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  きんぱこ教室、事件簿、小説、評論そして備忘録
      砂坂を這う蟻  たそがれきんのすけ


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    【VEMA Trace of an Ancient Civilization】
謎の遺跡発見か 古代文明の夢を見たい

 私が見つけたGOOGLE EARTHの古代遺跡 らしいもの私は何度見ても不思議な所です。

 発見場所 10°30'20.29"N 40°55'29.41"W 発見日  2009/02/22 11:45

 皆さんも、何か情報や意見があれば是非教えてください。(^^)

砂坂を這う蟻-1 (更新) 砂坂を這う蟻-1

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-----------20160520-----------------------------

驚きました。

中国に行った大石の動向はほとんどわかりませんでしたが、中国の日本領事館に行った後、中国の公安当局に身柄を引き渡され、不法入国の罪で裁判にかけられていたみたいです。

中国は上海の高級人民法院(高等裁判所?)のあと最高人民法人(最高裁判所)で審理され、最終的に日本に引き渡す判決を下したそうです。

大石は日系ブラジル人でビザも切れていたことから、通常ならばブラジルに引き渡されるはずでしたが、大阪府警の要求が通じたのかそれとも中国の公正な判断によるものか、日中間の犯罪引き渡し協定がないのにも関わらず、日本に引き渡す判決を下したことには驚きました。

同時に最高人民法人などにも感謝の気持ちを持ちました。

まだ、最終的には中国政府がどうするかの問題はありますが、こんなこともあるものなのだと正直とても驚いています。


もうすこし動向を見てみましょう。


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この事件は人口減少で移民を受け入れて行こうとしている

政府の考えの中で、これから多発してゆくであろう外国人

犯罪に対する問題点を含んでいます。

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----------------6/6----------------------------

大石は正式に死体遺棄の罪で逮捕状が取られました。

週刊文春の内容によれば、大石はやはりただの女性ではなく、奈良県を中心に活動している日系ブラジル人が中心となる広域窃盗団のメンバーだったようです。

しかしその地位は下っ端で、4年ほど前にメンバーと金銭トラブルで揉めていたとの事。

東京の同居人であり大石の友人である中国人女性Z。彼女は犯罪とは直接の関わりはないでしょうが、事件には巻き込まれています。

大石はZが上海勤務になったこと、パスポートが切れて不法滞在者になっていた事、窃盗団とのトラブルにより組織から浮いていた(と思われる)ことなどから、上海に行くために幼馴染の岡田さんをターゲットにしてパスポートを作ることを計画し、結果的に殺害することになったということでしょうね。


私は今まで生きてきて、色んな人を見ましたが、「人が変わる」瞬間も何人も見てきました。

それらの人は

・借金や生活苦などで追い詰められた人間

・急に1億円以上を手に入れた人間

のどちらかでした。


人は普段はなかなか変わらないものですが

上の様な理由で変わってしまいます。


----------------6/1----------------------------

3月の21日の晩に大石が岡田さん宅に泊まりにきて岡田さんは泊めた。

3月22日朝に岡田さんが知人にLINEで大石が帰ってくれないことをメール。

その日に殺害される。

3月23日には運送会社に運搬の依頼電話があった。


大石は岡田さんの個人情報をいつ盗んだのだろうか。

3月21日以前に岡田さんは大石を泊めているはずです。

そのとき、岡田さんが家を留守にしたときに個人情報を盗んだ。

そして3月21日に岡田さんの様子を確認しようとして泊まったような感じですね。

または、クレジットカードの暗証番号などを聞き出そうとしていたと思います。


殺害後、遺体が死後硬直の状態で東京に送っています。

そんなこと、解っていたのでしょうか。

たまたまだったのでしょうか。

遺体を隠したり運んだりする場合はたいていはバラバラにしようとするそうです。

その勇気が無かったということでしょうか。

(何はともあれ遺体を東京の居住場所に送っておけば時間が稼げる)

