みなこのブログ。
  • 19Aug
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      母との話

      お盆終わったねー。先週は毎日の外出とNPOの総会とでアクティブで今週は院のレポートと2学期の授業準備でお籠り中そんな中、昨夜実家から恒例のハムが届きました。いつもは四男にお礼の電話をさせるんだけどたまたまいなくて、珍しく私。ハム届いたよー、いつもありがとねそう言った私に届いたかや、元気にしちょる?そっちは暑いかや?そう応える母うん、元気だよ、暑いけど元気にしてるよそっちも暑い?私がそう応えるのを待たずにあれこれいっぱい話したい母そしてその声は以前より大きくて口元がおぼつかない感じでゆっくりゆっくりと話をするそんな今の母あぁ、お母さん年取ったなぁって思ったそりゃそうだよ、娘が53歳母もうすぐ80歳名実ともに立派なおばあちゃんだもんね。「今年は帰れんかったけど、帰れるようになったら帰るけんね」そう言うと、「そげしてや。今年は寂しかったけん。。」…って。その母の言葉にちょっと胸が痛かったそしてごめんね、って思った。老夫婦二人暮らしの日常が年に一度賑やかになる夏孫達四人もすっかり大きくなってもう立派に大人だけど それでもあれこれと話ながらみんなで囲む食卓が両親の生きるハリの一つになっているなんか、、、ホントにごめん。まぁそれでも、話を聞くに父は相変わらずアクティブに毎日海に通い母はそんな父に少々腹を立てながらもしっかりと日常の家事をこなしているようで感傷的になってるのは私の方かもね(苦笑)あと何回 両親の顔が見れるだろうあと何回 一緒に食事ができるだろうあと何回、、、帰れるのだろう。あぁ、、、やっぱり感傷的になってるのは私だね両親は両親で自分たちの暮らしを作り誰に迷惑をかけることもなく生きているそして私も息子達と共に私の暮らしを作っていてそれぞれがそれぞれに今の自分たちを大切に生きているそれが、愛。目の前にはいないけれど時々 元気にしてるかなぁ?ってお互いに思いを馳せながらそうやって重ねてきた時間そしてこれからもそうやって重ねていく時間それはきっと紛れもなく愛だ。そうそう、次男もさじいちゃんばあちゃんのこと気にしてたよ。こんな風に写真が撮れる日がきっと来るからさそれまでちょっとだけ待っててね!

  • 06Aug
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      今年の夏

      勤務校は先月の21日から夏休み私も程なく夏期休暇をいただいて現在まったり夏休みの毎日です。今年の帰省は、、、なしかなぁ電話で「今年は帰れんわなぁ」と母親に言われたことネット環境がない実家では大学院の勉強は難しいこと諸々の状況を考えて、そう決めました。帰省しない夏休みは何年振りだろうそう思うとそれぐらい実家で過ごす夏が当たり前になってることに気づきます親と距離を置いていた自分をつい忘れてしまいそうになるぐらいだ(苦笑)今思う過去は懐かしさでいっぱいです親には話さない甘えない がデフォルトでずっとずっとやってきてた小さかった頃の傷やがっかりした気持ちや悔しかった気持ちをずっとずっと握ったままでもそれが私の生きるエネルギーだったようにも思うだから、頑張れただから、生きてこれたそんな風にも思う。息子たちの母になった今だからこそ見えてくるものがあるよ私が19歳の頃からずっとずっとお米を送り続けてくれてること季節の美味しいものを折々に届けてくれること息子たちの誕生日に一度も欠かさないでお祝いを送ってくれてることそしていつも「たまには顔を見せてね」って手紙が添えられていることそれは全部全部 私への愛だったということ。お父さんお母さんなんでも知った気になっていた生意気な娘はこんなことを考えらえれるくらいには大人になりましたよ。今年の夏は、こんな夏。離れていながら思いをはせる夏になりそうです。

  • 04Aug
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      次男とにゃんこと私

      先日は、宝物になる絵本の2回目ワークショップ最終日。今回は次男とにゃんこさんのお話を描きました。『にゃんこさんへの お願い』「ねぇ、にゃんこさん お願いがあるんだ」で始まるこの絵本に私の眼に映るにゃんこと次男をいっぱい描きました。にゃんこさんに、私の思いを託して描きました。一緒に寝たり足元にすりすりしたり手を舐めたり膝に乗ったり鼻チューしたりね^^みんなの前でこの絵本を読みながら私はにゃんこに自分の姿を映したのだと何度も何度も思いました。次男とも、、、いろんなことがあったなぁ自分が学校に行けない中私に寄り添って一緒にゴッホ展行ってくれたね高校に行く意味も生きる意味も分からなくなって泣きながら気持ちを吐露してくれたこともあった私が骨折するぐらいの取っ組み合いの喧嘩もしたよね小さい頃は弟たちにちょっと意地悪だったけど今思うとそれも あなたの気持ちの一つの表現だったと思う素直な弟達が少し羨ましかったのかな今となっては本当に優しくて愛情いっぱいの兄として弟たちの折々に自分の言葉で思いを伝えてくれるたかもノブもねにいちゃんの言葉、結構胸に来るみたいだよにいちゃんがこう言ってた、ああ言ってたって、よく話題になるもん^^「愛の方向性」を初めて意識したのはあなたとの関係だったのは間違いないこの出来事がきっかけだったねそしてナノさんに「愛の方向性」という言葉をもらったんだ。許す、という私に向けた愛と許さない、というあなたへの愛は私の中で愛の方向性の象徴なんだよ。にゃんこさん、にいちゃんのことよろしくねにいちゃんはあなたのことが大好きなんだすごくすごく大好きなんだよだからさずっとずっと側にいてやってねお願いね^^

