少し前ですが、各国のIT人材の大学での専攻を比較した調査結果を見つけました(20166月公表)。

 

経済産業省(20166月)「IT人材に関する各国比較調査 結果報告書」より抜粋(http://www.meti.go.jp/policy/it_policy/jinzai/27FY/ITjinzai_global.pdf

 

レポート本文では日本のIT人材のうち、「理系専攻者」が少ないことを指摘しています。確かに、理系49.4%は調査対象国のうち最下位であり、うち情報系(情報工学・情報科学)は23.0%と、一つ上のベトナム41.3%の半数超に過ぎません。

 

しかし、実は日本と各国の情報系教育の普及にはさらに大きな格差があります。というのは、日本以外で情報系専攻者が比較的少ない国(例えばタイ52.2%、米国43.8%、ベトナム41.3%)を見ると、経営系専攻者が比較的多くなっています(タイ20.2%、米国25.6%、ベトナム22.0%)。そして、少なくとも米国では経営系の学部でも「経営情報システム専攻(ないしはそれに類するIT系専攻)」を提供しており、経営系出身のIT人材の大半がこうした教育を受けていると思われるからです(少し検索してみると、タイの大学でも類似の専攻があるようです。ベトナムは良く分かりませんでした)。

 

日本では経営系は7.8%で、この中で情報系の教育を受けた人は多くないでしょう。なので、情報系の教育を受けた人の割合で見た日本と諸外国の格差は、より大きくなる(日本25%以下に対し諸外国は「情報工学・情報科学」と「経営学」を足すと60%~70%以上)と考えられるわけです。

 

このレポートはなかなか面白いので、他にも図を引用しておきます。

 

 

(出所同じ)

 

アメリカのIT人材の需要は旺盛であり、年収中央値1,000万円オーバー(!!)と、圧倒的な高年収になっています。また、学歴を見ると、25%以上が大学院卒(修士・博士)となっています。情報系の大学院はアメリカでの就労を目的とした外国人留学生が圧倒的に多く、この25%も多くが外国人だと思います。

 

本ブログの関連記事はこちら。

 

枕が長くなってしまいましたが、今回は米国のIT系専門職教育を取り上げます。少し言葉の整理をした後で、日本にはあまり見当たらない「(経営)情報システム専攻」を中心に見ていきたいと思います。

 

 言葉の整理を少し

 

本論に入る前に、少し言葉を整理します。日本だとコンピュータ関係の専攻は「情報工学」という言葉が一般的だと思いますが、英語で「Information Engineering」とはあまり言いません。情報系の専攻の呼び方として一般的なのは「Computer ScienceCS、計算機科学)」です。「Computer Engineering」「Software Engineering」はあります(後者は学問分野の呼び方としてはやや一般的ではないかもしれません)。

 

一方、「Information Science」という分野はあり、これは日本でいう「図書館情報学」に近い「情報科学/情報学」です。今回は取り上げませんが、こうした「Information Science」にも専門職修士があり、図書館司書になる方等が履修するようです。卒業生の年収が安く、専門職学位としてはあまり報われない専攻とされているようですが参考)。

 

一方で、こうした「情報学」の学部の中で「情報システム」とか「情報管理(Information Management)」の専攻を出していることもあります。こちらの詳細は次以降をご参照ください。

 

 どんなコースがあるの?

 

米国のIT専門職養成課程は、大きく3つに分かれています。「コンピュータサイエンス(CSComputer Engineering等も含む)」「情報技術(ITInformation Technology)」「情報システム(ISInformation Systems)」です。(参考

 

 

Ÿ   コンピュータサイエンス(CS):既に述べた通り、日本でいう情報工学分野に相当するものです。アルゴリズムや基礎理論等を重視したコースで、学部、専門職修士があります。博士まで進んで就職する人ももちろんいます。理系の場合、分野によっては博士号がなければ就職できない、という世界もあるようですが、IT系の場合はそうでもないと聞きます。

 

Ÿ   情報技術(IT):プログラミング等のテクニカルな側面をカバーしつつも、より応用技術にフォーカスしたのが情報技術(IT)です。専門職修士が多いですが学部もあるようです。日本でいえば、理系と文系の中間ぐらいのイメージだと思います。但し、ランキングが高い大学ではあまり提供していないイメージがあります(アメリカ以外の英語圏では、提供していることもあるようです)。理系学部で提供していることが多いと思います(例外あり)。

 

Ÿ   情報システム(IS):プログラミング等の技術面は最小限で、実社会、組織での応用・活用を重視したプログラムです。前述の情報学部、ビジネススクールの双方で教えられることがあり、後者の場合には「経営情報システム(Management Information SystemsMIS)」専攻と呼ばれることが多いです(他にも、CS系の学部や「School of Professional Studies」といったところで提供される場合あり)。日本の感覚で言えば、理系より文系に近くなります。

 

表の再掲はしませんが、以前、学部の卒業生の専攻別の年収を纏めていましたので、ご興味がおありの方はご覧ください(CSIS及びIT)。CS系がやはり高く(卒業後10年後以降の年収で概ね中央値11万ドル台)、ISITが続いています(同8万ドル台後半~10万ドル台)。後者の中では、やはりビジネス系の専攻の方が高い傾向があるようです。専門職大学院でも、CSISの満足度は高いようです(中ほどの表を参照)。

 

 「情報システム専攻」あれこれ

 

