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Myaataro, Public domain, via Wikimedia Commons

 

少し前、日立製作所が長寿番組「世界ふしぎ発見!」のスポンサーを降板することが話題になっていました。日立は製品が最終消費者の目に触れるような事業を減らしており(例えばテレビの国内販売は2018年に撤退しています)、テレビ番組のスポンサーから降板すること自体は説明のつく動きではあります。

 

一方で、この10年程の日立の事業再編は、傍から見る限り「BtoCからBtoBにシフトする」と言うよりは、「BtoBの中で重点分野にシフトする」側面の方が大きかったように見えます。また、そうした戦略を反映してか、同社の株価はこの数年、時価総額を10兆円を突破する等、極めて好調です。

 

日立 統合報告書 2023(2023年3月期) (hitachi.co.jp)

日立の業績推移。2010年以降の業績の回復(特に利益率の顕著な改善)と、「コア事業」への集中が見て取れます。

 

2022年6月にCEOを退任した東原氏が日立における日々を懐古した書籍。日立は川村氏や故・中西氏等、エグゼクティブが現役時代を懐古する書籍をいくつか出版されています。

 

(2024/3/4追記)本記事のポスト後に出た経済誌の特集です。

 

そこで本記事は、近年の日立の経営戦略を概観してみました。また、そうした戦略がどのように財務数値に反映されているかを調べてみました。筆者は普段から日立を追いかけているわけでは全くないので、ハイレベルに事実関係をまとめたノートとして見て頂ければと思います。

 

 

  1.日立の経営戦略

 

日立の経営戦略は、「社会イノベーション事業」への集中です。これは、社会インフラを始めとする幅広い領域において、ITの活用と協創による課題解決を志向する事業です。そのために同社は、大規模な事業ポートフォリオの入れ替えを行いました。また、コア事業におけるシナジー獲得の手段として、「IT×OT×プロダクト」のクロスオーバーにより新たなサービスを開発する「Lumada事業」に注力しています。

(1)事業ポートフォリオの入れ替え

日立は「社会イノベーション事業」に集中するため、事業ポートフォリオを大幅に入れ替えました。上に掲載した図にもある通り、その対象は事業全体の実に半分近くにも及んでいます。

 

かつての日立は古典的なコングロマリットであり、事業の範囲は原子力、ビルシステム、鉄道といった重電から情報システム、建設機械、自動車部品、家電、さらには素材等までかなりの広さ及んでいました。こうした多岐にわたる事業を再編するにあたり、日立は先ほどの「社会イノベーション事業」に該当するものを残し、さらに積極的なM&Aにより事業を拡大する一方、関連性の薄い事業は大胆に売却していきました。具体的な施策は下図にもまとめられていますが、日立化成・建機・金属等、日立グループの中で伝統を有する事業であっても「社会イノベーション事業」の対象外であればスピンオフし、一方で産業機械(JR Automation)・ヘルスケア(日立ハイテク=完全子会社化)・エネルギー(パワーグリッド、日立エナジー=旧ABB)・IT企業(Global Logic)等をM&A等で取得しました。

 

2023年3月期連結決算の概要および2024中期経営計画の進捗 (hitachi.co.jp)

この10年程の事業ポートフォリオ改革をまとめた資料。「社会イノベーション事業」に集中するためM&Aを実施しアセットを取得しつつ、そうした事業には関連しない事業を切り離す。日立化成・建機・金属等、伝統ある事業であってもスピンオフの対象となっている点が目を引きます。

 

2021中期経営計画の進捗発表 (hitachi.co.jp)

少し古いですが分かりやすいのでこちらも。次で説明する「Lumada事業」を中核としてデジタル事業の強化とOT、プロダクト事業とのシナジーを模索しつつ、産業・ヘルスケア・エネルギー(パワーグリッド)・IT企業等をM&A等で取得しています。

(2)シナジーの獲得ーLumada事業

こうして事業ポートフォリオを入れ替えるとともに、日立はコア事業におけるシナジー獲得のためにも施策を打っています。その中で代表的なものが「Lumada事業」で、これは「IT×OT×プロダクト」のクロスオーバーにより新しい製品・サービスを提供しようとするものです。