そう思ったと言うことでしょうか。

梱包状態を詳しく知りたいですが公表されていません。

段ボールと言っても、1.5m2mと言った段ボールは滅多にありません。

いざ梱包といっても意外と段ボールは無いものです。

手っ取り早いのはマーケットでしょう。

野菜やお菓子などの段ボールが置いてあるはずです。

それをばらしてぐるぐる巻いたのでしょうか。

意外と梱包は難しかったはずなのです。


遺体を梱包して東京に送り、一方パスポートの申請を行って中国に行き上海で同居人と会って日本に戻って腐敗しているはずの遺体をトランクルームに移動させて上海に逃げる。

これらの処理を約一か月強で行うわけで、よく頭が回っててきぱきと出来たものだなと思うわけです。

しかしなぜ(ブラジルではなく)日本大使館に出頭したのか、なぜ出頭前にひどく落ち込んでいたのか・・・

このギャップが私にはわからないのです。


単独犯?

やはり一連の手口から考えると私にはまだ信じられません。


久しぶりに会った大石の人格は崩壊していた。


・逃げるなら、遺体を送る必要は無かった?パスポートを取得するまでの時間稼ぎが必要だった。

・上海で出頭前に落ち込んでいた?唯一信頼している同居人のZを事件に巻き込んでしまった事に対して落ち込んでいる?

50か所近くも小さな傷を負わせて死なせた岡田さんのことを悔いているとは思いにくいのです。


----------------5/31----------------------------

大石は日本での在留資格が更新されていないため、不法滞在の状態でした。

だからパスポートが欲しかった。

さらにお金がないから岡田さんのクレジットカードを使うために刃物で脅して暗証番号を聞き出した。

だから浅い傷が50か所近くもあった。

これで大石が岡田さんをターゲットにして得たものの目的もはっきりします。

逮捕には国籍の問題がありますが、これで終わりの話でしょうか。


なんか、女性がここまで一人でやる・・・というところが


事実なら相当恐ろしい気がしますし


そうでなければ、他に手引きする人物がいた事になります。


もし、そうなら何の目的だったかということになります。


大石を捕まえて供述させなければ真相がわかりません。

 

それが出来ない状況になるとは、これから増える外国人犯罪の問題点が浮き彫りになっています。


----------------5/31----------------------------

岡田さんの遺体を大阪府警が司法解剖を行いました。
・刃物で襲われるときに身を守るために生じる防御創は無かった。
・刺し傷の数は約50か所もあった。
・深さ十数センチの傷はあったがほとんどは浅い傷だった。
・場所は腹や腹部など胴体に集中。
・遺体に溜まっていた血の量は少なかった。
・さらに東京に運ばれた梱包物に大石の指紋が検出された。

ということでした。


これはまず、強い怨恨による刺し傷ではないということですよね。
怨恨ならばもっとあたり構わず傷があり、深い傷も沢山あったはずです。

岡田さんはなにか抵抗できない状態だった

大石は岡田さんから何かを聞き出そうと刃物で小さく刺し続けた
岡田さんは大声を出せない状態にあった。
と考えてしまいます。


大石は岡田さんを何らかの方法で麻痺させて、たとえば岡田さんのクレジットカードの暗証番号などを聞き出した。必要な情報を得た後に無抵抗の彼女をゆっくりと殺害。

体内にあまり血が残っていなかったということはゆっくり時間をかけて殺害した?

そして自ら遺体を梱包して堂々と運送業者を使い東京に運んだ。


これだけでも大石は、恐喝・殺害の経験が豊富で遺体を分解せずに堂々と東京に送る度胸があり、まるで犯罪常習犯の男のような印象さえ受けてしまいます。


逆に、大石が女であるからこそ遺体を切断する力も勇気もなかった。それで遺体を粘土のオブジェと言うことにして死後硬直の状態のままドライアイスなどで腐敗を遅らせて梱包し、とりあえず東京に送った。とも考えられます。


しかし遺体をトランクルームに入れて上海に逃げた大石の様子は、思い詰めて手を引いてもらわないと歩けないほどの様子だった。そして直ぐに領事館に出頭。

・大石の思い詰めは岡田さんを予想外に殺してしまった事による自責の念なのか?
・殺害が早くもばれてしまった事により自分の人生が閉ざされてしまった事を悔いているのか?