  • 31Jul
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      これまでも、これからも。

      去年組んでいた先生とLINEで話をしてて去年見てた子ども達の話を聞きました。「竹本先生は?」って何度も聞いてきたり私の下の名前を思い出したりしている様子を聞いて酔ってた勢いもあって、、、泣いてますなう。あの子達の中に私の存在がほんのりとでもあることが素直に嬉しい。毎度おなじみのやつ飲んでます!離任式がないと子ども達も異動したって理解しづらいですねって先生言ってたけどそれは大人も(少なくとも私は)そうかもなって思う区切りっていうのかな、やっぱそれ大事。とは言ってもこの状況下3月の段階で離任式は早々に中止になっててそんなん分かってたし今年は今年で新しく5人の1年生の担任として目の前の子ども達は個性豊かでやっぱり可愛くて教員という仕事はこんな風に出会いと別れを重ねながら大切なもの 大切にしたい思いも重ね私の心を豊かなものにしてくれるのだと改めて思う。そうそう、教員1年目の時に担任してて今年中学3年生になる子も相変わらず「竹本先生は?」って言ってくれてるらしいわはは、、、ありがとね(;▽;)先生ね、時々みんなのことを思い出すよどうしてるかな、元気かな今年は色々が不規則だけどみんな楽しいって感じながら学校通えてるかな、とかねみんなと過ごした時間がせんせ、すごく楽しくて そしてみんなからたくさんのことを学ばせてもらったんだそのことをもっともっと勉強したくて今年大学院に行ったくらいなんだよ!私ねみんなからもらった学びを形にしてこれから出会う子ども達に伝えていきたいと思ってる相変わらずぼんやりしてたり忘れっぽかったりして周りの先生や子ども達に助けてもらっててそれは今も昔もおんなじだそれでも先生って言ってくれる子ども達のために頑張るね、私!給食食べながら二十歳になったら一緒にお酒でも飲もうって話してたじゃん、それが実現したら先生きっと泣いちゃうなそんな日が来ることを心待ちにしながら今を重ねていこうって思うみんなと過ごした時間そして これから出会うみんなと過ごす時間全部が私の宝物だ。

  • 30Jul
    • それぞれだけど、共通するもの〜再び、大切なお友達への画像

      それぞれだけど、共通するもの〜再び、大切なお友達へ

      お互いに息子の居場所が分からない。事柄は同じでも同じなのは、、、事柄だけ。息子の年齢も、置かれている状況も、いきさつも、湧き上がる思いも、あぁ、本当に同じは一つもないのだなと改めて思いました。でも、だけどたった一つだけ同じものがある。それは、息子を愛しているということ。あなたの息子さんへの大きくて深い愛に触れるたびそして自分に正直に行動される姿に私も私のままでいいのだと勇気をいただけます。大事なのは、形じゃない。…ですよね^^3年ぐらい前だったかな、離婚が決まって両親にもそのことを伝えながらことがなかなか進まなくて結構煮詰まってた時期に仕事帰りに読んだ彼女のブログにすごくすごく勇気づけられて嬉しくていっぱい泣きながら家に帰ったことを私、絶対に忘れない。ありがとうございました。こんな私ですがこれからもずっと繋がってやってもらえたら嬉しいです。これからもどうぞどうぞよろしくお願いします!

  • 25Jul
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      私はあきらめない。

      長男が一人暮らしを始めたのが去年の8月末相変わらず居所は分からずLINEは繋がらずメッセージにも返信はなくそうやって11ヶ月が経ち。まぁ、離婚で私があの家を出たのでもともと別々に暮らしていたし私は私で忙しくそして楽しく暮らしてるしねなんてったって彼はもう25歳にもなるいい大人だし何よりあの子との時には戦いながら重ねた時間が私に 分離 を教えてくれました。彼のことを日常的に思ったり考えたりすることはそうそうないというのが正直なところです。そして私は彼の居所を特段知りたいとも思っていません。そりゃ、いろんな思いはあるよ住所ぐらい知らせるのが当然じゃん、とかメッセージに既読ぐらいつけろよ、とかさ私の中の常識が揺さぶられるのも事実。でも、それでもさ居場所を知らせないのは彼の自己決定だから私はそれを最大限尊重したいと思うのも紛れもない事実です。そんな中たまたま長男と同じような境遇の息子さんがいらっしゃるお友達が息子さんの居所をいっぱいの愛で探されてる姿や娘さんの今に精一杯寄り添って粘り強く話し合いを続ける友達の姿に触れるにつけ私は、、、長男のことをあきらめようとしているのだろうか、と思ったりする。ふと、彼の小さかった頃のことを思い出すことがあります難産でやっと生まれてきた時の安堵右手のマヒが一生治らないかもしれないと言われた時の覚悟した気持ちそのマヒの診察のために、私の体もままらない中産院から退院した翌日に医療センターに連れて行った時のこと大阪から誰も友達がいないこっちに引っ越してきてつながりを作ろうと毎日児童センターまで車を走らせて通った時の寂しくて切ない気持ちあぁ、そんな私のそばにあの子はいてくれてたね私は今よりもっと未熟で至らない母ででもそれでも一緒にいてくれたのは、あの子だ。彼は、今を生きている。私から見たら不義理に見えることもあの子にとってはきっと今必要なことなのだと改めて思う。そして私はやっぱり彼の自己決定を最大限尊重しようと思う。そして私の自己決定も私は最大限尊重しようと思う。私は伝え続けるよ自分との約束を守ることの大切さを私がずっとずっとあなたを愛しているということを。私はあきらめない。それが私の愛の形だ。

