またちょっと間があいてしまいましたが。
続きいきます!
今日は章大くんのお話。
第2シーズンに突入した、
妄想吹奏楽部。
前回までのお話。
こちらがその「まとめサイト」です。
では、
続きです。
Water Drop
曲の構成をもっとこうしたら気持ちいい気がすると国分に話しを切り出し、章大のつたない言葉と自覚のない独特の表現をピアノで組みとって貰ったのがその前日の話であった。
「安田はアレンジャーとか向いてるかもよ?表現とかお前の世界観、きっと凄いよ。」
国分が褒め上手なのを知っていたけれど、章大は純粋に嬉しかった。
なのに今、あんなに目じりにしわを作って笑っていた教師は面目ないと肩を落としている。コンクールの解散前に見たあの時の姿より落ち込んでいるかもしれない。そんな国分の姿を見て、章大は溢れそうな涙をおさえるのに必死だった。
定期演奏会が出来ない。毎年予約を入れているホールから、音響設備の交換工事の日程の関係で急遽開催を中止して欲しいと連絡があったのは今日の午後だ。この辺りでは唯一設備の整ったホールで、有名な音楽家がコンサートも開催している場所であるから、簡単に代わりの場所などは見つからなかったし、一か月後の本番で空いている所などあるはずもなかった。「体育館は使えないんですか?」誰かからの質問に、国分は逸らさずに真っ直ぐ答えた。「その日はバスケ部が近郊の高校の招待試合を入れている。」もとより、運動部の強い八高は毎週どこかの部が体育館を占拠していて、延期したところでとても隙間をみつけることなど出来るはずもないのだ。
誰もが口をつぐみ、静かになった音楽室にどんよりと重い空気が流れた。ほんの何週間前は演目を発表し合い、事実上三年生の最後の晴れ舞台を最高にしようと花火をしながら話し合ったのに、「中止」という言葉はいとも簡単にメンバーを奈落の底に落としていった。
「きっと何か方法はありますよ。」
そう力強く言い切ったのは錦戸であった。
「ホールじゃなくていいやん。大きめの場所を借りれたら、自分たちで椅子とか並べて、用意すればエエだけやん?」
錦戸はこの漂った脱帽の霧を晴らそうと軽やかに椅子から立ち上がったが、その左手はこぶしを握り締めて細かく震えていた。国分と三年生達がすでに何か手を探してくれたのだろう事はここにいるすべての人が理解していた。ただ、それを納得するには足りない何かが錦戸の中で居場所を探しているのだろう。やれないと肩を落とすより、ギリギリまで最上のものを求めて何が悪い。章大は膝の上でひら同士を合わせていた手をほどくと、滞っていた血流が勢いを取り戻し、細胞がドクドクと脈を打つのを感じた。
今直面しているこの青春の一刻も、きっとこの血流のように流れを妨げている何かがあるだけで、打開策は必ず手をほどくように簡単なもののはずだ。
「校庭でやるとか?音は割れるけれど、マーチングは外でもやってるやん?きっと出来ますよ。演目は減らさなきゃならないかもしれないけれど。」
錦戸はその場所にいる一人一人に力を送るように話しをした。その話を聞いている者は誰しも「中止」に納得をしているわけではない。でもどうしたら良いのかが分からないだけなのだ。
「もちろん、亮の気持ちは分かるで、俺たちだってまだまだ手は探してみるよ。」
部長という立場とは別に、吹奏楽に、トランペットに想いを込めている横山は、少し充血気味で赤くなった瞳を上げてそう言った。
「きっと手はある、探そう。」
横山の隣にいた村上は、横山の肩を掴むとぐっと力を入れた。思った以上に痛かったのだろう、横山は掴まれた肩を引くように身体をひねった。だが、村上はそうなっても横山の肩を離さなかった。
「もちろん、場所はまだ探す。OB達への招待のハガキを出す前で良かったけれど、そういたお知らせの事も考えると、最悪な結果が起こるかも、という事もみんな考慮してほしい。」
国分は教師の立場もあるのだろう、いつまでも駄々を捏ねる子供ではいられないのだろう。大人とはそうものなのだ。自分一人の考えだけで自分勝手は出来ないのだ。章大は大人になった自分を想像した。法律で決められた年齢に達した時に与えられるその資格は、自分にそんな責任をも感じさせてくれるのだろうか?章大がぼんやりとそんなことを考えていると、「俺は、」と国分が言った。
「今年でこの高校の教師になって三年目なんだけれど、今のお前たちを誰かに見てもらいたいって今凄く思ってる。から、その日が来るまで一生懸命練習しよう。」
「はい。」
暗い気持ちになってはいたが、全員が一斉に発した肯定の返答は士気を上げるには十分なものだった。お腹に響くその音は、章大の表皮に張り付きゆっくりと時間をかけて内側に沁み込んでいった。
