穴と橋とあれやらこれやら -274ページ目

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

2015年8月23日、前日から敢行した「HTK (Hyogo、Tottori、Kyoto) 彷徨」の2日目。この日のネタで記事にしてるのは、時系列で戸倉隧道戸倉峠の明治道と未成隧道榎雪覆田君川橋梁三尾隧道

 

今宵のネタはこれらよりも後の午後深い時間に出会った、「借景」が豪華な物件。意味がわからん?まあ最後にはわかる。

 

 

 

 

まずはこちら。

地味ですな~(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

ご覧のとおりの、

シンプルなコンクリート橋梁。

 

あまり橋好きにも顧みられない類いのやつだが、何度も書いてる通り、わたくしこういう橋が大好きなのだ。…まあどういうのでも好きなんだが。

 

 

 

 

 

 

お名前は、

宮ノ内橋。

 

 

 

 

 

 

お誕生日は、

「昭和三十四年三月架」。

 

 

 

 

 

 

橋上から望む、こちら上流側。

橋のお名前は、あの神社と関係があるんだろうか。

 

 

 

 

 

で、こちら下流側。

すぐ先で、日本海へと注いでいる。

 

 

 

 

 

 

 

渡って正対…といきたいとこだが、最後までネタを引っ張るために親柱写真を先にご紹介。

 

 

ハイッ!ということでね。

 

 

 

 

 

あえてここまで地図も出さずにお送りしてきたが、この橋北詰から南を向いた写真がこちら。

超有名な「借景」、おわかりだろうか?ようやくの地図もどうぞ。

 

 

 

 

 

 

ハイ、これですね~。

鉄道好き、橋梁好き、土木好きで知らぬ者はモグリ(勝手に断言)、その名も「餘部橋梁」。

 

橋梁としては完全に架けかえられて、かつての代名詞でもあったトレッスル橋脚がモニュメントとして三脚保存され、一帯は道の駅として整備されている。これも記事にしたいところだが、それはまた別の機会に…。

 

 

以上、借景ありきの…でも単体でも好ましい宮ノ内橋でありました。

 

 

 

2010年12月27日、第八次三重県探索の序盤に記録したトンネル。いつもとは違う意味で、「今となっては…」な物件である。

 

 

 

 

まずはこちらから。

新八鬼山トンネル、南側坑口。場所はコチラ

 

地図を見ていただくとこのトンネル、将来的には紀勢自動車道の一部となるであろう高規格道路・熊野尾鷲道路に位置している。

とてもこんなとこで撮影できるようなトンネルじゃないのだが、当時は尾鷲南インターから三木里インターまでしか…っつうかこの新八鬼山トンネルだけが供用されており、かつ三木里インターと接続する県道も未整備で大した通行量もなかったため、まだこんなことができた(してよかったのかどうかは疑問だが・笑)。

 

 

 

 

 

で、これも今どうなのかは知らないが、

緑看には「道路トンネルの長さ三重県一」と書かれていた。その長さ、3992m。

 

どうだろう、これ以上長いトンネル、三重県内にできたかなあ。たぶんまだタイトルホルダーだと思うな。石榑トンネルは三重県単独じゃないし。

 

 

 

 

 

 

ルーティーン通りに銘板。

これまた、今ではこんなんとても撮ってられないやつ。

 

 

 

 

 

 

 

ましてや、こちらとか。

洞内側壁にあるからね、絶対ムリ。

 

 

 

 

 

 

 

でね、こんなん見つけたん。

並走する、もう一本のトンネルを。

 

 

 

 

 

 

 

 

明らかに小ぶりで、

かつ鉄扉で閉鎖されている。

 

 

 

 

 

 

 

ちゃんとこっちにも銘板があった。それによると、

避難坑!これは珍しい。

 

いや、ここ最近の長大トンネルには避難坑って付き物だとは思うが、こうして本坑と並行してちゃんとしたポータルがある避難坑って、現在に至るまでここでしか見たことないかも。よく見ると、本坑より43m短いのね。

 

 

 

 

 

全体では、

こんな位置関係になっております。

 

なにぶんこれ10年前の写真なので、今でもこんなにセキララに見える状態なのかは不明だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

最後にこちら、

北側坑口。さすがにこっちではパッと停めて一枚が精いっぱい。いわゆるヒット&アウェイ(笑)で立ち去った。

 

 

 

ちなみにこの日の最後を飾ったネタが、懐かしの鳥越隧道であります。

 

 

以上。

 

 

2020年10月7日、仕事の出先で時間が空いたので、これ幸いと(笑)移動の合間に駅近物件に立ち寄った。

 

 

 

近鉄の興戸駅で下車、西へわずか100mほど、

JR片町線(学研都市線)を踏切で渡るのだが、

 

 

 

 

 

 

 

その踏切で右(京田辺方)を見ると…

ほいっとね。

 

