小説 恨みの里 5 もう一つの世界 |         きんぱこ(^^)v  

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WEB 小説 「怨みの里」 

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陰陽師 河辺名字と

安倍清明、そして

近未来っ子たいぞうが、

怨みを持って時空を

渡る鬼達に立ち向かう

近未来ファンタジー小説

9/8日まで 毎日 朝7:00 更新

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8/20 その1        陰陽師二人

8/21 その2       陰陽師現代へ

8/22 その3   ヴァーチャルクローン

8/23 その4  ヴァーチャルクローン2

8/24 その5      もう一つの世界

8/25 その6         夢ひとつ

8/26 その7       酒呑童子現る

8/27 その8     式神(しきがみ)

8/28 その9       頼光都を発つ

8/29 その10        夜叉童子

8/30 その11         大江山

8/31 その12        羅刹童子

9/01 その13        黒歯童子

9/02 その14  曲歯(きょくし)童子

9/03 その15   奪一切衆生精気童子

9/04 その16       鬼とは……

9/05 その17     鬼の肉体滅ぶ時

9/06 その18        虎熊童子

9/07 その19        恨みの魂

9/08 その20       酒呑童子消ゆ


もう一つの世界へ



三人はそれぞれのパソコンからヴァーチャルクローンの世界へログインした。

名字はキョロキョロしながら言った。

「おっ、急に景色が変わったぞ」

「ヴァーチャルクローンに入ったからですよ」

 清明は名字を見て笑った。

「名字何だおまえ、その服装は」

「なんだ、これは」

「陰陽師の服は難しいから名字さんはサラリーマン風にスーツにしました」

「スーツというのか。なんだかピシッとしすぎて動きにくいな、現代人はこんな服を着て仕事をしているのか」

「ウブッそれにしても、名字、その頭はなんなのだ、髪が七部三部にわかれているぞ」

「なんだか落ち着かんな、それはそうと清明、おまえこそなんだ。頭のてっぺんが禿げているではないか」

「清明さんは、ニッカポッカにしましたけど」

「清明、お前はなんだか大工みたいだな、腹巻までして」

「なんだか変な感じだ」

「じゃあ、京都まで行きましょうか」

「京都とは、たいらのみやこ(平安京)があったところだな、行こう」

「何でゆきましょうかね」

「何って、瞬間に移動すればよいのではないのか」

「そんなこと出来るのですか」

「出来る出来る、こうやって行き先をイメージして軽く飛び上がれば行けると本に書いてあったぞ」

「すげー、もう説明書読んだのですか」

「たいぞう、行くぞ」

「はい」

「ほれっと」

 三人はピョンと飛び上がった。すると急に景色が変わった。

「着いた」

 こんなことが出来るとは知らなかったたいぞうは驚いた。

「うわっ京都に着いた」

 名字は大きな建物を見上げた。

「何だここは」

「京都駅の伊勢丹ですよ」

「京都駅……いせたん……」

 二人は暫く当たりを見渡していたが、名字が思い出したようにたいぞうを見た。

「ところで、京都に居るたいぞうが好きな女の子は、どうやって知ったのだ」

「ええ、以前に京都へ遊びに行った時に入った喫茶店で働いていたんです」

たいぞうは、鞄から薄いピンクのハンカチを取り出した。

そのハンカチは薄いピンクで花柄の刺繍があった。たいぞうはそれを綺麗に洗って大事そうに透明のビニール袋に仕舞っていた。

安部清明と河辺名字はそのハンカチを覗き込んだ。

「これがその女の子のハンカチか、名字よ、たいぞうは何と大事に仕舞っていることか」

「よければ喫茶店での最初の出会いを聞かせてくれないか」

 三人は伊勢丹の入り口にある小さな長椅子に座った。

 たいぞうは話すべきかどうかを暫く迷っていたが、ぼそぼそと話し出した。

「このヴァーチャルクローンが出来てニヶ月程が経って、僕は一人で京都に遊びに来ました。実際の街や都市が本当にあるか興味があったので来てみたかったのです。京都に着いて本当にリアルに出来ていたのでびっくりしました。四条大橋を渡って先斗町(ぽんとちょう)に入って、鴨川が見えそうな喫茶店があったのでそこに入ったのです」