ISが一番イメージしにくいと思いますので、少し補足します。カリキュラムとしては、基礎的な情報技術・プログラミング等に加えて、データベース・情報管理、システム分析・デザイン等が核になります。どちらかと言えば、エンジニアというよりは「情報システム担当者(又はコンサル)」向けのプログラムだと思います。「将来のCTOを育てる」と謳っているプログラムもあります。ただ、実際には、もちろんデベロッパーになったり、IT系の企業で働く人も多くいます。

 
既に述べた通り、情報学部又はビジネススクールで教えられます。MISの場合は、ビジネスの文脈で教えられることになります。

 

情報学部で教えられる場合

 

ここでいう情報学と言うのは、先ほどの「言葉の整理」で出てきた図書館情報学に近い流れを汲む領域です。どちらかというと、学部より専門職修士で教えている場合が多いです。こうした部門の場合、やはり情報学由来の情報管理等の内容が多くなると思います(情報セキュリティ等も含む)。就職では、ビジネススクールに比べると若干不利かもしれません。

 

主なキーワードとしては、以下のようなものがあります(本記事では「IS」として括ってしまっていますが、専攻名も、実際には下記のようなもので出されていることが多いです)。

これは余談ですが、冒頭でご紹介した調査では、こうした学部で情報システムを専攻した人も「情報工学・情報科学」のカテゴリに区分されているのではないかと推測します。ですので、少なくともアメリカについては「情報工学・情報科学」のカテゴリーを全部「理系」に分類するのは若干、過大評価かもしれません。

 

ビジネススクールで教えられる場合

 

ビジネススクールでは、学部Specialized MastersMBAの各レベルで教えられます。こちらの場合の方が、個人的には情報学部よりテクニカルなイメージがあります。コアコース等を含めて他のビジネス分野と同時に勉強することができ、特に会計学・会計システムやオペレーション管理(ビジネスプロセス分析等)と同時に勉強すると相乗効果があるようです。テクニカルな内容としてはデータベース管理・システム分析&デザイン・プログラミング等を中心に、ビジネスの側面ではIT戦略・プロジェクト管理・投資評価等についても勉強します。キャリアパスとしては、Big4会計事務所でのコンサル等のルートもあります。

 

こうしたプログラムは、あらゆるビジネススクールで用意されているわけではありません。参考までに、US News & World ReportMBAのランキングを挙げておきます。

 

 

https://www.usnews.com/best-graduate-schools/top-business-schools/information-systems-rankings

 

2強はMITCarnegie Mellon(ビジネススクールですのでTepperが入っていますが、Heinz Collegeも有名)。続くのは有力州立大学(ミネソタ、テキサス)で、ウォートンが6位。ハーバード等は入っていません(ランキングには入っていませんが、ノースウェスタンはSchool of Professional Studiesで提供しているようです)。一般的なMBAのランキングからは少し離れて、独自の世界を築いている印象があります。ちなみに、学部のランキングでも上位陣の顔触れは大差ありませんでした(違った見方をすれば、一般的なMBAのイメージとは異なり、有力校でも学部教育をしている、ということでもある)。

 

情報学部・ビジネススクール双方とも、最近はデータサイエンス・アナリティクス(Specialized MastersMBA学部関係を強化している学校が多いようです。必ずしもデータ分析専業の専門家になるわけではないのだろうと思いますが、例えば「データ分析にも詳しい情報システム担当者」というのは、テック系でもない多くの普通の企業にとって現実的なニーズは高そうです。
 

 まとめ

 

私自身、ITの専門家ではありませんので(ISの入門科目を取ったことがあるだけ)踏み込みは浅いですが、少しでもイメージが沸けばと思います。アメリカと言うと華やかなテック系企業の話に目が行きがちですが、普通の企業のオフィスで働いていても、日本に比べてITの活用はかなり進んでいると感じます。特にバックオフィス業務の無人化・自動化の程度はかなりのもので、逆に人が少ない(いても自分の拠点ではなく、遠隔地にまとめられていたりする)ので慣れるまでは戸惑いますが、使いこなせれば高速で業務を進めることができます。こうしたITツールの普及・活用において、CSのみならず、ISITを専攻したプロフェッショナルの貢献は大きいと感じます。

 

もっとも、アメリカでのIT普及は人件費の安い海外への業務のアウトソースや(私の職場のヘルプデスク・チャットも、いったいどこの国につながっていたのやら)、IT化しやすい業務慣行(紙が必要なく何でもオンライン処理、リモートワーク・遠隔拠点との協業促進、フェイスツーフェイスで顔を突き合わせなくても仕事が進められる(注)、等)との組み合わせで効果が出ている場合も多く、なかなか日本にそのまま持ってくるのは難しいかもしれません。

 

(注)完全に余談ですが、アメリカのオフィスは日本に比べて服装もカジュアルなことが多いですが、それができるのもこの「普段は顔を突き合わせなくてもメール等の連絡で仕事が進められる」という点が大きいと思っています。業界・地域によっても違うでしょうが、私の周辺では、いざ顧客と直接打ち合わせに行くときには、アメリカ人は逆に物凄くドレスアップしていました。

 

ただ、それでもこうして日本に帰ってきてみると、日本の職場は前世紀的…、とまでは言いませんが、やはり少し時代遅れな感じがするのは事実です(私の職場だけ?)。今後、AIが普及すれば、オフィスの風景はさらに大きく変わっていくでしょう。日本のIT産業のガラパゴス化や、日本の労働生産性の他の先進国と比較した低さが言われる中で、アメリカのみならず世界から取り残されないためにも、IT活用を支える人材教育の側面にも光が当たってほしいと思います。