小説 恨みの里 15 奪一切衆生精気童子(だついっさいしゅうじょうせいきどうじ) |         きんぱこ(^^)v  

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      砂坂を這う蟻  たそがれきんのすけ

WEB 小説 「怨みの里」 

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陰陽師 河辺名字と

安倍清明、そして

近未来っ子たいぞうが、

怨みを持って時空を

渡る鬼達に立ち向かう

近未来ファンタジー小説

9/8日まで 毎日 朝7:00 更新

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8/20 その1        陰陽師二人

8/21 その2       陰陽師現代へ

8/22 その3   ヴァーチャルクローン

8/23 その4  ヴァーチャルクローン2

8/24 その5      もう一つの世界

8/25 その6         夢ひとつ

8/26 その7       酒呑童子現る

8/27 その8     式神(しきがみ)

8/28 その9       頼光都を発つ

8/29 その10        夜叉童子

8/30 その11         大江山

8/31 その12        羅刹童子

9/01 その13        黒歯童子

9/02 その14  曲歯(きょくし)童子

9/03 その15   奪一切衆生精気童子

9/04 その16       鬼とは……

9/05 その17     鬼の肉体滅ぶ時

9/06 その18        虎熊童子

9/07 その19        恨みの魂

9/08 その20       酒呑童子消ゆ



奪一切衆生精気童子(だついっさいしゅうじょうせいきどうじ)



渡辺綱は考えた。離れて戦うのも利が無い。近づいて戦うのも不利。複数で一挙に突進し必ずどちらかを倒す以外に道は無かろうと。

「金時、卜部。わしがあの女鬼めがけて突進する。わしの影に隠れて付いて来い。あの文殊玉(もんじゅぎょく)をどちらかが交わして何としても女鬼を切り殺せ」

「綱殿、それならば突撃の先頭は体が一番大きな俺が適任だ、俺がやる!」

奪一切衆生精気童子。白装束で青い顔をしたこの女鬼は後ろに僧の身なりをした皐諦(こうたい)童子を従えゆっくりと近づいて来た。

「よし、思い切り走って突っ込むぞ、いいな」

「おう」

卜部と渡辺綱が体の大きな金時の後ろに隠れながら勢い良く走り出した。

「どりゃー」

坂田は呪縛にかからないように思い切り声を張り上げて突進した。

「どりゃー、だりゃー」

奪一切衆生精気童子の目が静かに金時を捕らえた。金時は両手を前に出し、女鬼の目が合わないように突進する。

「だりゃー、だー、でー」

「金時! もう少しだ、頑張れー」

金時の動きが鈍ってきた、両手の力が抜けて除々に下がって来た。奪一切衆生精気童子の後ろから皐諦(こうたい)童子が鎖の付いた文殊石を振り回して投げて来る。卜部は金時の後ろから横に躍り出て刀で鎖石を受け止めた。

「綱殿、今だ!」

「シャーッ!」

渡辺綱が躍り出て、奪一切衆生精気童子を刀で左から右へと薙いだ。

ドサッ

胴が真っ二つに斬れ上半身が地面に落ちた。綱はその上半身を足で蹴った。その上半身が草むらに転がり落ちた頃、下半身がドサッと倒れた。

呪縛にかかって動かなくなっていた金時は突然目覚めた。意識は先ほどの突撃のままである。走り出した金時は奪一切衆生精気童子がいなくなっていることに疑問を感じながらも眼前の皐諦(こうたい)童子の首を絞めて持ち上げた。

皐諦(こうたい)童子は一の鎖を卜部の剣に絡ませながら二の鎖石を金時のこめかみめがけて振り回した。

「はうー」

皐諦(こうたい)童子の腹に、渡辺綱の刀が突き刺さった。

渡辺綱が刀をすぐに抜き取った後、金時が皐諦(こうたい)童子を宙に放り投げた。卜部がまだ鎖が絡んだままの刀を体に引き寄せた。宙に浮かんだ皐諦(こうたい)童子は卜部めがけて落ちてくる。

