小説 恨みの里 8  式神(しきがみ) |         きんぱこ(^^)v  

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      砂坂を這う蟻  たそがれきんのすけ

WEB 小説 「怨みの里」 

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陰陽師 河辺名字と

安倍清明、そして

近未来っ子たいぞうが、

怨みを持って時空を

渡る鬼達に立ち向かう

近未来ファンタジー小説

9/8日まで 毎日朝7:00更新

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8/20 その1        陰陽師二人

8/21 その2       陰陽師現代へ

8/22 その3   ヴァーチャルクローン

8/23 その4  ヴァーチャルクローン2

8/24 その5      もう一つの世界

8/25 その6         夢ひとつ

8/26 その7       酒呑童子現る

8/27 その8     式神(しきがみ)

8/28 その9       頼光都を発つ

8/29 その10        夜叉童子

8/30 その11         大江山

8/31 その12        羅刹童子

9/01 その13        黒歯童子

9/02 その14  曲歯(きょくし)童子

9/03 その15   奪一切衆生精気童子

9/04 その16       鬼とは……

9/05 その17     鬼の肉体滅ぶ時

9/06 その18        虎熊童子

9/07 その19        恨みの魂

9/08 その20       酒呑童子消ゆ


式神(しきがみ)



一方、平安時代に戻った清明は、従者を従えて内裏にある清涼殿へ向かっていた。

内裏にある清涼殿には帝を始め、皇后の定子、そして皇后に使える女房、右大臣藤原道長に中大臣伊周(これちか)を始め、様々な貴族が並び座って待っていた、女房の中には藤少納言や清少納言などもいた。道長と伊周は仲が悪く、帝を挟んで反対側に座り、互いに視線すら合わそうとはしなかった。時は西暦九九五年。一条天皇は十五歳、皇后の定子は十八歳。そして藤原道長は後に来る栄華の時代に向けて着々と体制を整えようとしている頃である。

清明は清涼殿の庭に立ち、従者に指示し、四方に結界を張り巡らし、中央にセーマンを描き四隅にドーマンの櫓を組み上げてその下に梵字で書かれた祈祷文字を敷き護摩(ごま)を焚いた。


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「皆の者、本日は真面目に行うぞ。フライパンは使わぬゆえ、気を乱さずに心してかかられよ」

清涼殿に対してセーマンの向きは逆に描かれた。

「急々如律令 奉導誓願可 成就也」

清明は呪文を繰り返し唱えながらセーマンが描かれた辺りで禹歩(うふ)を始めた。北の玄武、南の朱雀、東の六合、西の大陰(たいおん)には従者が立ち、清明にあわせる様に呪文を唱え始める。

呪文の低い声は、暗くなった清涼殿の庭に木霊し、それを聞く者は護摩の火が浮かぶ別世界に身を置く様に心が宙に浮き始めた。

清明は禹歩を続け、まるで酔っ払いのように頼りない足取りでセーマンの周りを歩き始めた。これぞ禹歩と言うもの。

突如、清明はセーマンの上で立ち止まり、大きな声を発し始めた。

「臨兵闘者皆陣列在前(リンビョウトウシャカイジンレツザイゼン)!」

大声と共に縦に五回、横に四回空を切る。魔除けを意味する九字を発した後、静かに指を会わせ結印を結ぶ。

これらの所作を何度も何度も繰り返された頃に異変が起こった。

「おおーっ」

「おーおそろしや」

帝を始め、貴族達は一同に驚いた。

西の闇から少女が飛んできて、大陰の位置に降り立った。

南東の闇からは、炎に包まれ羽が生えた謄蛇(とうだ)と呼ばれる大蛇が飛んできた。

南の闇からは鳳凰の様な真っ赤な鳥がゆっくりと飛んできた。式神朱雀。

「きれい」

皇后の側にいた女房の一人が思わず声を発した。

安部清明は十二天将(じゅうにてんしょう)と呼ばれる式神を使っていた。

朱雀が放つ光が結界を赤く照らす。

しかし突然、北西の闇から天空という神が黄砂の竜巻を従えて現れた。少女姿の式神大陰は小さな声で泣き出した。謄蛇(とうだ)と朱雀は黄砂と風に巻かれて吹き飛ばされていった。