たいぞうの回顧話が始まった。

カラーン

ドアを開けるとベルがなりました。

店内は細長く、入り口右手には長いカウンターテーブルがありました。

左側には四人がけの木目のテーブルが並び、テーブルとテーブルの間には観葉樹が置かれていました。

「いらっしゃいませー」

カウンターの中から細くて優しそうなな女性の声が聞こえました。

私は、鴨川を見たかったので一番奥の四人掛けテーブルに座りました。大きな窓ガラスから外を眺めると、太陽に照らされる鴨川の水がキラキラと無数の光を放ちながら、ゆっくりと動いていました。

私の頭の中には、先ほどのウエイトレスの声が木霊して消えませんでした。

その彼女が水とお絞りを持ってこちらへ歩いてきました。

「いらっしゃいませ、何にしますか」

「えっと、あの、ホットココアください」

小柄で肩下まであるストレートの黒髪、顔は小さな卵型で綺麗な目をしていました。決して高級な服とは言えない服装をしていましたが、いつも綺麗に洗っているのかとても清潔感を感じました。

何よりも私が気に入ったのは、彼女の声でした。細くて優しく小さな声。

(いらっしゃいませ、何にしますか、いらっしゃいませ、何にしますか、いらっしゃいませ、何にしますか――いい声の人だなあ)

私は、雑誌を読む振りをして、店の中の彼女の動きを追い続けていました。

彼女はココアを持って私の席に近づいてきました。

「おまたせしましたあ、はい、ごゆっくりどうぞ」

「あっ、すいません」

(こんな人と付き合えたらいいのになあ)

私はと言えば、ジーパンにお決まりのチェックのシャツを着て、お決まりのショルダーバッグを下げていました。

喫茶店の片隅で小一時間も彼女を見ていたでしょうか。

暫くして彼女は水を取り替えようと私の方に近づいてきました。

その時、手前に座っていた男の足に躓いてバランスを崩しました。そしてコップから飛び出た水が私の膝にかかったのです。

「あっすいません、大丈夫でしたか」

彼女は足が引っかかった男に謝った。男はさほど気に留めることもなく、スポーツ新聞を読み続けていました。そして今度は私のほうに振り向いて言いました。

「ごめんなさーい。ちょっと待っていてくださいね、今お絞り持ってきますから。ここにこれをあてて、ぎゅっと掴んでいて頂けませんか、すいません。直ぐにお絞り持ってきますから」

「あっ、大丈夫ですよ、はっはい」

彼女は自分のハンカチを取り出して水で濡れた膝に当ててくれました。その時彼女の手が私の手を強く握ったのです。勿論私の手で暫く濡れたジーンズの水分を沁みこます為ですが。

