ミャンマーのシンクタンクISP Myanmarがまとめた避難民の状況。2022年10月時点でクーデター以降、新たに160万人以上の国内避難民(IDPs)が発生し、それ以前から発生していた国内避難民や国境地帯の避難民キャンプにいる避難民と合わせると、300万人を超える人が住処を追われている、としていますなお、UNHCRによれば、2022年12月5日時点の国内避難民は147万人となっています。

本ブログではずっとウォッチしているミャンマーのクーデター。発生してから既に2年近く経っていますが、事態は未だ鎮静化していません。しかし、世間ではウクライナ戦争等に関心が寄せられたこともあり報道も少なくなっており、あまりこの1年の動きが分からなくなっている方も多いかと思います。そこで、この記事では2022年の主要な動向をまとめておくことにしました。これまでの経緯については、本ブログの他記事もご覧ください。

 

 


1.ロシアとの接近

今年の最も重要な変化は、特に夏以降のミャンマー国軍とロシアの接近だと思います。9月、ロシアが主催しウラジオストクで開かれた東方経済フォーラムに国軍のミンアウンフライン(MAF)司令官が参加、プーチン大統領と会談しました。その後、兵器提供・軍事支援、経済協力・投資、民生原子力、エネルギー、観光に至るまで、様々な分野における協議が行われていることが報じられています。こうした各種の協議にどこまで実効性があるかは分かりませんが、兵器の流入は特に深刻であり、戦況にも影響を及ぼしているようです。

こうした動向の背景となる国軍の動機として、以下の記事によれば、 (1)中国への経済依存に対するヘッジ、(2)ASEANの首脳会議等から排除されたことに対応し、新しい地域協力枠組みへの参加を模索、の2つが考えられるとしています。

 



以下の記述をまとめるにあたり、簡単な相関図を書いてみましたので参考までにご覧ください。

 

ミャンマーに限らず東南アジアにおいて、中国に飲み込まれたくはない、一方で米国べったりにもなれない国がロシアと接近し、勢力のバランスを図る動きは多く見られました。国軍も以前から兵器購入等、ロシアとの関係を維持しており、クーデター以降は米国と関係を構築することもできなくなりましたので(元々、ロヒンギャ問題以降は関係も冷え込んでいたようではありますが)、さらにロシアとの接近を図ること自体は説明のつく動きなのではないかと思います。さらにウクライナ戦争以降、西側世界と対立を深めるロシアの方としても、同国を支持してくれる国軍を手名付ける動機は強まっているものと考えられます。ただ、いずれにせよ中国とのバランシングを図れるほどの支援が引き出せるとは、にわかには考え難いですが…。

さらに上記の記事では、国軍のロシア接近の動機として「ASEANに代わる地域協力枠組みへの参加の模索」が取り上げられています。ASEANは昨年、5項目合意(「暴力停止」「関係者の建設的対話の開始」「特使による対話プロセス支援」「人道支援」「特使&代表団がミャンマー訪問」)を履行しようとしない国軍に対し、ASEANの首脳会合及び外相会合から国軍を締め出す処理を取っていました。今年に入ってからも国軍は5項目合意を履行する姿勢を見せておらず、それに対してASEANは秋以降、同合意の履行期限の検討を始める、(従来からの首脳会合と外相会合に加えて)国防省会合への国軍代表の参加を拒否する、といった施策を取っています。

 

国軍は上述の東方経済フォーラムに加え、上海協力機構の対話パートナー国となる手続きも進めており、それらがASEANの代替となるのであれば(なるのかどうかはよくわかりませんが)、相対的にASEANの国軍に対する交渉力は弱まり、ASEAN主導による外交的解決はより遠ざかる可能性があります。いずれにせよ、ASEANと国軍の間の距離が縮まる見通しは立っていません。

2.ASEAN外交の変化

昨年より本筋とされていたASEAN外交は、あまり成果が出ていません。カンボジアが議長国になり、年明け早々に首相がミャンマーを訪問し、懸案だった特使の派遣を実現する等、当初は強引に交渉を進めようとしたものの、直ぐに他国からけん制が入りました。カンボジアは比較的小さな独裁国で、ASEANに加盟してからの歴史も浅いこともあり、ASEANの中で外交を進めていけるだけの資源・経験に乏しいものと見られます。