国分は生徒の気持ちを受け止めると、一度うなずいて手を叩き「各パート練、始めようか」と指示を出し、横山と村上、何人かの三年生に二言三言伝えると部屋を出て行ってしまった。
「18時になったら合奏練習にするから、それまでは各パートリーダーお願いします。」
横山がそう促すと各パートはいつものスペースに椅子を寄せ合ったり、部屋を出て廊下や屋上、渡り廊下まで出向くパートもある。
パートリーダーを中心に向き合うと、音合わせをし始めたり、符読みでお互いの意見を寄せたり、これまでの反省から課題を見つけ最良な点をいかに伸ばすかを楽器で語り始める。
章大は動き出した音楽室の中で錦戸を探した。先程あれだけ強気に意見をのべていたけれど、きっと彼のことだから納得はしていないだろう。クラリネットを落とさないように大切に抱えたまま章大は音楽室を見回すと、錦戸はサックスも持たずに携帯電話を耳に当てたまま人をかき分けるように部屋を出て行ってしまった。
章大の属しているクラリネットパートは、定期演奏会に向けてひたすら安定した音と正確な指運びをメトロノーム相手に緩いスピードから突き詰めている。どこでブレスを入れるか、音のバランスをみながら、自分の音と人の音を聴き、パートリーダーの指揮に従い、追い付けない後輩には先輩と個人練習をする。章大達は今、定期演奏会の演目のひとつである『エル・カミーノ・レアル』に奮闘していた。
この曲は冒頭からのスピード感はもちろん、そのシンプル疾走感のあるメロディーラインを殺さぬように伴奏の強弱や音のバランスが非常に求められる吹奏楽の鉄板がつまった曲である。曲の中盤ではオーボエのソリから引き継ぎあう形でクラが際立つポイントが存在し、スピードが落ちるのと曲がよりシンプルになる部分は音の安定性が求められるのだ。神経を使うのはもちろんなのだが、さらに言うとこの曲は後半に連符の嵐なのである。指が追い付かない事に加え、演奏終わりでまさに燃え尽きるという比喩が似合うほど息が上がる。
そもそもこの曲は日ごろ日の目を見ないホルンパートの熱烈アピールで決まった曲である。闘牛のごとく駆け回るホルンの音に負けないだけの演奏(相手はあの村上先輩とそら@うみ先輩だから)と中盤をカットしてあるとはいえ、吹ききるだけの体力と気力が必要なことは間違いない。
なにはともあれ練習の時間はいくらあっても足りないのである。それに加えて渋谷先輩とのバンドも吹奏楽とは違う時間に合わせなくてはならないし、その為にはギターの練習もしなければならない。歌を合わせる前にバンドだけでも一緒に練習したいものだが、一昨日からまた丸山と大倉が冷戦を繰り広げている。
章大は譜面から顔を上げ音楽室をぐるりと見渡した。大倉はパート練習になるとトロンボーンを抱えて同じメンバーとどこかへ行ってしまっていたので、自然と音楽室の後方に集まるチューバとユーフォニュームの群れにいる丸山で目が留まる。丸山は楽器を抱えて先輩と真剣に話していて、暑がりだから汗をかいているのかしきりに制服の袖で額を拭っていた。リストバンドがあるとイイとアドバイスを言われたわりに、今日はしていなかった。章大の目からはいつもと変わらず楽しそうな丸山がそこにいた。
一方、大倉は基本的にはいつもとあまり変わらないが、丸山と距離を取っているように思う。「いわゆる思春期ってやつや」などと素っ気ない事をいっていたが、何に対しても敏感な大倉はきっと何かを感じているのだろう。自分が吹奏楽部に入ると勝手な事を言ったから、二人の溝を作ってしまったのは章大自身だと確信していた。
一年の頃からその葛藤に目を逸らさないようにしていたが、他の事に意識が行った時など逸らした先にその影は現れる。一度だけ二人から「何をそんなに根詰めてんねん。」と笑われたけれど、その笑顔が本心であるか章大には分からなかった。
結局のところ、ひとりでこの問題に向き合っても答えは出ないのだ。だから章大は二人とまた話し合おうと心に決め、今は練習に集中するのだと目を閉じて大きく深呼吸をし、譜面を見つめた。
その時、ハチドリを思わせる高音が細く鋭く音楽室を旋回した。その音はもちろん渋谷のものだと章大はすぐに分かる。むしろこの部屋にいるものは皆知ったうえでその音に耳を傾けている。渋谷は隣りの音楽準備室にいるのかその音量は十分には届いていなかったが、その音は目視できるような閃光を放っていた。しかもこの音はフルートではなくピッコロだ。渋谷はフルートとピッコロを曲によって弾き分けるという芸当を成し遂げる。あぁ、その姿を瞼の裏に写すだけで章大は胸が熱くなった。
章大は胸に抱えたクラリネットを強く握ると、もう少しだけあの人と演奏出来る事に喜びを感じ、その為にも定期演奏会がどうにか開催されることを強く願った。
