WEB 小説 「怨みの里」 | |
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陰陽師 河辺名字と 安倍清明、そして 近未来っ子たいぞうが、 怨みを持って時空を 渡る鬼達に立ち向かう 近未来ファンタジー小説 |
9/8日まで 毎日 朝7:00 更新 (クリックお願いします) 8/20 その1 陰陽師二人
8/21 その2 陰陽師現代へ
8/22 その3 ヴァーチャルクローン 8/23 その4 ヴァーチャルクローン2 8/24 その5 もう一つの世界 8/25 その6 夢ひとつ 8/26 その7 酒呑童子現る 8/27 その8 式神(しきがみ) 8/28 その9 頼光都を発つ 8/29 その10 夜叉童子 8/30 その11 大江山 8/31 その12 羅刹童子 9/01 その13 黒歯童子 9/02 その14 曲歯(きょくし)童子 9/03 その15 奪一切衆生精気童子 9/04 その16 鬼とは…… 9/05 その17 鬼の肉体滅ぶ時 9/06 その18 虎熊童子 9/07 その19 恨みの魂 9/08 その20 酒呑童子消ゆ * |
酒呑童子消ゆ ---最終回---
たいぞうがセーマンの中央に置いたテントの中でやろうとしていること。それは現代そっくりに作られたヴァーチャルクローンの世界であるからこそ出来ることであった。
ヴァーチャルクローンの世界では、全ての物(生き物も物体も)が次世代のIPアドレス(IPV6)を持っていた。いや、割り振られていた。これは現代の生物(いや、過去の生物も含まれる)が持っているDNA以上に重要な意味がある。有機物であれ無機物であれ、全ての物に固有の番号が割り振られている。
たいぞうはテントの中でパソコンにダウンロードしたソフトを使って俗に言うウイルス駆除を始めた。何がウイルスかと言うと、IPアドレスを持っていないものがウイルスである。ヴァーチャルクローンの世界からIPを持っていないものを抹消させると言うわけだ。
そしてスキャンが開始された。たいぞうが居る場所を中心に長さが一キロほどもあるオーロラの様な光のカーテンが反時計周りに動き出した。鬼は平安時代から「鬼の岩戸」を通じてヴァーチャルクローンに入って来たIPを持たない不法侵入者であるから駆除されるが、式神も同じくIPを持ってはいないので駆除される前に逃がしてやらねばならない。清明と名字はこの世界に入る前にたいぞうがアドレスを申請していたので問題はなかった。
一方、酒呑童子は、自らの祈祷によって入道雲を発生させ、激しい雨と恐ろしい雷を唸らせながら、丁度ウイルス駆除の光の壁とは反対側から清明と名字めがけて襲って来ていた。
「清明らめ、今こそ思い知れ! わし等の怒りがどれ程のものかを。この雷で思い知れ!今まで我らを虐げて来た怒りの強さを。そしてこの雨で思い知れ! 我らの悲しみの深さを」
酒呑童子の怒りである雷が音を上げて縦横無尽に空を駆けた。山裾の木が雷を受けて激しく燃えて行く。
結界の中で守っていた式神青龍は既に清明の指示でこの場から去っている。残る式神はたいぞうを守っている少女姿の大陰(たいおん)と鬼共から清明と名字を守る騰蛇(とうだ)だけだった。騰蛇は福子を人質にとっている茨木童子めがけて時々鬼火を投げていた。
「騰蛇、あの光の壁がお前に当たる直前まで何とか頑張ってくれ。あの光の壁には絶対に触れるではないぞ。その前に上手くここから消えてくれ」
「わかっておる。いや、あの光の壁が何かはわからぬが、清明を助けるものであることは解っておる。わしが消える時はおまえがわしに声を掛けよ」
「名字、護摩の火が全て消えると結界が崩れるぞ」
「四つあるうちの三つは消えてもしかたあるまい。鬼に一番近い護摩の火だけは何とかして守ろう」
名字はそう言って、たいぞうのナップサックに入っていた傘を取り出して護摩の火の一つを守り始めた。雨が激しくなってきた。結界の近くまで来た入道雲は所々に稲妻を落とし、大きな音を出して地響きが起こった。
「きゃー、こわーい」
「大陰、逃げろ」
「いやよ、たいぞうと一緒にいるの」
「あー、もっと早く動けー、焼き鳥じゃなくて焼き人間になりたくないよー、頑張れー」
名字は傘を差しながら護摩の火に何かをかけようとしていた。
「名字、なんだそれは」
清明の問いに、名字は手に持った缶の入れ物を上に上げた。
「わからんがたいぞうが煙草に火をつけるときに持っていた。火が良く燃えるらしい」
「それを護摩の火にかけろ」
