オペレーションズ・マネジメント。ビジネススクールで教えている科目の中で、日本では最も馴染みが薄いかもしれません。現場の生産管理、プロジェクト管理等を学ぶ、極めて実践的なプロフェッショナル志向の専攻です。また、工学部の中で教えられている経営工学ともかなり重なる専攻でもあります。

 

日本では馴染みの薄いオペレーションズ・マネジメントですが、アメリカのビジネススクールでは、この科目を教えていない学校と言うのは聞いたことはありません(アメリカ以外の英語圏では、必ずしもそうではないようですが…)。今回は、このオペレーションズ・マネジメントについて、簡単に纏めておこうと思います。

 

 最も定量的な専攻

 

ビジネススクールの数多ある専攻の中で、最も定量的とされるのがこのオペレーションズ・マネジメントです。生産・在庫・物流等、種々の計画策定・意思決定を行う際に有益な様々な定量分析の手法を勉強することができます。例えば、以下のような手法があります。

  • 最適化
  • シミュレーション
  • 統計学
  • ネットワーク理論、決定理論(決定木、ゲームの理論等)、等

工学部の中で教えられる「オペレーションズ・リサーチ」とほぼ重なる内容ですね。もちろんビジネススクールでは、工学部よりは数学のレベルは落として教えられることが多いだろうとは思います。

 

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Linear_programming_graphical_solution.png

GYassineMrabetTalk✉ [CC BY 3.0 (https://creativecommons.org/licenses/by/3.0)]

 

最も一般的な最適化手法「線形計画法」を説明した図

 

こうした手法は、勿論、オペレーションズ・マネジメント以外にも様々な領域で活用することができます。例えば、最適化の手法を学べば、ファイナンス分野におけるポートフォリオ最適化に活用することができるでしょう。そのため、ビジネススクールによっては、こうした定量分析の部分だけを切り出して、「経営科学(マネジメント・サイエンス)」専攻として教えていることもあります。

 

現在は、データサイエンス・アナリティクスの隆盛に伴い、こうした専攻もより現代的な「ビジネス・アナリティクス」専攻への模様替えが進んでいるところかと思います。そこでは上記のような手法に加え、より実践的なデータ管理・プログラミング、現代的な機械学習等を学ぶことができます。詳細は他の記事(Specialized MastersMBA学部)をご覧ください。

 

 学習内容

 

オペレーションズ・マネジメントの学習内容は、個々の事業運営に対応し多岐に渡ります(全般的なオペレーション戦略からプロセス分析、個々の生産・在庫・物流・品質管理、施設レイアウト・ロケーション策定、ジョブ・デザイン、プロジェクト管理・スケジューリング、コスト管理等)。徹底的にビジネスプロセスをブレイクダウンし、問題点を突き詰めることが求められます。

 

そう言われるととっつきにくいイメージもあるかと思いますが、実はこの分野からは、ビジネス書等でも取り上げられる経営手法・メソッド等が数多く出ています。こうした個々のキーワードの方が、むしろ馴染みがある方も多いかもしれません。思いつくままに幾つか並べてみます。

  • TOC (Theory of Constraint) ※ 「ザ・ゴール」が有名ですね。
  • CPM/PERT
  • TQM(Total Quality Management)
  • CRM(Customer Relationship Management)
  • JIT(ジャストイン・タイム)/トヨタ生産方式
  • BPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)
  • 原価企画(ターゲット・コスティング)
  • QCの7つ道具、等

TOCを提唱した有名な書籍「ザ・ゴール」

 

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Ishikawa_Fishbone_Diagram.svg

FabianLange at de.wikipedia [GFDL (http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html)]

 

QCの7つ道具の1つ、フィッシュボーン・ダイアグラム。「石川ダイアグラム」としても知られています。

 

 進路・キャリア

 

オペレーションズ・マネジメントは、学部MBAの双方で教えられます。学部でこの専攻を選んだ場合、理系(STEM)とされます。以前、学部の専攻別の年収を調べた記事を書きましたが、こちらによると収入も比較的多く、「専門職学位としてプレミアムが付く専攻」に入る、との結果となりました。

 

アメリカの企業では実際の事業運営に係るポジションは「Operations(Ops)」と呼ばれ、卒業生の中にはそうしたポジションからキャリアをスタートする人も多いと思います。こうしたポジションの職務内容は千差万別で、一定の定量的・専門的な技能が求められるものもあれば、そうでもないものもあるでしょう。他には、Big4系のコンサルティング等に就職する人もいると思います。

 

一方、例えば「CPA」や「経営情報システム」等と異なり、この分野の専門職としてキャリアを積む、というよりは、最終的には総合的な経営管理・問題解決を志向するビジネスリーダーを目指す、という人が多いようです(近いキャリアで言えば、近隣分野のエンジニアになる道はありますが)。象徴的な言い方をすれば、例えば「CPAキャリアから企業に転じてCFOを目指す」とか「経営情報システムを勉強してCTOを目指す」といったキャリアパスは比較的よく語られますが、「COO(Chief Operating Officer)」と言えば、それは「CEO」を「会長」とした場合の「社長」的なポジションであり、Opsに限らずビジネス全般の責任者です。MBAでも、ビジネスリーダーが知っておくべき学習内容としてオペレーションズ・マネジメントは必ず教えられますが、この分野の専門家としてキャリアを全うすることを前提としたカリキュラムにはなっていないものと思います。また、この分野のSpecialized Mastersプログラムがあまり見当たらないのも、こうしたキャリアパスが背景にあるものと思います(一見、学習内容が近そうに見えるサプライチェーン・マネジメントとは、この点対照的ですね)。

 

 その他

 

日本でこの分野を学習しようとする場合、選択肢に入るのが「中小企業診断士」を取得する中で、その一科目として「運営管理」を勉強する、というものです。中小企業診断士の「運営管理」は「生産管理」と「店舗・販売管理」に分かれていますが、配点も高く、学習内容もかなり充実しているように見えます(識者の方から見れば、いろいろと言いたいこともあるのだと思いますが)。但し、資格試験と言う性質上、例えば「Excelにアドオンを入れて実習」といったことはできないでしょうから、定量的な側面はやや弱くなってしまうかもしれません。

 

余談ですが、これは統計分析にも言える問題点です。中小企業診断士の統計分析は「経営情報システム」という科目に含まれていますが、難易度の割に配点が少ないため、受験者の中には完全に「捨てて」いる人も多いようです。アメリカのビジネススクールは近年、大きく定量分析にシフトしており、中小企業診断士を「MBAの代案」として考えた場合、何らかの工夫をしないと両者の間でかなり差が開いてしまうのではないかと感じています。

 

分野別の記事も、ビジネス分野に限ってはそろそろ一巡が近づいてきました。残った中で大きいのはファイナンスとマーケティングなのですが、前者は既に関連する記事を書いている(Specialized Masters企業価値評価)からいいとして、マーケティングか…(一応、プロダクト・マネージャーの記事はありますが)。勉強も実践も苦手なんだよなあ。さて、何を書こう…。