  • 11Jul
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      みんな、ありがとう

      私は、自分のタイミングで大学院に入りました。それは今でも間違ってなかったと思う。そしてそれは、私が自分を大切にしてることの証だとも思うし、そこにウソも偽りもないって言い切れる。でもさNPO法人Smile upの副代表理事としての私を考えたら、、、何で今なんだよ!って自分に突っ込みたくなるんだだって、事務所を設けて丸一年、地域に傾聴を広げる足掛かりを作ったタイミングだったし、NPO自身も大きく変わっていくというタイミングだったからさ、だから、、、申し訳なさと引け目が先に立っちゃって、そこから発生する妄想を基準に勝手に忖度して勝手に線を引いて理事会に参加しない私はしゃしゃり出ないとかさ、、、自分を守ってたなと思う。これも、愛。自分方向の愛。うんうん、って思う。そして、浅はかで視野が狭かった自分に気づく。ナノさんを始めとする理事のみんなはそんな私も受け入れてくれて応援までしてくれてて、、、あぁ、私の居場所は今でもちゃんとあったよ。そのままそこにあったよ。コロナでいろんなことがままならない中でzoomで理事会やったりzoomでのコンテンツを形にしたり断腸の思いで寄付をお願いしたりみんなみんな、、、すごいよ!!!引いてた自分が恥ずかしい。言い訳なんか必要ないし何かや誰かと比べなくていい。私を信じてくれてる仲間がいる愛に溢れた仲間がいるすごくて素敵な仲間がいてくれるじゃん!それってすごいことじゃん!!!みんな、ありがとう。本当にありがとう。私、本物の素直でいくねそれで、、、いいよね!!!

  • 05Jul
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      にゃんこの脱走

      先週にゃんこが脱走しちゃって。*脱走張本猫はこいつだ!いやいや、、、ちゃんと脱走防止をしてない人間が悪いんだけどねホント肝を冷やしましたYO!金曜日の夜に脱走し、日曜日の明け方には確保できたので8時間程度の時間だったんだけどその間次男も三男も四男も、そして私も本当に大げさでなく生きた心地がしなかったそんな8時間でした。私、すぐにむぎちゃんのことを思い出しちゃって、、、もう絶対にあんな目に遭わせたくない!ってその一心で。家の周りをとにかく四人で探し回りました。デートを切り上げて探し続けた次男バイト帰りで疲れてたけど探し続けた三男一言も口を開かず、ただただ懸命に家の周りを探し続けた四男息子達は誰一人として誰が逃がしたんだよ、お前かよ!なんて責めあったりしなかったよ誰も、本当に誰もそんなことを言わなかったみんながにゃんこのことをただただ思って探し続けました。その時の息子達の様子が本当にその子らしさに溢れていて次男はちょっとネガティブな発言をするところがあって「ホントに捕獲器なんかで捕まんのかよ」って言ったんだけどね(それも次男なりの愛なんだけどさ)三男はすかさず、でも穏やかに「でもさ、オレ達できる限りのことやってるからさ」って言って「にゃんこはきっと近くにいるから大丈夫だよ。お母さんは寝たほうがいい。オレは夜更かしだから一晩起きてられるし。」なんて私のことまで気遣ってくれてねそして四男は、普段はどんだけってくらい喋り倒すんだけどこんな時は本当に一言も言葉を発しないんだよねそれだけ心配して必死だったんだって思うどの子も本当に優しくて愛に溢れてるなぁって、、、そう思う。無事捕獲できて一眠りした後 三男が「にゃんこはこんなに小さいのに、オレたちの中でこんなに大きな存在だったんだなぁ。。」としみじみ言いました。ホント、そう思う。にゃんこはさ、人間の都合でうちに来て私たちはにゃんこの命を預かってるんだよね猫は言葉を話すわけじゃないし、本当の気持ちは分かることもなくにゃんこは にゃんこの猫生を生きてるだけなんだろうけど私たち人間は にゃんこに自分のいろんな気持ちを映してそして、幸せをいっぱいもらってる。にゃんこ万歳!にゃんこよ、ありがとう!そして、、、四人で猛反省。脱走防止、徹底しようね!四人でしっかりと確認し合いました。でも捕まって本当に良かった(;▽;)!

