本ブログではずっとフォローしているミャンマーのクーデター。前回の整理(2023年末時点)から半年経ちましたので、中間整理をしておきます。

 

 

 

昨年の10月27日、少数民族と民主派による国軍に対する大規模な反攻作戦「1027作戦」が発動しました。北部と西部の3つの少数民族により宣言されたこの作戦は他の少数民族や民主派にも広がり、紛争は今年の前半にわたって継続、この作戦により国軍は多くの兵員・拠点を失うとともに、国境地帯のかなりの部分が国軍の支配の手から離れる事態となりました。従来、国軍とも民主派とも距離を取っていた少数民族武装勢力が民主派と共闘して本格的に参戦したことがこうしたパワーバランスの崩壊を招いたものと考えられます。「1027作戦」の詳細は上記の過去記事もご覧ください。

 

Border Control and Cross-Border Trade Situation Update After Myawaddy Emergency | ISP-Myanmar (ispmyanmar.com)

ミャンマーのシンクタンクISP Myanmarが作成した2024年4月時点の国境沿いの交易都市の支配状況。反軍勢力が支配しているとされる赤い点が多くなっています。なお、この地図が出されてからも状況の変化等ありますのでご注意ください(特に「Myawaddy」は、その後反軍勢力の撤退が報じられています)。

 

過去記事より、「1027作戦」の開始に至るまでの経緯をまとめた図を再掲しておきます。

 

 

この作戦については、当初はミャンマー国内における国際犯罪を問題視した中国の関与が広く報道されましたが、図によればその背景には国際的な「力の空白の発生」やミャンマー国内における「パワーバランスのシフト」、そしてもちろん中国のより広い「影響力強化の企図」があったことが指摘されます。ご興味がおありの方は是非元記事もご覧ください。

 

外交面では、国軍が今年に入ってからASEANと融和する動きを見せています(ASEANの要求に妥協する形で非政治的な代表を各種会合に送る等)。国軍は従来、国連からもASEANからも孤立(国連では大使が承認されず、ASEANからは首相・外相・国防省会合からの締め出し等)しており、それを補うためにロシアに接近したものの(ロシアは国軍にとって金額ベースで最大の武器提供国です)、足元の紛争の動向と中国の影響力増大(中国はミャンマー国内のいくつかの少数民族と深いつながりを持ち、今般の反抗作戦の発動を黙認したとされています)を受け、このままでは国際的にもパワーバランスを失ってしまうものと見たのではないかと思います。ASEAN各国の方も、例えばタイが自らを「中立」と位置付け関係者の対話を促すとともに、その元首相が少数民族や民主派の代表者と面会し仲介に意欲を見せる等、国軍一辺倒ではない対応を見せています。一方で、国連やG20等を含む国際社会の反応は極めて少なくなっています。

 

当地は雨期に入っており、今後を見通すにあたっては、足元の戦況に加えて雨期が明けたときの各勢力の戦略(言わば次の「1027作戦」)が注目されます。

  • 現時点で見えている国軍側の明確な打ち手は徴兵であり、4月以降、毎年5,000名ほどの兵員を集め、これまでに失った兵力を補おうとしています。
    • 以下の資料を見る限り、もし仮に徴兵がスムーズに進んだとしても秋までにまとまった打撃力を整備するのは難しいものと思われますが、いずれにせよこの施策がどのような効果をもたらすかが中長期的な趨勢にも影響を与えるものと考えられます。実際には勿論、徴兵逃れの防止のために男性の海外出稼ぎを一時停止する等、かなりの混乱が報じられています。

上の地図と同じく、ミャンマーのシンクタンクISP Myanmarによる徴兵制実施についての分析レポート。国軍は徴兵制を通じて4月から毎月5,000人、年間で6万人を徴兵し、兵員数を1年以内にクーデター前の水準に戻す考えを持っているとしています。また、徴兵された兵員の第1陣が訓練を終えるのは11月~来年1月になるとの見方を示しています。

