きんぱこ(^^)v  

  きんぱこ教室、事件簿、小説、評論そして備忘録
      砂坂を這う蟻  たそがれきんのすけ


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    【VEMA Trace of an Ancient Civilization】
謎の遺跡発見か 古代文明の夢を見たい

 私が見つけたGOOGLE EARTHの古代遺跡 らしいもの私は何度見ても不思議な所です。

 発見場所 10°30'20.29"N 40°55'29.41"W 発見日  2009/02/22 11:45

 皆さんも、何か情報や意見があれば是非教えてください。(^^)

砂坂を這う蟻-1 (更新) 砂坂を這う蟻-1

大きな地図 (EARTH) で見る

スタッフ・ベンダ・ビリリ 日本で見たコンゴの心  

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レイプ・略奪・殺戮の悪夢 (コンゴ民主共和国)
大惨殺千の丘ラジオの事は覚えていますか?
ルワンダ惨殺とホテル・ルワンダ
「イノキ・ボンバイエ」と「キンシャサの奇跡」


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中国の炭鉱採掘は画像を見ての通り「露天掘り」ですね。
(画像はAFP通信より引用)

坑道を掘り進む方法ではなく、地表からぐるぐると渦を巻くように大型ブルトーザーなどで掘るというより削り取ってゆく。
(AFP)
(GOOGLE EARTH)
(GOOGLE EARTH)
(GOOGLE EARTH)

岩盤が柔らかくて鉱床が比較的地表に近いものはこの露天掘りが有効でしょう。
 
ましてや中国は広大な土地があるので、縦深くに鉱脈がない場合はこの方法みたいです。
 
石炭は、その生成過程でメタンガスが発生して、メタンガスの溜まった場所を掘り起こすと、静電気やちょっとした火気で大爆発が起こるそうです。
地表から削る削り方でも一瞬で大爆発が起こり得るそうで、重慶では10月31日に大爆発が起こり33名が命を落としたり、12月3日には内モンゴル自治区赤峰市で、爆発があり坑内に数十名が取り残されているそうです。
爆発事故は昨年598名が命を落としたみたいです。
 
そんな炭鉱労働者の賃金は、月に1万5千円前後しかなく、さらに小さな炭鉱はここ数年で1000か所も廃坑にして、労働者賃金もさらに下げると中国当局が言って実施を始めているので、そりゃデモも起こりますわね。
近隣の黒竜江省では、2016年の春に賃金不払いや賃下げによる講義デモが起きていました。
鉄鋼や石炭は過剰生産状態になっていて、中国政府は労働力削減に乗り出しているような感じです。

そんななかで、殺害事件も起きていて、今年の6月には74人の労働者が順次17人の労働者を殺害して炭鉱事故と見せかけ、経営者に賠償金を払わせる「共食い」のような事件も発生していました。
企業側の弁護士はこのような事件は過去十年の間、後を絶たないほど起きていると言っています。
 
鄧小平が昔、ロシアと戦争になりそうになった時に「一億人くらい死んでもどうってことない」といったとか言わなかったとか・・・。
昔から感じていましたが、中国の人は日本の人に比べて命の価値の受け止め度合いが低い気がしています。やはり人口が日本の10倍もいるとそうなってゆくのかなぁと・・・。
 
1900年後半に起きた中国内陸部から沿岸部の開発地域にお金を求めて大量に民族移動が起こった「盲流」と呼ばれる移動現象に始まって、沿岸部に来て財を成し大金持ちになったもの。
内陸部で鉱山などで過酷な生き方をせざるを得なかったもの。
 
日本の戦後経済とは比べ物にならないほどの貧富の差が出来ている中国ですが、日本の10倍の労働力で起きている過剰生産の実態は今後もかなり深刻になってくるのではないかと感じました。
 
中国の実態はいったいどうなっているのでしょう。
 
なんだかんだといっても、今後の世界は人口が多い中国とインドは無視できずに、宗教ではイスラム教(の亜種)が無視できずに、イスラム教人口の増加が目立ち、資源国が中東からアジア、アメリカに変わり、そんななかで水素など主力エネルギーのシフトが進み・・・
 
もう私の頭ではこれ以上はどうなるか想像できません。
 
みなさんはどう思っているのでしょうね。
 
なるようになる・・・ですかね(^^;)
 
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【真田信繁は戦死していない】

 

NHKでもいよいよ面白くなってきた「真田丸」

 