いったいどちらなのでしょうか。


日本での手際よい犯行と、上海での憂鬱な状態があまりにもギャップが高くて、なにかの精神病かと思ってしまうくらいですね。


殺害現場も西成区の南津守というところは、昔に顧客もあったのでよく行きましたが、同じ西成でも有名な釜ヶ崎(あいりん)地区とは全然違い、住宅と中小の工場が入り混じった感じで生活臭をさほど強く感じられないような印象のところです。


やはり両親と絶縁状態になった2,3年前に何があったのか。
ブラジルから日本に戻って親と絶縁後までの経緯で、人間と言うのはここまで凶悪な心理に変わるものなのか。


女性ならば生きて行くのに人殺しまでする必要は無いはずなのです。


そこのところがやけに引っかかります。



----------------5/29----------------------------

上海に逃げた(というより信頼しているZを頼った)大石が、日本領事館に出頭するまでの様子も報道されていましたね。

下を向きショックで歩けないほどで支媛に手を引かれてやっと歩けるほどだったということでした。

この大石の様子には嘘や演技はないでしょう。

私はこの様子と遺体の運搬でバラバラにしなかったことがとても気になります。

大石はブラジル国籍なので中国からブラジルに送られる可能性が高いですね。

さらにブラジルは外国での犯罪で身柄を引き渡すことを法律で禁じています。

それを知っていたかというのは、外国から来て働く人々なら多くが知っていることだろうと思っています。


私が引っかかるのは、直接実行の主体は大石でしょうが、大石の様子や行動です。

この事件を大石一人がやったなら彼女は相当な極悪人ですよね。

病気の弟思いでおとなしかった彼女が岡田さんと再会する10年で極悪人に変身したことになります。

そのカギとなるのは、2,3年前に「中国人のところへ行ってしまった」という親の証言。

さらにこの2,3年間どうやって日本で生活をしていたのかというところがわからなければ想像すら難しいです


アングラの組織などが直接絡むとしたら、そのメリットがなければいけません。


間接的に絡んでいる可能性は大いにあって、その知識を大石が取得しており、さらに生活苦などで追い詰められた状況でモラルを無視した行動に出たという流れなのでしょうが、殺害だけは計算外だったのではないでしょうか。


日本に戻ってきたが不況で仕事が無い、そのためにアングラの組織に手を染める。そこで色んな知識を得る。そのうち自分のパスポートが切れる、継続申請が出来ない事情がある。お金が無い。友人は上海で就職。FBで岡田さんを発見し、ターゲットにする。

岡田さんを騙してパスポートとクレジットカードをだまし取って上海に移住して生きてゆこうと計画。

ところが、計画実行中にばれてしまったので殺害、殺す気はなかった・・・という感じではないのでしょうか


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この記事をアップしたすぐ後に、大石ゆりが上海の日本総領事館に出頭。中国の公安当局に不法入国の疑いで身柄を引き渡されました。大石は5月3日に上海に入ったあと、上海市内にある集合住宅に滞在していた模様です。

----------------------------5/27--------------------

大阪市西成区の准看護師、岡田里香さん(29)が殺害された事件について書きたいと思います。

この事件は犯人やその関係者についてはほぼ確定しているはずです。
犯人は岡田さんの小中学校時代(大阪西成区)の同級生で日系ブラジル人の大石ゆり(29)、そして大石が同居していた日本の大学院留学生だった支媛(Zhi Yuan以降Z)が幇助したのではないかということが、すでにネットで飛び交っています。

しかし事件当時Zは上海の会社に就職しており、日本にはいなかった。

大石ゆりは小中学校で岡田さんと同級生(大阪西成)、高校時代は親の関係でブラジルへ。その後親も含めて日本に戻り親は東京在住も大石ゆりとは絶縁状態だったとは2CHの話。



1

経緯)

