小説 恨みの里 6  夢ひとつ |         きんぱこ(^^)v  

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      砂坂を這う蟻  たそがれきんのすけ

WEB 小説 「怨みの里」 

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陰陽師 河辺名字と

安倍清明、そして

近未来っ子たいぞうが、

怨みを持って時空を

渡る鬼達に立ち向かう

近未来ファンタジー小説

9/8日まで 毎日 朝7:00 更新

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8/20 その1        陰陽師二人

8/21 その2       陰陽師現代へ

8/22 その3   ヴァーチャルクローン

8/23 その4  ヴァーチャルクローン2

8/24 その5      もう一つの世界

8/25 その6         夢ひとつ

8/26 その7       酒呑童子現る

8/27 その8     式神(しきがみ)

8/28 その9       頼光都を発つ

8/29 その10        夜叉童子

8/30 その11         大江山

8/31 その12        羅刹童子

9/01 その13        黒歯童子

9/02 その14  曲歯(きょくし)童子

9/03 その15   奪一切衆生精気童子

9/04 その16       鬼とは……

9/05 その17     鬼の肉体滅ぶ時

9/06 その18        虎熊童子

9/07 その19        恨みの魂

9/08 その20       酒呑童子消ゆ


夢ひとつ



たいぞう、清明、そして名字は再びバスに乗り河原町三条へと向かった。

「たいぞうが行った喫茶店はなんと言う」

 名字の問に、たいぞうは微笑んで答えた。

「『夢ひとつ』という店です」

「夢ひとつか、その店に入ると夢がひとつ叶えられるのだったら良いな」

「そうですね、けどそれだったら夢が叶えられすぎますね、ははは」

「それならば、初めて来る人に一度だけ叶えられるのだったら良いだろうな」

 名字はずっとバスの外を眺めている清明に聞いた。

「清明はどんな夢が良いのだ」

 清明は振り向いて答えた。

「わしは、争い事もなく貧しくもない平和な人生を送ることが夢かな」

「はっはっは、心にも無いことを」

 清明は少しムキになって答えた。

「本当だ、そう言う人生が理想だろう」

「ほー、それでは豆福(まめふく)の事はどうなのだ」

豆福とは、宮仕えをしている女房藤小納言の世話をしている女性である。清明は既婚だがこの女性を密かに慕っていた。

「まっ、なっ、何でもない、豆福がどーしたというのだ」

「まあ、別に良いがな、清明もその店に入る時にどうかなと思ってな」

「名字、そういうおまえはどうなのだ、何か夢はあるのか」

 名字は少し下を向いたが、直ぐに顔を上げて答えた。

「わしか、わしは父と母に会ってみたいかな」

「えっ、そうだったのですか」

「そうだったな、名字は物心付いた時には、親が居なかったからな」

「なあに、お師匠に陰陽道を扱かれて、悩む間もなく大きくなってしまった」

話をする内にバスは河原町三条のバス停に着いた。通りには、エアカーが宙に浮きながら走るかと思えば、レトロな車が黒煙を吐きながら行き来していた。

通りを歩く人は、紫外線防止のバイオスーツを身に纏った者もおれば、ちょん髷をして着流し浪人風の男も歩いていた。ここはヴァーチャルクローン。

「たいぞう、あの店ではないのか」

店の入り口には、屋根から吊るされた板切れに『夢ひとつ』と自筆で書かれた看板が揺れていた。

「さあ、入るぞ、よいかたいぞう」

「あー、ちょっと待ってくださいね」

たいぞうは鞄にしまっていた彼女のハンカチを確認して、深呼吸をした。

「さあ、はいろう」

カラーン

入口のドアについたベルが鳴った。

名字と清明が先に入り、たいぞうが後に続いた。

「いらっしゃいませー」

その声を聞き、たいぞうの表情が和らいだ。

「たいぞう、何処に座る」

「一番奥のテーブルにしましょう」

「あっ」

思いがけなく彼女に気付かれて、たいぞうは緊張して立ったまま固まった。

「お久しぶりですね、また京都に遊びに来られたのですか」

「は、はい。こんにちは。ひっひさしぶりです」

「たいぞう、早く来いよ」

名字が声をかけてやった。

たいぞうは、膝の無いロボットのように足を動かしながら一番奥の席に向かった。

「……おい、大丈夫か」

「うっうん」

「気楽にと言っても無理だろうなあ」

「わしらはお邪魔虫にならないか」

「だいじょうぶっすよ」

彼女が水とお絞りを持ってやってきた。

「いらっしゃいませ、何になさいますか」

水とお絞りを置いた彼女は、銀のトレイを胸の所で抱えるようにして注文を待った。

「ぼ、僕はホットココア」

メニューをジッと見ていた清明が先に注文した。

「わしは、えーっと、アイスレモンティーというやつ」

「それならわしはーっと、チョコレートパフェ」

「ちょっと名字さん、どんなものか解っているのですか」

「……わからん」

「ははは、まあいいか、あの、それでお願いします」