今の所正しいと言われている史実通りにシナリオが進むのかどうか・・・年末にかけて、その行方が楽しみです。

 

私は、信繁親子や秀頼の九州逃亡説真実ではないかと思っています。

 

 

真田信繁は大坂の陣が始まるまでは九度山に14年間も幽閉されていたわけですから、顔つきも容姿も全然変わっていたでしょう。
皆さんも一度くらいは同窓会に参加したことはあるでしょうが、14年も経つと体系も人相も変わりますよね。


ましてや、それまでの大阪城内での暮らしから食うや食わずの野良仕事に追われた暮らしに変わり、髪は乱れて白髪も出ていたでしょうし、肌の色も色白から日焼けして真っ黒になっていたでしょうし、長い野良仕事で目つきも変わっていたでしょうから、大坂の陣当時に信繁の容姿を知っていた人物は、彼の側近と家族や従者など限られた人物しかいなかったのではないでしょうか。

 

さらに、大坂の陣では信繁はたくさんの「影武者」を使ったとされています。


「真田三代記」では穴山小助という人物を信繁(幸村という名は江戸時代に付けられた名前)として敵の陣中に送り込み、その他の影武者も次から次へと戦場に送り込んで敵を惑わしたとされています。
知将としては、それくらいのことをやるほうが寧ろ自然に思うわけです。


さらに、自陣まで信繁に攻め込まれた家康は「どっちの真田だ(父か子か)」と言ったと言われていますが、これも、大坂の陣当時の信繁の顔を知らない人ばかりになっていたこと、だからこそ影武者を使っていた信繁だったと想像する方が自然と感じます。

 

つまり、真田幸村の顔を知る人物は少なく、影武者を沢山持ったとされている以上、天王寺の安井神社で死にゆく筋書きは納得がゆかないのです。

そこで死ぬなら、最初から影武者を使うなと言いたい感じですね。

(幸村終焉の地にある銅像)

 

九州逃亡説の主な根拠

・島津氏が真田を匿っていた話は明治時代になってから急に出てきたこと。
・鹿児島県揖宿郡頴娃町には、雪丸という地名
 この地に真江田幸一(故人)さんが住んでいた。
 この真江田という苗字は、真田の2文字の間に江という字を挟んだものなのだとか。
 敗戦の将やその関係者が苗字を変えて生き延びる話はたくさんある。
・真江田市左衛門、難波周八(2世)、真江田三左衛門の3兄弟は紋付を六文銭にしている
・影武者を使うという事は自身は生き延びようとしているはず。
・秀頼は大酒飲みで大男だったそうで「谿山の酔人よくろ」、幸村は「頴娃の山伏」と呼ばれていたらっしい。
・この地では、幸村は夏の陣の翌年、秀頼はその一年後に亡くなったと伝えられているそうです
この九州の鹿児島での説はあまりにも現地の情報が沢山あり、嘘ではないような気がしますね。

 

(鹿児島県南九州市頴娃町牧ノ内の雪丸にある幸村の墓と言われているもの)

 

 

 

では、どうやって大阪城が火の海になった時に、敵軍がひしめく中で秀頼を促して脱出できたと思いますか?

 

私には、確信できる一本の脱出経路が思い浮かんでいます。

 

それは、「太閤下水」と呼ばれて、今でも現役で使われている下水道があるのです。


秀吉の時代に、大阪城から下水道が造られていたことは驚きでした。
というか、奈良時代の昔から下水道らしき遺構は発見されていますが、地下にしっかりと造っていたのは秀吉がだったのではないでしょうか。

(当時のままの石垣が残っている)

 

この下水道跡は今の大阪市中央区の谷町4丁目から西に200m程歩いたところにある「ハローワーク」手前を少し南に歩くと地上から内部を覗くことができます。(南大江小学校横)
当時の石垣もそのまま残っており、人が歩いて移動できるほどの大きなトンネルだったことが解ります。


下水は別名「背割り下水」とも言われ、民家の裏口同士になった部分に大きな溝を掘り、下水として利用したわけですが、これが一本ではなく東西に何十本も造られていたとか。
大阪に陣では当然徳川側の連中は地元ではないのでそこまで気づきにくいはず。