 

当初は情報システム部門と他部門の間の壁を崩し、共同で事業を行うための仕掛けとして、2016年に情報システム部門の一部を他部門との連携を専門とする「サービス&プラットフォームBU」として再編することにより開始されました。事業の進展に従ってメソドロジー・ユースケース等を集積し、「デジタルエンジニアリング」「システムインテグレーション」「コネクテッドプロダクト」「マネージドサービス」の各フェーズで事業を展開しているとしています。また、顧客との協創も一つの狙いとしています。

 

catalog.pdf (hitachi.co.jp)

「Lumada」事業の概要。「IT×OT×プロダクト」のクロスオーバーによりメソドロジー・ユースケース等を集積し、「デジタルエンジニアリング」「システムインテグレーション」「コネクテッドプロダクト」「マネージドサービス」の各フェーズで事業を展開する。顧客との協創もアピールしています。

 

2024年3月期 第3四半期 連結決算の概要 (hitachi.co.jp)

Lumada事業の直近の業績と成果。2023年度には売上収益の28%を、修正EBITDAでは41%をLumada事業が占めるも通し。日立エナジーとGlobalLogicがタッグを組む電力会社向けのシステム開発や、顧客企業(サントリー食品)との共同開発が成果として取り上げられています。

 

  2.財務数値への影響

 

ここから先は、こうした施策が財務数値上にどのような影響を与えているかを調べていきます。分析するにあたり、標準的な収益性分析の方法である「デュポン・システム」を適用しました。最初に全体の財務諸表の数字を見た後で、セグメント別報告についても確認しました。

(1)デュポン・システム

デュポン・システムは収益性分析の手法の一つです。デュポン・システムにはいろいろなバージョンがありますが、最も単純なものは下図のようにROE(純利益÷純資産)を掛け算の形でROA(純利益÷総資産)と財務レバレッジ(総資産÷純資産)に分解し、ROAをさらに売上高純利益率(純利益÷売上高)と総資本回転率(売上高÷総資産)に分解します。さらに、利益率と回転率をそれらの構成要素別に分解していき、収益性の要因を分析します。
 

 

※ ROAを計算する際には、本来利益は営業利益となるべきである(ROEの場合には純利益)とする立場もあり、その考え方に沿ってもう少し複雑な分析をする場合もありますが、ここでは最も単純な方法を紹介しています。

 

日立 統合報告書 2023(2023年3月期) (hitachi.co.jp)

日立の財務についての資料より。ROAに代えてROIC(投下資本利益率)を用い、WACCとマッチアップすることで目標値を設定の上、さらにそれを上記のバージョンの分析と同じく利益率と回転率、さらにはそれらの個々の構成要素に分解し、社内KPIの設定に活用しています。

 

日立の連結財務諸表全体に適用してみた結果はこちら。直近の2023年3月期と、国際会計基準適用初年度の2015年3月期の数値を比較しています。

 

 

2015年3月期と比べてみると、2023年3月期には財務レバレッジが下がった(自己資本増強)にもかかわらず、ROAの伸びによりROEが大幅に改善していることが目につきます。ROAの構成要素を見ると総資本回転率回転率はほぼ固定で純利益率が増加、利益率の指標を見ると特に営業利益率の段階で改善しており、経費の伸びが抑えられたことが収益性の向上要因となっているように見えます。意外にも、売上高売上総利益率は改善されていませんでした。

 

日立は既に述べた通り多くのM&Aを行っていますが、M&Aによりのれんや無形資産が計上されることにより回転率が落ちてしまう場合もあります。日立もバランスシート上ののれんは急増していますが、有価証券・持分法出資等や有形固定資産の圧縮等により、総資本回転率は2015年3月からほぼ同水準で持ちこたえています。

(2)報告セグメント別の分析

続いて報告セグメント別に数字を見てみました。セグメントベースだとあまり細かい数字は報告されていませんが、売上収益・セグメント損益・総資産は報告されているので、上記のデュポン・システムに基づきROA・利益率・回転率の数値を計算してみました。

 

 

※ 日立が用いているセグメント損益が会計上の営業利益・純利益と異なるので、先ほどの全社の分析とは数字は一致していません。

 