  • ただ、国軍は全国で選挙を実施する方針を取り下げ部分実施に切り替えており、中期的にも全国に支配力を及ぼす道は一旦、あきらめたようにも見えます
    • 反軍勢力側が国軍の方針を転換させた、という意味では大きなニュースだったと思います。ただ、では国軍が中期的にどのような状況を目指して戦略を立てているのかはまだわかりません。
  • 一方、反軍側の各少数民族武装勢力の各々のテリトリーを獲得しようとする意欲は強く、反抗は今後も続くものと考えられます。
    • ただ、例えば「1027作戦」でも中核的な役割を果たしたとされる「コーカン族」は既に自らが望むテリトリーや権益を確保し、中国の仲介により国軍と講和しています。こうした少数民族武装勢力は、一般的には自らのテリトリーを超えて戦闘を挑む動機は持っていないものとされており、今後、より多くの少数民族武装勢力が各々の望む成果を獲得した場合(それが現実的かどうかはよくわかりませんが)、反抗作戦がどのように変容していくかが注目されます。実際には各少数民族武装勢力はビルマ民族の民主派との関係構築にもかなり投資しており、武器や訓練の提供等、支援は継続するものと思いますが。

敢えて戦略的な見方をすれば、少数民族側の立場からすると、平野部のビルマ民族が統合され、治安が安定して経済力を回復すれば、また周辺部の少数民族武装勢力を圧迫してくることが懸念されるものと思われます(それがミャンマーの現代史の一側面です)。その意味でも、ビルマ民族の統合を避けるためにビルマ人の反軍勢力・民主派を支援することには戦略的な利益があり、その観点からも少数民族武装勢力が民主派勢力を完全に「見捨てる」ことは考えにくいものと思います。

 

反軍戦力の侵攻が進み、支配領域が増えるにつれて、そうした地域の統治・ガバナンスに関わる話題が増えています。

 

米シンクタンクによるミャンマー国内のガバナンスについてのレポート。各民族の具体的な動向等についてはこちらもご覧ください。

  • こうしたガバナンスはボトムアップで、各地の少数民族武装勢力・組織や伝統的なコミュニティがその役割を担っています。
    • ミャンマーの伝統的なコミュニティの作り方は(例ば中国のような血縁に基づく氏族・宗族等ではなく)共同体的なものであり、地理的に近いところに住んでいる人たち同志が協力するものです。
    • そうした伝統的なコミュニティに加え、各民族には少数民族武装勢力・組織があります。こうした勢力は様々な役割を担っており、市民とこうした勢力の関係も様々だと思いますが、一般的にはこうした勢力が各々の民族を中央集権的に統治している、と言うわけではないと思います。一つの民族で複数の勢力が存在する例も見られます。
    • そうした中で具体的なガバナンスのあり方は地域・民族によって異なっており、国軍を追い払った後、州レベルの政府機構を市民が引き継いで運営している例もあれば、武装勢力がより集権的な統治を志向していると思われる例もあります。また、各勢力同士で支配するテリトリー等の利害を調整をする例も見られます。
  • いずれにせよ、現時点での取り組みはそうした地域・民族ごとのものが中心で、より広域的な国レベルのガバナンスが立ち上がっている状態ではありません。
    • 国レベルのガバナンスにおいて役割を期待されるのは2020年の選挙で当選した議員たちを中心に結成された国民統一政府(NUG)ですが、なかなか実効性のある施策は打ち出せていないようです。
      • 中核となるスーチー氏の政党「NLD」は海外育ちのスーチー氏が言わばトップダウンで組織したもので、必ずしも地域に根を張った存在ではなかったことがその一因と思われます。
      • しかし世論調査によると(この状況でどこまで公正な世論調査ができているかどうかは留意が必要ですが)NUGの人気は高く、依然として一定の役割を果たすことが期待されているものと思われます。

Blue Shirt Initiative: Citizens’ Perceptions of Current Political and Armed Conflicts

ミャンマーの世論調査の結果。スーチー氏やPDF(民主派の武装勢力)その他のNUG系の主体に高い支持が集まっています。

 

 

米シンクタンクのレポート及び同シンクタンクのメンバーによる執筆でForeign Affairs誌に掲載された論考。いずれもミャンマーの分裂が、必ずしも例えば旧ユーゴの内戦のような泥沼の混乱を招いているわけではないことを示すとともに、各国がミャンマー国内の非国家アクターと積極的に関わることの重要性を主張しています。