2月1日 FBに投稿

      「今日は夕方から、小学校の同級生と会うよー。10年ぶりくらいかな?」

      「・・・わくわく・・・」

3月21日に勤務先から帰る姿を目撃されたのを最後に行方不明。検死結果も3月下旬。

     岡田さんが行方不明になった直後、勤務先に「仕事を休みます」と岡田さんの名前でメールが届いていた

3月21日夜 大石が岡田さん宅に止まりに来る

3月22日朝 岡田さんがLINEで大石が泊まって帰ってくれないことを知人にメール

3月23日  運送会社に運搬の連絡が入る

3月24日に岡田さん宅から遺体搬出

3月25日にZ宅に搬入

3月28日に岡田さんが働く福祉施設の社員が岡田さん宅を訪ねたが留守だった。

3月下旬、岡田さんを名乗る人物が大阪市阿倍野区の府パスポートセンター阿倍野分室でパスポートの申請

4月まで 両親が安否を気遣うメールを送ると岡田さんの携帯電話と 送信元が不明のパソコンから数回の返信メール。メールの一部は、送信元が中国

4月上旬、大石の顔写真が持ち込まれ、4月上旬にパスポート発給

4月以降 岡田さんのクレジットカードが中国で使われていた

3月下旬~4月 市営住宅の共益費を立て替えていた住民に、岡田さんを名乗る女から

「仕事で遠くに居るので現金を送ります」という電話

4月中旬、トランクルーム運営会社には岡田さん名義の書面で4月中旬に申し込み。期間は4月下旬から5月下旬の1カ月

5月1日 支媛(Zhi Yuan)のFBより「3月の中旬から上海に戻って、今は某日系広告会社の上海支社で仕事をしています。刺激もいっぱいあって楽しいです」

5月2日、岡田さん名義のクレジットカードでトランクルーム契約料が入金される

5月2日、岡田さん宅で大量の血痕を見つけて母親が通報

5月3日、不正取得された岡田さん名義のパスポートを使い、元大学院生Zとともに

羽田空港から出国

5月21日、元大学院生の自宅から数百メートル離れたトランクルームで岡田さんの遺体を発見

5月23日 同居人のZは上海の会社に欠勤届を出す

5月26日午前9時ごろから元大学院生の自宅マンションの捜索と検証

      Zは26日から上海の会社を欠勤もコンタクトは取れる

5月末の日付の帰国便を予約もキャンセル

5月27日 大石が上海の日本総領事館に出頭、中国当局に引き渡して身柄を拘束



殺害の特徴)
刃物でメッタ刺し
(こういう殺害方法には憎しみの感情が籠っていますので何らかの強い恨みもしくは性格的に激情しやすい人物でしょう)

遺棄方法)
宅配便で粘土のオブジェという名目で遺体を運搬。場所は東京の八王子


大石の動き(予想)

1人の行動なら、3月下旬にパスポートを申請後中国に渡航(本人パスポート?)。4月上旬にパスポート発給後すぐに再度中国渡航(本人パスポート?)、中国でクレジットカード作成4月中旬に戻りトランクルーム契約。5月3日に再度中国に渡航(岡田さんパスポート)5月末に戻ろうとしたが事件のニュースを知りキャンセル。

27日に上海の日本総領事館に出頭。身柄拘束。


犯人についてはほぼ間違いなく内偵出来ているでしょう。
中国の上海に逃げているそうなので、どうやって捕まえるかということになります。

だから事件の解決はそれほど気にはしていませんが、それ以上に私が警察に対して追及してほしいことがあります。

①どうやって日本の偽造パスポートを造れたか
②どうやって偽クレジットカードをつくれたか

の2点です。

特に①です。

日本のパスポートは、現在はICチップも埋め込まれていて、写真も焼き付けタイプのはずです。
世界の中でも偽造はしにくいはずなのですが、日系とはいえ一介の女性が簡単には作れるはずがありません。
勿論、裏のどこかにプロの偽造集団と接点があることだけはわかります
さらに大石が八王子で住み込んでいた居住者は中国人女性Z。
日本の大学院を出ているわけですから中国ではエリートのはずなのです。
そんな女性と大石との関わりの中に、アングラの組織が絡んでいることは間違いないでしょう。
大石側がZを巻き込んでZが助けている図式なのか、支媛が大石を利用していたのかはわかりません。