大阪城が火柱を上げて燃え盛り、人々がそれに気を取られている間に、信繁や秀頼が下水道を通って「脱出」する情景が目に浮かびます。

そして東横堀川に吐き出される下水道から、小舟に乗って道頓堀か天満の大川に出て瀬戸内海に出たと考えると、かなり現実的に脱出が可能であることがわかります。

 

こんなことも想像できます。


皆さんご存知の大阪ミナミにある道頓堀川は安井道頓が私財を投げ打って工事をした疎水ですが、道頓堀の完成は大坂夏の陣の半年(6ヵ月)後でした。


当の安井道頓は、夏の陣で秀頼側に付いて戦死しています。


もし道頓が亡くなる前に、信繁や秀頼に
「西に向かう太閤下水を行きなされ!、下水を伝って西に行くと東横堀川に出ます。そこで船を手配しておきまする故、そこから現在完成間近の道頓堀を通ると工事人夫に紛れて海に逃げることができましょう」
と言ったとしたら・・・・これもかなり現実的な材料になるかもしれませんよね。

 

しかも脱出時は5月7日の深夜。


京都でもわかったといわれるくらいの大阪城の大火災の中での脱出は可能だった気がするのです。

 

しかも途中で見つかっても誰も秀頼の顔も信繁の顔も知らないわけです
(関ケ原当時の人物の多くはすでに死んでいたでしょうし)


工事の人夫に姿を変えると、掘削した土砂を海に捨てに行くふりをして難なく脱出が出来たでしょう。


女子供は地上から逃げても怪しまれなかったでしょうから、後でどこかで落ち合えばいいわけです。
(もちろんきれいな服を着ていると殺されていたでしょうが)

 

もっとも、脱出についてですが、夏の陣では大阪城の北側は西国大名の到着が遅く手薄だったので堂々と大川(おおかわ)から大阪湾に逃げることは可能だったでしょう。

 

私は脱出には誰かの助けがいる可能性が高いので、夜中の脱出で安井道頓の息のかかった人夫が沢山いる道頓堀にしてみました。

 


では当時の鹿児島のほうはどうだったのでしょうか


藩主である島津忠恒は大坂の陣で豊臣側について、長崎の平戸まで来た時点で戦争が終わったことを知り、薩摩に引き返しています。
しかし豊臣側だったことは間違いないですね。
忠恒は統率力が弱く、それが参戦を遅らせたとか・・・はたまた、豊臣側ながら消極的参戦になった(藩内で賛否があったのでしょう)ことが、合流を遅らせた原因であったと言われています。


しかし、秀頼を匿うとしたらこれも可能な状況だった気がします。

 

詳しく書かれているサイトがありますので、リンクを張っておきます。

 

幸村薩摩落ち伝説

 

なぜ淀君は一緒に逃げなかったのでしょうか。

 

私はこう考えました。

 

身長が1m90センチを超えると言われた豊臣秀頼は明らかに秀吉の遺伝子ではないと思います。
この事実を知っているのは母である淀君。

 

近江浅井家を追われ(追い出したのが秀吉)⇒越前の柴田勝家でも追われ(これも秀吉)⇒秀吉に嫁ぎ⇒秀吉が死に⇒大阪城も追われる・・・・。

 

淀君自身は「もういい」と思ったのではないでしょうか。


しかし、秀頼は秀吉の子ではないから逃がしたいと思った気がするのです

 

それを信繁に託し、自身は影武者と一緒に自害した。


と考えてもおかしくはありません。


いずれにしても、淀君も秀頼も遺体は確認されていませんから真実はわかりません。


九州逃亡説。

私の勝手な空想ですが、結構こっちのほうが信ぴょう性が高い気がするのは私だけでしょうか。

 

真田丸ではどういったストーリーにするのでしょう。

九州逃亡説がいいなぁ。

 

 

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【ISISの台頭と崩壊への道】

 

今年の後半になってISISの衰退が著しくなってきています。

 

ISIS(イスラム国)が組織の崩壊を想像させる一つ例として、定期的に発行されてきた機関紙(DABIQ)の発行状態も目安となると思います。


IS機関紙の「DABIQ」は大体2か月に一度のペースで発行されていた英字の機関紙です。
つまり、西側の英語圏諸国に対して親ISを呼びかけつつ、ISの正当性と活動を伝え、ホームグロウン分子を育て上げてゆこうとする意図がある機関紙です。
しかし、過去に15ものシリーズを出してきたにもかかわらず、2016年の7月31日に機関紙#15が発行された後は、11月の現在になっても次の機関紙が発行されている様子はありません。