彼女は微笑みながら答えた

「ホットココアとアイスレモンティーとチョコパですね」

「ちがう、えっとチョコレートパフェ」

「同じですって、同じ意味なのですっ」

「面白い方ですね、ご親戚の方ですか」

「あっ、あーそうそう、そうです、私が京都に来たから、会うと言ってついてきた叔父さん、ははは」

「叔父さんではない。陰陽師だ」

「こら清明、よいではないか」

「そうなのですか、ごゆっくりどーぞ」

彼女はオーダーを聞いて厨房へ戻って行った。

「清明さん、今はそれ言うの無しですよ。お願いしますね」

たいぞうはお絞りをたたんで何度も額を拭いた。

「これが鴨川か、見事に綺麗な川になっている」

「そうだな、わしらの時代は雨が降れば水が増し、民家を濡らし、日照りが続けば水が減り悪臭を放ち、死体が浮くような川だったからな。」

そういいながらも清明は先ほどの女性をジッと見ていた。

「清明、俺には解ったぞ、ははーん」

「なっ何だ」

「お前、あのこを豆福に似ていると思っているだろう」

「似ている、名字の読心術にはかなわぬな」

「だめだぞ、たいぞうの邪魔をしてはいかん」

「わかっている。それにしても似ている」

女性がオーダーを持ってやってきた。

「お待たせしました、はいホットココア、アイスレティーにチョコパです」

「なんだこれは」

「だからチョコパだって、ははは、この叔父さん食べるの初めてなのですよ、古い人だから」

(なんせ千年も前の古い人、なんだけど今生きているから古くないか、ややこしいな)

「白と黒がトグロを巻いているぞ」

彼女はトレーを胸に抱えて立っていた。

たいぞうは清明たちに説明しなくてはならない。

「それ、その長いスプーンですくって食べてください」

「すぷーん。これか、どれどれ、うおっ、冷たいのう」

「清明、お前も食べてみろ、甘くて美味しいぞ」

 その仕草を珍しそうに見ていたウエイトレスの福子が清明に話しかけた。

「清明さんって言われるのですか、安部清明みたいですね」

「そうではない、あべのせ」

「あー、そうそう、そうなのですよ、同じ名前なのですよ」

清明が福子に訊ねた。

「あなたは何と言う名ですか」

「私ですか、えっと福子と言います」

「なに!」(『ふくこ』……豆福と名前が似ているではないか)

「あーいやいや、このおっさんの言うことは気にしないでください、いつもこんな感じでひょうきんで、私はたいぞうです。この人は清明さん、そして隣は名字さんです」

「何かみんな楽しそう」

「あっと、あの、福子さん、こっこれ、あっありがとうございました」

「まあ、こんなものまだ持っていたのですか。あの時はスイマセンでした。綺麗にしてくれて、ありがとう」

「いっいえ、そんなこと……」


三人は翌日も「夢ひとつ」にやって来た。福子は店の客が居なくなるとたいぞう達の所にやってきた。オタク風のたいぞう、髪を七三に分けた名字そして頭が禿げてニッカポッカを履く清明。清明の頭は鬘であることは歴然で、この不釣合いな三人が不思議で仕方が無い福子であった。

清明は福子に話しかけた。

「福子さん、実は私と横にいる名字は本当の陰陽師なのですよ」

「あっ、言っちゃったよ。また『阿呆か』って言われますよ」

 福子はやっぱりと言った顔をして言った。

「私はそんなこと言いませんよ。だってここはヴァーチャルクローンだもの。この店にだって色々な人が来ますよ。この間なんか、坂本竜馬さんが入って来ましたから。本当かどうかしりませんけど」

「さかもとりょうま。清明よ確か幕末に生きた男だったな」

「そうだ。幕末の英雄だったと聞く」

「名字さんも清明さんも行ったことがあるのですか」

「無いな。清明も流石に無いだろう」

「あのような時代には行けぬ。着いた途端に『天誅』などと言われて切り殺されるだけだ。今までに何人の陰陽師が帰って来なかったか」

「あの、何の話ですか。このヴァーチャルクローンって、過去や未来に行けましたっけ」

「いや、まだそんな機能は無いのですけど、この二人は特別で……どうしようかな、福子さんってあまり驚かない方ですか」

「大丈夫。信じる方だと思います」

「この二人は実は本物の陰陽師で平安時代の人なのです」

「本当に? でもどうやってここに来られたの」

「平安時代の陰陽師は修業を積むと時代を超える事が出来る様になるそうです。それでこの二人が現代の私が居る所へやってきて、そりゃあ最初は驚きましたよ。本物の直衣(のうし)を着た人が突然現れたのですから」

「わし等だって驚いたよ。着いた途端に『いらっしゃいませご主人様』などと言われたから。しかも皆変な服を着ていたからどの時代に来たのか解らなかったぞ。なあ清明」

「わしは何度も来ていたから名字程ではなかったが、あの店だけは理解するのに暫く時間がかかったな」

「それで現代に来た清明さんと名字さんのIPアドレスを取得してこのヴァーチャルクローンに来ているのですよ」

「じゃあ平安時代の本物の陰陽師さんですね。すごいけどそんな風には見えないですね」

「たいぞう、この服はもうやめないか」

「そうですね。坂本竜馬も居るらしいし。今度戻ったら直衣に着替えましょう」

「私も直衣姿の陰陽師さんを見てみたいです。その時はまたこの店に寄ってくださいね」

たいぞうは福子に対する緊張が解れて来ていた。

(名字さん清明さん、ありがとう)

四人で話をしながら二人の陰陽師を視界に入れて心で感謝した。