「今かける。おー少々の雨風では消えぬぞ」
護摩の火が勢いよく燃え始めた。
酒呑童子は天に向って吠えた。
「稲妻よーもっと落ちろ! そうだその調子で清明らに襲いかかれえ」
稲妻はとうとう結界の直ぐ側に落ち始めた。落ちる度に飛び上がるほどの地響きがした。たいぞうはテントに中で溜まらずにノートパソコンを手に持った。
「ぎゃー」
「アキャ」
たいぞうのパソコンから発せられるオーラの壁が動き、それに触れた星熊童子の子分達がオレンジ色の光と小さな悲鳴を発しながらどんどん消えてゆく。
「おお、どうしたのだ、わしの息子達よ」
星熊童子が慌てて子鬼の所に駆け寄った。そして光の壁に触れてしまった。
「おーなんだこれは!手が消えてゆく、おー」
星熊童子が一瞬に消えた。それを見た金熊童子が手に持っていた鉄棒を光の壁に向けて投付けた。
唸りを上げた鉄棒はそのまま吸い込まれるように光の壁の中に消えた。
「おお、何だ、どういうことだ。ぐわーっ。俺がっ消える! 消え」
金熊童子も一瞬にして光の壁に飲まれてしまう。
「はあ? なんやなんやなんやこの壁はあ、逃げなあかんな、おまえなんかどうでもええわい、勝手にせえや」
福子をその場に放り投げた茨木童子は、光の壁とは反対側から迫り来る雨と稲妻の中へと逃げていった。
「ぎゃ!」
その後ろ姿を稲妻が追った。
「いやー」
茨木童子に捨てられた福子を光の壁が襲った。福子の体を光がスキャンする。福子は目を瞑った。しかし彼女には何事も起こらなかった。
稲妻が結界を襲い始めた。大粒の雨が地面を叩く。足元はまるで川の様に水が流れていた。
結界の中では小さなテントに潜り込んだたいぞうがパソコンを手にして祈るように眼を瞑っている。その肩の上で式神大陰が心配そうにたいぞうのおでこに手をまわして下を見ていた。川の様に流れる雨水がテントの中にも入り込む。
パチパチパチ!
大粒の雨が大きな音を立ててテントを叩き、下界の音を掻き消した。
安部清明と河辺名字は、四つある護摩の火の内一つだけを必至で守った。残り三つの護摩の火は、ひとつ、ふたつと消えてゆく。最後の火が消えるのも時間の問題だ。
清明の前には式神騰陀が宙に浮かび、鬼火を従えて酒呑童子と対峙していた。
たいぞうが起動させたスキャンプログラムは、大雨の中に白い壁を作り上げ、酒呑童子めがけて除々に移動する。
一方、酒呑童子は、星熊童子、金熊童子そして茨木童子を失い、怒りの目を真っ赤に燃やしながら清明らを睨み据え、怒りを天に伝え、稲妻を呼び起こした。
「清明、もう直ぐいかんぞ! 最後の護摩の火も消えてしまう!」
「駄目だな、もう結界が崩れてきた。騰蛇ここまでだ、今のうちに大陰を連れて去ってくれ」
「わかった、清明、わしの神通力で予知する所、お前達は死なん。最後まで諦めるでないぞ」
「わかった、またどこかで会おう」
式神騰蛇は大陰のところへ行き、たいぞうにも声を掛けた。
「たいぞうとやら、式神の力はここまでだ。最後まで諦めるなよ。大陰行くぞ」
「たいぞう、また遊ぼ。死なないでね」
「大陰、騰蛇、ありがとう。がんばる」
雨が降りしきる空へ、式神達が消えて行く。
「清明、火が消えた。結界も無くなったぞ」
「さあ、丸腰だ。たいぞうだけでも守ってやろう」
「はっはっはっは、何だか笑けてきたわい、さあどこからでも来い!」
カラカラと空を切り裂く大きな音がしたと同時に、鬼のモニュメントの後ろに稲妻が刺さった。
ドッドーン
地面が大きく揺れ響き、石の破片が飛び散った。
酒呑童子は、憎かった。全ての物が憎かった。幸せそうに生きる人間が憎かった、いや、人間が生きている事自体が憎かった、人間が立てた建物が憎かった、森に住む動物や生き物全てが憎かった、いや、生き物どころか山に生える木々草々さえ憎かった、山そのものも、川や空気さえ憎かった。全て無くなってしまえば良い! そうだ、この世の中全て、何もかもが憎かった。どうでもいい、人の生き死にすらどうでもいい。この世の中すらどうでもいい。そして、全てがうらやましかった。
「ううー」
酒呑童子は激しい雨に打たれながら足を大きく広げ、一旦体を前に屈伸させた後、背伸びをするように天に向かって大きく両手を広げた。怒りで輝く目は暗い雲の一点を鋭く凝視した。
「せーいめーいー! こおの怒りをーっ受けて見よおっ!」
「名字! 逃げろー」
酒呑童子の両手が空を切る様に清明の居場所めがけて振り下ろされた。
「すりゃー!」
黒い雲の上をカラカラと稲妻が転がった。同時に白い閃光が地に突き刺さる。
ドッドーン!