  • 14Jun
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      三男が絵をやめる

      さっきの話。夕飯を三人で食べながら絵の話になって三男がふと、「絵に対する情熱がなくなってきたんだよね」って言いました。おぉ、、、と思って私の中では複雑な思いが交錯したんだけど5歳から15年以上も習ってきた絵だもんね卒業ってのもあるかもねそう三男に伝えました。その後のお皿洗いの時酔ってたせいもあると思うんだけど感情が溢れてきちゃってお皿を洗いながら涙涙、、、。三男の絵はさなんか一生あの子の中で続いてそして描き続けるものだって私が勝手に思ってたからそれでだね、きっと。私、あの子の絵が好きでね描き始めた頃の自由な感じから最近の穏やかな感じの絵までその時の彼がそのまんま表現されてるそんな気がしていて本当に、、、彼そのものの感じがしていてあの子を見てるみたいなんだそしてあの子の絵にはその時に共有した思いも私の中ではくっついていてそうするとさ私を信じて一緒に暮らしてくれたあの子への感謝が私の中で溢れてきて三男に、ありがとうって思う。絵をやめるって言ったって描くのをやめるわけじゃなくて先生とこに通って描くのをやめるだけの話でそんな涙涙なものじゃないよってどこかではちゃんと認識してるんだけど私は彼の絵に、そして彼の姿にその時の自分とその時の私の思いを映して見てるんだなぁ。二十歳になった三男に私があれこれいうことはもうそうそうなくて彼が決めたことが彼にとって一番だって本当にそう思うだからさこれは全部私の感傷で完全なる私だけの思いですよ、うんま、そういうのもここで言えるのって悪くないじゃん、って思って今 こうやって書いてるワケです。あー、いまふと三男に私を描いてもらおうって思った!もし描いてもらえたらお披露目しますね^^頼んでみよーっと♪

  • 05Jun
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      『home』

      この曲を初めて聴いたのは次男とカラオケに行ったときかなあの子の歌とモニタに映る映像とで私、涙でぐちゃぐちゃになった四人息子のお父さんでもある木山裕策さんが息子さんたちを思って歌った曲私は思いきり投影してそこに自分を見る息子たちの笑顔も泣き顔も困った顔も得意げな顔も私を求めて伸ばした手とその温もりも抱きしめたときのはかなさとその柔らかさも全部全部あの子たちのまっすぐな愛だったよそして私はそこにちゃんと応えられていたのだろうか会えない長男に思いをはせるねぇ、どうしてる?仕事は順調?体は何ともない?ちゃんと食べてる?ちゃんと寝てる?家族の誰とも連絡を取らないというあの子の強固な自己決定は何をもってしてそうなのだろうと思うと私は自分を責める自分に気づく私との関わりがそうしたんじゃないかという床に頭をこすりつけてでも謝りたい気持ちと、罪悪感の混じった思いは大きくなったり小さくなったりしながら厳然として私の中に存在しているあの子の人生は私との関わりだけでできてるわけじゃないそんなこと分かってるよ分かってるそれでも握って離さないこの思いそこにはあの子への私の強い絶対的な愛があるそれも、、、分かってるんだ。あぁ、、、私は、私以外の誰にもなれないねそして今の私でいるしかないだって時間は巻き戻らないねぇ、とも母さんはどうやったってあなたを愛してるよそれは絶対に変わらないあなたの居場所の一つでありたい気持ちも全然変わらない私はここにいるいつだってここにいるよそれが私の自己決定だ。もうすぐお誕生日だね少し早いけど、25歳おめでとう。あなたの人生が豊かで楽しいものであり続けますように。

  • 23May
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      つながって重なってるといいな

      ご無沙汰しています。1ヶ月ぶりぐらいかなぁ、ブログ。前回の記事で父のことを書いたけど無事退院して元気に過ごしているようです。この間電話したらヨットに乗って海に出たと自慢げに話してくれました*これは数年前の写真さすがっすよ、お父さんハハハとにかく元気でなによりです。さて最近の私ですが。私の生活は五月から本格的に始まった大学院の授業を中心にまわっています勉強で始まって勉強で終わるおおげさじゃなくてホントそんな感じ。日中はほぼパソコンの前に座り授業とそれに付随しての予習復習7月にある発表会の原稿とスライド作り忙しいのは忙しくてネットで集めた記事を読んだり論文読み込んだり自分の意見をレポートにしたりしてたら一日あっという間なんだけど、、、やたら楽しくってさ!(*≧∀≦*)ノハハハこんな私を見たら父はなんて言うかなぁって、、、ふと思うことがある私にとって親ってさ、相談する相手じゃなくて決めたことを報告する相手なんだよね大学も留学も就職も転職も結婚も離婚も子育てのあれこれももちろん今回の大学院もね親に相談しようとか、そんな概念が全くない自分に今更ながらに気づきますそれで53 年近くやってきちゃってる。母には離婚を伝えた時に一度だけ「お前は何でも一人で決めてしまうけん」と半ば諦めたように言われたことがあるけれど父には、、、一度もそんな風に言われたことがないなぁ。大切にしている思いや価値観はここぞ!と言う時まで口にしない父なんだけど最後の最後、「お前が決めたことなら」と背中を押してくれるのも父だったそして私はできればそこに応えられたらいいなと思う。今でもね。私はさもう私を置き去りにして誰かのために、とか思ったりしないみんなが楽しいみんなが幸せそのみんなの中に、私自身もちゃんとあるよだからね 誰かのためにとそれを第一義にしたとしてもそれは私のためでもちゃんとあるその 私のため が父の喜びと重なっていたら本当に嬉しいなぁって思う私の前では私のことを決して褒めない父でも親戚や息子たちに私のことを盛り盛り(ほんと誇張しすぎ!)で自慢していること私、知ってるんだだからさ、、、新しく学びを始めたことも父の喜びにつながってたらいいなぁって思うそうだったら本当に嬉しいって思う。

