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「依頼人が前を向ける整理(断捨離)を」

 

 メンタルの強さを形成するのが「捨てる力」
 

整理/ 断捨離 以前に 
人が「前に向けない」 理由の多くが

メンタルが弱さ


言い換えれば
「潔さ」「思いっきり」「瞬発力」「決断力」「行動力」が
課題 ということ。
 

とは 言っても 例えば 
今実家の片付けをしている
メンタルが強い 友人がいます。

が ご両親がお亡くなりになり
約10年近く 実家を放置していたと。

それが 私の一言で3年前がぼちぽち
メルカリやジモティーで一つ一つ
取引きをスタートして
今 片付けが心から楽しいと思い
整理・断捨離が加速しました。

片づける
その時々の
気持ち・考え方・行動の強弱は
その時の何らしかの「きっかけ」により
加速したり、停滞したりはありますが

3年間「止らず」に「継続している」その理由は

人それぞれ、何かしかの
「タイミング」があり

メ ン タ ル の 弱 さ 

が 「整理」「断捨離」できない
直接の理由ではないということ。


だから 自分を責めなくても良い。

けれど 上記の彼女の
一連を振り返り

私の自分の何気ない「片付け」の体験談から
ある一言で3年前がぼちぼち
メルカリやジモティーがスタートしたこと。は

彼女の「片付け」「」「整理」「断捨離」の
「きっかけ」の一つとなった・・・
そして 今の継続している

そして 今その「片付け」が加速した理由も

「明確」で

空家を貸すか、売却するか
そして「貸す」にしても「売却する」にしても
家のモノは「処分」しないとならない

このことから はっきりしていることは

「片付け」「整理」「断捨離」は
目的ではなく「手段」「方法論」「手法」
であるということ

「片付け」「整理」「断捨離」というと
なぜか 
いつしか それが 「目的」のように
なってしまい

自分が「中々できない」ことに
責めたり
追い詰められたり、

「自分」はダメ 人間の「烙印」を
自分で 押している人が多いのは

ある意味 整理収納を仕事とする人たちの
きれいに片付いた「住まい」の
キラキラする画像や写真や動画を目にしては

自分はダメ人間 と 
余計に「落ち込む」


人には一人一人


「きっかけ」と「タイミング」

 

があるということ。

上記の友人から わかりました。

何となく キモチ的に
12ヵ月に一度ぐらいは
また 「出来事」として
12年に一度の周期で

無性に「片づけたくなる」
急に「整理がしたくなる」
訳もなく「断捨離したくなる」
突発的に「切り捨てたくなる」

そんな自分の気持ちや感情に
「敏感」になってみることと



他人のSNSやブログほ見て
無理やり自分も「断捨離」しなきゃと焦るのではなく


日常の自然なさりげない「きっかけ」に

気持ちが「いい感じ」に動いた
「タイミング」を 大切にすること


無理やりや「他人」の動向につられても
それは 自分のタイミングではないので
続きません。


それと 焦って 整理収納を仕事とする人の

話を聞いても
その人たちはあくまでそれが「商売」

もしかして連絡した時がタイミング
行動を起こした時がタイミングと
もしかして言うかもしれませんが

「自分のタイミング」とは
「今とは限らない」

たまたま見た誰かの何かの
SNSやブログで 焦ってしまい・・・



人には一人一人


「きっかけ」と「タイミング」

心の雪解け する 「何か」「いつか」は

上記の3年間楽しく片付けている友人のように

大なり、小なり 自分事として
「現る」 ということ

 

だから 焦らなくても、責めなくても、追い詰められなくても


焦って慌てて片づけても「リバウンド」が待っています。
追い詰められて「片付け」ても 
それは片付けの「本質」ではないのでは?

と思うこの頃。