岡田さんは2月に大石を含んだ4人で食事をした。
その後、殺害される2日前に岡田さんは身も震えんばかりに怒っていたということです
しかし、殺されたのは岡田さんで大石側が憎しみを込めて岡田さんを殺害している。

大石は偽パスポートを作成し偽クレジットカードを使っている。

このことから、岡田さんは個人情報を不正に利用されたので身も振るわんばかりに怒ったということでしょう

偽造といっても何種類かに分かれます。

①偽造
②偽装
③変造

の三つだとおもいます。

①偽造(ぎぞう)は本物とそっくりな偽物を別個に作るということでしょう。
③変造(へんぞう)は本物を例えば写真を差し替えたりして改良することでしょう。
そして②偽装というのは本人のものに間違いはなく、人物を差し替えるという事になると思います。


①の偽造もプロが見ればわかると言われています。
さらに最近(2006年以降)はバイオメトリック・パスポートが出ていて、ICが組み込まれており、そこに個人情報と顔写真の画像情報が格納されているので③顔写真を変えるとICの情報と異なるのですぐにばれてしまうのだそうです。
問題は②です。
なりすましで本人でない人物が申請して通ればこれほど厄介なことはありません。
堂々と海外に行くことも出来るし、クレジットカードだって堂々と作れるわけです。

この事件は、②の偽装ではないかと思うのです

パスポートの申請は、「免許証をもっていません」という事にすれば、健康保険証や戸籍抄本そして会社の社員証などで取れたはずです。
この関門をすり抜けると堂々と偽装パスポートが出来るわけです。

この事件は②の可能性が高い気がします。


大石が昔の馴染みで岡田さんの家に暫く泊まった。
岡田さんがパスポートを持っていないことを確認。
岡田さんの留守中に保険証などを持ち出して区役所で戸籍抄本などを作成。
パスポートセンターへ行き、パスポートの申請。
申請が下りるとそれを使ってクレジットカードを作成。
事件の二日前に岡田さんが怒った、ひょっとすると郵便物などで偽装がばれた?
理由はわからないが大石は岡田さんに強い恨みを持っていた。
偽装がばれたことにより大石は岡田さんを殺すしかなくなった。


ひょっとすると、クレジットカードの作成のほうが先だったかもしれません。

追記)

クレジットカードの支払額が100万円を超えているということは、偽クレジットカードではなくて岡田さんがもともと持っていたカードではないでしょうか

新規で作るクレジットカードの与信は100万円も無いはずです。


この事件に巻き込まれたのが中国籍のZ。
彼女が最初から仕組んだとは思いにくいです。
その理由は日本の大学院に留学していたこと、論文も「仮設住宅団地の支援事業とその利用実態に関する研究」というもの。
私の知人も大学院を出た中国人が何人かいますが、エリートだし巷の事件を起こしている中国人とは比べ物にならないほどの人格者ばかりです。
最近は中国共産党の過激な行動のおかげで中国人嫌いが異常に増えていますが、人として落ち着いた中国人も沢山いてみんな私など太刀打ちできないほどの人格者です。
大学院を出て震災の論文を書くエリート中国人がわざわざアングラな組織に手を染めるだろうか・・・と感じています。


大石が起こした事件に巻き込まれ、実家のある北京ではなく上海に一緒に逃げたということでしょうか。(あとでZは上海の日系企業に就職していたことがわかりました

大石家族4人は大石の弟の治療のために来日。

中学校の同級生によると、とてもおとなしいタイプの人物だそうです。

上海で働く支媛(Zhi Yuan)は逃げてはいないので直接のかかわりは無いかと感じます。

大石が3,4年前に両親と喧嘩をして絶縁に近い状態だったところに何かが関わって居そうな匂いはしますね。


いずれにしても直接の当事者は大石でしょう、Zはほう助した形になってしまった。

しかし本当の犯人は裏にいるはずです

他人を使って殺害ということもあるかもしれませんが、メッタ刺しなら犯人は大石本人でしょう

めった刺しでなければ第三者も考えられます。


パスポートの申請にセキュリティーホールがあるのではないか?