  • 25Apr
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      父の入院、母の様子、弟との関係、私の気持ち。

      現在、父は入院しています。入院前日に本人から電話があり脳出血がわかって「急だけど、明日入院して手術することになったけん」とのこと脳出血のせいなのか翌日手術の不安や緊張のせいなのかもしくは両方だったかもね電話口の様子が明らかにいつもの父とは違ってたと思うそれでも電話口で話せるってすごいと思うけどね!父も今年78歳数年前にガンも患ってるし何があってもおかしくない歳だ。術後、父と直接話はできてないんだけど母と電話をして聞くには幸い手術も無事終わりリハビリは必要だけどほとんど後遺症もなく退院できるのではないかとのことよかったよかった^^そして気になる母のこと。田舎で車の免許なしでずっと過ごしてきた母それは裏を返せば父がお抱え運転手だったということで母が買い物に行きたいと言えば車を出し迎えに来てと言えば迎えに行きゴミ出しも車で父が行ってたし!(ゴミステーションが歩いていくには遠い)田んぼも精米所仕事も家計管理も資産管理もぜーんぶ父がやってるからね頼りきってることは母も十分わかってる手術直前の母が言ったのは「おとうさんがパーになったらと思って不安でかなわんわ。。」でした(しかしパーって…)でもさ、そりゃそうだよね、お母さん。。お父さんはさ、病院に入ってたら看護師さんやお医者さんがちゃんと面倒みてくれるけどお母さんは家で一人で過ごすんだもんね車もないしこのご時世だからそうそう病院にもお見舞いに行けないしお母さんの不安げな顔がリアルに頭の中に浮かんできてさ。そんな中真っ先にしたのが、弟に電話をかけたこと。弟とは、法事でもなければ合うことがないので下手すると10年以上何の連絡もしないぐらいの疎遠な関係ですがやっぱ両親のこととなると真っ先に頭に浮かぶよねワンコールですぐに出てくれて母への気持ちを共有してそれぞれに母をフォローしていこうって決められたんだ。電話口の弟がやたら頼もしく感じられてさよく考えたら社会人生活30年近い50も過ぎたいいおっさんだもんね当たり前っちゃ当たり前なんだけど私、子どもの頃の泣き虫な弟をどんだけ握ってるんだろって気付いたよだからさ、弟の今を少しかもしれないけどつかめた気がしてすっごく安心した。一緒に考えていける そして一人で抱えなくていいそう思いました。… … … … …手術のあった日の夜、母に電話をかけたらさもう、話す話す話が止まらない!思ったより出血がひどかったことでも全部取り切れたから大丈夫だってお医者さんに言ってもらったことそれでも今後のことを考えたら不安で心配だってこといっぱい話したかったよね話すは放す、っていうじゃん私の聴くが少しでも役に立ったのなら本当に良かったって思う。… … … … …そして私。今回のことで思ったんけどこと両親のことに関しては死に目には会えないかもしれないと腹をくくってるところがあってその覚悟が私を守ってくれたように思うそりゃびっくりしたし慌てたしどうなるんだろうと不安な気持ちももちろん湧いたけどその気持ちを潰さないでいながら次どうするかを考えて行動することができた気がするなぁ人はいつか、必ず死ぬそれは両親だってそうだそんなことは当たり前にあることでだけどいつ訪れるかは誰にも分からない。だからさ、まめに顔見に帰ろうそれでさ、一緒に笑って過ごす時間をいっぱい作ろうお父さん、お母さん私はいい娘でいられてるかな私の気持ち、ちゃんと伝わってるかな離れてるけどさ、ずっとずっと思ってるよ大好きだって、ずっとずっと思ってるよ!

