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穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

今回は、自分の備忘と頭の整理を兼ねて書いてます。読むのが嫌になったら閉じてください(笑)。

 

 

今年は年明けから出張ばかりで、その分関東と九州で活動はできたものの、自前でのお出かけってほぼほぼできてなかった。なので今週有給を取って、今さら今年初めての遠征を敢行予定。ちなみにわたくし的遠征とは、半径50km圏外のイメージ(笑)。

 

今のところ22日夜出発~25日夜帰還予定で、行先はまた中国地方。現時点では、山口県に絶対見たい物件が一件あるのと、三度目となる今回こそは広島県にガッツリと踏み込みたい…ということくらいしかない。

つうか、ピックアップしている物件が多すぎてどうしようかということと、それ以前に天候が懸念されて、うーん、って感じ。何しろわたくし夏タイヤしかないもので!

 

 

【写真はイメージです・笑】

 

天気予報を見てると、24日・25日は日本海側に雪マークが出ているので、こっち方面は23日一択。なのでこの日は、岡山県北~鳥取県内あたりに散在しているターゲットを狙い、夜には一気に高速で山口へ移動して、24・25日はおおむね瀬戸内寄りを徐々に東へ戻ってくる感じでイメージしているのだが…。

 

まあ引き続き予報の推移を注視していかないと。高速にチェーン規制が出る可能性もあるし、現場対応で行先変更や日程短縮も含め臨機応変にいくしかないな。

 

 

 

 

もうひとつの懸念点は…今年はとみに話題の(笑)熊や猪。

【ええ、イメージです・笑】

 

念のため調べたが、やはりこの地方各県においても、熊の目撃情報は数多い。どうしても山に入りがちなのでエンカウント率はより高めになるから、これはまあ熊鈴で対応するしかないか。

けど今や普通に街中に降りてくるご時世だしなあ。住宅地で熊鈴鳴らしまくりもどうなのか。あとは、いつものように山中の探索では誤って駆除されないよう(笑)、明るい色のアウターを着るくらいか。

 

 

 

ほんとはねー、10月に実行したかったんだが、二度の福岡出張とBAND-MAIDライヴ参戦などとの兼ね合いで厳しく、ずれ込んでしまったのよね。

「日もどんどん短くなっていくのが辛いけど、まあ紅葉を楽しみながらなんてのもいいかな~」なんて思ってたら…。10月には真夏日がどうこう言ってたのに、いきなり雪が降り出すとか、マジで勘弁してよ~。

 

 

…とまあ懸念はありながらも、めっちゃ楽しみ!

 

 

 

2023年6月24日、「大阪府南部の橋つまみ食い~ちょこっとそれ以外もあるよツアー」にて訪ねた橋をご紹介。この日のネタで記事にしているのは、ここの40分ほど前に訪ねた金剛橋

 

 

ここはQ地図でアタリをつけて、ピンポイントで襲撃した。まずはこれ。

一見して古そうなコンクリート橋!先に書いとくと、1926(大正15年)完成だそうで。

 

場所はこちら、西側よりアプローチ。そういえば、車停めるの苦労したなあ…。

 

 

 

 

 

先にお誕生日を書いたということは、現地情報にはなかったということなんだが、まずはお名前、

「もみやまはし」。

 

 

 

 

 

この高欄のテイスト、

好きだわ~。

 

 

 

 

 

まあさすがに、

だいぶくたびれてるけど。

 

 

 

 

 

こちらは右側の親柱で、

「籾山橋」。先にひらがな表記を見てないと判読難しいかな。

 

不覚にも、この時点では他にも刻まれている文字があるのを見落としてた。

 

 

 

 

 

橋上から望む、こちら上流側。

景色は…とりたてて、って感じ。

 

 

 

 

 

こちら下流側。

そうそう、川の名前は飛鳥川という。

 

 

 

 

 

渡って、振り返り。

いや、いいですな。

 

さらにいいトコあったのだが、それは最後に。

 

 

 

 

 

親柱は

残念ながら、反対側と同じ。ではあったんだが…

 

 

 

 

 

ここで見落とし発見。

「籾山橋」の右隣に、「飛鳥川」と刻まれてるじゃないの!