昨日の「極悪がんぼ」でもやっていましたが、その内容は犯人が印鑑証明を自分のものにするために住所移転をして、その時に証明書と犯人の顔写真と実印を使って印鑑証明書を発行。しばらくして元の住所に戻す。という方法でした。

パスポートも免許証ももっていませんと言うと写真と顔を比べる術がないわけです。


もちろん、クレジットカードの方が造りやすいはず。岡田さん宅で寝泊りすると、その気になれば印鑑も写真も手に入りますからね。


おとなしいはずの大石がこのような極端な行動に出ること自体が不自然であり、逃げないZを見ていると、何か強い力が彼女を強引に動かしている気もします。


住民台帳の番号管理などで議論されていますが、このことを考えると写真付きの個人カードは必要かと感じます。


番号はどうせ将来のネット社会を考えてIPV6のIPアドレスにすればいいのですよ。


しかし被害者の自宅のなかに入られて印鑑などを取られたらどうしようもないですね。


日系だから裏の組織との関係が・・・などと言われてもいますが、そういう問題ではない気がしています。

オレオレ詐欺で食えなくなってきた連中の、新たな犯行手口になる可能性も有るので注目すべき事件です。


しかし考えれば考えるほどしっくりしない。


・裏の組織が絡んでいても、メリットは何になるのだろうか。

 偽造パスポートもクレジットカードも大石が使っている。


 ということは裏の組織が絡んできてもメリットがない。

 〇この事件に注目させている間に別の事件で利益を得る?

 ●岡田さんが知ってはならない情報を知ったことにより殺害された。

  (パスポートやクレジットは大石に渡してスケープゴートにさせた)


  西成と言えば

矢島祥子さんは貧困ビジネス・「生活保護」経済の犠牲者なのか 西成女医遺棄事件 

  が未解決です。

  矢島さんは知ってはならないことを知ってしまった事により殺害された可能性が高い。

  同じ西成で看護師の岡田さんとなれば、私はこの事件を思い出しました。


  これなら、裏の組織にメリットがありそうです。大石を弱みではめてスケープゴートにする。中国人女性のZも逃げずに上海の会社を休んでいる理由が立つ気がします。支媛(Zhi Yuan)は同居人の大石をなんとかしようとしているのではないでしょうか。


普通遺体を運ぶにはバラバラにします。しかし大石はしなかった。しかも海などに遺棄はしなかった。つまりこれは大石の本意での殺害ではなく、申し訳ない気持ちで一杯になりながらも上海にいる友人を頼って逃げ、上海で気持ちを落ち着かせてて領事館に出頭したのではないかとも思っています。


これが真実ならば、大丈夫かな・・・この二人の命。


しかし後でおさらいをすると、大石の動きが手際が良すぎるのですよね。

上海に逃げたのは日本の警察の手を逃れるため?友人を頼った?組織から逃げた?身柄確保のむずかしさを知っていた?


領事館への出頭は自責の念から?または組織から身を守るためとも考えられます。



最期になりましたが岡田里香さんのご冥福をお祈りします。





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ベンベンチョ


皆さんはベンベンチョを知っていますか?


私は今までどこでも通じる言葉だと思っていました。


そんなに悩むほどの話ではありませんが、「ベンベンチョ」


相手に向かって


指でこういう風にして




1


例えばトイレから出てきた女の子に


「あっ、スカートにウンチついてる」


「ベンベンチョ」

ってな具合なのですが……。


先日、とある集まりで、男が食べようとしたマグロの刺身をテーブルに落とした時、久しぶりにこの言葉が浮かびました。


「あっ」


「それ食べるの?」


私の突然の軽い突っ込みにすこしうろたえた男は


「……、まぁ……、すぐやから…」


なんとか時間を稼いで落ち着きを取り戻し


「セーフやろ」


と答えた。


とっさに思い出した私は、指を例の通りにして見せて


「ベンベンチョ!」


と言った。


すると周りの男女が一瞬固まった。


逆にそのリアクションに動揺した私はもう一度


「ベンベンチョ……、言わへん?」


しばらくして男の一人が


「クックック……、なんやねん、それ」


ほかの男が


「そんなん言わへんわ」


ということになった。


みんな


「ベンベンチョ」


って、言いませんでしたか??