 

ネット版とはいえ、こういった機関紙の記事を取材・編集・発行するにはそれなりの連絡手段・発行組織・制作人数・そして英語に翻訳、または英語が解るメンバーが必要なのは言うまでもないでしょう。

 

ISISの戦闘員は二人の日本人が殺害された2015年初頭まではツイッターを使って互いに情報交換を行っていました。
だから私も彼らのツイッターの中をどんどん覗いてゆくことが出来て、現地で取材する以上の情報を収集することが出来ていました。

その内容はかなり悲惨なもので、イラク兵や補給機、略奪した村から奪った中国製やアメリカ製の武器で攻めているのもわかりますし、地対空ミサイルも所持していて、戦闘機も撃ち落とす。


制圧した村では必ず村民を周りに並ばせてその中央に責任者をひざま着かせて大刀で背後から首をはねる。

これは映画ではなく現実です。

下の画像はオレンジの囚人服を着ていますので、村に隠れていたスパイか兵士なのではないでしょうか。一般市民の場合は普段着のまま処刑を行うみたいです。


捕まえた兵士に対しては後ろ手で縛った状態で正座させて、背後から後頭部を拳銃で打ち抜く。下の画像は公開処刑でも初期のころでプロモーションビデオ用にとられたものだと思います。

(当初は見せしめにナイフで首を切り落としていましたが、そのうち背後から銃で撃つように変わってゆきました)

これ以上はお見せできません。(これでも見せすぎかもしれません)


時には小学生かと思うような子供が銃を持って背後から撃つシーン。

子供の目は死んでいます。


捕虜にした女性は値段を書いた紙を持たされ、オークションに出される。

 


攻め込もうとする敵に対しては、道路に爆弾を仕掛けて通行時に爆破する。
支配地域の境界付近では、前を走る車に追いつくや窓から車に向けて機関銃を打ち込むなど、そういったシーンも撮影されていました。

(中国のウイグル自治区から逃げ出してISに合流する老人)

 

それを見ていて、間違いなく感じることは、彼らはイスラム原理主義という妄信しやすい「言い訳」を造り、男尊女卑の考えでひたすら女を犯し、反対者を殺戮する殺人集団だということでしょうか。

 

そんな中で、ISISの兵士は時間があれば、みんな小さな本になったコーラン(経典)かシャリーア(法律のようなもの)を読んでいました。

それが宗教というならば、偏った思想の妄信がどれほど恐ろしいものかがツイッターを通じて繰り広げられていた現地の様子をみて、つくづく感じられたものでした。

 

怒りというものはなんだか頼りなくもあるもので、いくつも見ていると最初に感じた怒りが誰かに盗まれたようにどこかに行ってしまいます。

そのうちにずっしりと腹の座った怒りのようなものが溜まり出し、嫌悪の心で固まってゆく感じでした。もはやこんな連中・・・人間ではない!

 

しかし日本人としては恥ずべき事件を持っていたことも思い出します。

オウム真理教のサリン事件などがそうです。

教祖浅原の「ポアしなさい」という一言で人を殺そうとする教団員。

武器も所持していたそうで、サリン事件で捕まらなければどこまで増長していたかと想像してしまいます。

 

こんな連中は一刻も早く殺すしかないでしょう。もはや私にはISISの連中は気が狂った狂犬病の犬にしか見えませんでした。

 

一刻も早く何とかしてゆかなければ、こんな子供まで狂犬病にかかってしまう。

こんな格好をふつうはさせないだろうとは思いますが、それは平和な日本に住んでいる私の常識に過ぎないのかもしれません。

 

ISISのみならず、アフリカのボコハラムやコンゴ民主共和国で今でも暗躍する反政府勢力などは、子供をさらって人殺しの教育を行っているのも事実でしょう。


しかし、2015年の春頃から別のSNSを使って情報交換を始めたので、私は情報収集源を無くしてしまったわけです。


それ以降は生の情報はわからず、一般のニュースや現地の新聞情報から想像するしか無くなりました。

 

ただ、昨年春から2016年の現在にかけて、ISISはどんどん劣勢になってきていることは確かですね。

 

昨年夏頃からISISの戦闘員に払う給料が滞り始めており、さらにイラク軍とクルド軍の巻き返しが始まり、特に2016年の9月以降はISISが首都と勝手に決めているイラク北部のモスルへの大規模攻勢により、モスル郊外はほぼ制圧したと言われています。

