表題とは全く関係のない雑談第2弾です(第1弾はこちら)。旧聞に属しますが、東芝の新会長が決まりました

 

 

ニューヨーク・タイムズスクエアの東芝の広告(昨年撮影)。既に打ち切りが決まっています。

 

粉飾決算の発覚に端を発し、ウェスチングハウスの巨額減損をクライマックスとする東芝の迷走については、自分なりに本を読んだり、情報を追ったりしていました。その中で、東芝が失敗した理由について、あまり触れられていない論点があるような気がしましたので、完全に時期を逸してしまいましたが、備忘のため書いておきます。

 

多くの論者が東芝の歴代社長を批判しており、それと関連して外形的には先進的なガバナンス体制を敷いていたはずの東芝で、実は企業トップに対するガバナンスが全く機能していなかったことを主な原因として取り上げています。それはその通りなのだろうと思いますが、私はそれに加えて、電機業界独特の難しさというものがあるように思っています。

 
電機メーカーと言うのは、実に様々な事業から成り立っています。結果として社内では、事業間のコミュニケーションが滞りがちです。技術だけでなくビジネスとしても、考えるべき時間軸も財務的な勘所も違いすぎ、隣の事業の社員とは全く話がかみ合わなくても不思議ではありません。一時期、投資家やマスコミが電機業界の経営陣を皮肉って「こんなにたくさんの事業を社長は把握できているのか?」と批判する、というのが流行ったこともありましたが、この問題は「中の人」にとって、経営陣に限らず共通のものです。実際、こうしたコミュニケーションの難しさのせいもあってか、傍から見ていても、電機業界は社内の雰囲気が比較的ピリピリしていることが多いです(笑)。

 

いずれにせよ、結果として、本社は事業部間の利害を調整する「部族長会議」のような合議の場となり、本社部門は各事業に立ち入ることができず、事務作業だけに特化する...、ということにもなりかねません。社内のキャリアパスとしても、一つの事業部の中だけで積み上げることが殆どだと思います。

 

 「選択と集中」に耐えられなかった組織体制

 

そのような組織体制の中で、東芝は原子力と半導体への「選択と集中」を断行するとともに、報道でも話題になった「チャレンジ」という言葉に象徴される通り、予算計画を非常に厳しく運用しました。特に原子力への傾斜は、経済産業省の政策上のニーズに応えようとしたものであった、とも言われています。そのハイライトは勿論、米原子力大手ウェスチングハウスの買収でした。このウェスチングハウスが事業に失敗し、買収時に計上したのれんの巨額の減損に追い込まれたことが、東芝崩壊の決定打となりました。

 

海外子会社の管理というのは、買収会社でなくとも難しいものです。しかもウェスチングハウスは原子力と言う非常に特殊な業界の、海外の伝統ある会社です。そのような大型子会社を前に、東芝の経営陣は経営戦略の方向性を指し示すことも、ましてや福島原発事故後の情勢の変化を反映し、方針を転換させることもできませんでした。報道等によれば、ウェスチングハウスは東芝の経営陣の意向をなど全く意に介しておらず、また東芝本体の原子力事業はほぼ日本国内限定の、言わば電力会社の「下請け」としてのビジネスしかやってこなかったこともあり、ビジネスセンスと言う意味では疑問符もついていたようです。

また、東芝の本社部門は同社の新規開発案件に関わる巨額のリスクを洗い出し、是正させることもできませんでした。特にウェスチングハウスが同社の原発の建設を担当していた「CB&I ストーン・アンド・ウェブスター」を買収した際、十分なデューデリジェンスを行えていなかったのではないか、との報道もあり、この点に限らず、親会社として子会社の事業内容を把握し、けん制を効かせられていたようには思えません。

 

さらに、海外原発事業に限らず、経営陣が短期間で巨額の利益上乗せを求めるといった「チャレンジ」に答える形で粉飾が相次ぎました。これは普通の感覚では常軌を逸したことです。私自身は、業績が悪化し、各事業をストレッチさせなければいけないにも関わらず、本社の経営陣が各事業を適切に把握・理解できないことによる不安から、このような無理な要求が横行したものと見ています。また、各事業に立ち入ることができない本社部門は、恐らく各事業の実態を把握できておらず、粉飾に走る各事業部に十分なけん制を効かせることができなかったのではないかと思います。

 

 GEの「選択と集中」を支えたもの

 

私自身が東芝関連の報道をリアルタイムで見ていた時、思い起こしていたのは、随分昔に読んだジャック・ウェルチ関連の一連の書籍でした。 

 

 

 

 