コア事業とされる「デジタルシステム&サービス」「グリーンエナジー&モビリティ」「コネクティブインダストリーズ」の各セグメントは総じて高い利益率・ROAを達成しています。一方、それ以外のグレーアウトされたセグメントのうち、日立建機及び金属は2023年3月期中に、オートモーティブ(日立Astemo)は2024年3月期中にスピンオフされています。こうしたグレーアウトしたセグメントを合計値からざっくり引き去ってみるとROAはさらに改善する結果となっており、こうしたセグメントが完全に財務数値から除外されれば同社の収益性はさらに高まるものと見られます。

 

続いて、全社の財務諸表と同じく2015年3月期の数字も同じように分析してみました。

 

 

2015年3月期と2023年3月期の業績を見比べて見ると、報告セグメントが組み代わっているので見通しがつきづらいところもありますが、グレーアウトしていないコア事業が大幅(1.5倍近く)に成長していることが分かります。また、この期間にコア事業の回転率が下がった一方、利益率が大幅に改善され、結果としてROAも向上しています。これは、Lumada事業を始めとする同社の戦略が(この期間に売上収益が急増したにもかかわらず)売上の規模を追い、規模の経済・コスト優位性を訴求するのではなく、個々の製品・サービスを差別化・高付加価値化し、利幅を高める方向に作用したことを示しています。変化の幅は大きく、ほとんど別の事業になったといってもいいような動き方をしているように見えます。

 

最後に2015年3月期のコア事業と非コア事業を比べて見ると、後者には高機能材料(日立化成)等も含まれており、非コア事業が大きく業績で劣っていたわけではありません。これは日立のこの期間の経営戦略が「低収益事業を切り離して短期的な収益性を改善する」といったものではなかったことを示しています。一方で2023年3月期を見るとコア事業と非コア事業の実力差は(「グリーンエナジー&モビリティ」を除き)歴然としており、この期間のコア事業への注力(M&Aとシナジー獲得)の成果が伺えます。

 

2022年3月期連結決算の概要および2024中期経営計画 (hitachi.co.jp)

 

説明会資料:2019年3月期 連結決算の概要 (hitachi.co.jp)

報告セグメント変更の推移。大雑把に見ると、旧「社会・産業システム」が「グリーンエネルギー&モビリティ」と「コネクティブインダストリーズ」に分かれ、「電子装置・システム」と「生活・エコシステム」が後者に合流しています。

 

2024年3月期 第3四半期 連結決算の概要 (hitachi.co.jp)

本記事執筆時点で直近の四半期決算の結果。上述の通り「日立建機」「金属」のスピンオフが完了したため売上収益は減少するもの利益率は向上、さらにコアとなる3セグメントは大きな成長を見せています。

 

  3.まとめ

 

近年、時価総額10兆円を達成する等、好調が伝えられる日立。それを支えた経営戦略は、BtoCからBtoBへの集中というよりは、BtoB内での「社会イノベーション事業」への注力でした。同社はその方針に基づいて大幅な事業ポートフォリオの組み換えを行うとともに、「IT×OT×プロダクト」のシナジーを志向する戦略を実践、それにより利益率を大幅に改善し、収益性向上を達成しました。

 

注目すべきは同社が事業ポートフォリオを組み替える際、単に足元の採算の悪い事業から切り離していったわけではなく、あくまで戦略の観点からコアとなる事業への経営資源の集中を図ったことです。オートモーティブ(日立Astemo)事業のスピンオフをもって同社の事業ポートフォリオの組み換えは一段落となりますが、同社の成長・収益性向上はこうしたコア事業におけるM&Aやシナジーの獲得によりもたらされたものであるため、同社が推進するLumada事業等の成長余地が残っている限り、今後もまだまだ成長が見込めるものと思います(新規のM&Aはやや鈍るかもしれませんが)。

 

同社は2022年にCEOの入れ替わりがあり、現在の中期経営計画も2025年3月期までで終了します。これまでも意欲的な経営革新を達成してきた同社ですが、次の打ち手にも注目です。

 

(参考:財務諸表元データ)

 

 

 

 

 

 

 

各期の有価証券報告書より抜粋