小説 恨みの里 12 羅刹童子 |         きんぱこ(^^)v  

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      砂坂を這う蟻  たそがれきんのすけ

WEB 小説 「怨みの里」 

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陰陽師 河辺名字と

安倍清明、そして

近未来っ子たいぞうが、

怨みを持って時空を

渡る鬼達に立ち向かう

近未来ファンタジー小説

9/8日まで 毎日朝7:00更新

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8/20 その1        陰陽師二人

8/21 その2       陰陽師現代へ

8/22 その3   ヴァーチャルクローン

8/23 その4  ヴァーチャルクローン2

8/24 その5      もう一つの世界

8/25 その6         夢ひとつ

8/26 その7       酒呑童子現る

8/27 その8     式神(しきがみ)

8/28 その9       頼光都を発つ

8/29 その10        夜叉童子

8/30 その11         大江山

8/31 その12        羅刹童子

9/01 その13        黒歯童子

9/02 その14  曲歯(きょくし)童子

9/03 その15   奪一切衆生精気童子

9/04 その16       鬼とは……

9/05 その17     鬼の肉体滅ぶ時

9/06 その18        虎熊童子

9/07 その19        恨みの魂

9/08 その20       酒呑童子消ゆ


羅刹童子



大江山の麓にある蓼原の荘を出た藤原頼光一行は、休む間もなく土地に詳しい従者を連れて大江山へと向かった。

辺りはもう薄暗い。

「皆様方、我々はここまででございます。この道を真っ直ぐ歩いて行かれますと大きなお屋敷がございます。どうかお気をつけて」

「えー、もう帰るのですかあ。我々と一緒に遊びにゆきましょうよお」

金時が茶化した。

「いいえ、滅相もございません。これでも恐ろしくて膝ががくがくと震えております。どうかお許しくださいませ」

頼光が答えた。

「ええ、わざわざ有難うございました。お気をつけてお帰りください」

従者はお辞儀をして帰っていった。

碓井が声を掛けた。

「さあ、ここからは気合を入れんといかんな」

頼光と四天王一行は荷車を自ら引きながら山に向かう道を登り始めた。

空はまだ僅かではあるが暗闇に薄い紫を残していた。

暫く歩くと、向こうから一人の女が降りてきた。

無言で互いに軽く会釈をして通り過ぎる。

そして、また暫く歩くと女性が一人坂を下ってきて通り過ぎた。

卜部が首をかしげた。

「変だな、こんなに暗い道を女の一人歩きか」

碓井も同様に考えていた。

「化け物じゃないか」

「化け物にしては、こう、お尻がプリップリッとしているじゃねーか」

「化け物だってプリプリしているって」

「おかしいとはおもわんか、この先は『お』の字共の屋敷ではないのか」

暫くすると、今度は老人が杖をつきながら会釈をして通り過ぎた。

老人が通り過ぎた後に渡辺綱(わたなべつな)が言った。

「みんな、油断するな、剣を持とう」

皆は荷車に隠していた剣や弓を手に持って歩いた。

「鬼だろうが妖怪だろうが、出てきても全くおかしくないのだから、何でも出てこいって」

金時が気合を入れた言葉を発した。

暫くするとヒタヒタと音を立て何者かが走るように坂を降りてきた。

一同は近づいて来る何者かをジッと見ていた。

足だと思っていた部分は手だった。逆立ちをした毛むくじゃらの妖怪が笑いながら走ってくる。みんなは思わず身構えた。

近づいて来るにつれて毛で覆われていた胴が割れ、そこから頭と真っ赤な顔が出てきた。

「フワーッ」

金時は避ける事も出来ずに手を前に出して仰け反った。

横から卜部が剣を抜き化け物に斬りかけた。

しかし化け物は切られる直前に目の前から消えた。

「おービックリしたー、何だいありゃ」

「金時よ、お前はほんの先ほどまで『何でも来い』と言っていたところではないか」

「けどよー、普通逆立ちであんなに早く走れるかあ、それに逆立ちして背中向けて走っているのに首は前を向いていやがるんだぜ」

金時は基本的に妖怪や魑魅魍魎は信じない。

「そりゃ人間だったら驚くけど、ありゃ妖怪だぜ。おまえの負けだな」

その時渡辺綱が刀を抜いて身構えた。

「みんな気をつけろ。囲まれたみたいだ。後ろにも山の背にも、草むらにも気配がある」

「何だか妙に空が薄明るいな」

渡辺綱は集中した。

「後ろに三匹、草むらに二匹、山の背に二匹、そして前方に三匹か、もっといるかもしれん」

源頼光一行は全部で五人である。人数と戦略的な位置では非常に不利である。

卜部は後ろを振り向いた

「先ほどの女が立っているぞ」

碓井も振り向いて驚いた。

「物凄い美人だな、笑ってやがる。おいおんな、お前らは何者だ」

「ほほほほほ」

女が笑いながら近づいてくる。真白の顔が薄闇に浮かぶ。こんな美人は都にもそうはいないだろう。

