こんにちは☀✧︎
あるだけ暑い暑いって言っていたのに、あっという間に季節が変わり、寒いなぁ~って言っていることに驚く今日この頃です
上手くかけるかどうか??ですが、色々とモヤモヤしていることを聞いてもらいたいなと思います。
面談の帰り公園にて。
ひさしぶりや~と娘。
やっと、落ち着いて公園に来れる日がやってきたんだなと(涙)
支援教室を退級する手続きの話
支援教室を退級するにあたっての面談に、先日行ってきました。
まず、支援級に入級させてもらったのは、
情緒障害、場面緘黙症により他者とのコミュニケーションが取れないということにより支援をして頂くことにより円滑に学校生活が送れるようになることを目的としておりました。
娘は小学校の時、学校で一言も言葉を発することが出来なかった、大勢の教室に入ることも出来なかった、お友達と楽しく話をすることもなかった。
でも娘は、
自分の言葉で伝えたい
教室で授業を受けてみたい
友達が欲しい
その気持ちは常に持ち続けていて、それが!中学校にあがり、進んだり戻ったりしながらですが、見事に次々と叶えていきました。
凄いことなんです。
凄いんです。
もぅ、言葉では表されないほど凄いことなんです。
支援級を退級する理由は表向きの理由は
1番支援の必要だった、コミュニケーションが取れない、自ら発信することが出来ないということ、これらができるようになったから。
です。
これは、この理由は本当ですし、退級にあたりキレイに退級できると、私が思ったことでもあります。
ですが、表向きではない私の想いや娘の思いがありました。それは
支援級を退級する本音
支援教室に在籍して、娘にとって良い影響にはならないなと感じることが多々あったことによりこれ以上、支援教室にいてては、また娘の気持ちを踏みにじってしまうような結果になるからと判断したからでした。
先生は何を習ってきたん?に記したこともそうです。
細かいことを言ったらキリがありませんが、娘に寄り添った成長に合わせた支援をして貰えてないなと感じることが大きな問題でした。
支援教室に在籍していたら、朝夕に支援教室に寄って、来ました、帰ります、という報告をするという決まりがあるそうです。
決まりは分かります。
でも
誰ともコミュニケーションができなかった時はありがたかった支援も、コミュニケーションが取れるようになった今はその成長に合わせて柔軟に対応していただければ、娘もまた一つ一つ成長を遂げていけると思うのです。
担任の先生とも、必要なことは会話をして言葉で伝えることができるようになりました。
お友達ができて一緒に帰ることも出来るようになりました。
出欠は支援教室ではなくても普通教室に直接行っても出来ますので、朝夕寄らない方向でお願いできませんか?
と、再三お願いしました。
でも、支援の先生は、娘の成長を喜ぶどころか、決まりですので必ず寄ってくださいの一点張り。
挙句の果てには、寄らないとほかの先生に迷惑がかかります。
と、まで言われました。
たくさんのすれ違いがあり、この方には何を伝えても無理だと思い、娘には、先生にはきちんと伝えておくから、支援教室に行けない時はいかなくていいよ。
と、だけ伝えました。
3年半という空白の時間があり、授業に入ることは出来るようになったけれども、授業をうけても、内容はちんぷんかんぷん。
そりゃそーだ。
わからなくて当然。
それでも
テストは全教科受けさせてくださいと。
この場に及んで、まだ伝えてくる先生。
一つ一つのことに
行き違いがあり、思いの深あの違いがあり、混じり合うことは無さそうだと深く思いました。
私の想い
結局のところ
娘の思いや、成長に寄り添った対応をしていただくことが出来なかった。
ということが、大きな理由になります。
そんなこんなの思いを持って、退級することを目的に、進めて言った話し合いでした。
面談が進む中で、改めて思ったこと
教育委員会から2名
事務局から1名
支援教室担当の先生
校長先生
このような構成で話し合いはすすめられました。
2〜3分ほど
娘も共に、退級でいいかの確認をし、娘は教育委員会の1人の方と共に別室へ行きました。
1年前は、
別室に行くことすら出来ず、見ず知らずの人と同じ空間に二人でいることが出来ず、廊下の隅で待たせてもらっていたあの時が嘘のように、娘は、
退級することで、したいということに変わりないですか?
の質問にも頷き、
渋ることなく別室へ消えていきました。
その姿すら私には頼もしく嬉しくて油断すると涙まで出てしまうくらいの出来事なのです。
もう1人の教育委員会の方が、
とても素晴らしい方で、きっとこの方がこの話を進めて下さらなかったら、私の想いは伝わることなく支離滅裂な回答となりうやむやのままこの話は終わって言ったんだろうなと思いました。
娘の思い、私の想い、今までの学校の対応の至らなさ、全てわかってくださいました。
期待なんて1ミリもしていなかった私は、正しいことを、きちんと進めてくれば見ていてくれる人はいるし、助けてくれる人はいるんだ!!
感動しました。
支援の先生。やっぱり、わかってないなと感じたこと
私の思いを伝え、まとめて下さり、学校側からご意見はありますか?の問に
一学期は、遠くからでも結構通えていたのに、二学期になり、欠席が目立ちます。
その事についてお母さんはどうお思いですか?