清明は禹歩をやめ、帝に向かって進言した。

「天空の神が黄砂を従えてやって参りました。これは、北西の方角に災いがあるという証拠。北西の大江の山には、恐ろしい悪鬼『酒呑童子(しゅてんどうじ)』が暴れておりまする。一刻も早く討伐しなければ、帝様にも害を及ぼし、いや、このたいらのみやこそのものが悪霊に取り付かれ魑魅魍魎の国と化すでしょう」

「おお、それはいかん、直ぐにでも討伐軍を差し伸べねば」

「恐れながら帝様、その大役は源頼光(みなもとのよりみつ)にお願いしたく、彼の部下には屈強の四天王が居ります。力の坂田金時(さかたきんとき)、技の卜部李武(うらべすえたけ)、策の碓井貞光(うすいさだみつ)そして最強と言われる渡辺綱(わたなべつな)。これらの武士(もののふ)ならばきっとご期待に添える事が出来ましょう」

右大臣藤原道長が帝に進言した。


余談だが、坂田金時。富士箱根の金時山は坂田金時が子供の頃に住んでいたと言われている。彼こそがマサカリかついた金太郎である。

渡辺綱は剣を使わせば右に出る者は居ないと言われる程に強かった。彼も鎌倉生まれだが母の実家である摂津(大阪)に戻って住んでいた。実家は渡船場兼漁業基地で現在の天神祭りが行われる場所にあり、大川に掛かる天満橋近辺は当時渡辺の津と呼ばれていた。


帝は道長の進言に答えた。

「清和源氏の者共だな。勅許を出す。源頼光に平安の都を害する者、酒呑童子の討伐を命ずる。あとは道長に任せた」

(よし、これで段取りは出来た)

清明は目的通りに帝を動かし、頼光に会ってから現代に戻ることにした。

頼光の屋敷は清明の屋敷前の向かい側に建っていた。

「清明殿、あなたは不思議な術を使って顔を浮かすと言う。見せて欲しいな」

坂田金時が清明に話しかけた。金時は何でも力で事を解決しようとするところがある。

そして清明の様に摩訶不思議な術を使う連中の事を余り信じてはいなかった。

「ああ、勇次の術の事か。見せてやるぞ」

横から渡辺綱が遮った。

「金時。今日は駄目だ、大事な話があるからな」

「ああ、あの大江山の鬼たら言う奴らのことか。あんなもの俺一人でひねり潰してやる」

「何人の鬼が居ると思っているのだ。お前一人ではとても無理だぞ」

「そうだな、鬼は時を越える術も持っているし、化ける術も、瞬時に移動する術も持っている、侮りなさらぬよう」

「そんなもの、迷信に決まっているだろう。俺の目は騙されんぞ、ただの男か爺さんがお面でも被っているのだ」

そう言った金時を卜部と碓井がからかった。

「もし、本当だったらどうする」

「大内裏の周りを裸で逆立ちして歩いてやる」

「見たくない!」

「見たくないのーはははは」

「ではどうすればよいのだ」

「よし、歌を書け。書いて意中の女に渡せ」

「おれはそれが出来ないんだよ、それだけは勘弁してくれ」

「駄目だな」

「駄目だ。その歌を見てみたい。よし、決まった」

「まあいい、どうせ俺が負けることは無い」

清明は金時を気の毒に思ったが、面白いので黙っていた。


さて源頼光と言う人。いわゆる源氏の三代目に当たる。色々な武勇伝が残ってはいるが本当は武士と言うよりも実業家だった。この人、貴族でもないのに今で言えば年商五億とも十億とも言われる程の収入を取る大富豪である。

今では摂津の受領(ずりょう)、つまり現代の大阪府知事のような役職である。この権力を使い、地元の荘園領主などを味方に取り込んで利益を得るのが非常に上手かった。


その時、廊下を歩く音がした。

「頼光様が戻って来られた」

頼光は清明を見つけて話しかけた。

「いやあ、お待たせ致しました。道長殿に捕まってしまいました」

「お疲れ様でございます、して、どうでございましたか」

「大群を率いて行っても、相手は鬼。まやかしに翻弄されては足手まといと言うことで、わしら五人に従者数人だけで行くことになった」

「酒呑童子の子分はご存知でしょうか」

「いや、その辺りは清明殿に聞けと言われた」

 清明は頼光に説明を始めた。

「酒呑童子の子分には、茨木童子、星熊童子、夜叉童子、金熊童子、虎熊童子、石熊童子、羅刹童子などが居る。それぞれが奇怪な技や術を持っていると聞く。鬼は時空を越えて、例えば千年も先の時代へ行くことも出来る。昨日までは酒呑童子や茨木童子は現代にいたのだから、今は討伐の絶好機会のはず」

