『前へ』

 

作:大木 実

 

 

 少年の日読んだ『家なき子』の物語の結びは

 こういう言葉で終わっている。

 

 「---前へ。」

 

 僕はこの言葉が好きだ。

 

 物語は終わっても、僕らの人生は終わらない。

 僕らの人生の不幸は終わらない。

 

 希望を失わず、つねに前へ進んでいく、

 物語のなかの少年ルミよ。

 僕はあの健気なルミが好きだ。

 

 辛(つら)いこと、厭(いや)なこと、

 哀(かな)しいことに、出会うたび、

 僕は弱い自分を励(はげ)ます。

 

 「---前へ。」

 

 

 大木 実(1913 - 1996)詩人。東京生まれ。
堀辰雄らの詩誌「四季」に寄稿、1942年同人となる。素朴な一生活者としての人生の哀歓を歌い、人生的旅情を漂わせている。

 

 

 

香薬のあじわい

 

 

 自分が孤児だということを知り、

 旅芸人として、生きていく少年。

 

 旅芸人の団長が、投獄され、

 食べていけなくなったり、

 

 実の親が捜しているのに、

 手がかりを持つ人が、死んでしまったり、

 

 せっかく再会できた家族が、

 泥棒で生計をたてていたり、

 

 引き取ってくれた植物園が、

 霜で破産してしまったり…

 

 ほんの少しの幸せの次に、

 必ず訪れる、悲しみや困難。

 

 読んでいて、胸が詰まった覚えがあります。

 

 大きな悲しみや、

 苦しみ、

 不幸が、訪れたとき、

 

 レミぐらいの年齢の子供は、

 こんなことを考えます。

 

 誰かのせい にしたら、

 自分は許される のではないか。

 

 気付かないふり をしたら、

 痛みが軽くなる のではないか。

 

 この現実は一過性のもので、

 大人しくしていれば、通り過ぎてくれる

 のではないか。

 

 そんなことを、

 考えながら目を閉じて、

 

 何時間も、

 何週間も、待ってみる・・・が

 

 このキツイ現実は、変わらない。

 

 大人でもそうです。

 ツライ。

 

 ときとして人間は、

 逃げられない「人生の課題」ってやつに、

 ぶち当たる。

 

 だから私も

 

「辛いとこと、厭なこと、哀しいこと

 に出会うたび弱い自分を励ます」

 

 ことにしています。

 

 前へ!

 

 

 

『心の香薬』もくじ