昨日、渡邉有優美さんと下村志保美さんとの対談の中で、

「子どもにも失敗する権利がある」

という言葉を聞きました。

 

 

とても心に残る言葉でした。

子どもが失敗しそうになると、親はつい先回りしてしまいます。

 

困らないように。
恥をかかないように。
傷つかないように。

それは、子どもを思う愛情からなのだと思います。

 

でも、親が先回りして失敗をすべて取り除いてしまうと、子どもは失敗から学ぶ機会まで失ってしまうのかもしれません。

 

 

私の子どもが小学生の頃、学校に忘れ物をしても、私は届けませんでした。

お友達のお母さんは忘れ物を届けてくれるのに、どうしてお母さんは届けてくれないの、と言われたこともあります。

子どもからすると、うらやましかったでしょうし、冷たい母親に感じたかもしれません。

 

でも私は、

忘れ物をしたのは自分。
忘れたなら、その中でどうするかを考えればいい。

そう思っていました。

 

お友達に借りる。
先生に相談する。
代わりになるものを探す。
なくても、ないなりに一日を過ごす。
次から忘れないための方法を考える。

 

人生では、いつも必要なものがすべてそろっているわけではありません。

思いどおりにならないこともあります。
誰かがすぐに助けてくれるとは限りません。
準備が足りないまま、その場を乗り越えなければならないこともあります。

 

そんなときに大切なのは、

「足りないから無理」

と諦めることではなく、

「今あるもので、どうしたらいいだろう」

と考える力です。

 

もちろん、子どもには恨まれました。

あの頃の子どもたちにとっては、失敗から学ぶことよりも、忘れ物を届けてもらえることのほうが大切だったでしょう。

それでも私は、子どもに一度も転ばない人生を歩んでほしかったのではありません。

転んだときに、自分で立ち上がれる人になってほしかったのだと思います。

 

 

子どもに必要なのは、失敗しないことではありません。

 

失敗しても、

「どうしよう」
「誰かに助けを求めよう」
「次はどうしたらいいだろう」

と考え、もう一度やり直せること。

 

失敗する権利とは、子どもを放っておくことではありません。

「あなたなら、この経験から学べる」
「困っても、きっと乗り越えられる」

と信じて、すぐに手を出さずに見守ることなのだと思います。

 

親が子どもの前から石をすべて取り除けば、子どもは転ばずに済むかもしれません。

でも、いつか親のいない場所で転んだとき、立ち上がり方が分からなくなるかもしれません。

 

転ばせないことだけが愛情ではない。

転んでも立ち上がれると信じること。
失敗しても、やり直せると伝えること。
子ども自身が考える時間を奪わないこと。

 

それもまた、親から子どもへ渡せる、大切な愛情なのではないでしょうか。

 

 

 

 

 



野上徳子(のがみとくこ)
内科医・心理カウンセラー
1967年生まれ、岡山育ち。現在、愛媛県松山市在住。

医師として30年診療に携わる中で、昔から‟病は氣から”というように病気の原因は氣(潜在意識)が大きく関わっていることに気付き、現在は、病気や生きづらさの中に生きる価値を見出し、本当の自分として命を輝かせて生きるサポートをしています。

 

宝来光子さんの感謝ワークを通じてご縁をいただいた、えいこさんにお誘いいただき、西条市にある伊曽乃神社へ行ってきました。

 

えいこさんと接していると、「感謝があふれる人とは、まさにこの方のことだな」と感じます。

今回お声をかけていただいたときも、私は二つ返事で「行きます」とお答えしました。

 

 

 

この日は8月1日。

伊曽乃神社で行われた朔日参り(ついたちまいり)に、参列させていただきました。

 

 

厳しい暑さの中にもかかわらず、多くの方が参列されていました。

 

その後は、竹田恒泰さんが古事記について解説されているDVDを観ながら、学ぶ時間がありました。

八岐大蛇と因幡の白兎という、馴染みのあるお話でしたが、竹田さんの解説がとても分かりやすく、興味深く聞かせていただきました。

 

 

そして、その場にいらっしゃった皆さまと、ランチもご一緒させていただきました。

 

 

えいこさんのまわりに集まる方々は、本当に素敵な方ばかりです。

それはきっと、えいこさんが日頃から、まわりの方々へ感謝を伝え続けているからなのだと思いました。

 

感謝のあふれる人のもとには、感謝のあふれるご縁が集まる。

そんなことを感じた、素敵な一日でした。

 

 

 

 

 

 



野上徳子(のがみとくこ)
内科医・心理カウンセラー
1967年生まれ、岡山育ち。現在、愛媛県松山市在住。

医師として30年診療に携わる中で、昔から‟病は氣から”というように病気の原因は氣(潜在意識)が大きく関わっていることに気付き、現在は、病気や生きづらさの中に生きる価値を見出し、本当の自分として命を輝かせて生きるサポートをしています。

 

私にも、お金のブロックがあります。

実は先月、そのブロックと向き合う出来事がありました。

 

 

大きなお金を支払わなければならない場面で、

「お金を失うのが怖い」という気持ちや、強い喪失感が湧いてきて、とても苦しくなったのです。

 

7月は感謝ワークをしていましたが、この恐れがなかなか手放せずにいました。

 

 

そんなとき、コヤッキーさんとネドじゅんさんの対談動画をYouTubeで見ました。

 

 

その中でネドじゅんさんが、

「お金は、支払うときが大事」

「選んで、感謝して、払う」
「これが世界に広がりますようにと感謝して払う」

とお話しされていました。

 

 

