このブログでは米国の専門職課程を中心に紹介していますが、そういったプログラムで勉強する内容それ自体についてはあまり説明してきませんでした(そういうことは、よくわかっている先生に教わるのが一番、早いですし)。しかしこのブログも長く続けてきましたので、振り返ってみるとそれなりにいろいろなコンセプトを紹介してきています。

 

そこで今回は、当ブログで紹介したコンセプトの中からおすすめのものを10つ、抜き出してみました(図を引用しただけのものもありますが)。基本的・古典的なものが多いですが、興味がおありの方はぜひご覧ください。

 

参考までにこちらの記事もご覧ください。

ビジネススクールのアカデミックな源流

経済学の活かし方・学び

おすすめ教養科目

 

  1.線形計画法による最適化

(元記事:オペレーションズ・マネジメント

 

一定の制約条件の中である目的関数を最適化(最大化・最小化)する最適化問題。下図は最も一般的な最適化手法「線形計画法」を説明した図で、制約条件ABCDの下で変数X1、X2(横軸・縦軸)を操作し、目的関数Zを最大化しようとしています。

 

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Linear_programming_graphical_solution.png

GYassineMrabetTalk✉ [CC BY 3.0 (https://creativecommons.org/licenses/by/3.0)]

 

最適化手法は(線形計画法に限りませんが)、様々な資源配分・プランニングからスケジューリング、ポートフォリオ選択、さらにはGoogleマップの経路案内に至るまで、さまざまな局面で活用されています。こうした手法は、Excelのソルバー機能等で手軽に適用することができます。

 

2.7 最大流問題 (msi.co.jp)


 

最大流問題(ネットワーク上で始点から終点まで流すことができる量の最大値を求める問題、配送や通信の分野などで応用が可能)をExcelのソルバー機能を使って解いているところ。Fxyとなっている各変数がノードxy間の輸送量を示し、これらの変数を制約条件の中で操作することにより総輸送量が最大となる組み合わせを見つけ出す。各経路の輸送量の最小値-最大値、及びネットワークの構造が制約条件として与えられています。こうしたグラフで表されるような問題も、上記のように制約条件付き最適化問題として定式化することにより、線形計画法等の方法を適用し、解を求めることができます。

 

  2.QCの7つ道具「Fishbone-Ishikawa Diagram」

(元記事:オペレーションズ・マネジメント

 

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Ishikawa_Fishbone_Diagram.svg

FabianLange at de.wikipedia [GFDL (http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html)]

 

QCの7つ道具の1つ、フィッシュボーン・ダイアグラム。「石川ダイアグラム」としても知られています。何か問題が発生したら、とにかく徹底的に原因をブレイクダウンし、Root Causeを突き詰めていく。何かセクシーな理論に基づいて描かれた図ではないと思いますが、こういう訓練を受けてきたプロフェッショナルは強いです。

 

  3.競争戦略のファイブ・フォース分析

(元記事:戦略経営のスキルとキャリア


https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Elements_of_Industry_Structure.svg

Denis Fadeev, CC BY-SA 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0>, via Wikimedia Commons

 

戦略経営の最も有名なフレームワーク「ポーターのファイブ・フォース」。「売り手の交渉力」「買い手の交渉力」「競争企業間の敵対関係」「新規参入業者の脅威」「代替製品・サービスの脅威」の5つの要因から業界全体の競争環境を分析するものです。一つの業界で、大きな競争環境の変化に直面することもなくずっと安定的にキャリアを積んでいけるのであればご利益は少ないのかもしれませんが、そうでなければ、様々な業界や競争上の局面においてどこが事業的な勘所になりうるのか、クイックに掴む上でとても役に立ちます。
 

  4.ミクロ経済学の独占的競争モデル

(元記事:周波数オークション:財務諸表から見る企業経営への影響


Jarry1250, CC BY-SA 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0>, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Imperfect_competition_in_the_short_run.svg

 

ミクロ経済学の教科書で必ず出てくる独占(又は独占的競争)の絵。縦軸に価格、横軸に数量が取られ、右下がりの需要曲線(D=AR=P)が引かれています。独占力がある企業は、製品を1単位追加的に供給する際の限界収益(MR)と限界費用(MC)が一致するところで供給量を定め(Q)、続いて先ほどの需要曲線に基づいて価格が決まっていきます(P)。この図は経済活動の短期的な帰結ですが、この結果では超過利潤(Economic Profit)が生じているため、何らかの参入障壁がないのであれば新規参入が発生し、その結果、この企業が直面する需要曲線は下方にシフトし、超過利潤は浸食されていきます。

 

「売り手・買い手の交渉力」「代替製品・サービスの脅威」等も上図の中で表現することができ、こうした分析に慣れておくと先ほどの「ファイブ・フォース分析」もより深く理解することができます。ポイントは企業が獲得できるマークアップ(価格-限界費用)です。

 

  5.ファイナンスの現代ポートフォリオ理論(資本資産価格モデル)

(元記事:資本資産価格モデル(CAPM):リスク(ベータ)の相場観

G2010a, Public domain, via Wikimedia Commons

 

  6.財務分析のデュポン・システム

(元記事:日立の経営戦略-財務数値から見る成果と展望

 

 

デュポン・システムは収益性分析の手法の一つです。デュポン・システムにはいろいろなバージョンがありますが、最も単純なものは上図のようにROE(純利益÷純資産)を掛け算の形でROA(純利益÷総資産)と財務レバレッジ(総資産÷純資産)に分解し、ROAをさらに売上高純利益率(純利益÷売上高)と総資本回転率(売上高÷総資産)に分解します。さらに、利益率と回転率をそれらの構成要素別に分解していき、収益性の要因を分析します。

