WEB 小説 「怨みの里」 | |
---|---|
陰陽師 河辺名字と 安倍清明、そして 近未来っ子たいぞうが、 怨みを持って時空を 渡る鬼達に立ち向かう 近未来ファンタジー小説 |
9/8日まで 毎日朝7:00更新 (クリックお願いします) 8/20 その1 陰陽師二人
|
【陰陽師現代へ】
名字は、清明の屋敷を訪ねた。
近頃の清明は有名になり、堀川坊一条通戻り橋の近くに大きな屋敷を建てていた。余談だが、京の都では縦の道を「坊」、横の道を「通」と呼び、通りではなく通と送り仮名は付けなかった。現在でも「通り」ではなく「通」だ。
入り口の柱にに木槌がぶら下がっている。
コワーン
木槌を取って、柱にあるこぶの様な所を打った。
「だれだ」
柱の穴から声が出た。
「おれだ、名字だ」
すると大きな門が勝手に開いた。
「入れ」
名字が門を入ると、門の扉は自動的に閉まった。
「ひさしぶりだの」
「おう、近頃清明は有名になったな、こんな屋敷も建てたか」
「そうだ、帝がわしを気に入ってくれたらしい。会ったことは無いがな」
「それはそうだ。帝にはなかなか会えないだろうな」
「それにやはり、フライパンのおかげだな」
「そうだそれそれ、これから霊界に行こう」
「そうだな、また『こっく』なるものからフライパンをもらわねばならぬ」
「いや、今度は霊界を使って、向こうの世に降りてみよう」
「降りるか。そうなれば、2040年以降の世になるだろうな」
2040年になると、人類はヴァーチャルリアリティーの世界を信じるようになって来ていた。いや、ヴァーチャルリアリティーそのものの世界が出来上がっていた。
陰陽師がその現代に現れても、理解出来る人間が沢山いるから安全なのだ。
二人は祭壇の前で呪文を唱え始めた。辺りは次第に暗くなり、二人の魂が闇の中へ浮かんだかに見えた。その時闇のカーテンがズルッと滑り落ちて眩しい光が差し込んだ。二つの魂は、その光の中へ飛び込んで行った。
暫くして光が急に消えた。
「いらっしゃいませご主人様、今日はお疲れ様でした。何になさいますか」
「?」
「その服素敵ですね、宮司様」
「宮司ではない、陰陽師だ」
清明は宮司と言われると何故か怒り出す。
「あっ、失礼しました。お許しくださいませ、ご主人様」
「ここは何処ですか」
河辺名字が変な服を来た女性に尋ねた。
「えっ、ここは、あの、アキバですけれども、ご主人様」
「アキバ」
「東京という所にある秋葉原という街のことだ」
「妙なことを訪ねるが、今は何年だ」
「えっ、あっ、あの、2015年ですが……ごしゅじんさま」
「しまった、二十五年ほど間違えたな」
「大丈夫だろうか」
「ここはアキバだ、少々の事では驚かぬだろう」
「現れた途端に、殺されることもあるからな」
「そうだ、この間の陰陽師は帰って来なかった。殺されたと言う噂だ」
そう。時を超えるというのは恐ろしい。たとえ時を超えられても、その場所が高速道路のど真中かもしれないし、海の中かもしれない。
「あのー、何になさいますか、ご主人様」
「おお、そうだった。熱いお茶を頼む。それとケーキと言うやつも。二人共同じでよい」
「かしこまりました、ご主人様、暫くお待ちくださいませ」
「清明はこの時代の食べ物も知っているのか。しかしここは不思議だの、わし等を見てはいるが、驚いてはおらんな」
「アキバだからな。わしらを理解できる奴がいるかもしれない。そうであれば都合がいい」
「二十五年も間違えたのだぞ」
「ギリギリだな。確かこの時代は未来を理解する若者が増えて来た時代だ。このアキバならわしらの事を理解してくれるかも知れない」
周りの人間は、突然現れた陰陽師を固まった石膏のようになりながら見入っていたが、暫くすると何事も無かったかの様にそれぞれが自分の世界に戻って行った。暫くして隣に座っていた二十歳程の若い男が声をかけてきた。
「あのー、すいません。もしかして、安部清明さんですか」
「そうだ、こちらも陰陽師河辺名字、あなたは」
「すっげー、俺は、たいぞうって言います」
「わしらを見ても驚かないのか」
「驚きましたよ、けれどあってもいいですよね、こんなこと」
「ここで何をやっているのだ」
「ここは、何て言うか、俺達の好きなものが何でもある所ですよ」
名字がたいぞうに訊ねた。
「アキバというのはどんなところだ」
「ここは、どんな人でも自由気楽に集まれる場所ですよ。自分の心を誰にも邪魔されないって言うか、そんな感じの所です」