 


上述の通り、ASEANは国軍と距離を取る動きを見せています。こうした動きの背景としては、過去記事でも述べた通り、要するに各構成国としても、国軍を引き入れてもあまりメリットがないからではないか、という気がします。ASEANは世界的な米中対立の最前線であり、最近も米国がASEANとの関係を格上げする等、鍔迫り合いが続いています。そうした構造の中で、各構成国としても、米国との間に溝を作ってまで国軍に融和的な姿勢は取りにくくなっている可能性があるのではないかと思います。

 


12月に入ってからタイが中心となり、非公式な外相会議を呼びかけましたが、参加したのはインドシナ半島の4か国(+国軍)に留まりました。タイは元々国軍と近いだけでなく、過去記事でも書いた通り、ミャンマーと長大な国境を接しており、経済関係も深いため、交渉によって様々な実利を得る動機は大きいものと考えられます。こうした様々な動きやその背景、ASEAN内部における大陸国と島嶼国の間の分断の構造等、興味はありますが、ニュースのヘッドラインを見ているだけではなかなか詳細は分かりません。この辺は、専門家の方の整理を待ちたいと思います。

 

3.内戦の状況

ミャンマー国内では、昨年9月の民主派による「自衛宣言」の後、11月には国軍側も抵抗勢力の掃討を宣言し、激しい戦闘が続いていました。また年初以降、国軍は少数民族武装勢力とは交渉を行い、民主派との分断を図るとともに空いた戦力を民主派掃討に振り向ける戦略を取っていました。

足元の戦況について言えば、国軍は抵抗勢力を抑え込むことはできませんでした。国軍が村々に入って行き、民家を焼き払ったとしても、国の広い範囲に居残り続ける兵力はないため、撤収した後で抵抗勢力が戻ってきてしまうようです。また、国軍は新兵の補充にも苦労しているようです。こうした状況を受け、民主派の影響力が強い地域では、民主派が通行料等により資金を集め、教育等の公共サービス提供を独自に始めていました。国軍は対抗策として、ロシアから取得した兵器の投入し、後方の学校やコンサート会場等を空爆しており、一連の戦闘の結果、冒頭で紹介した図にもある通り、160万人を超える国内避難民が発生しています(ウクライナ戦争の報道等で聞く人数のオーダーと比べても、びっくりするような数ですね)。

 

夏頃までの戦況をまとめた報道です。

 

On Myanmar’s Front Line: Armed resistance gathers pace | Politics | Al Jazeera


少数民族和平で言えば、去年の冬ごろから、国軍と一部の少数民族武装勢力との間でラウンドテーブルが開かれています。参加しているのは有力な勢力のうち半分程度で、いずれも現時点では民主派とは距離がある勢力とのことです。こうした場において少数民族側は自治の拡大等を求めていたとされていますが、9月に行われたラウンドテーブルでは、国軍は「もし憲法が改正することができれば」という条件を付けた上で、一部の少数民族との間で停戦合意に応じたとのことです。但し、(以下の記事によれば)国軍は実際にそうした要求に応じるつもりはなく、これらの勢力が民主派と合流しないように時間稼ぎしているだけなのではないか、ということです。
 

 

こうしたラウンドテーブルには中国の代表が同席していたこともあり、同国の強い影響力が伺われます。足元の噂のレベルでは、「あの民族が民主派側で参戦しないのは中国が抑えているからだ」といった話も出ているようです。また、ラウンドテーブルの外では、日本の笹川氏の調停により、有力(非民主派)勢力の一つ「アラカン軍」との停戦が成立しています。