最近のツイッターはもっぱらイラク軍とクルド軍(その中でもYPG-クルド人民防衛隊と特にその中でも女性兵士ばかりが集まるYPJが中心)のツイートで埋め尽くされ始めています。

(YPJのメンバー。今回のモスル攻撃には、クルド支配地域を守るためだけに結成されていたYPJのメンバーも攻撃に参加している。)

その様子を見ていると、やはりモスルだけではなくシリア北部の拠点であるラッカも徐々に包囲してきている模様です。


反逆組織の通例ではありますが、劣勢になるとゲリラ化してゆく過程で、自爆テロが増えてゆきます。
故ビンラディン率いたアルカイーダがそうでした、ISISもゲリラ化してゆくのだろうと思っています。


最近でもラッカ包囲中にこんなことがありました。
ある建物がクルド部隊のシュペルメガ(日本の特攻隊のようなもの)に包囲され、その中から一人のISIS戦闘員が両手を上げて出てきます。
「もう一人中にいるんだ。連れ出してくれ」
と言いながら出てきたISIS兵士を信じて、シュペルメガの戦闘員が建物に入った途端、そこに残っていたISIS兵士が自爆し、シュペルメガ兵士も爆死したり・・・。
予想していた通り、ラッカではISISから見れば裏切り者の市民を数十人数百人と殺害し、一部は穴に遺体を放り込み、または携帯電話で政府軍と連絡を取ろうとしていた数十人の市民を殺害して町の電柱に逆さ釣りしたり・・・。

 

何とか早く町中に入ってISISによる人間の盾をやめさせてほしい所ですが、平気でどんどん自爆してゆくIS戦闘員には手を焼くでしょう。

 

ただ画像を見ている限り、かなり政府軍が優位になってきているのは確かです。

 

ひょっとすると、間もなくISISは崩壊するかもしれませんね。ただ崩壊とはいってもゲリラ化するわけで、全くの平和が戻ってくることはここ数年に限って言えば、まずないでしょう。

 

いったい世の中はどういうことになってゆくのでしょうね。

 

【ISISの台頭、イギリスのEU離脱、そしてトランプ大統領誕生】

 

予想しなかったことがドンドン起こっています。

 

20・30年ほど前は、経済成長、グローバル化などといった、前向きな考えから発想される出来事が中心で、世界中の人々がそれに向かって生きているイメージがありました。

 

その結果、世界中でいえることは貧富の差が大きくなったことのように思うわけです


そして世界的な不況が長引く中で、人々はどんどん疲れてきた。

その貧富の差やグローバル化の弊害などによる「怒り」が様々なところで現れてきているのでしょう

 

ISへの加入者、EU離脱推進、トランプ支持者、北朝鮮の挑発行為、韓国の慰安婦口撃や腐敗政治への怒り、ブラジルのオリンピック反対デモ、先進国で起こるホームグロウンテロなどなど。

(書けば切が無くなってきたホームグロウンテロ)

 

この状況の行く末は、やはり戦争なのでしょうか。

 

資本主義経済は未来永劫に続けられる経済ではないと学生の時に教わりました。

 

日本の第一次大戦前もそうだし第二次大戦前のヒットラーもそうですが、戦争前には極端な政治思想を持つものが出て来るみたいですね。

 

アメリカのトランプ、北朝鮮の金正恩、ISISの指導者バグダディー、そしてフランスでも極右政党で国民戦線(FN)のマリーヌ・ルペン(Marine Le Pen)党首が来年の大統領選挙で番狂わせを演じるのではないかと言われています。

 

これら一連の現象で共通に思うことは

今の人々(の多く)は、未来への夢や希望を求めてゆく政治に期待するのではなく失望や失敗を訴えるよう担ってきたことは間違いないですね。

 

貧富の差が広がりすぎて、生きてゆくことに疲れ初めて、それをどこかにぶつけたい。

 

そんななかでヒットラーのような、ISのバグダディーのような人物が現れて、戦争が広がってゆく気がします。

(ISISの首領であるバグダディー)

 

来年あたりが、世の中が戦争へと向かってゆくかどうかの重要な転機になるように私は感じます。

 

しかし、そう思ったところでせいぜいここで書く程度のことで、どうしようもない。

 

子供たちの未来は大丈夫なのでしょうか・・・。

 

 

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