澄みわたる大地(現代企画室):カルロス・フエンテス | 夜の旅と朝の夢

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澄みわたる大地 (セルバンテス賞コレクション)/現代企画室

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今回は、スペイン語圏の権威ある文学賞「セルバンテス賞」を受賞した作家を新訳で紹介するセルバンテス・コレクションの9巻目、カルロス・フエンテス(1928-2012)の『澄みわたる大地』を紹介します。

作者のフエンテスは、ガルシア=マルケスやバルガス・リョサなどとともに、ラテンアメリカ文学ブームを牽引したメキシコの小説家です。フエンテスの小説は、質という面では、マルケスやリョサなどと比べても、勝るとも劣らない評価を受けていますが、エンターテイメント性が欠如しているためか、実験的手法が難しいためか、とにかく、知名度や人気度では彼らには及びません。

という私も、フエンテスの小説、例えば、『アウラ』、『老いぼれグリンゴ』、『遠い家族』、『脱皮』などを読んでいますが、諸手を挙げて傑作だといえるものには出会っていません。決してつまらないわけではないのですが、うまく咀嚼できず、モヤモヤしたわだかまりが多く残ってしまう、そんな感じです。

でも本書『澄みわたる大地』は違います。これは傑作ですよ。凄く面白い。個人的には、初めてフエンテスの良さが分かった感じで、ちょっと感動しています。

とは言え、この小説は決して読み易いものではないです。500頁ほどもある大著であることや、登場人物の多さ、複雑に絡み合う人間関係、目まぐるしく変わる視点、頻繁に挿入される内的独白や過去の出来事、謎めいた言葉の羅列、メキシコの歴史に関わる固有名詞などなど、軽快な読書の障壁となるものばかり。否が応でも精読が必要とされる小説です。

ですが、ご安心を。本書には、「『澄みわたる大地』読解の手引き」と題された小冊子が別冊として付いていまして、こいつが超便利。登場人物、歴史上の人物、そしてメキシコの歴史年表が収録されていますので、読書中に登場人物がよく分からなったりしても、これを見れば、なんとかなります。よくぞ付けてくれたと思いますね。編集者はえらい!

さて、本書は、こんな意味深な感じで始まります。

『私の名はイスカ・シエンフエゴス。生まれも育ちもメキシコ・シティ。・・・(中略)・・・さあ、我らが街の月のような傷跡に身を横たえろ。下水溝だらけの街、吐く息に曇ったガラスと鉱物の霜の街、すべての忘却が顔を出す街、肉食獣の街、固まった痛みの街、果てしなく短い街、太陽の止まった街、・・・(中略)・・・沈みゆく街、白光りするトゥナの実、羽を失くした鷹。ここが我らの都。なすすべはない。この空気澄みわたる大地。(P8~10)』

その後、話が見えない短い章を1つ挟み、メキシコ・シティで開催されたブルジョワたちのパーティーの場面が描かれます。ここで登場人物たちがほとんど説明もないまま、沢山出てきて、さあ大変。特に誰が主要人物かがこの時点でははっきりしないこともあって、かなりの精読が要請されます。

それから徐々に主要人物がはっきりしてくるわけですが、その頃になると、既に物語に引き込まれている自分に気づくことでしょう。

主要登場人物は、メキシコ革命で父を生まれる前に失った詩人志望のロドリゴ・ポラ、メキシコ革命のときに巧く立ち回り莫大な資産を手に入れたフェデリコ・ロブレス、その妻であるノルマ・ララゴイティ、そして、本書の冒頭に現れた謎の男イスカ・シエンフエゴスです。

本書の中盤から終盤にかけては、イスカと主要人物との会話が中心となりますが、それだけでなくて、他の人物の行動も描かれますし、会話の中に内的独白や過去の出来事も頻繁に挿入されます。

そして、これらのばらばらに語られる出来事などが最終的に混然一体となって、メキシコ・シティというよりメキシコの「いま」が浮かび上がってくる。

とまあ、そんな感じのかなり複雑な小説ですが、精読すれば意味が分からないことはないですし、過去の出来事を全て内包した「いま」を描く手法には圧倒されます。これは超おすすめです。

ちなみに最後まで読めば、冒頭のイスカのセリフの意味も分かります。

つまりは、大地というと、草原や岩がゴツゴツと励起した荒野などを思い出して、街を歩いても大地を踏みしめるような感覚はない。けれども、街は大地の子供なのだ。経済が発展し、高層ビルが立ち並ぼうとも、人は、大地から湧き上がる何かに影響されずに生きてはいかれない。歴史が人間を束縛する。その根本にある、呪いのような澄みわたる大地! って感じでかね、多分。

今まで読んだ『セルバンテス賞コレクション』
1.作家とその亡霊たち(ブログ記事なし)
2.嘘から出たまこと(ブログ記事なし)
3.メモリアス
4.価値ある痛み
5.屍集めのフンタ
6.仔羊の頭
7.愛のパレード
8.ロリータ・クラブでラヴソング