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面白い。これほど面白い小説が2世紀に書かれていたとは驚嘆せざるを得ない。アープレーイユスの『黄金の驢馬』のことだ。
帝政ローマの属州アフリカで123年頃に生まれたとされるアープレーイユスは、旅をしながら哲学や文学、そして魔術などを学び、著作活動や翻訳活動(ギリシア語からラテン語へ)に勤しんだとされる。『黄金の驢馬』は彼の代表作。いつ執筆されたかについては議論があるようだが、本書の訳者の一人、国原吉之助は晩年説を採用している。
『黄金の驢馬』は古代ローマ時代のラテン語小説としては、完全な形で伝わる唯一の作品で、比較的まとまった断片が残るラテン語小説もペトロニウスの『サテュリコン』のみであることを考えると、非常に貴重である。ちなみに『黄金の驢馬』は、一種の俗称で、ラテン語のタイトルを直訳すると『変容』または『変身譚』などとなるらしい。
魔術の習得を目指す私ことルキウスは、魔術師の都市テッサリアに辿り着き、高利貸しのミロオの客人として向かい入れられる。そこでルキウスは、ミロオの小間使いフォーティスの情人となったり、母方の親族ビュラエナと偶然再会して宴に招待されたりするなど満更でもない日々を過ごす。
そんなある日、ルキウスは、フォーティスの導きで、凄腕の魔女でもあるミロオの妻が香油を塗って梟に変身する様を目撃する。ついに魔術をものにできるとばかりに、ルキウスもミロオの妻と同様に香油を塗るのだが、ちょっとした間違いで梟ではなく驢馬に変身してしまう。
フォーティスには、薔薇の花を食べれば元に戻ると言われるのだが、明日まで薔薇の花は手に入らない。仕方なしに厩舎で薔薇の花を待つルキウスであったが、その日、運悪くミロオ邸が盗賊団に襲われ、その盗賊団の戦利品を担がされてアジトへと連れ去らわれてしまう。ルキウスの悲惨な第二の人生、いや驢馬生の始まりである。
その後、驢馬になったルキウスの遍歴が描かれるのだが、それだけではなくて、ルキウスが聞き知ったことや、ルキウスの前で別の登場人物が語った内容などが散りばめられていて、そうすることで、物語が単調になるのを防いでいる。
驢馬にルキウスの行動だけを追うと、滑稽な話が中心になってしまうと思うが、挿話を入れることで、哀しい話や美しい話を描くことができ、笑いから悲しみへ、騒がしい場面から静謐な場面へと変幻自在に移って行くところが心地よい。
挿話には『クピードーとプシュケー』のような非常に有名なものがあって、それだけを抜粋した本などもあるが、やはり『黄金の驢馬』の中に置いて、その真価が発揮されると思う。
内容的な主題は「運命の女神の盲目性」と言えるかもしれない。
『運命の女神は盲目、いや完全に目玉を抉りとられていて、女神がいつでも助けてやるのは、それにふさわしくない悪い奴ばかり、いまだかつて人間の誰一人にも、正しい判断を下したことがない。(中略)悪人が立派な紳士の名声を自慢する一方で、本当に純粋無垢な人たちが、罪人の噂で罰せられるのが常だ(P257)』
誰しもが感じたことのある人生の不条理を、罪もなく驢馬になったルキウスを使って、皮肉り、風刺し、批判し、そして笑い飛ばしているのだ。
最初にも書いたが、これが2世紀に書かれていたというのだから、驚くしかない。
次回からはラテン文学を少し離れ、古代ローマ時代のラテン文学以外の作品を紹介する予定です。