小説 恨みの里 13 黒歯童子 毘藍婆童子(びらんばどうじ) |         きんぱこ(^^)v  

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      砂坂を這う蟻  たそがれきんのすけ

WEB 小説 「怨みの里」 

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陰陽師 河辺名字と

安倍清明、そして

近未来っ子たいぞうが、

怨みを持って時空を

渡る鬼達に立ち向かう

近未来ファンタジー小説

9/8日まで 毎日7:00更新

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8/20 その1        陰陽師二人

8/21 その2       陰陽師現代へ

8/22 その3   ヴァーチャルクローン

8/23 その4  ヴァーチャルクローン2

8/24 その5      もう一つの世界

8/25 その6         夢ひとつ

8/26 その7       酒呑童子現る

8/27 その8     式神(しきがみ)

8/28 その9       頼光都を発つ

8/29 その10        夜叉童子

8/30 その11         大江山

8/31 その12        羅刹童子

9/01 その13        黒歯童子

9/02 その14  曲歯(きょくし)童子

9/03 その15   奪一切衆生精気童子

9/04 その16       鬼とは……

9/05 その17     鬼の肉体滅ぶ時

9/06 その18        虎熊童子

9/07 その19        恨みの魂

9/08 その20       酒呑童子消ゆ


黒歯童子は一歩一歩、ゆっくりと前へと進んだ。一歩歩く毎に顔が大きくなって行く。目は炎のように燃え盛り赤い涙を流す。黒い牙は顔とともに大きくなってゆき、とうとう両手ではとても抱えきれないほどの大きさになった。

一方頼光は刀を構えて、近づいて来る黒歯童子をジッと見据えた。

(この鬼からは、怒りが溢れ出している。一体何に怒っているのだ)

「おまえは、恨みで人を殺してきたか」

「そうだ、お前は都の者だな。都の者が俺をこうした。都の者が俺達の幸せを奪い、消し去った。おまえらはすべて殺してやる」

「全て殺して、その先どうする」

「どうもしない」

「お前に殺された者の家族はお前と同じように恨みを持っている」

「関係ない」

「勝手な理屈だ。お前が人を恨み殺すことは意味が無い」

「お前らがいなければ良かったのだ。殺してやる」

童子の顔が大きくなり、とうとうむき出した牙が頼光の頭上にまで差し掛かった時、源の先祖より受け継がれてきた刀が白く光った。

頼光はその剣を下段八双から逆袈裟に切り上げた。

剣は黒歯童子の体に隠れ、顔の右耳上から抜け出た。

「グオー、何で俺を斬れる」

「この剣は鬼を切るため触地印(そくちいん)を結ばれながら造られた」

触地印(そくちいん)とは釈迦が使った印。手のひらを下に向け指先を地面につける。

この印は神が悪魔を追い落とし誘惑や障害に負けずに心理を求める強い心を指すものだ。

「ウォー、おのれー」

黒歯童子は、叫びながらはじけ砕けた。

(蝕地印)

