(本ブログでは、ミャンマーのクーデター関連のニュースをフォローしています。このポストは、もともとニュースフォローの中でまとめていた内容を独立させて一つの記事にしたものです。関連記事は以下の通り)

 

 

前回の整理(2022年末時点)から半年経ちましたので、中間整理をしておきます。

 

 

この半年の間、最も外交的に活発だったのは中国であり、継続的な特使の派遣、さらには外相の国軍司令官との面会が報じられています(ミャンマーの主権尊重と中国・ミャンマー経済回廊に関連する投資の加速を表明)。その戦略のポイントになるのは、中国との国境沿いに所在し、国軍とも民主派とも距離を置く7つの少数民族(以下「少数民族第三勢力」又は単に「少数民族」)です。

 

過去記事で内容を要約しています。2月の記事ですが、今年前半に出た報道やレポートの中で一番読みごたえのある内容だったと思います。

 

 

その後の動きも含めた包括的な報道です。

 

これまでの報道等を見ながらノートを取ってみました。

 

今年に入ってからの中国外交の特徴は以下の通りとされています。

  • 少数民族第三勢力との関係を重視することにより、国軍に対する交渉力をさらに強化し、ミャンマー全体に影響を及ぼす戦略を取っている。
    • 中国は、これらの少数民族第三勢力とは古くからのつながりを持っています。2022年を通じ、中国はこれらの勢力と国軍の間の和平交渉を支援していました。実態としては、それらの勢力(のうちのいくつか)が国軍と対立しないよう抑える役割も果たしていたようです。しかし今年に入ってから、自治権の拡大等を求めるこれらの勢力の国軍に対する挑戦に関して、中国はより寛容になっているということです。また、中国の特使は国軍より先に少数民族第三勢力と面会したり、その後には代表者を昆明に招く等、これまでにも増してこれらの勢力を重視する動きを見せています。
  • 民主派とのヘッジ・仲介や、国際社会と国軍を仲介する動きはもはや見せておらず、国軍、少数民族との交渉・関与に注力している。
    • 従来、中国はASEANによる調停を尊重する方針を示しており、また2022年7月にはメコン川流域5か国との外相会談を主催し、ミャンマーに各国の外相を集めて国軍側外相を引き合わせる等、近隣国と国軍を仲介する政策を取っていました。しかし、今年に入ってからはこうした動きは見られず、より直接的に国軍・少数民族と交渉する打ち手が目立っています。また、中国の外交攻勢は2022年12月の国連安保理決議(国軍に暴力停止を要求したもので、中国は拒否権を行使せず)から始まっており、国連を始めとする国際社会で国軍を支持する姿勢も後退しています。

こうした外交攻勢の背景としては、以下のような外部・内部要因により、中国に対する国軍の交渉力が極めて弱くなっていることが考えられます。

  • 国軍による外交の停滞:過去記事の通り、昨年後半の国軍の戦略は、軍事、経済協力、エネルギー等、幅広い分野でのロシアとの接近でした。その目的は中国の影響力に対するヘッジと、ASEANに代わる地域協力枠組みへの参加の模索であったとされています。しかし今年に入り、軍事支援以外で(ロシアは金額ベースで中国の1.5倍もの武器を提供しているそうです)ロシア関連の報道はほとんど見られなくなっており、海外直接投資が回復する気配もなく、全体として国軍が目的を果たせているようには見えません。一方、ASEANは「5項目の合意」を果たそうとしない国軍に対し、昨年以降、首相・外相・国防相出席拒否を継続しています。そうしたことの結果として国軍は国際社会から孤立し、安全保障・経済両面での中国への依存を強めざるを得なくなっているものと見られます。
  • 国軍の戦力低下と少数民族の勢力伸長:昨年以降、国軍の兵力不足は顕著になっており(一説によれば、戦闘部隊は7万人程度しかいないのでは、との推測もあります)、それを補うために空爆を繰り返す悲惨な状況になっています。国軍は民主派を抑え込むことができず、ずっと行動計画のマイルストーンとしていた選挙も延期せざるを得ませんでした。こうした国軍と民主派の戦いの間、「漁夫の利」を得る形で勢力を拡大してきたのが少数民族第三勢力です。これらの勢力は、既に述べた通り中国の関与も得ながら国軍に対して自治権の拡大を求める等の交渉を行うとともに、軍事作戦でも勝利し、勢力を拡大しています。国軍は中国の助力を得てこれらの勢力を抑えてもらわない限り、民主派との戦いに戦力を振り向けられないため、中国との交渉ポジションはかなり悪くなっているのではないかと考えられます(一方で、中国の代表者が出席した調停の直後に国軍に対して戦闘を仕掛ける等、中国とこれらの勢力も必ずしも一枚岩ではないようですが)。
  • 米国の「ビルマ法」成立:従来、米国は経済制裁を中心とした対応を取っていましたが、年末に「ビルマ法」が成立、これにより同国はそれに加え、民主派に対して非軍事的な支援を提供できるようになりました。実際には米国の支援に関する報道等はさほど見られず、具体的に何か手を打つのは難しいのではないかとの観測もあるようです。しかし中国側は、特使が少数民族に対して米国の支援を受けないように要請する等、かなり警戒しているようでもあり、現在の中国の外交戦略には、国軍と少数民族をしっかり囲い込んでミャンマーに対する米国の影響力を排除しようとする意図もあるものと見られています。

