出来た。しかし奴らはこちらに向かってくるぞ」

「だろうな、これからだな。たいぞう、絶対に結界から出ては行かんぞ」

「どうなってるんですか」

「もう直ぐこの場所が大変なことになる。しかしこの結界が我々を守るから出ては行かんぞ」

「わかりました」



夜が明けた。死んだように眠っていた源頼光と四天王が目を覚ました。酒呑童子の屋敷に、鬼共は一人も居なかった。

「みんな、起きろ」

「うー、うっ。血生臭いわい」

「これは溜まらん。こんな目覚め方は気に食わんな、とりあえず別の部屋に移ろう」

「あー、もっと死ぬほど寝たい、別の部屋で着替えて体でも拭いて、もう一度寝よう」

「頼光様」

廊下から恐る恐る一人の老翁が顔を出した。

「おう、あなたは見覚えがあります。確か、道長様の歌会に出ておられた。あなたも攫われておられたか」

「はい、私のことなど、昨晩はお疲れで御座いましたでしょう、あちらに朝餉の準備が出来て御座います。その後はこの屋敷で自然に湧く岩風呂がございます。しばしそこで疲れを癒してくださいませ」

「飯か、そういえば腹が減っていたのを忘れていた。これはありがたい」

別の部屋に移動すると、都から攫われてきた人々が集まっていた。

「美味いのお、いくらでも食えそうだ」

「そうだ、皆さんも一緒に、都に戻りましょう」

そう言った頼光に、誰も返事はしなかった。

「どうしたのです、戻りたくはないのですか」

老翁が答えた。

「幾人かは戻る者がおりますが、我々はここに留まって住もうと思っております。都に戻っても、もしや鬼の化身などと言われるだけでございます。この屋敷はもはや不要でございますゆえ、燃やして畑にでもするつもりでございます。頼光様には頼みが御座います」

「何ですか、私に出来ることなら」

「この地には我々が住むということを、帝様いや、藤原様にお伝え願いませんでしょうか」

「お安い御用だ。私もあちこちの受領(づりょう)を勤めている。私が言えば問題はないでしょう。」

「ありがとうございます」

日も頭上に登って来た頃、頼光と四天王、そして十人程の者が数台の荷車に荷を乗せて、都に向かって発っていった。