そこにあるのは、土被りの皆無な煉瓦隧道。場所はコチラ

 

 

 

 

 

 

 

取り付けられた銘板には、

「防賀川 15.30M」。

 

そう、これは以前記事にした草津川隧道大砂川隧道狼川隧道なんかと同じく、天井川である(あった)防賀川の下をくぐる隧道なのである。「あった」と書いたのは、ここもご多分にもれず河川改修により天井川が解消されているから。

 

 

 

 

 

 

さて、

改めて作品を見てみよう(なんでも鑑定団ふう)

 

 

 

 

 

 

 

うーむ、

非常にオーセンティックな造りですな~。端正極まりない。

 

 

 

 

 

 

そして、いかにも~な

ザ・馬蹄形断面が美しいな~。

 

 

 

 

 

 

 

とってもお手軽に観賞できる、防賀川隧道。

あなたも、いかがですか?(なんだこれ)

 

 

 

以上。

 

 

 

 

2011年7月22日、出張の訪問先近くで見つけた、かわいらしい二基の橋梁をご紹介。この日のネタで記事にしているのは、上新郷の名称不明橋

 

 

 

大して撮影枚数もないし(笑)、タメませんぞ。

 

秩父鉄道新郷駅から、東に徒歩で数分のところ。

まずはこれ。用水路?を跨ぐ橋梁。橋台は煉瓦製である。これはIビーム橋梁のようだ。

 

 

 

 

 

Iビームを受ける部分だけ

切石が使われている。

 

 

 

 

 

 

そこからほんの数十m東に、

もう一基、よく似た橋梁が。

 

ここで地図を。二基の真ん中にマークしてある。

 

 

 

 

 

 

いや~…

宜しいですな(笑)。

 

秩父鉄道の敷設は古く、この区間の開業は1921(大正10)年のこと。煉瓦橋台にも納得である。

 

 

 

 

 

こちらは…

プレートガーダーかな。

 

帰って調べたところ、最初の方が羽生領用水(南方用水)橋梁、後の方が会の川橋梁というお名前が判明。なんでも両橋梁の橋台煉瓦には、「大阪窯業」の刻印が見られるそうだ。

 

 

 

 

 

最後にこれ。

会の川橋梁にさしかかる、羽生行き上り電車。のどかだなあ…。

 

 

最後に、(ご存じの方も多いとは思うが)このサイト様をぜひ紹介しておきたい。「フカダソフト」さんHP内の「きまぐれ写真館」。今記事の情報もこちらで得た。煉瓦のことなど非常に勉強になるし、ここを拝見してると、埼玉に何ヶ月か住んで全部見て回りたくなるのよね…(笑)。

 

 

 

 

以上。

 

 

 

 

2020年12月6日、「終わり佳ければすべて佳し」OFF集合前の通りすがりに見つけた物件をご紹介。当日唯一の朝練物件であります。

 

 

 

まずはこれ。

これが通過中の道路からチラ見えして、急いで引き返してきた次第で。場所はコチラ

 

ここは、我が家から紀伊半島中央部方面への最短ルートの一翼を担う道のすぐ脇であり、普段ほとんど真っ暗な時間帯にしか通らないので(笑)、今回初めて気付いた次第。

 

 

 

 

 

正対して見ると、

カムフラージュされながらも、高欄が見えてるからわかりやすい。

 

 

 

 

 

 

 

 

もうおわかりだろうが、

このささやかな橋は、石桁橋なのだった。

 

 

 

 

 

 

 

潜ってみれば、

はい、このとおり。

 

 

 

 

 

 

 

ここで気づいた、こいつに。

只今、車が登っております。

しばらくお待ち下さい。

(軽四使用して下さい。) 

西峠墓地会

 

あ~、この上って墓地なんや…とぼんやり考えた後、前半の文言が沁みてきた。ちょ待ってちょ待って~。

 

 

 

 

 

車が登ってるですと!?

この道をかーーい!

軽四使用して下さいって、言われるまでもない…っつうか、軽四でも行けんのか!?この細道を!?しかもこの狭さで、あろうことか微妙にくねってるとか鬼。車が登ってるとこ、ゼッタイ動画撮りたい。

 

せめて左側の側溝に蓋でもしてくれてれば…とか、せめて右側に落っこちないように脱輪防止措置的なものがあれば…とか、でも路肩を黄色くペイントしてあるのがほんの1ミリほどの優しさなのか?とか、色々なことを考えさせられた(笑)。まあなんともハードコアな墓参だこと…。

 

でも何よりも、朝陽に照らされたこの日この時のこの道は、めちゃめちゃ美しかった。しばし見とれた。

 

 

 

 

 

 

最後に、遠景で。

この後は、まっすぐ集合場所である「道の駅宇陀路大宇陀」へ向かった。ええ、間違った集合場所でしたけども(笑)。

 

 

 

最後に業務連絡。宮川さん、こんなんありましたよ~。

 

 

 

以上。