私はその華奢(きゃしゃ)で優しそうな手の感触が忘れられませんでした。。

彼女は直ぐにお絞りを持ってきて、膝を拭いてくれました。

「本当にごめんなさい。大丈夫かなあ」

「だっ、大丈夫ですよ、きょうは、いい天気だし、直ぐに乾きますよ」

彼女はハンカチを卓上に置き、おしぼりで私の膝を拭いてくれました。

髪の毛からはなんとなく甘い香りがしました。小柄だけど綺麗な人でした。私はジッとしていられなくなり店を出ることにしました。

「あの、もう大丈夫です。水ですし外に出ると直ぐに乾きますから、気にしないでください」

「ほんとうにごめんなさい、けど、また来てくださいね。お代はいいですから」

「それはいけません。それと、あの、ハンカチ」

「あっ、ごめんなさい」

「あいいえ、これ、洗って今度また持って来ます」

「えっ、そんな、いいのですよ」

「いえ、それでは、ご馳走様でした」

私は彼女が何かを言おうとしているのも構わずに、ハンカチを握ったまま店を出ました」



「って、感じだったんです」

清明と名字が答えた。

「なるほど、何だかドキドキがこちらにも伝わってきたぞ。詩(うた)を書け」

「名字。現代っ子には現代のやり方があるものだ」

「そうだった。兎に角その喫茶店に行ってみよう」

「いいですよ行かなくても」

「どうしてだ」

「もう行っても居ないかもしれないし」

「それはわからない、会える事を祈って行ってみよう」

三人は立ち上がって伊勢丹を出た、すぐに名字が立ち止まって空を指差した。

「おっ、あれは何だ」

「ああ、京都タワーです」

「あそこからなら都が見渡せるな」

「あっそうか、清明さんも名字さんも京都は1000年ぶりなのですよね」

「そうなのだ、懐かしくもあり、昔の面影も無い変わりように戸惑いもあるな」

「じゃあ、あそこに登って、京都の街を見ますか」

「そうしよう」

三人は京都タワーに登った。

清明は展望台から北山の方角を見入った。

「これはすばらしい、都の全てを見渡すことが出来る」

「内裏(だいり)はあるか」

たいぞうは鞄から京都のガイドブックを取り出した。

「あー内裏ね、えっと内裏はあの方向で、今は無いですね」

「あそこに内裏のようなものがあるではないか」

「あれは、京都御所ですよ」

「きょうとごしょ?」

「あー、えっと、昔は、土御門東洞院内裏(つちみかどひがしのとういんだいり)だって」

「あー、成程、内裏が無くなって土御門殿が残っているのか」

「えっと、何でも天皇様は内裏を捨てて土御門邸に住むようになって今に至るそうですよ」

「ほお、そういう時代の移り変わりがあったのだな、ではあそこに今の帝様がおられるのか」

「違いますよ、今の天皇は東京に住んでいますよ」

「ではあそこは何なのだ」

「よく解りませんが別荘みたいなものですよ」

「清明やわしらの家は、流石に残ってないわな」

「ありますよ、一条戻り橋ですよね」

「ぐおっ! 清明の屋敷があるところではないか、たいぞうがどうして知っている」

「この本に書いてありますよ、清明神社だって。清明さんの屋敷跡って書いてありますよ」

「屋敷が残っているのか、行って見たい!」

「たいぞう、わしの屋敷は」

「名字さんの屋敷はーっと」

「うんうん屋敷は」

「――無いね」

「ガクッ、なんだ無いのか、土に帰ったか、まあそれも良い、……なんだ、無いのか」

「そんな落ち込まなくても、ぎゃははは涙なんか浮かべて、元気出してくださいよ、残っている方が奇跡なのだから」

「しかたがない、せめて清明の屋敷を見に行こう」

「そうだ、羅城門は残って居るのだろうか」

「今見ている方向とは反対側ですね、えっと、今は無いそうです、公園になっています」

「他にどんな物が残っているのだろう」

「えっと、清水寺は知っていますか」

「おーう、あるある。今でもあるのか」

「あるも何も、京都の観光場所ですよ。平安神宮、そうだ平安京なのだから平安神宮は知りませんか」

「知らんな、そんなものはなかったぞ」

「八坂神社」

「知らんな」

「んーっと北野天満宮」

「おう、あるある。それも残っているのか、見事だ」

「やはり清明の家を見に行こう、たいぞうの喫茶店はその後だ」

「じゃあ、バスに乗って行きますか」

「ばす?」

 オウム返しに聞き返すのはいつも名字だ。

「道を走る大きな牛車ですよ、ははは、あれですよ、あれ」

 駅の前には沢山のバスが出入りしていた。

「バスに乗ろう。そうしよう」

三人はバスに乗り清明が住んでいた堀川一条通へ向かった。

「清明さん、一条戻り橋って何でそう呼ばれているのですか」

「ああ、ある学者が死に、その葬列がその橋を渡った。その話を聞いて急いで熊野から戻ってきた息子が橋に来た時、雷鳴と共に学者の生命が一瞬生き返り、息子と抱き合うことが出来たらしい。それ以来死に行く人が戻る橋と言うことで戻り橋と呼ばれるようになったらしいな」

たいぞうの隣に座っていた老婆が興味深そうに清明を覗き込んだ。

清明は老婆にお辞儀をして話を続けた。

「そう言えば、わしの十二天将(じゅうにてんしょう)はまだ橋の下に居るのだろうか」

「なんですかジュウニシテンョウって」

「ああ、式神(しきがみ)と言って、人の善行と悪行を見定めることが出来る神と言うか鬼妖怪と言うか、要するにわしの知り合い共だ」

「橋の下って、なんでそんなところに居るのですか」

 横から名字が口を挟んだ。

「はっはっは、最初は清明の家に住んで居たのだ。しかし、清明の嫁が気色悪いと怒り出した。清明は嫁の剣幕に押されて仕方なく式神共を戻り橋の下に住まわせるようにしたのだ」