本記事の上の方では外交関係について説明してきましたが、結局のところ足元の戦況に直接影響を与えているのは、こうしたロシアや中国による兵器提供や介入であり、米国は標的制裁等を実施しているものの、ウクライナ戦争のように兵器の提供等、直接的な支援を行っているわけではありません。ASEANも、例えばマレーシアが民主派の外相と会談する等の動きも見せていますが、足元の戦況に与える影響という意味では実効性に欠けます。秋以降、当地は乾季に入っており、戦闘のさらなる激化が懸念されます。

4.経済の状況

ミャンマー経済は2021年には大きく落ち込みましたが、今年の経済成長予測は、まだばらつきは見られるものの当初の見込みからは上方修正する動きが出ています。以下のアジア開銀の予測では、今年のミャンマー経済の成長率は2%程度と推定されています。中国・タイ等の近隣国との経済関係の再開に加え、中央平原部分の治安が比較的安定したことにより、旅行や輸出(対日輸出を含む)が貢献しているものと見られます。

 

Asian Development Outlook (ADO) 2022 Update: Entrepreneurship in the Digital Age (adb.org)

上記、ADO2022 Updateからの引用です(2022/9)。2022年のGDP成長率予測は2.0%となっていますが、これはおそらく名目だと思いますので、インフレ(16.0%)を考慮すれば人々の暮らしは厳しくなっているのではないかと思います。

 


一方、直接投資の回復は見られないようです。中国等によるインフラ整備等が報道されていますが、それらはあくまでも中国国内での取り組みが中心で、中国がミャンマー国内で大規模な投資を再開した、というような段階ではないようです。ミャンマーでは外貨不足が頻繁に報じられていますが、これも海外からの投資の受け入れを通じた外貨の獲得が困難になっている(さらに撤退が増加している)影響が大きいのではないかと思います。

今後、ミャンマーがダイナミックな経済成長を取り戻すには、こうした投資の回復が必須なのではないかと思います。西側からの投資が復活することは考えにくいので、中国がどこまで投資を提供できるか、上で述べたようなロシアとの協議が成果を発揮するか、等が注目されます。

まとめ

ミャンマーでは法律上、2023年の夏頃には選挙を行う必要があるとのことです。しかし、クーデター以降160万人以上の国内避難民を新たに発生させている状況で、十分に民意を反映した選挙は実質的にできないでしょう。国軍にはこれまでの歴史においても「選挙で敗れるとこれを無視、なし崩し的に統治を続ける」といった前科もあり、どのような行動をとるのかの予測は難しいですが、いずれにせよ国軍による統治の正統性は乏しく、今の路線を続けていったとしても、クーデター前と同程度に安定的で集権的な国家運営ができるようになるとはにわかには考えられません。

外交面でも、国軍は夏頃からロシアに急接近していますが、例えば中国とのバランシングに足る支援を引き出せるとは正直のところ、考えにくいです。ASEANとも距離ができてしまい、また来年のASEAN議長国はこれまでも比較的強硬な姿勢を取っているインドネシアですので、直ぐにASEANに復帰するような絵も描きにくいのではないかと思います。そういったことから、国軍は外交面でも壁に突き当たる可能性が高いように見えます。停滞している投資を(あまり中国に依存したくない、という制約の下で)どこまで引き出せるかどうかが一つのポイントになるでしょう。

一方で民主派側も、政権奪取への道筋はまだ見えてきません。国軍がロシアや中国からの支援・介入を得ているのに対し、民主派は外部から実効性のある介入を引き出せているわけでもなく、足元の戦況が心配されます。一方で、米国やASEAN等とは外交面のチャネルはかなりできているようですので、今後の展開には引き続き、注目していきたいと思います。

 

(2023/1/14追記) 但し、上では「民主派」と一纏めにして書いていますが、実際には「民主派」は一枚岩でなく、例えばNUGが中心となって各少数民族武装勢力(EAO)、人民防衛隊(PDF)の間で緊密に連携を取っている、というような状況では必ずしもないようです(詳細はこちらで1/14に引用した記事をご覧ください)。今後、上述の外交面も含め、民主派側が組織的・集権的な対応が取れるかどうかが一つのキーポイントになるかもしれません。

(おすすめ文献)

既に他記事で取り上げた本が大部分ですが、改めてリストしておきます。