表題とは全く関係がない雑談第3弾です(第1弾第2弾)。日本と海外を行き来していると、恐らくこの20年ほどで、日本の経済の発展が世界から立ち遅れていっていることをひしひしと感じます。このような立ち遅れの一因とされるのが、21世紀の日本において長期的に継続したデフレ現象です。

 

 

World Economic Outlook October 2018 (https://www.imf.org/external/datamapper/datasets/WEO)

日本とアメリカの物価上昇率と一人当たり実質GDPの比較。日本では1995-96年、1999-05年、2009-12年と、物価成長率がマイナスになっています。一人当たり実質GDPの方を見ると1990年代半ば以降から日米間の差が広がり始め、今やすっかり立ち遅れてしまいました。

 

デフレが経済に与える悪影響については既にいろいろと議論が尽くされていますが、未だにピンとこない、という人もいると思います。そこでここでは、ごく基本的な内容に絞って、私が実感も込めて書ける範囲の内容を、簡単にメモしておこうと思います。かなり基本的な内容ですので、詳しい方が読んでもあまり新しいことは書いていないかもしれませんが、どうかご了承ください。

 

 1.デフレの定義

 

デフレとは、「物価が持続的に下落していく現象」のことを指します。何も変わらないで物価だけ下がっていってくれるのなら、一見、嬉しい現象のようにも思えますが、実際には(我々日本人の多くが身を持って経験した通り)そう都合良く話は進みません。経済というものは様々な市場を通じ、いろいろな主体が相互に関わりあっているからです。

 

ここでのポイントは2つあります。

  • 経済というものは様々な市場から成り立っている
  • 経済の中では、そのような様々な市場を通じ、いろいろな主体が相互に関わりあっている。

 2.「市場」には大きく分けて3つある

 

経済を構成する市場と言うものは、必ずしも一つだけではありません。市場の定義は細かく見ればいろいろと考えられるのだと思いますが、大雑把に言えば以下の3種類に分類できます。

  • もっともイメージしやすい市場は、我々がモノを買ったりサービスの提供を受けたりする「製品・サービスの市場」だと思います。
  • 実際にはそうした市場の他に、我々が働いて給与なりの対価を受け取る「労働市場」があります。
  • さらに、これは少し分かりにくいかも(かつちょっとここでは定義が大雑把すぎるかも)しれませんが、企業や個人がお金を貸し借りしたり、投資したりする「資本市場」があります。

さて、「市場」というものを大雑把に3つに分類しましたが、それぞれの市場において「製品・サービス市場」における「物価」のような、価格の指標があります。

  • 「製品・サービス市場」の価格指標には実際にはいろいろありますが、ここでは単に「物価」と呼びます。
  • 「労働市場」の価格指標は「賃金」という呼び方が一般的です。
  • 「資本市場」の価格指標としては、「金利」が代表的です。他に、株主としての「投資リターン」というものも(観測するのはちょっと難しいですが)考えていいと思います。

 3.経済の仕組み – 企業の役割

 

経済活動の主役の一つともいえる経済主体として、「企業」があります。経済学的には、企業というものは、以下の図のように「労働市場」で労働者を雇い、「資本市場」から資金を調達して企業活動を行い、最終的には「製品・サービス市場」に製品やサービスを供給することで、これら3つの市場を結びつける役割を果たしています。

 

 

なお、上記の図における「資本市場」からの矢印は、マクロ経済学における「投資」とはちょっと考え方が違ってしまっています。マクロ経済学における「投資」は単に資金でなく、設備投資等、その資金を使って調達され、生産活動のために実際に投下される「財」を示します。ここでの議論に直接の影響はありませんのでひとまずそのままにしていますが、もし時間があれば後で修正するかもしれません。ご留意ください。

 

 4.デフレが起こるとどうなるか?