  • 11Apr
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      今の自分をつかんで歩こう。

      今年度も1年生担任となりました。これで四年連続1年生ですウヘヘ新しい職場のやり方に早く慣れて先生方とも早く仲良くなりたいって思って私なりに周りを見て動いたりいろんな人に自分から声をかけてみたりとやっぱり気を使って動いてるからねドキドキすることが多くてそいでもって今年度は2月末からのいろいろな予定変更で一日体験入学とか入学説明会とかがなかったから子どもたちの顔写真も全くなく入学式を迎えることになりまして。担任する子たちのイメージが、全くわかない。ヒー入学式の日ドキドキしながら玄関で子どもたちを待っていました。でもね少し離れた門の方から玄関に向かってお父さんやお母さんと一緒に歩いてくる子どもたちを見たらドキドキが、すぅってなくなったんだよね自分でもびっくりしたよ!ただただ子どもたちが可愛くておめでとうございますって気持ちで自分の心がいっぱいになるのが分かった親御さんや子どもたちに「おめでとうございます!」ってどうしても声がかけたくなって気づいたら玄関を出てスロープのとこまで行っちゃってました私、本当にこの仕事が好きだ。緊急事態宣言を受けて我が校も休校にはなったけれど週1回は学年ごとの分散登校があり預かりもあります。子どもたちと過ごす時間はどうしたって濃厚接触になるし職員室だって3密に近い環境の中私にできるのは目の前の子どもたちや親御さんが安心してどうするかを決められるような環境でいることもう、これしかない気がする。お家で子どもたちを見たいけどテレワークが難しい職業だっていっぱいあって学校に行ってもらうしかないってお家だってあるんだよねいろんな考え方があってきっと絶対的な正解ってのもそうそうなくてそんな中教員にだっていろんな考え方がもちろんあって。私はさ、自分の命を削るようなことはもちろんしないけど必要とされる場所があって今の私にできることがあるのなら一生懸命働きたいなぁと思ってる。ほんと、それだけなんだ。5月6日までの休校期間は登校してくる子どもたちと過ごしながら作んなきゃいけない書類を作ることが目下の仕事です。あちこちにあまり文句が湧かないタチなのはほんとラッキーだって自分で思ってるかっちゃんが言ってくれた今日の空今日も明日もその次の日も私は私のまんま生きていこう。

  • 07Apr
    • 私の春の画像

      私の春

      新年度が始まって1週間新天地での勤務になりました。新しい勤務校は家から車で1時間以上かかる場所にあってどのルートで通うのが一番楽かなーなんて思いながら毎日がちょっとしたドライブ気分で通勤しています学校の周りは緑がいっぱいで教室のベランダから出て遊具を挟んだ柵の向こうはなんと古墳!校舎 職員室のレイアウト 教室の備品の具合をはじめ会議の進め方 校務分掌の持ち方日課 授業の進め方 etcetc新しいことがいっぱいでドキドキよそれでも、3年前の異動の時ほどの緊張がないのは、分からないことを「教えてください」って言える自分だからかなぁ、って思ったりしてね^^やっぱ素直が最強そしてもう一つ。昨日、大学院合格の通知をいただきました。年度末の事務仕事や引き継ぎ、異動、新しい勤務先での新しい環境、そして院試。どれも手を抜けなくて心も体も結構いっぱいいっぱいだったのは、まぁその通りでだけど、投げ出したいことなんて一つもなかったなぁだって、全部私が選んだことだもんね私の大切なものばかりだからどれもおろそかにしたくなかったよ一週間程前から合否が決まる昨日までの間は、ドキドキしすぎて食欲を全く感じず生命維持のために(大げさ)食べ物を口にはするけど、、、一週間で3㎏痩せたYO!(院試ダイエット)ハハハ…春は巡ってくるね。毎日を丁寧に重ねていった先の、自分を信じて歩んできた先の、春。これからも変わらずいこう。丁寧に時を重ねていこう。明日は始業式。新しい出会いがまた始まります。よし!

  • 27Mar
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      さあっ!

      今日は、今年度最後の出勤日でした。「始まりがあれば必ず終わりがある」そんなことは半世紀も生きてりゃ当たり前に分かってることで涙が出そうになるとこんなこと当たり前当たり前、って自分に言い聞かせて泣かないようにぐっとこらえて。でも頂いた色紙のたくさんの先生方の温かいメッセージを読んだら、もう止まらなくて、、、私は本当に愛がいっぱいの先生方に囲まれて仕事をしていたのだとあらためて思いました。子どもたちの人数がどんどん増えて教員も100人近くになる学校だったから教室や職員室の確保に四苦八苦しながらだったけど大切なのは目の前の子どもたちなんだという思いはどの先生方の中にもちゃんとあったって私は思ってる今 最大限できることを丁寧に重ねていこうその思いとともにチームの一員でいさせてもらえたこと、本当に嬉しく思います。最後に先生方お一人おひとりにご挨拶をさせていただいた時に「寂しくなるわ」っていっぱい声をかけていただいて「もう、竹本先生が泣くから〜」って言いながら一緒に泣いてくださって私、本当に幸せだなぁと思った。今までも そしてこれからも私は私で変わらない私に出来る限りの最大限で。丁寧に丁寧に。これからも楽しいをいっぱい感じながら元気にやっていこう!溢れる感謝とチームの一員だった誇りを胸にこれからも頑張ります!