 

※ ROAを計算する際には、本来利益は営業利益となるべきである(ROEの場合には純利益)とする立場もあり、その考え方に沿ってもう少し複雑な分析をする場合もありますが、ここでは最も単純な方法を紹介しています。

 

日立製作所の連結財務諸表全体に適用してみた結果はこちら。直近の2023年3月期と、国際会計基準適用初年度の2015年3月期の数値を比較しています。

 

 

2015年3月期と比べてみると、2023年3月期には財務レバレッジが下がった(自己資本増強)にもかかわらず、ROAの伸びによりROEが大幅に改善していることが目につきます。ROAの構成要素を見ると総資本回転率はほぼ固定で純利益率が増加、利益率の指標を見ると特に営業利益率の段階で改善しており、経費の伸びが抑えられたことが収益性の向上要因となっているように見えます。意外にも、売上高売上総利益率は改善されていませんでした。

 

  7.効果測定のA/Bテスト、事前・事後テスト、DD

(元記事:非専門家のためのデータサイエンス101:RCT、A/Bテスト、DD


様々な施策(例えば製品価格の値下げ)の効果を測定する際、その施策をテスト実施したサンプル(例えば店舗)(実験群)としなかったサンプル(統制群)を用意し、結果(例えば売上)を比較することがよく行われます(A/Bテスト)。しかしこの方法は、施策実施前から実験群と統制群の性質が系統的に異なっている場合(例えば店舗間で施策実施以前から売上の水準が違っていた場合等)には実施できません。そうした場合に適用されるのが「差分の差分法(Difference in Differences、DD)」です。

 

詳細は元記事を見て頂ければと思いますが、上図では赤がDDのインパクト評価で、紫でA/Bテスト、事前/事後テスト(実験群の施策実施前後の結果を比較)の評価結果も合わせて記載しています。この例ではDDが正しいインパクト(赤矢印部分)を捕捉している一方、A/Bテストや事前/事後テストの評価(紫矢印部分)が過大になっています。青の点線部分は「反実仮想」であり、施策を実施しなった場合、実験群が統制群のトレンドに従って推移することを仮定して引いた線です。

 

  8.情報セキュリティ:SSL/TLSによる暗号化

(元記事:サイバーセキュリティ


Drew Carver1, CC BY-SA 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0>, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:1258X489_How-SSL-Certificates-Work.jpg

 

インターネットで広く用いられる暗号化通信プロトコル「SSL/TLS」を説明した図。通信には速度の速い「共通鍵(暗号化と復号に同一の鍵を用いる)」方式を用いますが、事前にその共通鍵を共有する際にはより安全な「公開鍵(暗号化は公開された鍵を用いるが、その復号には非公開の別の鍵が必要になる)」方式を適用する。最近は高校でも習うような内容なのかもしれませんが…。

 

  9.国際関係論の「3つの分析レベル」

(元記事:ミャンマーのクーデター(紛争の経緯と行方)

 

各レベルは上図の通りそれぞれ異なる要因により駆動しており、特に国際レベルのパワーバランスの論理に基づく分析は、他の「ユニットレベル」と対比して「システムレベル」の分析として重視されます。

 

本ブログではミャンマーのクーデターについて継続的にフォローしています。下図は2023年10月27日に開始された反国軍勢力の大規模反攻作戦「1027作戦」の開始に至るまでの経緯を、上記の考え方にも基づいてまとめたものです

 

 

「3つの分析レベル」を解説した本の中には、こうした因果関係図を使った説明をしているものもあります(上図では「個人レベル」の分析は省略し、「国家レベル」はミャンマー・中国両国について記載)。この作戦については、当初はミャンマー国内における国際犯罪を問題視した中国の関与が広く報道されましたが、図によればその背景には国際的な「力の空白の発生」やミャンマー国内における「パワーバランスのシフト」、そしてもちろん中国のより広い「影響力強化の企図」があったことが指摘されます。ご興味がおありの方は是非元記事もご覧ください。

 

  10.感染症の「SEIR」モデル:微分方程式によるシミュレーション

(元記事:感染症の数理モデル:「SEIRモデル」で遊んでみた

 

https://biostat-hokudai.jp/seirmodel/

(注)アプトプットの右下に出てくるS、E、I、Rの推移のデータをインポートしてグラフを作成しています。新規発症者数は各日のIとRの増減から計算しています。以下のグラフも同様です。

 

コロナの頃に注目された「SEIR」モデル。SEIRモデルは「S: Susceptive (非感染者)」「E:Exposed(感染し潜伏期間中の者)」「I: Infectious(感染し発症した者)」「R: Recovered(免疫を獲得した回復者)」の頭文字を取ったもので、上の矢印図のように、S→E→I→Rと人口が移っていく動態を微分方程式で表現したモデルであり、これによって感染症の拡大過程や政策効果のシミュレーションをすることができます。

 

このモデルのふるまいの基本パターンは下の図のようなもので、この計算例を見ると時間とともに発症者(上のグラフの赤線)が急増していますが、これは「発症者が増えるにしたがって他の非感染者にうつすために感染者が急増する」というメカニズムによるものです。一方、感染から回復し免疫を持った人が増えるとそもそも感染者の元となる非感染者のプールが減るため感染が緩やかになり、発症者数はやがて減少に転じます。この数値例では、長期的には感染経験者(回復者、免疫保持者)が90%近くに達した所で落ち着きました。