「それはいい所だな、その誰にも邪魔されないというのが良いのだな」
「そんな感じでしょうかね」
「たいぞう、今からお前の家に行きたい」
「えっ、別にいいですけど」
と言うことでたいぞうの家に行くことになった。
部屋に入り、辺りを見渡していた河辺名字がたいぞうに聞いた。
「これはなんだ」
「これはテレビと言います」
「この女が着ているのは十二単(じゅうにひとえ)ではないか」
「そうですね、平安時代はこんな服を着ていたのですね」
「まあそうだな、しかし女というものはこんなに上品ではないぞ」
「そうなんですか」
「ああ、たいぞうは彼女がいるか」
「彼女なんていませんよ」
「淋しくはないか」
「無いです、私には、ほらここに恋人がいますから」
そう言って、たいぞうはパソコンのデスクトップに貼り付けられた少女のイラストを指差した。名字は暫く返す言葉が見つからなかった。
「なるほど、本物の方が良いとは思わないのか」
「思いません」
「どうしてだ」
「だって、本物の女性は裏切りますが、この人は私を裏切りません」
「――なるほどな、真面目全うに生きておれば大概の女性は裏切らないだろうが、そんな女性を見つけるまでが大変だろうからな」
突然何かを発見した清明がたいぞうに訊ねた。
「これはなんだ」
「あー、釣り糸ですよ」
「つりいと」
「見えない糸だよ」
「ほー。これをくれ」
「俺もくれ」
「いいですよ、親父はいくらでも持っているから、そんなものでいいのですか」
「これは使える、おっと、これはなんだ、この丸い煎餅」
「あー、DVDですよ」
「ディーブイディー。キラキラと綺麗だのう」
いつもオウム返しをするのは名字だった。
「それも持って帰りますか、いいですよ沢山あるから」
「そうか、十枚……は駄目だろうな」
たいぞうはあちこちの不要になったDVDを十枚選んで清明に渡した。
「ありがたい。今日はこれで失礼する」
「えっ、もー帰るの、忙しいのですね。それじゃあまた来てくださいよ」
「わかった、約束しよう。御礼は今度もって来るからな」
眩しい光が消えた時は清明の屋敷だった。二人は手に釣り糸とDVDを持っていた。
「清明、こんな糸をどうするのだ」
「DVDにつける。みておれ。これはフライパンより面白い」
清明はそう言ってDVDを糸で括り、反対側には小さな鋲のようなものを取り付けセーマンを唱え始めた。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前(りん・びょう・とう・しゃ・かい・じん・れつ・ざい・ぜん)」
手を激しく横に5回、そして縦に4回、交互に力強く振り切る。そして三度目に手を縦に振り上げた時、手中にあった鋲を天井めがけて投げ上げた。
カッ
鋲は小さな音を立てて天井に刺さった。それからゆっくりと釣り糸を降ろして行く。すると、床に置いてあったDVDが手も触れずに宙に浮き上がり、蝋燭の光を受けてキラキラと輝いた。
「どうだ、糸が見えるか」
「見えない、さすがは清明。これは何と呼ぶ技だ」
「これか、名づけて」
「名づけて」
「仕事人勇次!」
「――ゆうじ。わしも家に帰って考えよう」
帝である一条天皇と皇后の定子は、清少納言にとても良く懐いていた。二人ともまだ十代の若さではあるが、この帝と中宮は、幼馴染も手伝って歴代の天皇の中でも指折りのオシドリ夫婦だった。この時代は西暦995年の平安時代。帝は十五歳になった一条天皇。皇后の定子は十八歳。藤原道長はまだ栄華の時代に向けて着々と体制を整えようとしている頃であった。
「あの、お茶を飲んでいる男は誰ですか」
帝は清少納言に小声で聞いた。
「あのお方は、藤原足長と言って、左近衛大将様(道長)の家人のような人でございます」
「左近衛大将のか、あまり好かんな」
帝は道長のことを余り好きではない。
「大方、左近衛大将様のご用命で、中宮様のご様子でも伺いに参ったのでございましょう
その時、向こうから女房の声がした。
「清少納言様、足長様が来たはりますえ。こちらに来とおくれやす」
「ああもう、あの男は好きませぬ、しかし行くしかないではないか、お二人様はちゃんとお隠れ遊ばしてください。あの男は何かとうるさいので見つかってはいけませんよ」
「ホホホ、何だかわくわくします。あちら(私たち)は大丈夫よ。清はおきばりやす、ホホホ」
「まあ、意地悪(いけず)な定子様。仕方がない頑張って来ますか」
清少納言は仕方なく、わざわざ隣の部屋を迂回して足長の前に現れた。