古い話になってしまいますが、「ジャック・ウェルチ」と言われて何が思い浮かぶでしょうか?市場シェア1位又は2位を達成できない事業からは撤退するという極端な選択と集中、成績下位10%の社員を解雇・配置換えする過酷な成果主義、等を思い浮かべる方が多いかもしれません。でも、私が思い浮かべたのは、以下に象徴される同社の人材育成の仕組みでした。

 

Ÿ   経営幹部候補は、有名なクロトンビルの研修プログラム等を通じ、できるだけ早く選抜し、経営者として育成する。そして出身事業から引き離し、小さくても良いので早く事業を一つ任せてしまう。様々な事業部に異動させながら経験を積ませ、社長候補として育成していく。

 

Ÿ   本社部門の昇進の登竜門は内部監査部である。部員は全世界の拠点を飛び回り、経営・管理面の改善点を指摘し、是正措置を取らせる。自分よりはるかに経験を積んだ拠点責任者に是正措置を取らせることへのプレッシャーは大きく、多くが12年で脱落していく。5年生き残ればCFOへの道が開ける、とか。

 

幹部候補をできるだけ早く出身事業部から引き離す?エース社員は内部監査部に送り込む?いずれも普通の日本の事業会社の感覚では考えられないことだと思います。正直のところ、私自身、本を読んでいた頃にはピンときませんでした。でも、東芝を巡る騒動を見ていて、やっと腑に落ちた気がします。電機業界のように多様な事業を営む業態において「選択と集中」を実現し、各事業部にストレッチをかけて厳しく管理していくには、早くから責任者として様々な事業で経験を積んだプロの経営者と、様々な事業に対してけん制を効かせることができる強い本社部門が必要なのだ、と。

 

それだけの人材の蓄積(日本のサラリーマンの感覚でいえば、常識を逸脱した話だと思いますが)がない状態で、失敗すれば会社が傾くような巨大M&Aを断行するとともに、厳しい予算管理に基づいて高度にストレッチをかける経営管理を行ったことが、戦略とコントロールを失った買収会社、具体策がない中で無理な要求に応える形での粉飾の横行、といった最悪の結果を招いてしまったのではないでしょうか。

 

ちなみにジャック・ウェルチ自身も、CEO就任直後(プラスチック→治金→化学→本社経営企画→消費財・サービスと各部門の経営ポジションを経て就任)、2年前に発生していたスリーマイル原発事故への対応に追われたそうです。そこで同氏は、原発の新設を前提に計画を立案しようとする事業部を押し切り、国内の原発新設ゼロ、既存の原発の整備と研究開発のみを行うことを前提とした計画を出し直させ、大幅なリストラを断行したのでした。ジャック・ウェルチは元々は化学工学の出身であり、原発事業には何の専門性も持っていませんでしたが、結果を見ればその後、米国での原発の新設は永きに渡り行われず、その判断は大正解でした。東芝とのコントラストは、あまりにも鮮明だったと言わざるを得ません。

 

 

(2022/8/15追記)その後のGEを描いた本を読みました。一見して「うわあ、関わりたくないなあ」と思うような事案の連続。上記の監査部門を昇進の登竜門とする制度も、2020年には廃止されたそうです。

 

 日立は大丈夫か?

 

東芝問題に関する私の個人的な見立ては以上の通りです。実際にはウェスチングハウスのような超大型M&Aは、上記のような人材の蓄積があったとしても簡単なことではなく、さらに高度なノウハウや組織的対応が必要だったことかと思います。例えば原子力事業の海外事業本部はアメリカに移し、ウェスチングハウスの幹部をその責任者として東芝本社の役員に昇格させ、役員会で説明させる、といったことも考えるべきだったかもしれません。

 

また、こうした経営人材や管理人材は、学校でコースを用意してMBACPA(又はCIA等、内部監査系の資格)を取得させれば育成できる、といったレベルの話ではないのは勿論のことです。

 

こうしたことを考えたとき、気になるのが同業の日立です。同社は電機大手として、東芝ほどラディカルではなかったにせよ大規模な事業ポートフォリオの組み換えを実現させ、経営危機を乗り切ったとされています。

 

 

 

 

日立関連の書籍等を見ていると、プロの経営人材、という部分に関しては、経営幹部の方々はかなりの意識を持って取り組んでおられるようです。一方、本社管理体制についてはあまり記述が見当たりません(単純に地味だから、ということも多分にあるとは思いますが)。同社は最近、鉄道事業の本部を英国に移し、責任者に外国人を任命する等、先進的な改革を進めていますが、本社が果たして適切なけん制を効かせ、管理していくことができるのか、注目していきたいと思います。