 

改めて先ほどの親柱を見返してみたら、ちゃんとあちらにも同じく刻まれていた。日陰になってたせいか気づかんかったわ~。河川名が同居してるパターン、かなりレアかと。

 

こうなったらお誕生日も見落としてるんじゃないかと探したけど、これは見つからなかった。

 

 

 

 

 

最後に、唯一サイドアングルが拝める下流右岸側に行ってみれば、

おおお、アーチ橋!

 

 

 

 

 

しかも、

川に対して斜交した、斜めアーチ。いや、ええもん見た。

 

 

現役橋として大阪「市内」最古の橋は大正2年完成の本町橋だが、「府内」となるとちょっと調べた範囲ではわからなかった。大正15年製のこの籾山橋、なんにせよ府内最古でないことは確定済みながら、「充腹のRCアーチ橋」というくくりであれば、もしかしてワンチャンあるかも?

 

大阪府南部エリア、侮りがたし。

 

 

 

 

以上。

 

 

2013年1月17~18日、奥三河彷徨。この日のネタで記事にしているのは、小町トンネル豊栄トンネル芳ヶ入トンネル槙原隧道新一の瀬橋水沢トンネル国道151号・市原トンネル旧廃道、旧々道戦橋川角トンネル旧廃道

 

今宵ご紹介するのは、戦橋のちょっと前に立ち寄ったバス停。ええ、わざわざにね。

 

 

 

はい、こちら。

その名もズバリ、「月」。場所はここ

 

好き者の間で有名な「月 3km」の看板があるアソコとはまた別なんだが、ここもまたれっきとした「月」。

 

 

 

月面ってもっと荒涼とした世界だと思ってたんだが、

なんとのどかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…バカ言ってる(笑)。

 

 

2023年7月9日、第二次大分県探索二日目、大雨警報下の国東半島徘徊・ラストに訪ねた物件をご紹介。この日のネタで記事にしているのは、最序盤の川部橋

 

 

 

時刻は16時47分。まだシバキ残しがけっこうあるのに、本格的にレンタカー返却時間(19時)が気になり始めながら…

見えた。あれが次なる目的地。

 

 

 

 

 

はい、

これでございます~。場所はこちら

 

モルタルで固めた素掘り隧道…ここ国東半島にあっては大して目立つ物件ではなさそう…

 

 

 

 

 

そんな第一印象だったんだが、

接近してすぐに、ただならぬ気配に気づいた。

 

ひとつは隧道脇の超スパルタンな旧道跡、そしてもうひとつは…洞内。補修でガッチリ固められた内壁の一画が、なにやら。これは…嬉しいやつでは…?

 

 

 

 

 

そいつは、

思った通りのものだった。

 

 

 

 

 

そう、横穴~。

ガードレールで守られているが、隧道脇を流れる安岐川に面して開口しているもの。もとは天然の洞窟…というか、岩ひだの奥まった部分を隧道がぶち抜いている状態かと思われる。

 

 

 

 

 

先ほど見えたスパルタンな旧道の続きと思われる極狭の平場が

このように。

 

 

 

 

 

そして岩ひだを折り返した先には、

なんか穴ぁ開いとるぞ!

 

ここって、業界的にはほぼ無名なマイナー物件だと思うのだけど、こんなオプションが付いてるとは。恐るべし豊後の国。

 

 

 

 

 

めっちゃ気になるが、

まずは抜けてみよ~。

 

 

 

 

 

抜けて振り返り。

外から見ると、やっぱ普通の素掘りに見えるのだが…洞内にはあんなもんを隠し持ってるなんて…。いや、隠れてないけどな!