  • 21Mar
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      どうしたって涙が出る日。

      あーあ。とうとうこの日が来ちゃったなぁ。。修了式の日。年が明けたあたりからのナーバスな心持ちをきちんとつかみこの日が来ることはもちろん分かってたから、時折込み上げてくる寂しさや今までへの感謝だって丁寧に感じながらこのクラスで過ごす一日一日を大切に大切にしてきたよ子どもたちにまっすぐ向き合って素直な気持ちでお別れを言いたくて…後悔なくこの日を迎えたかったからね。式は放送での10分間教室で校長先生のお話を聴く形でした子どもたちと横一列に並んでお話を聴きながらふと横を見たら真ん中の席の子がぽろぽろと涙をこぼしててねまん丸な目からこぼれる涙を何度も拭ってたそれ見たらさ、、、もうたまらなかったよ一緒に泣いちゃったなぁお話の内容は一年生には少し難しかったかもだけど校長先生の優しい声と今日でおしまいなんだなという空気をその子は感じたんじゃないかなって、、、思う(勝手にだけどね)お話が大好きで、誰とでもすぐ仲良くなれる楽しい子ひと目見たスケジュールをほぼ完璧に覚えてて、忘れんぼうな私に教えてくれてた子穏やかで真面目で手を抜かず、何でも一生懸命取り組む子愛らしくて、高等部のお兄さんお姉さんにも人気の子マイペースだけど自分の意思をはっきり表現できる子一人一人にちゃんと思いがあったからこそ時にはぶつかったり 時には折り合いをつけたりしながらいろんな気持ちを感じる経験を重ねてきたね毎日みんなに会えるのが嬉しくてみんなと過ごす時間が楽しくて涙が出るほどお腹抱えて笑ったことも数え切れないぐらいあったなぁ明日からもう会えなくなるのかーって思ったらやっぱり寂しいなって思うそしてその気持ちも大切にしようって思うだってそれは私がみんなことを大好きで大好きでたまらなかったその気持ちそのものだから。あの子達にも私にも それぞれに生きる道がある中その道が交わったこの一年は奇跡のような時間だったと思う出会ってそして別れて それを繰り返す中でいろんな経験を重ねながら彩り豊かな人生を送ってもらいたいなってさせんせ、勝手に思ってるよそしてそれは鏡として全部自分に戻ってくる私、いろんな気持ちを丁寧に感じて自分の心の機微を味わいながら楽しいを選んで生きていこう、って思ってるんだ。みんなが綺麗な鏡だったから先生、いっぱい自分を映してもらったよみんなに美しいものを見る自分、我ながら悪くないよねって思う^^そしてみんなが綺麗に映るように私も自分自身をしっかり磨いておこうと思ういつでも大好きなみんなを映し出せるように。そして これから出会うたくさんの子どもたちのために。進級、おめでとう。

  • 17Mar
    • 卒業おめでとう!の画像

      卒業おめでとう!

      金曜日の卒業式には、6年生担任じゃない私は出席しなかったのでいつものように授業をしていつものように子どもたちを見送ってあとは職員室で黙々と書類仕事をするはずだった、のだけれど。あーあ。そうはいかなかったなぁ。。男の子が一人スクールバスを見送った後の私に向かってまっすぐ歩いてきて私の横に並んでね「卒業した」そう伝えてくれました。私さ、もう胸がいっぱいになっちゃって「おめでとう!ほんとにおめでとう!よくがんばった!!!」って言いながら彼の頭をわしゃわしゃって、、いっぱいわしゃわしゃしちゃったよ!前任校で6年生として送り出したその子は私が教員1年目で初めて担任した子私と同じタイミングで勤務校の中学部に入学し今、私の横で胸を張って卒業を伝えてくれている…いっぱい思いがこみ上げてきちゃったなお母さんともハグして、お互いに号泣しお父さんには、「小学と中学の両方の卒業を見てくれたのは先生だけです」って言っていただいてさらに号泣卒業式にも出てないのに、こんなに泣くとはね…( ;∀;)一介の教員である私が子ども達に直接関われる時間は、そう多くはない4月から始まって3月までの、たった1年間の担任はその子の人生というスパンから見たらほんの一部だその中で私ができることって、、、本当にわずかだねそれでも一緒に笑って一緒に泣いたあの時間はあの時感じた思いとともに私の中に今でもちゃんとある右も左も分からなかった私が 今こうして教員でいられるのはあなたと過ごしたあの時間があったからだよせんせ、って呼ぶその声もへへへ、って笑うその顔も私さ、絶対忘れない。まっすぐでいたい、といつも思う子どもたちに対しても自分自身に対してもまっすぐ、ウソのない心でいたいだからさ、ちゃんと言葉にして伝えるんだ大好きだよ、って。ずっとずっと大好きだよ!卒業おめでとう!

