わたしの物語(松籟社):セサル・アイラ | 夜の旅と朝の夢

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わたしの物語 (創造するラテンアメリカ)/松籟社

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今回は、松籟社から出版されているシリーズ「創造するラテンアメリカ」の2巻目『わたしの物語』を紹介します。

作者はアルゼンチンの小説家。これまでに70篇以上の小説を書いているようですが、邦訳本は本書が初めて、私も初めて知りました。

さて、本書はこんな書き出しで始まります。

「わたしの物語、というのは、「わたしがどのように修道女になったか」という物語ですが、それはだいぶ早い時期、まだ六歳になったばかりのころ始まりました。始まり方は生き生きとした思い出ですので、細かいところまではっきり覚えています。(P5)」

つまり、六歳の少女が修道女になるまでの回想録風物語というわけですなのですが、そこは一筋ならではいかないラテンアメリカ文学、実は全く違うのです。簡単に言えば、そうくるか! という話です。

先ず、少女の立ち位置が奇妙です。上の引用からも分かるように、回想が幼い文体で書かれていますので、少女が回想している時点でも、まだ子供であると予想されます。ところが、例えば

「まるで小さな分子のように、恋愛の原子価を空中に、音の響きわたるエーテルの中にまき散らしていました。(P99)」

など、とても子供の回想録とは思えない言葉が多々出てきます。その一方でいかにも子供っぽいことを言ったりするので、どういう視点で描かれているのかが良く分かりません。

語り手の視点を理解することは小説を読む上で非常に重要ですが、作者はわざとそれを混乱させようとしているようにも思えますね。

また、少女と書きましたが、実はどうも少女ではないらしい。例えば、父親に「お前は本当に馬鹿息子だぞ(P15)」などと怒鳴られたり、と外見は男のようです。しかも名前が作者と同じセサル・アイラ。

つまり、本書は、少女であるとともに少年でもあり、大人でもあり、子供でもあり、作者でもあるセシルの回想録なのです。そして、作者はこの小説を自伝的小説と読んでいるらしい。

と、まあ、かなり捻くれた小説です。ただ、ストーリーや文体などは易しいですし、160頁程度の短い小説ですので、あまり身構える必要もないかなと。

傑作とまでは言えませんが、ラテンアメリカ文学好きの方や、一風変わった小説を読みたい方は手に取ってみても損はしないと思います。ということで、興味ある方は是非。

今まで読んだ『創造するラテンアメリカ』
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