 

ちなみにヘッドライトの明かりは、向こうに停めた我がレンタカーのもの。

 

 

 

 

 

そして、坑口脇を見てみると、やはり…。

いや、怖い怖い。

 

現地には情報を示すナニモノもないが、愛と信頼のQ地図によれば、この隧道は掛樋隧道、完成年はなんと1907(明治40)年!まあ大分では明治隧道が珍しくないとはいえ、だ。

 

なのでこのスパルタンな川沿いの断崖道は、明治40年以前の徒歩道か。ちなみに、隧道擁するこの道は大分県道34号豊後高田安岐線の旧道に当たるので、その意味では旧々道ということになる。

 

 

 

 

 

この一枚、お気に入り。

洞内に居ながらにして、旧道の断崖道のヒンヤリ感にも思いを馳せられるっていう…。なんて素敵な隧道だろう。

 

 

 

 

 

さて、あとはやっぱり

ここは見ときたい。ぜひとも。

 

ただでさえ狭い平場、ぐっしょりと濡れた岩の上に堆積した落ち葉。慎重に…。

 

 

 

 

 

どれどれ…

うーーん。なんじゃあこりゃあ。

 

奥には軽トラ用?とおぼしきタイヤが一本だけ突っ込まれていたが、一体誰が!?そして謎の穴は行き止まりのようにも、右へと急角度で曲がっているようにも見える。

 

これ以上は入らなかったのでわからないが、右へと曲がっていたとしたら、すぐに現在の洞内へと行き当たる。もしかして実際そうなっていたのかもしれないが、先ほど見たように洞内はガッチリと補修で固められていたので、あったとしても塞がれたものと思われる。まあでも、行き止まりかな。

 

なんであれ、用途は全く見当がつかない。隧道着手前の試掘穴…なんて浪漫のある仮説もありやなしや。

 

 

 

 

 

わたくしがこの危ない場所で謎穴をのぞきこんでるちょうどその時に、

誰も通りっこないと思っていた通行人が通過していった。

 

正確にはジョギング?で走って通過して行かれたのだが、わたくしを見てどう思っただろうね(笑)。いろんな意味でギョッとさせてしまったかな。

 

 

ここに来るまでは、残りの時間と残したターゲットを天秤にかけて、ここからどう立ち回るか悩んでいたのだが、この隧道が思いがけず素晴らしく楽しめたことで我が煩悩が浄化された(笑)。すなわち、理性が戻ったというか、ここですっぱりと切り上げようと決めた。まだ国東半島の先端近く、帰路の不測の事態も考えて、余裕をもって戻ろうと。

 

おかげで、一時間近くも余裕を残してレンタカーを返却したが、すがすがしく悔いなし。すべてこの隧道のおかげだった。

 

 

 

 

 

最後に、改めて最初に気づいた旧道(旧々道)をチェック。

いやいや無理無理。絶対行けませんて、こんなん。死ぬ自信がある。

 

ほんとに通っていたのだろうか、こんな道を?いやそりゃあ、なにはなくとも隧道掘るわ。明治40年だなんて、もっと早く掘ってもよかったくらいでしょうよ。

 

 

 

大雨警報のもと、大部分のターゲット隧道を断念し続けたこの日最後に、怨念・煩悩を浄化する素敵な出会いに感謝(笑)。その意味でも非常に印象に残っている隧道なのだった。

 

 

 

 

以上。

 

 

 

今年は出張三昧だったおかげで、このシリーズも続きを書くことができる。出張ラッシュはもう収まったんだけど、あと9月のFNS徘徊もあったので、少なくともあと一回は書ける(笑)。

 

 

2023年7月8~9日、2日間にまたがっての、第二次大分県探索でお世話になったのは、日産オッティ。…いや、オッティって(笑)。

 

個人的にそんな車あったなあっていうレベルで、調べてみたら2013年には生産終了してたので、なかなか年季の入った一台だったわけか。でも十分に走ってくれた。

 

 

 

 

 

 

一枚目写真、わかりにくいと思うが土砂降りの雨の中。ルーフを叩く雨の煙に気づいてほしい。二枚目、三枚目と、隧道と石橋の国・豊後を表現してみた~。

 

 

 

大分ネタも持て余し気味やな~。ここでまたなんかやっとこうかな。