娘は、1年半私と離れて暮らしていました。
その家からは小一時間学校まではかかる距離でした。
今は一緒に住み、歩いて20分ほどのところに学校はあります。
はぁ
心の奥底から落胆。
ここまでくると、言っても無駄だという思いより、わかってくれる方がいる時伝えておかなければの方が強くなりました。
わかって頂けるかどうかわかりませんが、
「支援教室」 に在籍していること、と
「不登校で、学校に行けなかったこと」 と
これは、全く別物です。
それと、
距離が遠いから、近いからで、通える通えないこれも全く違います。
娘は
一学期の間
それこそ、勇気という勇気全てを振り絞り
変わりたいという気持ちと共に羽ばたいたのです。
声を発すること
意思表示をすること
大勢の中に入ること
共同作業をすること
授業を受けること
ほぼ、4年ぶりに全て成し遂げたのです。
一学期頑張って頑張って、色んなことを思ったでしょう、辛かったこともあったでしょう。
頑張って頑張って
二学期、色んなことを考えました。
行きたいけど行けない日々も多々ありました。
でも、二学期
4年ぶりに体育大会にも出席できました。
私は、
出席の回数よりも、授業に出席できたことよりも、テストを受けることよりも、大切なこと
学校という場に行けたことにより
同年代の子ども達と久しぶりに混じり合い、たくさんのことを学びとったこと、その事が何よりも素晴らしいことなんです。
先生、
物理的に近くなって通いやすくなった、それはあります。
でも、距離じゃないんですよね。
分かっていただけますか?
出席回数は減ってますが、
私は、テストを受けれたことよりも、出席回数が多かったことよりも、それよりももっと大切な事を、娘自身肌で感じとってくれたことが何よりもの勉強だったと思います。
と、投げかけました。
たぶん、深く理解は出来ていない、そんな顔をしておられました。
もちろん、先生の仰られることも分かります。
テストを受けなければ
高校受験は
勉強は
でも、私は、娘はこの中学の3年間をやり過ごしたら終わりではないんです。
だから、出席が多くなってよかった、学校へ行けてよかった、そんな事では、そんなレベルではないんです。
将来のことを述べても切りはありません。
やっと、今ここ。
今ここで生きて生きて生きていること。
その重み深さ、なかなか理解してもらうことは難しいと感じました。
めちゃくちゃ、長くなってしまいました💦
まだまだ、続きがあるのですが一旦この辺でm(*_ _)m
長々と読んでくださりありがとうございました
毎回思います。
義務教育、義務教育というのならば、だれでも学べる義務があるなら、どんな子どもたちも、学びたい意欲があれば、みんなと同じじゃなくても、柔軟な対応をして、学ばせてくれる場があれば、救われる子どもたちが増えると思います。
私を含め、大人たちが、柔軟にならなければ
もっと、その子ひとりひとりに寄り添ってあげなければ、気持ちを分かってあげなくてはならない事がたくさんあると思います。
YouTubeで音声配信しております
~『今日暇やから、学校行く』エッセイの詳細🍒𓈒 𓂂𓏸~
blogに書いてきたことや、書ききれなかったこと、そんなこんなの空白の3年半のの出来事を1冊のエッセイにしました。
不登校から始まったことですが、そこからは波及したことはとてつもなく壮大で大きな大きなものとなりました。
たくさんの方に読んでもらいたくなりました。
そこで私は、描き認めたエッセイをコンテストに応募しました。
絶対本になる!!これが本にならなくてどれがなる?
1位をとって本にしてもらう!!
もぅ、どこから目線やねんバリで応募したのですが、
残念なことに結果は落選でした。(。•́︿•̀。)
でも、たくさんの人に読んでもらいたい気持ちはおさまらず、YouTube音声配信始めました
聴いていただけると嬉しいです
私と娘の不登校から始まる人生のストーリーです。 誰しも人生、沢山のきっかけがありその中で気づきや成長をしながら生きていると思います。 私と娘は不登校ということをきっかけとして、学校に行ける行けないというその事だけではなく、これからの人生、今までの人生さえも、揺るがすようなことが起きたり乗り越えたりしながら、そしてそれはいつしか、周りをも巻き込み、世の中も巻き込み、考えていかなくてはならないような壮大なものになりました。
今までもですがこれからはもっと、このような子どもたちが沢山増えてくると。というかもう既に増えていると思います。
令和の時代になり、令和を生き抜く子どもたちを、まだまだ昭和のことを引きづってる大人たちがどれほにまで子どもたちのことを理解してあげることが出来るでしょうか。 これからの時代、最先端を歩いていく子どもたちを支える大人もしっかりとしていかなくてはならないとまで気付かされされたことを、子供の名言と共に綴っております。
娘の名言の抜粋
親ガチャって失敗する人おおいねんて。 でも、さーちゃんは失敗してない
みんな型にハマってる、自分だけ型にハマれへん
どうして型から出てしまってんやろ
おかあたん、ハートに楽しいをたくさんとじこめたよ
今日も一生懸命生きたよ