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今回は『セネカ悲劇集』の2巻目を紹介します。本書には、5篇の悲劇に加え、総解説としてセネカの悲劇全般に関する解説も収録されています。悲劇のうち『オクタウィア』は偽作だと言われており、『オエタ山上のヘルクレス』にも偽作説があります。本書では『オエタ山上のヘルクレス』の真偽については明言されていませんが、解説などを読む限り、翻訳者陣は真作と判断しているようです。
【オエディプス】
ギリシアの悲劇詩人ソポクレスの『オイディプス』で有名な物語。ちなみにオエディプスはオイディプスのラテン語読みです。
テバイの人々をスフィンクスから解放し、テバイの王となったオエディプスは、自分が実の父親を殺し、実の母親と近親婚を行っていたことを知り、罰として自分の目を潰すという神話。
基本的な物語はソポクレスの『オイディプス』と同じですが、細部は様々な点で異なります。例えば、ソポクレスの悲劇では、オイディプスは非常に気高く、ある意味で人間の理想形、人はこうあるべきという規範でした。テバイを堂々と治め、知らずに行った自分の罪(父親殺しと母親との近親婚)も知らなかったという言い訳をすることもなく自分の罪と認め、その罪に相応しい罰を考え、自らに課すという理性的な人物です。
それに対して本作では、平凡な人間としてのオエディプスです。統治にも自信が持てず、罪に気づかされると錯乱し、目を潰すという理性的とはほぼ遠い。
ソポクレスの『オイディプス』は個人的に思い入れもありますが、それを差し引いても、本作は少し見劣りしますね。
【アガメムノン】
トロイア戦争のギリシア側の総大将アガメムノンが凱旋後に妻とその愛人に殺されるという話。とはいえ、アガメムノン自身は脇役。主役は陰謀を練る妻とその愛人、そしてアガメムノンの奴隷とされたトロイアの王女カッサンドラ。
個人的には、カッサンドラの悲運、特にアガメムノンが殺された後のカッサンドラのセリフが胸を打ちました。
『ありがたくさえ思っているわ。トロイアが滅びたあともなお、生きながらえてよかったと、わたしは喜んでいるのだもの、今の今、しみじみと(P154)』
【テュエステス】
シェイクスピアの『ハムレット』に代表される復讐悲劇の規範とも言うべき作品で、後世への影響も大きいセネカの代表作。
テュエステスとアトレウスという兄弟の間で争われたミュケナイの王位継承問題は、一旦はテュエステスの方に軍配が上がったが、その後、アトレウスがテュエステスをミュケナイから追い出し、王位を継ぐ。しかし、アトレウスはそれだけでは満足せず、妻と姦淫を犯したテュエステスを許さず、和解すると嘘をつき、逃亡中のテュエステスを息子たちと共に誘き出す。そして、アトレウスはテュエステスの息子たちを殺し、その肉を気付かれないようにテュエステスに食べさせるのであった。
本作品内では、アトレウスがテュエステスを誘き出すところから始まっているため、かなり単純な筋となっており、その分、アトレウスの残虐さとそのグロテスクな描写が強調されています。
まあ、後世への影響の強さほどには面白くはないけれども、復讐悲劇の規範として、セネカの悲劇=グロテスクという評価を形成した作品として外せません。
【オエタ山のヘルクレス】
ヘルクレスの最後を描いた作品で、セネカの戯曲の中で最も長い。しかし、冗長さはなく、英雄ヘルクレスを存分に描いた快作。傲慢なヘルクレスが自分の死を受け入れるまでの成長譚としても読めるかもしれません。
【オクタウィア】
セネカの悲劇の中で、題材をギリシア神話ではなくローマの歴史から選んだ唯一の作品。セネカ本人も登場するというだけでも面白いのですが、残念ながら偽作。
暴君ネロの義理の妹にして最初の妻であるオクタウィアは、ネロに蔑にされ、離婚させられる。しかし、それだけでは済まされず、オクタウィアはでっち上げられた姦通罪によって流刑に処され、ローマから追い出される。
セリフなどは少し単調かなと思いますが、これが中々面白く拾いものでしたね。暴君ネロのエピソードを描いているというだけでも興味が惹かれますが、それだけでなく、オクタウィアの悲運を上手く描いていると思います。
総合すると1巻目の方が面白かったように思えますが、まあそれは好みの問題でしょう。1巻目を読んだらこちらもぜひ読んでみてください。1巻目を読んだことがなくても、有名な『テュエステス』を収録していますので、2巻目だけを読むという選択肢もありそうです。