「シャーッ」

渡辺綱は、皐諦(こうたい)童子の首を上段から切り下げた。

首と胴は卜部の足元に叩きつけられるように落ちた。

「みんな引き返せ」

三人は直ぐに源頼光や碓井貞光の居る荷車の所に戻った。



「ふー、間一発だったな」

「頼光殿、大丈夫でしたか、あっ、危ない!」

頼光の背後から、碓井が片手で持った刀を上段に構えて振り下ろそうとしていた。

「キエー」

頼光は奇声を発しながら地に転がった。碓井の刀は地面を叩いた。

卜部達は唖然として立ち竦んだ。

「碓井! 何をするのだー」

碓井は、頼光を無視して声を発した卜部に向かった。

「おいおいおい、おい! 碓井。どうしたんだしっかりしろ」

卜部は碓井を斬るに斬れない。仕方が無く頼光も渡辺綱も、そして坂田金時も一緒に荷車の周りをぐるぐると廻りながら逃げるしかなかった。

「しっかりしろ、碓井、聞こえているのか」

碓井は黙って追いかける。時々止まっては荷車越に片手で刀を振り回した。碓井は先ほどの戦いで右肩を痛めている。

ゆっくりと逃げながら頼光が言った。

「碓井に何があったのだ」

「確か、そうだ。傷の手当をした後に、老婆が来て碓井と話していたと思う」

卜部が答えた。

「すると、その老婆が何かしたのか。老婆は何処へ行った」

「何処へ行ったかわかりません。来る途中ですれ違った老婆のように思ったが」

「そいつも鬼だったのかもしれん。碓井に取り憑いたか」

「それは困った。どうすることも出来ないではないですか」

「このまま廻り続けるか」

「俺が向かって、碓井を殴って気絶させようか」

そう言って金時が立ち止まった。

「金時待て、気絶をさせても憑いた者が碓井から離れるとは限らんぞ。全員で襲って荷車に張り付けよう」

荷車を中心にして右回りにぐるぐると逃げていた四人は、今度は二人ずつに分かれて碓井を囲んだ。

予期しなかった碓井は、片手で刀を構えながら腰を引いて双方の動きをみる為に首を左右に動かした。

先に金時が動いた。碓井は金時めがけて刀を振り上げようとした。その腕を後ろから渡辺綱が捕まえた。碓井はいとも容易く捕まった。そして荷車に仰向けに縛られた。

「離せ! 離すんじゃー。さなくば、黄泉の国まで恨みを捨てぬぞー」

その声はもはや碓井ではなく、老婆鬼、藍婆(らんば)童子の声であった。

「おい! ババ鬼。碓井から出てゆけ!」

「ババ鬼とはなんじゃ! この独活の大木(うどのたいぼく)めが。こいつごとわしを斬ってみろ」

卜部が老婆鬼の足を掴みながら言った。

「ババ殿、頼むからこの男から出て行ってくれ」

「なんじゃおまえは、都の大ぼけめが! 人から散々巻き上げた金でオベベも綺麗にしおってからに、そのオベベを着る為に一体何人の人を斬ってきたのじゃ」

「そうか、さぞ辛い目に遭って来たのだな」

「解ったような話をするでない。おまえのような鼻たれに何がわかるんや」

「わしらももう鼻たれではない、その気持ちは解る。わしらも辛かったのだ」

「騙されんぞ、わしを嘗めるでない。お前を知っておるぞ、摂津の多田の源氏であろうが。おまえは頼光であろう。おまえの親父が業突張りで、受領(ずりょう)になって散々民の生き血を搾り取りおった。おまえはその甘い汁を吸いながら生きているだけの男じゃろう。ふん! その蓄財は帝を凌ぐというではないか。そのためになんぼの民が苦しめられたかを、良く考えてみな!」

頼光は返す言葉が無かった。国の為、帝の為と精力的に動けば動くほど、財も人も集まってくる。確かに至らぬところもあった。

しかし、頼光の心には信念があった。人が増え、秩序も持てず、ばらばらに生きると、いつかは大陸の者に押し寄せられ、結局酷い目に遭うだろう。帝を中心に纏まった国を造らねばならないと言う信念。

そんな国は数百年も待たねばならぬのだが。

その時、北の闇から、光が射した。光の中から細長い物が飛んできた。足の生えた大蛇。

「おおう、あれは玄武(げんぶ)ではないか」

「なんだあれは」

「清明の式神だ、北の玄武」

玄武は荷車の上を数週廻った。

「ふん! 何かと思えば式神ではないか。人間共に媚を売る糞神め」

玄武が喋った。

「鬼婆よ、久しぶりだな」

「ふん、たかが三百年ではないか」

「また尤もらしいことを吠えておるのであろう」

「なんじゃと! 本当のことを教えてやっておるまでじゃ」

「鬼婆は昔からそうだ。そうやってはどれだけの都人を殺してきた。百人や二百人では済まぬでは無いか、勝手な婆だ」

「うるさいわい! この怒りが収まるまでは、どうしてやめられようか」

「鬼婆よ、これでもくらえ」

玄武は白い霧のようなものを降り掛けた。

「おっ、何をする、小便などかけおって!」

鬼婆は怒りの余り、上半身を起した。碓井の体から老婆の上半身が抜けた。

「今だ! 金時引っこ抜け!」

「おう」

金時は老婆の体にしがみ付き、力任せに碓井から老婆を引っこ抜いた。

「おっ、この糞木偶の坊(でくのぼう) 離せっ離さんかっ!」

金時は老婆を抱え上げ、卜部が老婆に縄を賭けた。

「離せっ離さんと、お前ら末代までこのわしが恨み続けてやるぞ」

「婆さん、すまんな、しばらく我慢してくれ」

「ほふぁえふぁふぉふぉひへは、ひょへんほうひはばひはふぁへん」

(お前らごときでは、酒呑童子様には勝てん)

