Nationwide Conflict and the Contest for Dominance - ISP-Myanmar (ispmyanmar.com)
ミャンマーのシンクタンクISP Myanmarによる紛争地図


2023年も終わり。このブログではミャンマーのクーデター後の情勢についてはずっとウォッチしていますが、今年の最大の出来事と言えば少数民族と民主派による大規模な反攻作戦「1027作戦」の発動だと思います。10月27日、北部と西部の3つの少数民族により宣言されたこの作戦は他の少数民族や民主派にも広がっており、この作戦により国軍は多くの兵員・拠点を失い、紛争は足元でも続いています。この紛争においては早くからミャンマーに地政学的な関心を持つ中国の関与が報道されています。中国はミャンマー国内のいくつかの少数民族と深いつながりを持っており、特に国軍が中国国内でも問題視されていた国境付近での国際犯罪を十分に取り締まることができなかったことから、少数民族による開戦を黙認したものと見られています。実際、少数民族側も犯罪撲滅を目標の一つとして掲げ、紛争開始後、3万人を超える犯罪者(多くが中国等から連れ去られた被害者でもある)が中国に移送されたとしています。


本記事では今年のまとめとして、この「1027作戦」に至る経緯をまとめておくことにしました。

 

紛争開始後少しして出た包括的な報道です。

 

今般の紛争に至る経緯について報道等を見ながらノートを取ってみました。

 

本編に入る前に、本記事の主な内容を上の図にまとめておきましたのでそちらもご覧ください。この図には、「国際要因(図の上側、国際関係論上の「国際/システム要因」とはかみ合っていないと思いますが)」、「ミャンマー国内要因(図の左下側)」、「中国国内要因(図の右下側)」に分けて「1027作戦」に至る経緯をまとめてあります。

 

なお、ミャンマーのクーデターのこれまでの経緯等については本ブログの過去記事も是非ご覧ください。

 

ミャンマーのクーデターニュースフォロー①今後の展望(2022/1時点)2022年まとめ中国の進出(2023/6時点)

 

 

ミャンマー国軍によるクーデターが発生した2021年2月以降、反軍運動は広い地域に広がり、国民統一政府(NUG)及びその軍事部門(PDF)も発足、同年9月以降は内戦が本格化していきました。外交面ではASEANが「5つのコンセンサス」を掲げて調停に入り、米中を含む各国もこれを支持しましたが、国軍はこの調停を拒否しました。また同年秋には国軍側が指名した大使が国連で任命拒否され、国軍は外交面でも孤立していきました。この頃(2021年内)までの経緯は上述の過去記事をご覧ください。

 

 国際要因ー「力の空白」の発生

 

今般の紛争の背景となった国際的な要因としては、国軍の孤立とそれよるミャンマー周辺における「力の空白」の発生が挙げられます。実際、1027作戦が発動し早くから中国による関与が報道されたにもかかわらず、国際社会の反応は極めて鈍いものでした。国際社会の具体的な反応としてはASEAN国防省会合(国軍は不参加)で従来からの「5つのコンセンサス」への復帰を呼び掛ける声明が出されたのみであり、続く拡大会合やG20ではミャンマー関連は大きな議題とはなっていません。2国間関係ではロシアとの海軍演習や高官派遣が報じられていますが、これもあまり国境地帯での紛争に対する重しにはなっていないようです。一方、中国は紛争の開始以降続々と高官を派遣、停戦の仲介を行い、軍事面でも国境付近での大規模演習や艦船の派遣を実施し、国軍側も中国に調停を求める等、外交は紛争を黙認したと見られる当の中国の独壇場となっています。

 

2022年後半の国軍とロシアの接近について分析した記事。プーチン大統領はクーデター以降、国軍司令官MAHと直接対面した唯一の首脳であり(2022年秋の東方経済フォーラムで実現)、その際の握手写真はその後もいろいろなところで使われました。

 

United Nations: Special Rapporteur on the situation of human rights in Myanmar (5/23) "The Billion Dollar Death Trade: The International Arms Networks That Enable Human Rights Violations in Myanmar"より抜粋

