『海で』

 

作:川崎 洋

 

 

 今年の夏 ついこのあいだ

 宮崎の海で 以下のことに出逢いました

 

 浜辺で

 若者が二人空びんに海の水をつめているのです

 

 何をしているのかと問うたらば

 二人が云うに

 

 ぼくらは生まれてはじめて海を見た

 海は昼も夜も揺れているのは驚くべきことだ

 

 だからこの海の水を

 びんに入れて持ち帰り

 

 盥(たらい)にあけて

 水が終日揺れるさまを眺めようと思う

 と云うのです

 

 やがて いい土産ができた と

 二人は口笛をふきながら

 暮れかける浜から立ち去りました

 

 夕食の折

 ぼくは変に感激して その話を

 宿の人に話したら

 

 あなたもかつがれたのかね

 あの二人は

 近所の漁師の息子だよ

 と云われたのです

 

 

  川崎 洋(1930年-2004年)詩人、放送作家。「ジャンボ・アフリカ」の脚本で放送作家として初めて芸術選奨文部大臣賞を受賞

「風になりたい」「海の不思議」などNHK全国コンクールの作詞も担当

 

 

 

 

香薬のあじわい

 

 

 騙された側なのに、なぜかホッコリして、

 愉快な気分になる詩。

 

 私も、からかわれる側だからよくわかる。

 がははは。

 

 今と違って、インターネットなんてない

 昭和50年以前。

 

 とはいえテレビや映画は、

 あったはずの時代なのだが。

 

 「生まれてはじめて海を見た」

 

 と言って、

 海水をビンにいれるという行為は、

 

 ウソでしょ!と思う反面、

 

 もしかして、

 自分の想像をはるかに超えた人生を

 過ごしてきた若者たちなのか?

 

 と、思考の根底さえも、覆されてしまう。

 

 「水が終日揺れるさまを眺めようと思う」

 「いい土産ができた」

 

 の、ダメ押しの純朴感は、

 最強で(笑)

 

 あとになって、

 漁師の息子と聞いても、

 

 『最悪な環境ではなくてよかった・・・』

 と安堵感に包まれとともに、

 

 『上から目線で決めつけてごめんね。』

 なんて、プチ罪悪感までわいてくる。

 

 それらの感情を、

 ”騙されたこと” から差し引いても、

 ”満ち足りた気持ちが十分残る” 

 のだから、イッツ・ア・ミラクル!

 

 相手の立場に同調して、

 

 無意識のうちに、

 「自分の中から一番暖かい気持ちを、

 引き出させられた」

 

 ということなのかもしれません。

 

 とはいえ、後になって

 「一杯食わされた!」とわかる出来事は、

 

 心身の状態によっては、

 腹立たしくなることもあるのですが。

 

 そんなときは、いたわりの気持ちで

 「寸劇に参加した」ということにして、

 

 ひそかに自分の”暗黒面をお焚き上げ”

 することにしています(笑)

 

 

 

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