「それで、そのまま放ったらかしなのですか」

「そんなことは無かったはずだが知らぬ間に忘れていたよ」

「かわいそうに、着いたら橋の下見てみましょうよ」

 隣で老婆も頷いていた。

「しかし、このヴァーチャルクローンは仮想の世界であることを忘れてしまうくらい良く出来ているな」

「ヴァーチャルクローンだから式神まではいないでしょうね」

「いや、式神はそういうものではない。居るかもしれないぞ」

「ぼちぼち着きますね」

三人は堀川一条のバス停で降りた。

「ここが清明神社ですね」

「ここがか、わしの屋敷ではないな」

「もう屋敷は残ってないのでしょうね、けどこの場所に住んでいたっていうか、住んでいるって言うか、なんだかややこしいけど」

「確かにこの地は清明の屋敷のあったところだな、だが清明の屋敷は軽くこの十倍はあったぞ」

「へー、すんごい屋敷だったんですね、ってか、すごい屋敷なのですね。はぁーややこしい」

清明と名字は平安時代から現代に来て、更にたいぞうと一緒にコンピューターの中のヴァーチャルクローンと言う現実そっくりの仮想世界に来ているのだ。

「清明の家の入り口は自動で動くのだぞ」

「えー、電気も無いのに?」

「そうだ、電気とやらは何者かは解らぬがそんなものは無くてもカラクリがある」

「何ということも無い、隠れ紐(ひも)で引っ張って開けて、紐を離すと閉まるだけのことだ。少し傾斜させてあるから、勝手に閉まる」

「あっ清明さんだ」

境内で清明の名を呼ぶ女性の声がした。清明はその声に明るい表情で振り向いた。その女性は境内に飾ってある肖像を見て言ったのだ。そうとも知らずに清明はその女性の方に近づいて行った。

「私が、安部清明です」

「………」

女性達はギョっとして、清明から離れた。

続いて若いアベックがやってきた。肖像を見て「これが安部清明かあ」と声を出した。

「オッホン、私が安部清明です」

「………いやっなにこの人、キショー(気持ち悪い)」

「だから、私が安部清明」

ボカッ

「アホかおっさん。寄るな!」

たいぞうと名字が急いで駆けつけた。

「この若者が、わしを殴った」

清明は目に涙を浮かべながらたいぞうに言った。

「なんやこいつら、腹巻のおっさんにサラリーマンにオタクって、変な奴っちゃな、行こ」

「あっ、すいません、清明さんこっち来てください、早く」

たいぞうは清明の服を掴んでアベックから遠ざけた。

「あいつめ、親切に清明だと言っているのに、祟ってやろうか」

「何を言っているのですか、本物が居るなんて信じないし、第一今のあなたの格好はニッカポッカのおっさんの格好なんですよ。信じる訳ないじゃないですか」

「あっと、そうだった、この格好をすっかり忘れておった」

「基の直衣(のうし)姿に戻りたいぞ」

「ここでは無理ですよ、一回外に出ないと」

「面倒くさいからこのままで仕方が無い」

「何だか昔の屋敷を期待していたから拍子抜けをした、戻り橋に行こう」

「そうしよう、式神がいるかもしれない」

三人は清明神社を出て戻り橋に向かった。

と言うか、戻り橋は清明神社の正面にある。

「これが。あの戻り橋か」

「変わったのう」

「そりゃ仕方がないでしょう、千年も経っているのですよ千年も」

「そうだな、堀川の川も堀だけになってしまっているし、小さくなっている」

「水が無いな」

その時、橋の下から声がした。

「清明」

「おおう、その声は、十二天将の天乙貴人ではないか」

「久しぶりに私達を呼ぶのですか」

「どうしていたのだ、全員元気か」

「この橋の下にいて、何度も何度も橋と堀川を変えられて。天后(てんこう)などは海の神だから海に帰ると、どこへやらに行ってしまったきりです」

「そうか、わしも千年の後にここで会えるとは思いもせなんだ、すまなかったな」

「いや、私達ことは気にしなくても良い。清明、あなたはここに何をしに来たのですか、千年後の自分を見に来たのですか」

「いや、ちょっとやぼ用だ」

「そうですか。清明、ここにも鬼がいます。気をつける事です」

「なに、会ったのか」

「ええ。この間茨木童子を見ました」

「そうか、鬼もいるのか、解った。気をつけよう」

「ではまた呼んでください」

そう言って天己貴人は姿を暗ませた。

「やはり居ったな式神が。それはそうとぼちぼちたいぞうの言う喫茶店に向かおうか」

「そうだな、そうしよう」

三人は木屋町先斗町にあるはずの喫茶店に向かった。