声を掛けた碓井は女の目を見て身構えた。

女の瞳は昼間の猫のように細長かった。

草むらからも山の背からも異様な生き物が姿を現した。

前方には、いつも間にか大男が立っていた。真っ赤な髪、全身真黒の肌、手には剣、体には鎧を纏い、こちらを睨んで立っていた。

「おまえらは何処から来た」

などとは聞いては来ない。薄闇の中で目が光り、表情は無感情に笑っているように見えた。

頼光は言った。

「一番後ろに立っている大男、あの身なりは羅刹天のようだ。そうか、こいつらは恐らく羅刹童子と子分共か。そうであれば子分も十人で十羅刹という事になる」

碓井が怒鳴った。

「仏を冒涜するにも甚だしい、羅刹ならば人の感情も心も持ち合わせていない筈だ。みんな、相手の術にはまって躊躇すると命取りになるぞ」

金時が笑った。

「それにしてもあの羅刹は不細工だな。俺が男前に感じるぞ」

「よいか、心と感情の無い生き物は相手の心を難なく潜って間合いに入ってくる。みんな気をつけろ」

「黒歯童子(こくしどうじ)」

地響きが伝わりそうなほど低く大きな声。羅刹童子がそう一言話つと、黒い大きな牙を持つ鬼が歩き始めた。

頼光は後ろを振り返って声を掛けた。

「碓井、卜部、後ろを守ってくれ」

「わかった」

羅刹天。仏教の世界では善神となるこの神も、それ以前からあったヒンドゥー経の世界ではラークシャサと呼ばれて鬼神だった。羅刹童子に十人の羅刹が仕えているのなら、仏教の羅刹天に例えているのだろう。

首領が羅刹童子。その下に十羅刹であるならば、藍婆(らんば)童子、毘藍婆(びらんば)童子、曲歯(きょくし)童子、華歯(けし)童子、黒歯(こくし)童子、多髪(たはつ)童子、無厭足(むえんそく)童子、持瓔珞(じようらく)童子、皐諦(こうたい)童子、そして相手の精気を奪い取る奪一切衆生精気(だついっさいしゅじょうせいき)童子。

藍婆(らんば)童子、毘藍婆(びらんば)童子、華歯(けし)童子は羅刹女(らせつめ)と言う女の鬼、その他は羅刹婆(らせつば)と呼ぶ男の鬼だった。

頼光と四天王は十一人の羅刹鬼に囲まれた。

後ろを守っていた卜部季武はもともと弓の達人だった。剣を操る場合、気迫で威圧するよりも相手の心を読んで虚を突く剣を使う。

余談であるがこの時代に剣の型や剣道なるものは存在しない。剣を芸とし剣の道を考えるようになるのは室町時代以降となる。

さて、卜部に今、とても美しい女が静かに近づいていた。女は右手に金の剣を持っていた。

卜部は剣を構えてこの女の顔を真っ直ぐ見た。

無表情の女は卜部に近づくにつれ優しく微笑んだ。

卜部はその女性の微笑を理解しようとしてしまった。

女は歩みを止めずに剣をゆっくりと前へと突き出した。

剣先が卜部の腹にゆっくりと刺さろうとした時、

ガキーン

隣から碓井貞光の剣が女の剣を跳ね上げていた。金の剣は女の手から離れ、草むらへ落ちた。

「卜部!」

女はそのまま近づいて口を開けた。口の中から大きな牙が現れた。

「むあー」

卜部は慌てて剣を横に薙いだ。女の首は宙に浮きやがてごろりと地に落ちた。転がった首は卜部を見たところで止まった。

隣から碓井が女の銅を蹴った。卜部は目を瞑って女の顔を道端に蹴り出した。

「卜部!しっかりしろ。危なかったぞ」

「おお、すまん。心の無い者の心を読もうとしてしまった」

「心は見えたか」

「こいつらに心は無いな」

「喜怒哀楽も心も愛も何もないのか」

「いや、そうではないだろう。全て持っている。いや愛は無かろう。そして心を動かさない術を持っている」

金時が言った。

「それじゃあ、木偶人形だと思えばいいな」

「ああ、からくり木偶人形だ。躊躇はいかんな」



「華歯(けし)童子」

後方にいる卜部達の様子を見ていた黒歯童子(こくし)は黒い牙を見せ前方で構えている源頼光を睨みすえた。

頼光を睨んだ顔は上下に大きく息を始めた。その顔は徐々に大きくなり頼光に近づいてきた。目は炎のように燃えている。

羅刹童子に仕える十羅刹。その内の華歯童子がやられた。黒歯(こくし)童子は怒りに燃えた。

黒歯童子はかつて人間だった。由良川の幸を採る川の漁師だった。妻と子供を儲けて貧しいが幸せな日々を送っていた。

ある日、沢山の都の武士がやって来た。漁から戻ると、妻は犯され子供と共に無残な死体となって転がっていた。怒りを越えて腑抜けになった男は、暫くしてフラフラと大江山の方角へと歩き出し、そして消えた。

何時の日か、大江山に、人に怒りをぶつけて人を殺めてゆく鬼が棲み付いた。真っ黒な牙が生え、怒りで生きる鬼を見た羅刹童子は、この鬼に黒歯童子と名づけた。

黒歯童子は時々由良川沿いの道まで降り立ち、旅人に問うた。

「ちょっと待て、うぬ等は何処から来た」

旅人が都から来たと言うのを聞くと、決まってこう答えた。

「そうか、都からか、それは良かった。道中お気をつけて行きなされ」

何がよいのだろうと首をかしげて去って行く旅人の後を追う。そして暗くなると旅人を襲い、黒い牙で噛み殺していった。

今、華歯童子の死を見て、黒歯童子の怒りが全身を包みだした。

黒歯童子は正面に立っている源頼光を睨みすえた。

(こいつ、都の者だ。間違いない。おまえらは俺の幸せを奪った! 俺の幸せは帰ってくることは無い! お前も葬り去ってやる。都の者はすべて滅びよ)