 

さて、デフレが起こる、つまり「物価が継続して下落」すると、企業活動にはどのような影響があるでしょうか?企業としては、物価下落以外に何も起こらなければ、ひとまず単純に収益が減ります。ですので、「労働市場」における価格指標である「賃金」や、資本市場における「金利」「投資リターン」が変わらなければ、企業活動は圧迫され、最悪、倒産する会社も出てくるでしょう。

 

一方で、「賃金」「金利」「投資リターン」等が「物価」と連動して下がれば(下げられれば)、一見、企業活動には何の影響も与えないように見えます。それらの様々な市場における価格が単に同じスピードで下がるだけなら、実態としての企業活動、つまり人を雇ったり、お金を集めたり、製品やサービスを提供したり、といった活動には何の影響も与えないでしょう(注)。

 

 

(注) 実際には、仮に「物価」「賃金」「金利」「投資リターン」が同じスピードで動いたとしても、デフレは実体経済に少なからず影響を与えます。例えば、企業は上図の通り、資本市場からお金を調達してきて、それを使って投資をして事業を興すわけですが、デフレが進んでしまうとそうやって事業を興したときにはもう物価が下がっているわけですから、当初の投資に対して期待できる収益は減ってしまいます。が、この記事ではその辺は省略します。

 

では、なぜデフレが経済を停滞させるのか?それは、残念ながら、そんなに都合よく市場というものは機能しないからです。

 

 5.デフレと労働市場の機能不全

 

デフレが経済に悪影響を与えるのは、各市場の価格指標である「物価」「賃金」「金利」「投資リターン」等がそんなにスムーズには連動しないからです。一般的に、最も連動しにくいのは「賃金(労働市場)」であると言われています。

 

 

これは世代・環境にもよると思いますが、多くの日本人は知っていると思います。既に雇われている人を解雇することはおろか、給与を下げることすら、日本ではほとんど禁止的と言えるほど難しいということを。その状況で、「製品・サービス」の物価が下がるとどうなるでしょうか?既に述べた通り、企業は放っておけば収益が減っていってしまいますので、何かをしてコストを削減しないと最悪、倒産してしまいます。

 

企業側の(実際、広く行われた)対策としては、例えば以下のようなものが考えられます。

  • 新しく人を雇うのをやめる。新卒採用をしている企業であれば、新卒採用をやめる。

https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/timeseries/html/g0303_02.html

年齢層別完全失業率の推移。1990年初頭以降失業率、特に若年層の失業率が大きく増加しました。特に2000年以降、15-24歳だけでなく、25-34歳(さらには35-44歳)の層が、全体のトレンドを上回る推移となっています。

  • 新規採用を全く止めないとしても、給与規定を改定し、新規採用者の待遇を大きく下げる。既に雇った人の待遇は下げられないので、帳尻を合わせるためには物価の下落率をかなり上回って待遇を引き下げないといけなくなります。また、正社員の採用を止め、非正規とすることも広く行われたとされています。
    • デフレが最も激したかった2009年頃、象徴的に言われたのが「35歳の年収が10年前の35歳と比べて200万円も下がった」という話です。デフレと言っても毎年、1%も物価が下がっていたわけではありませんから、「10年で200万円」というのはどう考えても物価の下落に見合ったものではありません。これは端的に、労働市場が正常に機能していなかったことを示しているものと思います。
  • それでもコスト削減が間に合わなければ、倒産する企業も出てきます。実際、デフレが継続した期間中には倒産も大きく増加していました。

http://www.tsr-net.co.jp/news/status/transition/

倒産件数及び負債総額の推移(東京商工リサーチ)。デフレが始まった1990年以降倒産件数は急増し、2000年前後にピークを記録した後、2010年以降、ようやく低下傾向に入っています。

 

日本の労働市場は、「新卒採用時に不況だとそれだけで生涯賃金が下がる」ほどの強固な新卒一括採用に象徴される通り、必ずしも柔軟性は高くありません。労働市場が柔軟性に欠けるのは世界共通ですが、日本はその中でも別格だと感じます。換言すれば、そのような国で、デフレを発生させてはいけなかったのでしょう。