そう言っていたみたいだが皆には解らない。

「何だ? 何でわしは縛られているのだ」

「おう気づいたか。今縄を解いてやる。お前はばあさんに憑かれていたのだ」

「なんと、あのばあさんは鬼だったのか。見事に騙された」

「さあ、最後の大将が残っているぞ、もう一息だ。清明殿、わしらを守ってくれよ」

羅刹童子。鎧面を付け全身を鎧で固めた体からは、怒りの気炎が吹き出ていた。赤い髪を振り乱し鎧面から青い目が光った。

「ここはわしが行く」

渡辺綱は刀を右手に羅刹童子の前に立ちはだかった。

羅刹童子は渡辺綱の刀をじっと見て言った。

「その刀を何処で手に入れた」

低くて不気味な大声が地面を揺らす。

「しらん」

「蝕地印(そくちいん)」

蝕地印。釈迦が悪魔を退治する時に使う印。手の甲を上に向け、手首の力を抜く。そして指先を静かに地面につける。悪魔悪霊誘惑、どんなことでも挫けない強い力を宿す印。

それに対して羅刹童子は片手に剣を持ち、片手は二本の指を真っ直ぐに伸ばした刀印を結んでいた。羅刹の周りは黒気煙が立ち昇り、赤い髪と青い目が不気味に浮き上がって見える。

しかし、渡辺綱には関係がない。綱は自らの気を充実させ、魂を刀に込めて斬り抜くのみであった。

「シャーッ!」

渡辺綱は下段八双から逆袈裟に切り上げた。剣先は予想を超えて伸び、僅かに間合いを外した羅刹童子の鎧面を斜めに裂いた。鎧面は勢い良く上下に跳ね飛び、中から真っ黒な醜い形相が闇に浮かび上がった。

「なんと、醜い顔だ」

刀という物は想像よりずっと重い。渡辺綱は振り上げた刀の方向に体を移動する。そしてそのまま上段八双に構え直した。

目だけが大きく青く光る顔には鼻も唇も付いてはいなかった。ただ黒い肉の塊が不気味に縦に裂けて波打つ。

まるで女陰かと思わせるその顔が醜く動く。

「流石は蝕地印の威力よ。しかしこの剣に耐えられるか」

羅刹鬼は一歩を踏み出し、剣を大きく横に薙いだ。渡辺綱はよけ切れずに刀で受けた。

「グオーッ」

刀で受けたその体は宙に浮き、道端に叩きつけられた。

「綱! 大丈夫かー」

金時が道端の大石を持ち上げて、羅刹童子に向かって投げつけた。渡辺綱に向けられた羅刹童子の二の太刀は、金時の投げた石によって阻まれた。
 羅刹童子が金時を睨みすえる。

次の石を抱え上げた金時の横で源頼光が刀を構える。

羅刹童子は攻撃をやめた。

「またも蝕地印(そくちいん)」

醜い顔が更に歪んだ。

羅刹童子は腰につけた短剣を抜き出した。それを金時めがけて投げつける。

「ぐあっ」

金時は花崗岩で出来た白い石で受け止めた。短剣は物凄い勢いで石を砕き金時の肩に突き刺さった。

頼光はすかさず刀を羅刹鬼に向けて横に薙ごうとした。僅かに早く羅刹鬼の手が刀の鍔を掴み、頼光ごと背後に放り投げた。

頼光は地面に叩きつけられた。

その時、羅刹鬼に向かって矢が飛んできた。矢は羅刹鬼の背中に刺さった。卜部は二の矢を構えた。

フオー!

振り向いた羅刹鬼は手に持っていた金の剣を卜部に向けて投げつけた。

その直後、金時は羅刹鬼に飛びついた。

「ウワーッ」

卜部は構えた矢を投げ捨ててのけぞった。金の剣は卜部の左頬を僅かにかすめて飛んでゆく。

羅刹鬼を組み伏せた金時は醜い顔を殴り続けた。背後から起き上がった渡辺綱が醜い顔の真ん中めがけて刀を突き刺した。

ギエーッ

断末魔の声と共に、刀が突き刺さった顔からは、涎が溢れて滴り落ちてきた。

「はあはあはあ、殺ったか」

投げ飛ばされていた頼光がよろめきながら戻ってきた。

「ああ、死んだ」

「はあっはあっ、本当に死んだのか」

「ああ、もう動かない」

そう言って上に乗っていた金時がぐずれるように横に転がった。

「さあ、みんな。少し休んで出発するぞ」