カイレアスとカッリロエ(国文社):カリトン | 夜の旅と朝の夢

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カイレアスとカッリロエ (叢書アレクサンドリア図書館)/国文社

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古代ローマ帝国が395年に東西に分離した後、東ローマ帝国では7世紀後半に公用語がラテン語からギリシア語に変わります。しかし、それ以前にも、特にローマ帝国の東方の地域ではギリシア語が使用されており、ギリシア語で書かれた書物も多く残っています。その中には、小説(散文形式で書かれた物語)も存在します。

そんな古代ローマ時代にギリシア語で書かれた小説の中で、完全またはほぼ完全な形で伝わっているものは、古代ギリシア小説または単にギリシア小説と呼ばれており、以下の5作品が知られています。

『カイレアスとカッリロエ』(カリトン著:1世紀中頃)
『レウキッペとクレイトポン』(アキレウス・タティウス著:2世紀後半)
『ダフニスとクロエ』(ロンゴス著:2世紀)
『エフェソス物語』(エフェソスのクセノポン著:2世紀末)
『エティオピア物語』(ヘリオドロス著:3世紀)

新刊で手に入るかどうかは別にして、その全てに邦訳が存在します。最も手に入れやすく、そして親しみやすいのは、おそらく岩波文庫にもなっている『ダフニスとクロエ』でしょう。エーゲ海に浮かぶレスボス島を舞台にした少年と少女の愛の物語で、牧歌的な雰囲気が非常に強い作品です。

ダフニスとクロエー (岩波文庫 赤 112-1)/岩波書店

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一方、古代ギリシア小説の中でも最も長く、重厚な物語として知られているのが『エティオピア物語』。二組の男女の波瀾万丈な人生を描く冒険活劇でありながら、高い道徳性を持った作品でもあります。

エティオピア物語 (叢書アレクサンドリア図書館)/国文社

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以上、2作品は私が過去に読んだことのある小説ですが、今回紹介するのは、古代ギリシア小説の中でも最も古い『カイレアスとカッリロエ』です。

『カイレアスとカッリロエ』を読んでみて分かったことは、この最も古い物語の中で既に古代ギリシア小説に共通した類型が現れているということです。

つまり、愛し合う男女(当然、美男美女!)がある事件により離れ離れになり、男性の方は幾多の苦難にも負けずに一途に女性を追いかけ、その一方で、女性の方は苦難の中でも男性への愛を決して失わずに待つというものです。そしてさらに、その仲を引き裂こうとするライバルや悪人が登場し、彼らの策略に翻弄されたり直接対決したりするという純愛系少女漫画のような展開。

同時期にラテン語で書かれた『黄金の驢馬』や『サテュリコン』比較すると、諷刺などの社会批判や猥雑性がなく、理想化されたファンタジー寄りの物語といえるでしょう。

『カイレアスとカッリロエ』の特徴としては、舞台をギリシアがアテナとスパルタに分かれて戦ったペロポネソス戦争期(前431年~404年)に設定し、史実上の人物を登場させている点が挙げられるでしょうか。つまり、歴史小説の体裁をとっています。

そして登場人物の人間像があまり定まっていないという点。特に男性主人公役のカイレアスの変貌ぶりは酷いですね。思慮の足りない行動でカッリロエとの別離の原因を自ら作っておきながら、何かしらの板挟みに陥るとそれを解決しようとせずに直ぐに自殺して終わらせようとするなど、かなり困ったちゃんなのですが、後半のある箇所になると、打って変わって、リーダーシップを発揮し、英雄になるという雑さ(笑)。

それに比べると、カッリロエの恋のライバル役のディオニュシオスは、魅力的な人物として比較的上手く描かれているとは思いますが、それでも、妻の死後直ぐにカッリロエに恋に落ちるという薄情な面がありながら、カッリロエに対しては直向きに愛を注ぐなど、ちょっと破綻しています。

まあ、そんな首尾一貫性よりも、その場その場の状況を楽しませることが重要視されている結果でしょう。実際、そんなご都合主義的なこの物語も、それに身を委ねるとかなり面白いのです。

あと女性主人公のカッリロエが美人過ぎですね。女神やギリシア神話の最大の美女ヘレネよりも美しいと言われたり、カッリロエがやってくるという噂だけで人だかりができたりするなど天井知らずの美しさ。

「その彼女見たさに集まってきた人々の群れで、街路という街路は一杯に埋め尽くされた。その人々の誰が見ても、彼女は噂よりもはるかに美しいと思われた(P131)」

以上、まとめると、『カイレアスとカッリロエ』は、美男美女が織り成すご都合主義的なファンタジー系恋愛物語ということになりますかね。あれ、でもそれって要するにライトノベルじゃないの!? そうか、ライトノベルの原型は古代ローマにあったのか。これは新発見だ!