「現代とやらに鬼が行っておる間は大江山の鬼はどうなっているのだ」

「普通に話しは出来るが、何処かフワフワとしているはずだ。酒を飲ませて寝首をかき切れば簡単に退治出来る」

「そうだな、現代とやらには何人居た」

「恐らくは四人。だから残りは大江山で留守番をしているはずです」

「鬼は化けると聞く」

「左様」

「女にも化けるのか」

「化ける。同じような大きさのものならば動物にも岩にも化けます」

「ははは、それならばこちらも化けよう」

「化けられるのですか」

「そうだな、山伏に化けよう。なあ卜部」

「山伏ならば化け慣れておりますから大丈夫でしょう」

「金時は木こりになれ」

「何で俺だけ木こりなのだ、第一昔は木こりだったから、化けたことにならないぞ」

「そうなのか、現代と言う所で見たぞ、金時殿は子供の格好で丸金の服を着たきこりだった。まさかり担いだキンタロウと言われて有名だ」

「なんだ、その丸金は、だれが勝手に俺を丸金にしたのだ。清明殿、わしも現代に連れて行ってくれ、わしを丸金にしたやつをとっちめてやる」

 清明はにこやかに頼光のほうに向きなおった。

「ははは。頼光殿、行かれるなら速い方が良い。私は現代に居る鬼共をできるだけ引き止めておきます」

「わかった。大江山は京の都の北にある。山まで早足で丸一日だな、現地に詳しい丹波の者も連れてゆこう、しかし様子を見るのに一日。早くて三日後だな」

「それくらいならば何とかなりましょう」

「では、準備を始めるとするか」

清明は自邸に戻って、現代に戻る準備をした。



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一方たいぞうと名字は喫茶店のマスターからの連絡で福子の居場所を突き止める事ができた。