それを見ていた羅刹童子は黙って頼光の刀を見据えた。



「後ろから、また来たぞ」

渡辺綱が卜部に声を掛けた。

「また女だ」

髪の毛を長く垂らした白装束の女が何かを引き摺りながら近づいて来た。

毘藍婆童子(びらんばどうじ)。

法華経の世界では魔除けの神として十羅刹女と呼ばれている。全て女性の神である。

余談だが法華経というのは日本で始まった宗教の様に思っている人が多いが、西暦50年前後に大陸で生まれた古い宗教だと言われている。

この中で善神として登場する神の名を鬼達は好んで名付けた。

辺りはもう暗いが、この辺りだけは夜明けの様な明るさがある。

毘藍婆童子も長い髪の美しい女性だった。しかし、片手に引き摺っていたものは、先ほど別れたたばかりの道案内の従者だった。

従者は血まみれになって引き摺られていた。

毘藍婆童子は近くまで寄ると立ち止まり血まみれの男を前に突き出した。片手で突き出すとは恐ろしい怪力。

「うっ、惨い」

碓井貞光が顔を顰めた。

女は話しかけた。

「これ、いりますか、ほほほほ」

そういいながら、血まみれの男の右手を捥いだ。右手はもはや血も吹き出ずに地面に転がった。

碓井は顔を背けた。

「何をやっているのだ、あの女」

卜部が怒りの篭った声を発した。

「これ、いりますか」

女はそう言って、今度は左手を捥いだ。左手もドサッと女の足元に転げ落ちた。

「これ、いりますか」

そう声を掛けては、両足も順番にもぎ取ってゆく。

「やめろー」

碓井はとうとう女に怒りを込めて怒鳴った。

「これ、いりますか」

女は碓井の声にも関せず、とうとう男の胴から首をもぎ取った。

「なんだなんだあ、一体あいつはよ」

横を守っていた坂田金時が怒った。

毘藍婆童子はゆっくりと服を脱ぎだした。

坂田らは女の行動の真意が読めずその妖艶な姿に気を吸い込まれていった。

毘藍婆童子はとうとう素っ裸になった。白い肌に薄明かりが差し込んで、女の体は闇に浮き出るように綺麗に写った。そして女は両手を軽く広げて言った。

「これ、いりますか」

「……」

「じょっ、冗談じゃないぜ、見かけは女でも、鬼じゃねーか」

金時が顔をそむけ切れずに言った。

「おっ鬼には変わりないぞ、早く斬ってしまえ」

毘藍婆童子は両手を上に上げて左方向へ体をねじった。

顔は正面を向いたまま、体は一回転二回転と廻り始める。

まもなく婆童子の側に白い竜巻が出来た。竜巻はゆっくりと碓井達の所へ近づいていった。

「おいおいおいおい、荷物が飛ばされるぞ」

「荷物だけではない、わしらも飛びそうだ」

「ぐおー」

頼光たちは相手に構えるどころでは無くなって来た。

「どうすりゃいいんだよ」

打つ手が無くなったその時、南の闇から美しい深紅の鳥が舞い降りてきた。

「なんだ、あの鳥は」

源頼光がその鳥を見て言った。

「あれは、清明の式神だ。朱雀という鳥だ」

以前に清明が帝の前で式神を呼んだことがある。その時に源頼光も警護に当たっていた。

朱雀は羽を大きく羽ばたかせて、瞬く間に毘藍婆童子が造った竜巻を吹き飛ばした。

「今だ碓井!」

卜部の掛け声に碓井は女の前に進み出て、剣を横に一閃させた。

驚いた顔をした毘藍婆童子の首がゆっくりと胴から離れて地面に転がった。

「碓井早くここに戻って来い。今度は左右から来たぞ」

卜部の声を聞いた碓井は慌ててもとの場所に戻った。



ここは現代。そして更にヴァーチャルクローンの大江山。

安部清明と河辺名字は大きな鬼瓦の像の前で四方に結界を張り巡らし、中央にセーマンを描き四隅にドーマンの櫓を組み上げてその下に梵字で書かれた祈祷文字を敷き護摩(ごま)を焚いた。

