かおりのやすらぎブログ

 

    

『花ゲリラ』

 

作:茨木のり子

 

 

 あの時 あなたは こうおっしゃった

 なつかしく友人の昔の言葉を取り出してみる

 私を調整してくれた大切な一言でした

 そんなこと言ったかしら ひゃ 忘れた

 

 あなたが 或る日或る時 そう言ったの

 

 知人の一人が好きな指輪でも摘みあげるように

 ひらり取り出すが 今度はこちらが覚えていない

 そんな気障(きざ)なこと言ったかしら

 

 それぞれが捉えた餌を枝にひっかけ

 

 ポカンと忘れた百舌(もず)である

 思うに 言葉の保管場所は

 お互いがお互いに他人のこころのなか

 

 だからこそ

 

 生きられる

 千年前の恋唄も 七百年前の物語も

 遠い国の 遠い日の 罪人の呟きさえも

 

 どこかに花ゲリラでもいるのか

 

 ポケットに種子(たね)しのばせて何喰わぬ顔

 あちらでパラリ こちらでリラパ!

 へんなことろに異種の花 咲かせる

 

 

茨木 のり子(1926年 - 2006)同人誌『櫂』を創刊し、戦後詩を牽引した日本を代表する女性詩人にして童話作家、エッセイスト、脚本家。戦中・戦後の社会を感情的側面から清新的に描いた叙情詩を多数創作した。主な詩集に『鎮魂歌』、『自分の感受性くらい』、『見えない配達夫』などがある。

 

 

 

香薬のあじわい

 

 

「腹切る覚悟で...って、衝撃のセリフだった。」

(笑)

 

十数年ぶりの友人に会って、いわれた一言。

 

覚えちゃいないが、

 

司馬遼太郎さんの本ばっかり、読んでいた

あの当時の私なら、いかにも言いそうなセリフ

だから、認めざるを得ない。

 

なんか、恥ずかしい。 

がははは。

 

久しぶりに話すと、

笑える思い出が、ゴロゴロ転げ出てくる。

 

「あれ?そうだった?」

 

「ちがうよ!私じゃないよ、それ!」

 

互いの記憶も、あんがい曖昧になっていて、

それはそれで可笑しい!

 

あの頃の出来事を、

長い間、脳内で出し入れしているうちに、

 

失くした記憶や、他から混じってきた感情が

心の微生物とまぜこぜになって、熟成発酵。

 

今じゃ

いい塩梅の「思い出」になっている。

 

お互いそれぞれに違う、心の微生物の働きで、

 

友人のもまた、

私とはちがった味の「思い出」なのだろう。

 

もう、立証する必要もない。

 

あの頃の出来事は、もうすでに加工品なのだから。

 

 

 

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