  • 07Mar
    • 今だからこその画像

      今だからこそ

      コロナ関係で学校の多くが休校の中我が校は今までと変わらず開いています。そんな中スクールバス利用を控えるお家があったりお家の判断でお休みの子もいるし給食はパンの製造ラインが止まっちゃって当日朝になって急遽メニューが変更になったり公園へのお散歩が禁止になったり祝う会や来年度の入学説明会等の行事ごとは軒並み中止卒業式は人数制限あり&超短縮バージョンいつもと同じ、にはやっぱりならないのはしょうがないね。教員も、お子さんの関係で休まざるを得ない人もやっぱりいてでもさ、こんな時だからこそ 職員室内はみんなで頑張りましょう!って空気があって主任を始め教員全体が「頑張るよ!」って思ってるそんな風に感じます。朝、教員の出欠席を見て「うちのクラスから応援一人出せるよ!」って声が自然に上がる「何かあったら大きな声出すからその時はヘルプお願いします!」ってまっすぐ言えるそんな職場が、私は本当に好きです。お家の方も教員もそれぞれが置かれている今でそれぞれが最善だって思う判断をすることに誰も文句は言えないって思う私ね 大事なのは今置かれているところで自分にできる最大限のことをすることだって思ってる。子どもたち、すごいんだよ当日の朝 給食メニューが変更になってパニックになったとしてもどっかで気持ちに折り合いつけて頑張って食べてるよ家にお兄ちゃんやお姉ちゃんがいるのがいつもと違うってそれがどうしても納得できなくてワーワー言ってたとしても自分の気持ちに折り合いをつけて受け入れられるようになったよ予定してたお散歩コースが中止になったけど「そっかー、中止ですね」ってちゃんと受け入れてくれたよみんなみんなこんな今でも ううんこんな今だからこその経験を糧にして成長している。生きている限り人は必ず成長する。どこにいても どんな経験をしたとしても私はそれを信じてただただ私にできることを一生懸命にやっていく本当に、それだけだね。傾聴カウンセリングのお知らせ「つながるいっぽ研究所」として傾聴カウンセリングを本格的に始めています。お気軽にお問い合わせください^^https://www.facebook.com/pg/tunagaruippo/posts/

  • 11Feb
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      自己決定という愛

      「言えないみなこ」(by ナノさん)とは全くもってナイスなネーミングだと私自身もそう思うほど「言えない」「伝えない」がデフォルトだった時期が長かったなぁ。誰も傷付けたくない という思いが「言わない」を選択した理由なのだとずっとずっと思ってたのだけれどそれはそのまんま自分に返ってきて「私が傷つきたくない」という思いがすごくすごく強かったからなのだと、今なら分かる。それは両親にも 息子たちにも 元ダンナにもそうだった。その最たるものが、離婚。なんなら「離婚」という言葉を使わないで離婚したいなどとワケのわからんことを考えていてナノさんや圭ちゃんにめっちゃびっくりされたのを思い出します(苦笑)それもさ、愛だよね自分方向への愛。そうやってその時の私は自分を一生懸命守っていたんだ。自分で決めることが怖くて誰かの意向を汲み取ることで誰かに幸せにしてもらいたかったそんな私もいたなぁそれも愛、だけれど。今の私は自己決定 という愛を選ぶ。自分の人生は自分で選んで自分で決めてそれを重ねることで作ってくんだと強く強く思う。私ね、自分の中にある愛がちゃんと見えるよ大切なものを大切なんだねってちゃんとすくえる愛してる人に愛してるってちゃんと伝えられる私は、そんな自分が好きだ。今の私なら、きっとできる自分自身をごまかさない自分の気持ちに嘘をつかない今年自分に立てた 素直 という旗はいろんな場面で私の指針となって私を守ってくれているだからさこのまんまの自分で行こうと思う。

  • 10Feb
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      両親に、思う。

      先週 次男がカノジョづれで私の実家に遊びに行くというので久しぶりに実家に電話をかけました。この度もお世話になります、と私が言い終わる前から電話に出た父親、被せるように「ははは、そげだがー、出雲回って来るって言うけん、松江まで迎えに行っちゃらななぁ〜♪」とやたら上機嫌!きっと電話口の向こうでは こんな顔してたと思われ w w w父は、歳の割には元気だと思うまぁ、若い頃からじっとしてない人でねサラリーマン時代も早朝に田んぼ仕事をしてから会社に行き帰ってからも精米所やらの仕事をこなし会社では出世を断って退職するまで労働組合の委員長であり続け会社を辞めてからは念願のヨットを購入してあちこち出かけ車好きも相変わらずで次々と買い換えては出かけ…そんな父も、もうすぐ80歳だ。そして今回 次男が帰ったのには彼なりの理由があってね「向こうでの就職についてちょっとじいちゃんに話を聞いてみるわ」って。「じいちゃんどんな条件出して来るかな〜ウヘヘ」なんていつもの調子で軽く言う次男に私は勝手にあの子の優しさを見て「そっか…ありがとね」って言っちゃった。私、自分でも分かってるんだ実家に対する思いが自分の中でどんどん大きくなってるということ無くなってほしくない…って思う。ホント、我ながら勝手だよなぁ小さい頃からあの家を出るのは当たり前のことで一度出たらもう帰らないもので両親を疎ましく思って全然実家に寄り付かなかった時期も長くてそれでも両親は 不義理な娘に米やらなんやらを欠かさず送ってくれてそのお米には息子たちへの折々のお祝いを忍ばせてくれてそれでも お礼の電話一本入れることもないひどい娘をなじることもなく当たり前のように送り続けてくれていたそんな両親に、、、今の私ができることってなんだろう。私は、私のために生きるもうそれは揺るがない私は私のために考えて自己決定をしてそして、生きる。その中で両親の思いと重なるところがもしあれば私は喜んでそうするしそうでなければ私は、、、どうするんだろ。まだ、決めたくないんだね私。そんな私に今 できることは今の自分の気持ちを掴んでおくこととそれを伝えることかなって、、、思う。今の両親の思いと今の私の思いきちんと出し合って擦り合わせてみんなが幸せになれる道を見つけていきたいって思います。