おっかしぃなぁ・・・・・・。





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伏見区の外れに、羽束師神社(はづかしじんじゃ)という神社があります。



2


本当の名前は


北向見返天満宮と言うのだそうです。


だれが見返ったかと言うと、後述しますが、菅原道真さん。


JRからも、阪急や京阪電車からも遠くて、車で走っても見落としてしまいそうな小さな神社なのですが、歴史はとても古くて、後鎮座は477年だと言われています。




1


「ハヅカシ」とは、変わった地名だなと思いますが、京都の人は「はずかし」と聞くと「運転免許試験場のあるところ」と答えると思います。


出来たのは古墳時代になるようですが、いろんな文献に出てくるので昔は結構有名な神社だったのかもしれません。
奈良時代には「波都賀志」と書かれていたのでしょうか、続日本紀(しょくにほんぎ)にはそう書かれているそうです。
しかし平安時代には「羽束師」となっていたそうな。


京都の下の方で、ちょうど桂川と鴨川が合流するあたりにあって、昔はこの一帯は田園地帯だったと思われます。
川の対岸側には、皆さんがよく知っている施設があります。
お馬さん好きの人は淀の競馬場(京都競馬場)だとか、京阪電車の中書島駅があり、ここには坂本龍馬がよく泊まったといわれる有名な「寺田屋」があったり、その周りは黄桜酒造など酒屋が立ち並び、酒好きにはたまらない、酒蔵巡りができます。(「中書島駅近辺」)


なんだ辺鄙なところだな・・・と思うなかれ、それは今の時代の感覚です。

平安時代の初代天皇は桓武天皇。桓武天皇は平安遷都の前に少しだけ長岡京を作った。

この辺りはその長岡京と平安京の両方に関係する地域ですから、この京都の南の地域は今の感覚よりはかなり都会だったのではないかと想像します。しかしこの場所は川の傍でもあるので民家は少なかったでしょう。昔は堤防もなかっただろうから、川の合流地点には住まなかったはずです。


川の淵に建っており、五穀豊穣を願う神社のようですが、この神社は菅原道真で有名になったみたいです。(さほどは有名ではないかも・・・)


901年、菅原道真は都から大宰府に左遷されました。


その時に京都の(都の)南端にあるこの場所で都の方角を振り返って


「捨てられて、思うおもひのしげるをや 身をはづかしの 社といふらん」


と読みおえて、大宰府へと向かったそうな。


私は俳句や短歌は苦手なのでだれか教えてほしいのですけれど、これはやっぱり、都から追い出されて恥ずかしいと言うのと、この地の羽束師を掛けているのですよね?・・・・・?


そんなこともあってか967年に大社と呼ばれるようになり、産土神(うぶすなのかみ)・・・つまりこの地の鎮守様として今までに至るというわけです。


羽束師は「はづかし」ですが「はつかし」→「はにかす」→埴土(粘土)を煉(ね)る


なのだそうで、川が合流するこのあたりでは粘土質の泥田が広がっていたのでしょうか。


それを管理するのが「泥部(はつかしべ)」という朝廷の役所だったそうで・・・


なんだ、要するにこの辺りは昔はあたり一面が泥の田んぼで、そこに「羽束師神社」が出来て、小さな村が起こり、この神社を超えるともう都ではありませんよと言われるようになったということでしょうかいな。


平安時代なら、わたしはてっきり、東寺の近くにあった「羅城門」が都の一番南の外れだと思っていましたが、そうではなかったみたいですね。


勉強になりました。


さて、今日はこの羽束師神社のお祭りでした。



3


参道には出店が出て、神輿を担いで、結構賑やかでしたよ。



1


4


来年は私も神輿を担がなあかんみたいです。


そういう意味でも、この鎮守様に手を合わせて


「水害や地震が起きませんように、我々をお守りください」


と祈っておきました。


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