「まあ、足長様ではございませんか、近頃はいかがお過ごしですか」
「あー、まー、近頃はなんですな、なかなか忙しくて、清様にもお会いできませんな」
(会わなくていいのよ。ぐずぐずしていないでさっさと帰りなさいよ)
「それはそれは、お忙しいということは左近衛大将様のご意向にかなわれておられると言う事ではございませんか」
「いやいや私など。そうだ、清様は近頃話題の陰陽師に会うたことはございますか」
「陰陽師でございますか、お話には出て参りますが、まだ」
「どうでしょう、今度私が安部清明と河辺名字という面白い陰陽師を連れて参りましょう
清少納言は足長とは会いたくはなかったが陰陽師にはとても興味があった。
(足長抜きなら、どんなに興味深い事か)
「まあ、それは嬉しい、そうですね、中宮様にもお話して、是非皆で一度」
足長は皆という言葉に少し暗い顔をしたが直ぐに気を取り直して言った。
「よし、それではさっそく陰陽師に伝えます。日取りは改めて。では」
今日の目的を達成した足長は嬉しそうにさっさと帰っていった。
「清、どうだった」
帝と定子が姿を現した。
「んまぁ、帝様」
「また、かくれんぼのお遊びですか」
突然現れた帝と中宮を見た女房共は、慌てて身の周りを片付け始めた。
「足長様が陰陽師を連れて参るそうでございますよ」
「陰陽師、あの人や鬼を操る者か」
「おもしろーい、見てみたい」
「そうだな、清涼殿にでも集まって、皆で見よう」
「かしこまりました、それでは早々とお手続きを取って参りましょう」
名字と清明は、七輪(しちりん)を囲んで酒を飲んでいた。七輪の上には秋刀魚(さんま)が二匹。煙を出しながら焼けようとしていた。
「ほーう美味しそうだの、名字よ、わしは少し焦げるくらいが良い」
「焦げると苦いだろう、もうこれ位でよいだろう、皿、皿っと」
そこへ藤原足長がやってきた。
「なんだ、煙だらけだぞ、何を焼いているのだ」
「おー、足長殿か、どうです、あなたも秋刀魚」
「秋刀魚、そんなもの、何処で仕入れてきたのだ」
「源頼光様はご存知か」
「勿論知っているとも」
「頼光様の配下に渡辺綱(わたなべつな)という武士(もののふ)がいる」
「おおう、四天王の筆頭。強いと聞くぞ」
「綱殿は摂津の渡辺に住む、家人の中に漁師がおりましてな、時々魚を届けてくれるのです」
摂津の渡辺とは今の大阪の天満橋近辺にあった。当時の大阪は、摂津国の一部で、淀川も今の流れではなく、中之島を流れる大川(おおかわ)が主流だった。
「なるほど、どうして家人に焼かせないのだ」
「何をおっしゃる、こうやって自ら焼くからこそ、美味いのだ。まだまだある。さあ、ここに座ってくだされ。酒を持ってくる」
名字はそう言って、秋刀魚をもう一匹、七輪に乗せて、足長に酒を渡した。
「それはそうと、先ほど中宮様のところへ入って来た」
「あの、定子様か、若くて見目麗しいと聞く。しかし、殿上人なのでわしらには縁がないがな、そういえば清明は帝に気に入られたと言っていたではないか」
「そうだ、しかし殿上人は殿上人、気に入るとは言っても所詮又聞きだ。お会いした事はない」
「どうだ、今度殿上人の前で陰陽師の術を見せてやってはくれまいか」
「そうだな、しかし名字、お前のタマタマの術は見せられんぞ」
「タマタマではない、天文気象の術だ」
タマタマの術とは、名字の得意技であったが、自らの股間を風に晒すとその時の天文気象を読み取れるというものであったが、あまり人前では出来るものではなかった。
「天文気象の術。そんなに綺麗そうな術なら、定子様にお見せしようか」
「あほなことを、はっはっは」
「帝の前で、あのケツを、はっはっは、清明の仕掛け人勇次の術も難しいぞ」
「そうだな、恐らく庭で行わなければいけないだろうからな」
「それはだめだ、天井が無いではないか」
「仕方が無い、帝様に会う前に、アキバに行こう」
足長が聞いた。
「なんだアキバというのは」
「霊界にある場所だ」
「そこで新しい術を捜して来るまで待っていてくれないか」
足長は少し不安そうに答えた。
「どれくらいかかるのだ」
名字は秋刀魚を食べながら答えた。
「なんの二、三日だ、さあ出来ているぞ、食いなされ」
「それならば問題ない、これは美味いのお名字」
「そこの醤油をかけると、もっと美味いぞ」
そう言って名字は小さな醤油瓶を苗字に渡した。
「おおう、これはたまらん」
「清明はどうする」
「俺も行く、何か面白い物があるかもしれん」
そして翌日、清明と名字はアキバへ飛んだ。