クーデター以後、ロシアから輸入された兵器一覧(2023年5月公表)。輸入金額は兵器とデュアルユース品を合わせると4億米ドルを超えており、これは2位中国の約1.5倍にも及び、武器輸入全体(約10億米ドルとされています)の大きな割合を占める。空爆に使用される戦闘機、ヘリコプター等が多くを占めているようです。


2021年末以降の国軍の外交面での戦略は、上記のASEANによる調停の拒否と、特に2022年夏以降のロシアとの接近でした。ロシアとの接近には、中国への依存やASEANとの関係が疎遠になっていくことへのヘッジの意図があったものと言われています。ロシアの方もウクライナ戦争により外交面でのポジションが悪化していたこともあり国軍との関係を深め、2022年秋にはプーチン大統領と国軍司令官ミンアウンフライン(MAH)の面会が実現、その後、国軍がロシア製の兵器を投入し民主派への空爆を増加させる等、両者の関係は深まっていきました。しかしウクライナ戦争ゆえのロシアの国力低下もあるものと思いますが、ロシアの支援は政治・経済両面で十分ではなく、この間、国軍は国内での民主派との戦闘で消耗、経済面でも西側諸国が制裁を強める中でミャンマーへの海外投資は増えず、停滞を打破することはできませんでした。

 

2022年春頃までのASEAN外交を分析した記事。当時の議長国カンボジアは当初強引な外交を展開しようとしましたが直ぐに他の加盟国からけん制が入り、結局成果を残すことはできませんでした。


ASEANは2022年以降も国軍との関与を続けていますが具体的な成果を挙げているとは言い難く、現在、ASEANは首相・外相・国防省会合(それらの会合の後で米中日等の代表者も参加する拡大会合も含め)への国軍の参加を拒否しています。国軍の孤立ぶりは他の課題への対応、例えば東南アジアではミャンマー危機と並んで課題となっている中国の南シナ海進出への対応と比べてみても明らかで、こちらではASEANは各拡大会合等の中で積極的に中国と議論し、各加盟国も米豪等とも連携しながら対応を進めていますが、ミャンマーはとてもそのようなことができる状況ではありません。また、ウクライナ戦争、パレスチナ問題等に国際的な耳目が集まり、ミャンマーに対する国際的な関心が低下してきていることも、こうした「力の空白」の発生に寄与しているものと見られます。


こうした力の空白を見て中国は、紛争前から少数民族との関係を生かしたミャンマーへの進出を強めており、今回の紛争も、国軍が国際社会の十分な関与を得られないことを見透かした中国が、少数民族の開戦を黙認した面もあるものと見られます。

 

 ミャンマー国内要因ーパワーバランスのシフト

 
今般の紛争の国内的な背景としては、そもそも国内で大きなパワーバランスのシフトが起こっており、民主派と少数民族の勢力が有利に傾いていたことが挙げられます。このことは、紛争が起こってからの国軍の後退ぶりを見ても明らかです。


紛争の構図が定まった2021年末以降、国軍は民主派と比較的、距離を取っていた少数民族とは和平交渉を行い、民主派との分断を図るとともに空いた戦力を民主派掃討に振り向ける戦略を取っていました。具体的には国軍は北部に位置する7つの少数民族と和平交渉を進めていました。こうした場において少数民族側は自治の拡大等を求めていたとされていますが、2022年の秋ごろには、国軍はそうした少数民族の要求を受け入れる気はなく、民主派と少数民族を引き離す時間稼ぎのために交渉を行っていたに過ぎなかったと見透かされていたようです

 

2023年春に公表された、国軍の戦力を分析した報告です。

 

上記の記事から引用。国軍の兵力は約15万人、そのうち戦闘部隊はクーデター以後2万1千人を喪失し、7万人程度が残っているに過ぎないのではないか、との推定を行っています。