好きなものを買ったり、好きなことにお金を使ったりするとき、

その喜びが広がっていくと思うと、うれしいですよね。

 

 

では、あまり気が進まないことに支払うときは、どう考えればいいのか。

ネドじゅんさんは、

「周りの人たちの幸せが、私の幸せだから」

「お金と仲良くなるチャンス!」

と思って支払うといい、と話されていました。

 

 

その言葉を聞いて、私は考えました。

このお金を支払うことで、命を輝かせて、人生を目いっぱい生ききる人が増えていく。

 

そう思って支払うと、不思議なくらい心が楽になりました。

 

小綱神社で「銭洗い」をしました。

 

「支払うことで、お金を失う」と思うと苦しくなります。

けれど、このお金が巡り巡って、誰かの幸せにつながっていく。

 

そう思えたとき、私はお金に、

「いってらっしゃい。また帰ってきてね」

と言って、送り出すことができました。

 

 

 

 

 



野上徳子(のがみとくこ)
内科医・心理カウンセラー
1967年生まれ、岡山育ち。現在、愛媛県松山市在住。

医師として30年診療に携わる中で、昔から‟病は氣から”というように病気の原因は氣(潜在意識)が大きく関わっていることに気付き、現在は、病気や生きづらさの中に生きる価値を見出し、本当の自分として命を輝かせて生きるサポートをしています。

 

私は3人きょうだいの真ん中で育ちました。

 

「お姉ちゃんなんだから、我慢しなさい」 

 

そう言われることが多く、
自分だけが我慢させられているように感じていました。

 

だから、素直に人を応援できないこともありました。

 

自分より恵まれている人、
評価されている人、
自由に生きているように見える人を見ては、
うらやましくなり、僻んでいました。

 

 

専門医資格はない。 

博士号も取っていない。 

大病院の肩書もない。 

 

周りの医師と比べては、 

「こんな自分ではダメだ」 

「私には何もない」 と思っていました。 

 

 

けれど今は、 少し違う見方をしています。 

渡邉有優美さんの『巡りの法則』には、 「ならしか理論」という考え方があります。 

 

1分で幸福に満たされる 巡りの法則 「宇宙の呼吸」で自分をととのえる

 

 

「私ならできる」 

「私にしかできない」 

 

専門医資格や博士号がなくても、 

長年、内科医として目の前の患者さんと向き合ってきました。 

 

 

病気だけではなく、 

その人の我慢や生き方、 

心と体のつながりを見てきました。 

 

内科医の私なら、 

心と体のつながりを伝えられる。 

 

 

長年、人の人生と身体を診てきた私にしか、 

伝えられないことがある。 

 

 

劣等感は、 自分に足りないものを教えるだけではありません。 

 

その奥には、 

「本当は何をしたいのか」 

「自分だからこそできることは何か」 という問いが隠れています。 

 

劣等感は、 自分を否定する材料ではなく、 

自分の使命に気づく入口なのかもしれません。

 

 

 

 

 

こちらで毎朝お話しています👇

 



野上徳子(のがみとくこ)
内科医・心理カウンセラー
1967年生まれ、岡山育ち。現在、愛媛県松山市在住。

医師として30年診療に携わる中で、昔から‟病は氣から”というように病気の原因は氣(潜在意識)が大きく関わっていることに気付き、現在は、病気や生きづらさの中に生きる価値を見出し、本当の自分として命を輝かせて生きるサポートをしています。

 

 

「落ち込まなくなりました」

 

 

 

継続セッションを受けてくださっている方から、そんな言葉をいただきました。

 

以前は、何かできないことがあると、

「できない私はダメなんだ」

と、自分を責めてしまっていたそうです。

 

けれど、よく考えてみると、

「できないこと」と「私の価値」は、

まったく別のものです。

 

できないことがあった。

それだけなのです。

 

 

同じように、

「私はすぐ怒ってしまう。こういう性格なんだ」

と思ってしまうこともあります。

 

でも、

「今、怒っていること」と「私の性格」も、本当は別のものです。

 

感情は、そのときに起きている反応です。

 

怒りを感じたからといって、 

自分が怒りっぽい人間だと決めつける必要はありません。

 

 

 

愛宕神社へ行ってきました。
 

冷たい甘酒が美味しい

 

 

私たちは、いつの間にか、

思い込みや感情、自己認識、つまりセルフイメージと自分自身を一緒にしてしまいます。

 

「できない私」「怒ってしまう私」「落ち込む私」

それが自分そのものだと思ってしまうのです。

 

そんなときは、少しだけ切り離してみます。

 

「できないこともある。では、どうしよう?」

「私は今、怒っているんだな」

「私は今、落ち込んでいるんだな」

 

そうやって、

自分を一歩引いて見てみる。

 

できないことがあっても、 

怒ることがあっても、 

落ち込むことがあっても、

 

それが、

あなたのすべてではありません。

 

感情や行動と、自分の存在を切り離して考えられるようになると、必要以上に自分を責めなくなります。

 

そして、

「私はダメなんだ」

ではなく、

「では、これからどうする?」

と考えられるようになります。

 

自分と感情を切り離して見ること。

それは、自分を否定せず、自分の人生を前に進めるために、とても大切なことだと思います。

 

 

 

 

 

 

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野上徳子(のがみとくこ)
内科医・心理カウンセラー
1967年生まれ、岡山育ち。現在、愛媛県松山市在住。

医師として30年診療に携わる中で、昔から‟病は氣から”というように病気の原因は氣(潜在意識)が大きく関わっていることに気付き、現在は、病気や生きづらさの中に生きる価値を見出し、本当の自分として命を輝かせて生きるサポートをしています。