総じて中国は、国軍の対中国の交渉ポジションが悪化したところに少数民族との関係を生かしながら進出していくアプローチを取っており、その戦略的な目的としては、地政学的利益の追求(パイプライン・交通インフラを通じて中国をインド洋と接続することによる「マラッカ・ジレンマ」の解消等)、米中対立が先鋭化する中での米国のミャンマーに対する影響力の排除等があるものと考えられます。

 

インフラ開発について言えば、中国側では昨年時点でミャンマー国境近くに鉄道駅が開業、道路と鉄道を組み合わせた貨物輸送が始まっており、中国側としてもさらなるインフラ整備に乗り出す準備が整いつつあるものと見られます。

 

以下の「Foreign Affairs」の論文はこうした米中対立の側面を特に重視しており、「ミャンマーが新冷戦の前線になる」ことについて警鐘を鳴らしています。

 

 

去年の前半頃まで米中両国は、例えば中国が上記のようにメコン川流域5か国との外相会談で国軍外相を引き入れたり、米国がASEAN-米国サミットの際にNUG外相を招いてマレーシア外相等と引き合わせる等、ASEANによる調停を尊重した上で、ASEAN加盟国に対して外交的な機会や資源を与えたり、影響力を及ぼそうとする動きを見せていました。しかし、今年に入ってからは米中のミャンマーに対する関与がより直接的になっており、結果としてミャンマーを舞台にこうした米中対立が顕在化するリスクはより上がっているように思われます。域内が直接的な米中対立の舞台にならないようにするのもASEANのある種の機能なんだと思いますが、国軍が全く調停に乗ってこないため、機能不全に陥っているように見えます。

 

また、過去記事で整理した通り、ミャンマーに対する各国の外交の背景としては、こうした「米中対立」のような大きな(そちらの用語では「国際的/システム的」な)要因だけでなく、各国レベルのより個別的な要因もあります。特に中国、タイ等の近隣国にとって、ミャンマーの混乱は治安・経済面等の影響も大きいため、例えばオンライン・ギャンブル等に関する中緬泰の警察協力等、個別に協力・対応する動きも見せています。こうした犯罪対策は、国軍側、少数民族側、民主派側それぞれに(さらに言えば中国、タイ等の近隣国の側にも)犯罪に関与している勢力がおり、互いに裏で取引をしている場合等もあるため、極めて複雑なようです。なお、タイは他にも非公式の外相会合を開いてASEAN各国と国軍が対話する場を設けたり、近隣国と「トラック1.5」ラウンドテーブルを開催する等、積極的な外交を展開しています(上記の通り、中国は外交戦略を転換してしまいましたので、国軍にとってはASEAN・近隣国との貴重な対話の窓口、ということになるでしょう)。

 

少数民族第三勢力の一つ、ワ族の村に著者が滞在した際の記録。ワ族は麻薬の生産で経済を運営しており、本書でも一面のケシ畑の中で暮らす人たちの長閑な(!)生活が描かれています。この本が書かれたのはずいぶん昔のこと(1990年代)で、今は一面のケシ畑もなくなりましたが、代わりにアンフェタミンから精製した覚せい剤が主力になっているそうです。

 

今後を見通すのは困難ですが、現状では米中ともに紛争の早期解決を主導しようとしているようには見えず、ミャンマー国内の分裂と混乱は続きそうです。また、タイの総選挙で野党が勝利し、同国の政局が今後の対ミャンマー外交に影響を及ぼす可能性もあります。