ずいぶん昔ですが、以前、本ブログでこんな話を書きました。
この記事では少しアカデミックな話題となりますが、一歩前に戻って、上でいう「パッケージする」元としてどのような領域があるのか、簡単に纏めてみました。例えばMBAでは「会計学」「ファイナンス」「リーダーシップ」「マーケティング」「経済学」「オペレーション」「戦略論」「定量分析」等を教えているわけですが、それらの学問的な源流をさらにさかのぼってみると、概ね以下のような領域による影響が大きいように見えます。
工学
MBAのカリキュラムが整備されたのは今から100年前ぐらいと聞きますが、アメリカでは早い時点から、ビジネススクールの教育には工学的なバックグラウンドを有する教員が関与していました。これは私が知る限りアメリカ独特のことで、英国系を含め他の国のカリキュラムには(日本の商学も含め)このような内容は(伝統的には)あまり見られません。
具体的な科目としてはオペレーションズ・マネジメントとそこで整備された定量分析(第2次大戦中に軍隊のオペレーションを計画するために開発された手法が基になっています)が基礎になるかと思いますが、時代が下るに従ってそこに経営情報システムが加わり、さらに最近はビジネス・アナリティクス等のカリキュラムもこうした工学系分野出身の教授陣がプラットフォームとなって整備されています。時代が下るにしたがって、こうした分野の重要性は上がっていく一方のように見えます。
またサプライチェーン・マネジメントの分野は、従来、「ロジスティクス」等の科目として教えられていた時にはビジネス分野としてはあまり人気のない分野となってしまっていたようですが、これに(単にモノをあそこからここに運ぶ技術、というだけでなく)ビジネスの側面(数量ベースだけでなく金額ベースでの利益最大化)を上乗せすることにより、大幅に付加価値が高まりました。
実際のところ、アメリカのビジネス専攻者のイメージ(特に学部)は、意外とこうした領域に引っ張られているような気がします。工学部のように実際にモノを作ったりするわけではありませんが、数学・数字に強く(日本でいえば「文系数学」程度ですが)、問題解決能力に優れ、ITも得意なイメージです。アメリカではそもそも平均的な学生の数学力が低いこともあり、こうした能力の高い学生は良い就職先を得て就職していきます。また、留学生がアメリカで就職しようとする場合にもこうしたスキルは高ければ高いほど就職に結びつきやすいため、力を入れる人が多いです。
経済学
アメリカに限らず多くの国で、ビジネス系の諸分野の基礎として経済学は教えられてきました。特にミクロ経済学的な意思決定は重視されます。こうした傾向は当初からあったものと思いますが、特に1980年代からミクロ経済学に基づく経営戦略論(所謂ポーターの競争戦略論やゲームの理論を含む)やファイナンス理論(現代ポートフォリオ理論等)が整備され、現在でもMBAの花形科目として君臨しています。他に国際経営の分野等でも重視されます。一方、マクロ経済学は相対的には優先順位が低く設定されているケースが多いようです。
最近は定量分析やマーケット・デザイン等が精緻化され、また行動経済学等の発展もあり、マーケティング・経営学等にも影響を与えているようです。
行動科学・心理学
このブログではあまり取り上げられていませんが、行動科学・心理学もまた、古くからビジネス系諸分野の基礎となってきた領域です。特にマーケティングの消費者行動論と、ミクロ組織論(組織行動論)の基礎理論となっています。最近では行動経済学の研究の進展に伴い、こうした領域でも新しい理論が整備されているようです。
また、行動科学は実験・調査等の手法や、それを基にした定量分析等のノウハウも蓄積されている領域です。専門職課程でも、例えばマーケティング・リサーチ等の領域では定量的な測定・分析に触れることができます。
こうした測定・分析手法の応用の一例としては、このブログの読者の中には馴染みがある方もいらっしゃるかと思いますが、例えばGMATやTOEFL、公認会計士試験等の米国のテストがあります。こうしたテストはテストセンターで毎日、好きな時間に予約して受験できるようになっていることが多いのですが、実のところこれも問題をランダムに出題し、出題された問題の難易度等を統計的に調整して学力を測定する方法論が確立されているからこそできることです。こうした手法の開発では、アメリカはやはり一日の長があると感じます。
一方、アカデミックなマーケティング分野では、さらに統計学的・数理的・経済学的なマーケティング・モデルが占める割合も大きくなっており、博士課程では、そうした分野を中心としたマーケティング・サイエンスのコースと、伝統的な消費者行動論とマーケティング・リサーチを中心とした従来型のコースを別個に2本立てで用意するケースが増えているようです。
会計学
会計学は恐らく最も古いビジネス領域です。財務・管理会計それ自体の基礎はどんなプログラムでも必ず教えられますし、古典的なコーポレート・ファイナンスの基礎ともなり(基本的な金利計算や資本予算等を含む)、またかつては経営戦略の授業を管理会計の先生が担当することなどもあったようです。さらにアメリカをはじめ多くの国ではビジネススクール内に公認会計士養成課程が整備され、より専門的なトレーニングが提供されています。
プロフェッショナルな世界ではかつては会計学の専門家が占める割合は今よりもかなり大きかったようですが(例えばコンサル会社「マッキンゼー」を設立したのも会計学の専門家でした)、時代が下っていくに従って他の領域(例えばファイナンス・コンサル等)の専門職が確立されていき、結果として相対的に会計学の専門家が活躍する領域は狭まっていく傾向なのではないかと思います。一方で会計学の本来の守備範囲である財務報告・監査の分野では会計基準が高度化するとともに内部統制等の要件も加わり(そもそも決算報告の回数も増えましたし)、専門性が高まるとともにファイナンス理論や経済学、IT、統計的サンプリング等の知識を活用して業務を進めることが求められています。また、アカデミックな研究では「情報の経済学」に基づく応用・実証ミクロ経済学的な研究が増えているようです。
基礎理論
MBAのカリキュラムが開発された頃には勿論、上記のようなアカデミックな蓄積はまだほとんどされていませんでした。その頃に教えられていたのはより実務に根差した(別の言い方をすれば素朴な)経営学・マーケティング・リーダーシップ等の基礎理論です。例えば「PESTEL」「SWOT」「4P」等の古典的なフレームワークは必ずしも上記のようなアカデミックな学問分野での研究に基づいて見出されたものではなく、実務的なプランニングにおける必要性の中から見出されてきたものと考えていいでしょう。
もちろん上記の他にも、例えば認知科学やコミュニケーション論等を始めとして、ビジネス領域ではいろいろな学問の成果が教えられています。消費者である我々は普段、そんなことを気にする必要もないのですが、時々こうして立ち止まって見ると頭の中の整理にもなりますし、これから何を勉強していったらいいのかの指針も得られるような気がします。