その間、国軍は民主派との闘争で勢力をすり減らし続けました。国軍の兵士が軍が村々に入って行き、民家を焼き払ったとしても、国の広い範囲に居残り続ける兵力はないため、撤収した後で抵抗勢力が戻ってきてしまう状況が続いていたものとされています。先ほど述べた通り、国軍はその対応策として特に2022年秋以降、ロシア製の兵器を用いた空爆を増加させましたが、状況を反転させることはできませんでした。また国軍は新兵の補充にも苦労しており、2023年春ごろには「国軍の戦闘部隊は実は7万人ほどしか残っていないのではないか」との推測(上の記事を参照)が出るほどまでに弱体化していました。その間、国軍の時間稼ぎのための和平交渉に参加していた少数民族はこうした消耗戦から距離を置くことができたため、「漁夫の利」的に勢力を拡大させていきました。

 

今般の紛争の戦況を分析した記事(2023年12月初旬時点)。その中で、この1年程の少数民族と民主派との関係構築とその成果が詳述されています。


民主派と少数民族の連携が始まったのは、こうした状況を受けたものだったようです。少数民族側からすれば、消耗した国軍とやる気のない交渉を続けるよりも民主派と共闘して自らが望むもの(自治拡大等)を力で手に入れた方が早いと思っても不思議ではありませんし、民主派側から見ればもちろん味方が増えるのは大歓迎でしよう。具体的な連携の動きとしては、今般の紛争の1年程前(これは、前述の少数民族と国軍の間の和平交渉の不調が伝えられたタイミングと符合します)から、民主派の諸勢力やもともと親民主派的だった少数民族との間の指揮管理体制(と言える水準なのかどうかは分かりませんが)の整備や、特に今般の紛争の口火を切った北部・西部の3つの少数民族(2つは和平交渉に参加していた民族で、1つは別に日本の笹川氏による仲介により停戦)との連絡体制の構築、各少数民族や民主派の参加者から構成される戦闘部隊「611旅団」の編成等が行われたとされています。こうした体制の整備を経て各勢力は「1027作戦」の立案を進めていったとされており、実際に今般の紛争では、従来とは異なる水準で各勢力の連携が見られるとのことです。さらに今回、少数民族の戦闘部隊の中に、かなり多くの民主派の兵士が参戦しているとの報道も出ています。

 

こうした国軍側の消耗と、これまで比較的紛争と距離を取ってきた少数民族の民主派への接近により、パワーバランスが国軍に不利な方向に傾き、今般の紛争へとつながったものと考えられます。

 

 中国の進出ー影響力強化の企図

 
この紛争の一方の主役とされるのが中国です。今般の紛争は、国境付近での犯罪、特に「国境警備隊(実態は国軍が少数民族の分断を図るため、少数民族の民兵を手名付けて作った武装集団)」の中国人を巻き込んだ国際犯罪を国軍が抑えられなかったことから、中国が少数民族の攻勢を黙認したことにより生じたものと見られています。しかし、その背景にはより広範な影響力強化の企図があるものと考えられます。

 

2023年6月に公表された「Foreign Affairs」の論文。2023年前半までの中国の対ミャンマー政策を総括し、特にミャンマーを巡る米中対立の観点から、「ミャンマーが新冷戦の前線になる」ことについて警鐘を鳴らしています。
 

中国がミャンマーに対して持つ利害には様々なものがありますが、その中で知られたものが地政学利益の追求、特にミャンマー国内にパイプライン・交通インフラ等を建設することにより中国をインド洋と接続し、所謂「マラッカ・ジレンマ」の解消を目指そうとしている、とするものです。こうした背景から、中国は所謂「一帯一路」プロジェクトの一環として「中国-ミャンマー経済回廊」の建設を進めています。中国側では着々とインフラ整備が進み、既に国境の近くまで鉄道が開通しているため、ミャンマー国内でも本格的なインフラ開発を始める動機は高まっているものと考えられます。もう一つの主要な利害は経済的なもので、特に中国の場合、内陸部の経済発展・沿岸部との格差是正が国内で大きな課題となっているため、その解消のためミャンマー進出を図っている側面が大きいとされています。さらに米中対立が先鋭化する中で米国が2022年末に「ビルマ法」を成立させ、民主派に非軍事的な支援を提供する方針を示したことに対抗し、米国の影響力を排除しようとする側面からも、中国の進出動機は高まっていたものとされています。
 