「名字、まだ酒呑童子らは戻っては来ていないな」

「ああ、まだみたいだ」

「今のうちに結界をしっかりと張っておこう」

「たいぞう、この結界からは、どんなことがあっても出てはいかんぞ、いいな」

「はい、わかりました」

「よし、それでは俺は式神を呼び出す。式神が来ると平安の時代に送り込んで、頼光殿を助けてやらねばいかん。その間は名字が酒呑童子を食い止めてくれ」

「わかった」

「清明さん、俺はどうするのですか」

「たいぞうは護摩の火が消えないように見張っていてくれ」

「急々如律令 奉導誓願可 成就也(きゅうきゅうにょりつりょうほうどうせいがんかじょうじゅや)」

清明は呪文を唱えながらセーマンの上で禹歩(うふ)を始めた。

酔っ払いの様に歩きながらもセーマンの中央に来ると正気に返り顔を引き締める。

「臨兵闘者皆陣列在前(リンビョウトウシャカイジンレツザイゼン)!」

大声と共に縦に五回、横に四回空を切る。そして静かに指を会わせ結印を結ぶ。

暫くすると、また禹歩(うふ)を始めた。

キャンプに来ていた旅行者がものめずらしそうに結界の周りを囲みだした。何かのイベントでも始まるのかと思っているようだ。

暫くして、南の方角から真紅の派手な鳥が飛んできた。どこか鳳凰に似ている。

「おう、早くも朱雀がやってきたか」

「名字、後は頼む。わしは心配なので早々と時代へ飛ぶ」

「よしわかった」

祈祷を引き継ぎ、今度は名字が禹歩を始めた。

清明はセーマンの中央で動かなくなった。そして先ほど来た朱雀はセーマンの上まで飛んで来て忽然と姿を消した。

「おーっ」

観客はイベントが始まったかと見ていたが、真紅の鳥が現れて消えたのでマジックショーでも始まったかと酒まで持ち込んで座り込んだ。

たいぞうは、護摩の火を見ながら結界の隅で小さくなっていた。

暫くすると、たいぞうの側にかわいい少女がひょっこりと現れた。

「なにしているの?」

「あっ、こんばんわ。えっと今は鬼退治かな」

「私は大陰(たいおん)よ。清明さんと名字さんに呼ばれたの。まだ誰も来てないのかしら」

(なんだか増せた女の子だな)

「朱雀さんが来ていたけど、どこかに行っちゃいました」

「朱雀さんって綺麗でしょ」

「すごく綺麗だね」

「ねえねえ、蹴鞠で遊ぼう」

「え、名字さんいいのですか遊んでいても」

「かまわないよ、遊んであげてくれ」

「じゃ、一緒に遊ぼ。あっ人が一杯現れてきた」

「青龍さん達でしょ、人間の格好をしている蛇よ、じゃ私から蹴るね」

沢山の青龍達はそれぞれの方位の端にたたずんでジッと動かなくなった。

式神が少しずつ現れて来た頃、酒呑童子たちが鬼の岩戸から戻ってきた。

「棟梁、あれはなんだ」

石熊童子が清明らを指差した。

「ん? あれは陰陽師共ではないか。こんなところで何をしておるのだ」

「蹴散らしてやりましょうか、わし等の土地で、汚らわしい!」

「近づいて確かめてみよう」

「なんか囲いの中で蹴鞠をやっとんで」

「おかしいのう、都人がわざわざここまで来て何をしようというのだ」

「ちょっとからかったろかな」

「まて茨城童子。星熊童子よ羅刹童子はまだ戻って来ないか」

「まだのようです、あいつは勝手な奴だから何をしていることやら」

「あいつらは、清明と名字ではないか。清明の様子がおかしい」

「えっそうですか? ジッとして動きませんが」

「動かんからおかしいと言うておるのだ」

「寝てんのとちゃうかな」

「違うな、茨木童子。お前は都に戻ってあれを連れて来い」

「あーあれね。ほなら直ぐ行って来ますわ」

「頼んだぞ、急げ」

「さあ、何で行こかなあ」

「馬で山を降りろ、由良川まで出るとエアカーが走っている。それを奪えば速い」

「おーエアカーね、一度乗ってみたかったんや、では」

「星熊童子、お前の術であいつらを撹乱させよ。結界の中には入れないだろう。深追いはするな、誘き出せ」

「わかりました」

星熊童子は河辺名字の近くまで来てなにやら呪文を唱え始めた。

辺りはすっかり暗くなり護摩の火だけが辺りを照らす。

空は星が輝き、手を伸ばせば掴める程に澄んでいた。

暫くすると無数に輝く星が少しずつ下がってきた。

そして、その中でも大きな星から無数の黒い糸が垂れてきた。

その糸を伝って、星がズルズルと落ちてくる。

「おー」

酒が入った観客は、またショーが始まったかと空を見上げてどよめいた。

「名字さん、星が落ちてくる」

「気をつけろ、絶対に結界から外に出てはいかんぞ」

「たいぞうさん、護摩木をくべに廻ろう」

大陰(たいおん)がたいぞうの手を引いた。

「たいぞうさん、わたしもくべたーい、んもー届かないよ、肩車して」

「わかったよ。ほれ。なんだか本当に式神なのかなあ」

「そうよ、わたしは式神よ」

黒い糸を伝って下がってきた星は段々と大きくなってくる。

良く見ると人の様。

するすると降りてきてはストンと地面に落ちる。

時々着地に失敗してひっくり返る者も居た。

良く見れば、どの顔も石熊童子とそっくりな小鬼だった。百匹もいるだろうか。

子鬼達は何やら訳のわからない言葉を発しながら賑やかに結界の周りを囲み始めた。