マルトリートメントと私60.すーちゃんの引越し | ASD【自閉症スペクトラム】女係長 鹿島じゅんの日常生活はサバイバル!

ASD【自閉症スペクトラム】女係長 鹿島じゅんの日常生活はサバイバル!

25年以上1つの会社に健常者として勤務し、係長として人の上に立つようになった私が、
どのようにASD(自閉症スペクトラム)の特性と折り合いをつけて生活しているか、
その方法をお伝えしていきたいと思います。

私がなぜ、自分の生育歴を振り返るようになったのかは、

マルトリートメントと私1.私の1番古い記憶

をご覧ください。

 
幼少期のまでの記事はこちら。
小学生までの記事はこちら。
中学生時代の記事はこちら。

※自分の記憶に基づいて書いているため、

事実と違っている可能性があります。
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学校の成績でいうと、
私は割とクラスでも勉強が出来る方ではありましたが、
小学校の頃から一緒に遊んでいた、
すーちゃんよりは少し劣っていました。

友達のすーちゃんは、
お父さんが会社を経営していて、
家の中に有線放送を引いているほどのお金持ちで、
(田舎でそんな家に住んでいたのは、すーちゃん位でした)
家庭での躾もしっかりされて、
小学生の頃は、
毎日自宅学習用の、
ポピーという教材で勉強していました。

それでも小学生の時には、
県版テストという、
県で一斉に行われるテストで、
学校でただ1人、
国語で100点を取るなど、
時々、皆んなが驚く結果を出していた私と、
平均的に全ての教科で、
成績の良いすーちゃんの間には、
総合的な成績にそれほど大きな差はなく、
生徒を成績で判断する担任のO先生が、
本当はすーちゃんの方が良かったのに、
私をクラスの副委員長に任命する位の、
差しかありませんでした。

けれど中学校も2年生になり、
高校受験が視野に入ってくるようになると、
有名な塾に通い出したすーちゃんと、
相変わらず家で何もしていない私との、
成績の差は徐々に開いていきました。

小学生の時に母親から、


と吐き捨てるように言われた私は、
勉強が出来ない努力をしていましたが、
それでも中学校で、
自分の成績が良いことを、
同級生から羨ましがられてからは、
母親から、

「お前は女の子で、いずれ(結婚して)、
この家を出ていく人間だから学は要らない」

と言われ、
勉強にも身を入れて頑張るようになっていました。

でも、
すーちゃんだけでなく、
クラスの他の子達も、
塾に通い出して成績が上がってくると、
学校の授業しか受けていなかった私は、
だんだんと成績上位者から、
ちょっと成績がいい人、
位に順位が落ちてくるようになりました。

それまでの生育歴により、
自己肯定感が低かった私が、
同級生に成績を褒められることで、
自分の自己肯定感を上げることが出来たため、
私も他の子供達と同じように、
塾に通いたかったのですが、

「女の子は勉強より家のことが出来た方がいい」

と言い、

「お前は高校までだからね」

と母親に宣言されていた私は、
もちろん、
そんな事を母親に言い出すことは出来ず、
夏休みや冬休みの前になると、
新聞の折り込み広告の中に入っている、
塾のチラシを羨ましく、
眺めているばかりでした。

すーちゃんは、
塾に行っている子の中でも別格の、
親が送り迎えしないと通えない、
遠くの成績が優秀な子の集まる塾に行っていて、
中学校の2年生の中頃には、
学年の中で他の子が追随することが出来ないほど、
頭1つ抜きん出た、
学年のトップを誇っていました。

私はそれだけでも、
親が自分の未来に対し、
献身的に協力してくれるすーちゃんのことを、
とても羨ましく思っていたのですが、
(成績が良いと進学先が広がり、未来の選択肢も広がると考えていました)
さらに、とても衝撃的な話が、
私の耳に飛び込んできました。

それは、すーちゃんが、

「県で1番優秀な公立高校を受験するため、
その高校の学区に引っ越す」

という内容でした。

その話は本当で、
すーちゃんは中学2年生の終わり頃、
県で一番優秀な高校の学区内に建てた家に、
家族で引っ越していきました。

私はこの出来事で、
2つの大きな衝撃を受けました。

・すーちゃんが家族からそこまで大切にされているということ。

・すーちゃんが私よりも、高校のための転校を選んだこと。

最初の1つ目の、
「家族からそこまで大切にされている」
という思いは、
自分が家族に大切にされることは、
小学生の頃に諦めていたため、
そこまで家族に大切にされているすーちゃんを、
羨ましくは感じても、
恨む気持ちにはなりませんでしたが、
2つ目の思いに関しては、
裏切られたような、捨てられたような、
どす黒い気持ちを持つことを、
止めることが出来ませんでした。

小学生の頃から、
家に一緒に帰るようになって、
すーちゃんのお母さんから、


と言われて一時期疎遠になったものの、
学校という社会で生きていけなくて、
すーちゃんに普通を教わる私と、
優等生だけど、
やっぱり友達作りが上手くなくて、
私を従えることで、
自分のプライドを守っていたすーちゃん。

私とすーちゃんの間には、
友情と簡単に呼ぶには難しい、
共依存のような関係が、
出来上がっていたのでした。

そんな中から、
1人、私を置いて、
抜け出ていったすーちゃん。

それは私にとって、
自分1人が暗闇に捨てられたような、
孤独な気持ちを味あわせました。

「私は独りだ」

他にも友達は居たけれど、
共依存関係にあった人間を失った私は、
そのような気持ちに囚われました。

いえ、本当は、
そんな理路整然とした理屈がある訳では無く。

小学校入学時、
発達障害の特性全開だった、
本来の私らしい私と、
ずっと毎日一緒に遊んでいたすーちゃんが、
私に何を言うこともなく転校を決めて、
私の目の前から居なくなったことが、
寂しかったのでした、、、