2023年2月頃までの中国の対ミャンマー政策を分析した記事。過去記事で内容を要約しています。

 

こうした背景を受け、中国は2023年5月には外相を派遣し、MAHとの会談を実現するとともに(ミャンマーの主権尊重と上記の中国-ミャンマー経済回廊に関連する投資の加速を表明)、北部に所在する少数民族にも特使を派遣して連携を強め、国軍に対する交渉力をさらに強化しようとしていました。中国は従来、上述の国軍と北部の少数民族との和平交渉を支援する立場でしたが、国軍が国際的に孤立し、国内情勢も安定させられないのを見て、関係の近い少数民族が勢力を拡大することを認めるのと引き換えに、国境地帯の治安維持、権益の保護等に役割を果たすことを期待したとしても不思議ではありません。また、中国は従来の国軍と国際社会を仲介しようとする外交方針も転換したとされており、例えば紛争直前には、中国は習近平とプーチン大統領が会談した「一帯一路サミット」へのMAHの招待も見送っています。

 

但し今般の紛争が始まった後、中国はメコン川流域会議を国軍と共催し、オンラインながらタイ、ベトナム、ラオス、カンボジアの首脳と会談を行った、との報道もあり、もしかしたらこうした外交方針には外相の方針(2022年末以降、中国の外相は王毅⇒秦剛⇒王毅と変わっています)も影響を与えているのかもしれません

 

総じて中国は2022年末以降、上記のような国際的な力の空白の発生や国内のパワーバランスの変化に伴い、国軍の対中国の交渉ポジションが悪化したところに少数民族との関係を生かしながら進出していくアプローチを取っており、また上記のような中国の戦略は、そうした国際的な力の空白や国内のパワーバランスの変化をさらに助長する施策ともなっていたのではないかと思います。最終的には前述の通り、国境地帯で繰り広げられた国際犯罪が問題となり、特に国軍側についた勢力が犯した国際犯罪を国軍が取り締まれなかったことから、中国は今般の「1027作戦」を黙認する形で紛争の引き金を引きました。 

 紛争の行方

 
足元の紛争の状況は錯綜しています。中国は3つの少数民族と国軍との間の停戦を仲介したと発表しましたが、実際には紛争はその後も継続しているようです。今後を見通すことは困難ですが、上記の主要な要因のバランスによって今後の展開も変わってくるのではないかと考えられます。


例えば今回の紛争の主導権を握っているのが中国なのであれば、同国にとっても国境地帯で紛争があまり長く続くのは好ましくないでしょうからどこかのタイミングで止めようとするものと思います。極端なことを言えば、紛争を調停した上で、国軍に対して「今後、中国の国益に反することをしたらまた少数民族を焚きつけて国を荒らさせるぞ」といったメッセージを突きつけることができれば極めて大きな脅しとなるでしょう。一方、国内のパワーバランスの変化が今回の紛争の主因なのであれば、一定の均衡が達成されるまで(それがどこになるのかはよく分かりませんが)紛争が長引く可能性もあります。


最後に敢えて国軍側から見ると、「少数民族との交渉を引き延ばして民主派との分断を図る」「ASEANの調停を無視してロシアに接近することで力の空白を埋めようとする」といった根本的な戦略の失敗が、巡り巡って今般の紛争を招いているように見えます。ですので「少数民族に対して本格的な譲歩を提示して和平を結ぶ」「ASEANの調停を受け入れてASEANの枠組みの下で停戦交渉を行う(この期に及んでそれがどこまで有効なのかどうかは分かりませんが)」といった根本的な戦略の転換ができれば、今般の紛争の要因となった国際的な力の空白や国内のパワーバランスの変化に対処し、状況を打開できる可能性もあります。しかしそれができないのであれば、「反国軍派の攻勢and/or中国の進出」はいずれにせよ続いていくのではないかと思います。