「名字さん、ここですよ」

「ここか、表は地味だが高級クラブと聞いたぞ」

「一見さんはお断りなんだろうなあ」

「待て」

その時背後に清明が立っていた。平安時代からヴァーチャルクローンに戻ってきたのだ。

「おう清明。首尾はどうだった」

「大丈夫だ、源頼光殿や渡辺綱殿が討伐に向かうことになった。決戦は明後日になるだろう。それまで酒呑童子をヴァーチャルクローンの中に留まらせておかなければならない」

「そうか、こっちはようやく福ちゃんの居場所がわかった所だ。この店の中にいるらしい」

「早く福ちゃんを助けましょうよ」

たいぞうは福子がどうなっているのかが心配でしょうがない。

清明はその店の入り口にある店の名前を見た。

「『黄泉(よみ)の夢』か、伝手(つて)が無いな、たいぞう、喫茶のマスターに紹介してくれる人がいないか聞いてくれないか」

「わかりました」

たいぞうは喫茶のマスターに連絡した。すると運よくマスターの友人に常連客が居た。


辺りが暗くなりかけた頃、三人はその人の紹介でようやく店に入れることになった。

店に入ると、赤い絨毯が引かれた客待ちの風流な部屋があった。

中から黒服の男が出てきた。

「いらっしゃいませ、あの失礼ではございますが、どちら様のご紹介でございましょうか」

 名字が答えた。

「東山に住む陶芸家の龍雲さんから連絡がございませんでしたか」

「龍雲様、はい連絡がございました。清明様、名字様、たいぞう様でございますね」

三人は暫く入り口の茶室で待たされた。

赤い絨毯に和風のテーブルが置かれた座敷で待つ。暫くすると美味しい日本茶が運ばれてきた。



清明、名字、そしてたいぞうは赤い絨毯で敷き詰められたクラブの待合室でお茶を飲んでいた。

曲がりなりにも陶芸家の紹介である。それらしくしようと思ったか。

「清明、この菓子が乗っている皿は素晴らしい皿だとおもわぬか」

「わしも先ほどからそれを思っていた。京の都ではこれほどの皿は見かけないな」

「たいぞうはこの皿の造り主を知っているか」

「全然知りません、上等そうな皿ですね」

「おいそこの黒服、この皿は誰が作ったものだ」

「魯山人(ろさんじん)でございます。あの、失礼ではございますが、宮司様でございますか」

「宮司ではない、陰陽師だ」

「でた」

「清明さん、こんなところで怒らなくても」

「怒ってはいない、正しているだけだ」

「それは、失礼いたしました。まもなくご案内させていただきます。今暫くお待ちくださいませ」

黒服はそう言って席を外した。

「なんだロサンジンと言うのは、何処の国だ」

「わからんな、山に住むのではないか」

「たぶん人の名前だったと思いますよ、知りませんけど」

「式神の様な名前をしているな」

待ち部屋の裏側には加奈子ママがいた。

「あの人たちは何者か、少しはわかりましたか」

「殆どわかりません、しかし、私は宮司かと思って聞いてみたところ陰陽師と言われました」

「陰陽師。そうねえ。あの服装は平安時代の直衣(のうし)という服でしょう。あんな服が今時、しかし、烏帽子といい見事なものね。本当の陰陽師かもしれないわね」

「しかし、もう一人の男はわかりません、一見オタクの青年という感じです」

「そうね、いったいどういった関係でしょうね。とにかく、様子を見ていて頂戴。中に入れていいわ」



「お待たせ致しました。今から中にご案内させていただきます」

三人は中に入っていった。清明と名字は格式体裁を重んじる平安時代の貴族の端くれだったので、これくらいの対応には慣れていた。いや、むしろ礼儀としては物足りなく感じる程であった。

しかし、たいぞうは初めてだったので、また膝のない足となり、清明の後に付いていった。

店内は広く、中央に舞台があり、グランドピアノが置かれていた。

店全体は黒い絨毯が敷かれて、音も光も絨毯に吸収されてゆくがごとく静かで落ち着いていた。

三人は入り口近くのボックス席に案内された。黒服がグラスなどを持ってきて準備を始めた。

テーブル中央にはボタンがあり、黒いボタンを押すとプライバシーモードとなり、外からはそのボックスが見えなくなる。逆にボックスの中からは外が見え、上からは店の者が監視している。特に壁などが出来るのではない。光を屈折させてあるだけだ。客はほぼ満員で、殆どのボックス席はプライバシーモードになっていた。

「すばらしいのう」

「帝様が見れば驚嘆するだろうな」

平安時代は屋敷自体は寝殿造など豪快で見事ではあるが、内裏でも板敷か畳である。絹や綿は現代の金やダイヤモンドの様に高価な物だった。清明や名字には絨毯が金の床の様に見えているだろう。

突然、たいぞうが一点を凝視して動かなくなった。

「どうしたたいぞう」

「いらっしゃいませ」

加奈子ママが笑顔で挨拶に来た。その後ろには白にピンクの刺繍で飾られたドレスを着た福子ことラッキーが立っていた。

「この娘は今日からお店に出ることになりました、ラッキーでございます、あら、お知り合い?」

「いえ、お知り合いと言うほどではありません、確か陰陽師安部清明様」

たいぞうは福子のリアクションと余りにもの変わりように言葉を失い黙ってしまった。

「安部清明様でございますか……、清明神社の?」

加奈子ママは安部清明の子孫だろうと思っていた。

「まあ、そのようなものだ、こちらは同じく陰陽師河辺名字、そして奥で固まっているのはアキババーチャルシステムアーティスト代表のたいぞうさんです」

こう言った紹介はこの世界で当たり前のような話で、加奈子ママにとってはどうと言うことも無い。福子ことラッキーはたいぞうの顔を見ようとはしないし、たいぞうは福子をジッと見たままではあったが、焦点が定まらない人形のように固まっていた。ママは情況をどんどん把握して行くが、決して話には深く突っ込んでゆこうとはしない。

「まあ、そうでございますか、龍雲様のお知り合いとか、これからも宜しくお願いします」

加奈子ママとラッキーは挨拶をして次のボックス席へと移動した。

「たいぞう、大丈夫か」

たいぞうの視線は重力に関係があるのだろうか、固まったまま下に下がっていた。

「京の都でも宮中に上がるときは十二単(じゅうにひとえ)を着て別人の様に美しくなる」

「もうどこかのお金持ちに見初められて、遠くに行ってしまうのですよね」

「そうかもしれないがそうではないかもしれない。運命と言うのはわからないものだぞたいぞう」

「そうだ、変わってゆくのは福子さんだけではない、たいぞうもそうかもしれないしな」

「たいぞう」

目に涙を溜めながらたいぞうは答えた。

「大丈夫っす、酒呑童子を探しましょう」

「…………」

「そうだな、どうやらわしの勘ではこの店に居る」

「ここを拠点にしているのではないだろうか」

「慌てずに様子を見てゆこう、決戦はまだ明後日だ」