稲妻は消えかけた護摩の火に落ちた。地が避けそうな程の地響きに、清明と名字は吹き飛ばされた。
酒呑童子が両手を振り下ろした時、光の壁が童子を包み始めた。
「はーっはっはっはっは! はーっはっはっはっは! うぉっわしがっわしが消えてゆく。 ぐわーっ!」
童子の左足がオレンジに光りながら消えてゆく、振り下ろした左手が消えてゆく、そして清明の行方をジッと見つめた童子の顔が消えていった。
雀が餌を探して飛んで来た。それを追って、他の雀もやって来た。何やら賑やかに囀りあう。朝の光が山の谷間に差し込んだ。先ほどの雨が嘘の様にのどかな朝が微笑んだ。
たいぞうは、丸くなってしまった小さなテントから這い出した。そして一目散に駆けて行く。
「福子さーん、ふくこさん」
福子は朝の光を受けながら、疲れ果てて座り込んでいた。
「たいぞうさん」
「福子さん大丈夫でしたか、よかった、何とか間に合ったんだ」
「たいぞうさん、ありがとう、ごめんなさい、変な事件に巻き込んで」
「そんなことは気にしないでいいよ、陰陽師と鬼の宿命みたいだから」
そういって、たいぞうは自分の服で泥を払った右手を恐る恐る差し出した。
福子は微笑んで、躊躇せずにその手を両手で掴んだ。
たいぞうの顔が最高の夢を見た時の様に嬉しく崩れた。
「そうだ、清明さんと名字さんだ」
たいぞうは福子と手を繋いで清明を探した。
「せいめいさん、みょうじさん。せいめいさん」
「んー」
「名字さん、しっかりしてください」
「ん? んー」
「よかった、二人とも生きていた」
「おー、たいぞう。無事だったかあー、よかった」
「私は大丈夫でしたよ、二人とも雷が直撃したかと思ってビックリしましたよ、本当に、生きていてよかったあ」
「はーそうだなあ、良く生きていたなあ」
「終わったかあ。良かったよかった」
「酒呑童子は本当に死んだのですかね」
清明がゆっくりと起き上がりながら言った。
「わからん、誰の心の中にも酒呑童子は居るかもしれんしな」
「さあ、帰るとするかあ」
「あっ、俺もう三日も帰ってなかった」
「清明早く戻ろう、干からびたたいぞうを見れるかもしれん」
「おお、ミイラとやらになっていたら、それを土産に平安の都に戻ろう」
名字がハッ気づいたように答えた。
「よく考えるとわしらも干からびておるのではないか」
「馬鹿なこと言っていないで、早く帰りましょう」
清明が立ち止まった。
「そうだな、待て!」
「どうしたんですか」
「皆ここに並べ」
名字はその意味がわかった。
「ああ、並ぼう。たいぞう、福子さんも一緒に並んで」
「何するのですか」
「あのモニュメントに向かって祈ろう」
「ああ。そして心の鬼をここに置いて帰ろう」
皆は鬼のモニュメントに向って手を合わせた。
--完--