 

 6.家計による労働市場と製品・サービス市場のリンクと「停滞のループ」

 

さて、当然、失業が増えたり倒産が増えたりすれば、経済活動は停滞します。これには厄介な波及効果があります。それは、上に述べた「労働市場」と「製品・サービス市場」が、上図のように「企業」を通じてだけでなく、下図の通り「家計」も通じてリンクしていることによるものです(資本市場も同様にリンクしていますが、本記事では略)。

 

 

上図の通り、「家計」というものは、「労働市場」で労働力を提供して賃金を受け取り、それを使って「製品・サービス市場」で製品やサービスを購入しています。従って、新規採用の抑制なり倒産なりによって失業が発生すれば、それはそのまま「製品・サービス市場」の実需減に直結します。

 

 

すると、その実需減が企業の業績を直撃し、経営圧迫・倒産、労働市場のさらなる悪化を引き起こすことになります。

 

ここで発生しているのは、単なる物価減による収益減でなく、「実需」の減少です。つまり、このループでは、実際に経済全体の活動が小さくなり、さらにはこの経済に参加している人たちが「実質で」貧しくなっている、ということです。言わば、最初は名目的な物価の低下だったものが、実体経済の縮小を伴う「停滞のループ」に転化してしまう、ということです。

 

これはやや余談ですが、こうした波及には、さらに厄介な性質があります。こうしたループは、企業や家計が合理的に動けば落ち着くべきところに落ち着く、というものではない、ということです。仮にトヨタ級の巨大企業であったとしても、採用担当者が新卒の採用人数を決めるときに、「ここで採用を抑制すると、家計が圧迫されて自動車が売れなくなってしまう」とは考えないでしょう。しかし、経済全体で大半の企業がそういう行動をとってしまうと、上記の通り、家計は圧迫され、経済全体が「停滞のループ」にはまりこんでしまいます。

 

 7.まとめ

 

過去20年に渡り、日本経済を長期に渡り陥れたデフレ現象は、主に上記のようなメカニズムを通じ、日本経済を停滞させてきました。アメリカを始めとする諸外国は日本を反面教師として、経済がデフレに転落することを防ぎ、長い目で見れば概ね、経済が停滞に陥ることを予防してきました(もちろん、うまくいかなかった国・地域も少なくありませんし、どんな国でも少なからず経済問題は抱えているものですが)。

 

安部政権の経済政策により、日本もデフレを脱却しつつあると言われています(物価上昇率は未だ低空飛行ですが)。正直のところ、今、デフレを脱却したとしても、失われた膨大な人たちの膨大な時間(引いては、それを最大限に活用していれば得られていたはずの富、さらに大仰な言い方をすれば、それらの人達の充実した人生)は帰ってきません。さらに、これだけ長期に渡り停滞を続けてしまうと、人的資本も棄損しているでしょうし、日本の労働市場の性質上、例えば現在、景気が好転したからといって、非正規の労働者がいきなり正規に切り替えられるようなこともないでしょうから、経済がインフレ基調に乗った後の賃金の上昇にも限界はあるでしょう。昨年話題になった「5年前に比べて40代だけ賃金が下がったという現象は、端的にそれを表しています。

 

しかし、デフレを続けてしまえば、経済は依然として「停滞のループ」に陥り続けることになります。最初に述べた通り、日本の経済は恐らくこの20年ほどで、世界の発展から立ち遅れ続けてきました。日本経済はデフレを抜け出したことにより、ようやく世界経済と歩調と合わせ、勝負に挑んでいく準備ができた、ぐらいの状況ではないかと思います。個人的には、とにかく、この20年間に起こったことを教訓として、二度とデフレが継続するような事態を招くことがないよう祈る(そして、自分の投票行動も含め働きかける)だけです。