妄想吹奏楽部の続きです。
前回までのお話。
こちらがその「まとめサイト」です。
では、
続きです。
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君の歌をうたう
「ちょっと三年生集まってくれる?」
第一音楽室にひょっこりと顔を出した国分が大きな声で呼びかける。
「なんやねんこんな時に。」
と重そうに腰を上げた村上は
「ここからここまで自分なりに練習しときいよ。」
と譜面を指し、ぶつぶつと小言を垂れながら隣の部屋へと消えていった。
チャーーーーンス!隆平は浮かれる気持ちを顔に出さないように、こっそり持ち込んだおかしの袋を持ち上げた。
ここのところ付きっ切りで朝晩と鬼教官が左隣を陣取っているので、休む暇はほとんどなかった。ただ、そのお蔭か最近チューバとの一体感を今まで以上に感じている。こんなにも体にフィットしていたのかと自分が一番驚いている。
だからここらで休息だと言い聞かせると、楽しそうな声を聞き取り、顔を向けるとその先にいた錦戸の元へと駆け寄った。
「なぁーに?亮ちゃん達めっちゃ楽しそうやん。」
テナーサックスを抱え持ち、錦戸は隣に座る花の方へ体を傾けていた。
隆平は錦戸の真横にぴたりと椅子にくっ付くように座り、右ひざを立ててニヤニヤと笑った。
「お前、村上くんがいなくなったからってウロウロすんなよ。」
「えぇやーん!ちょっとだけ休憩。」
「おたふく顔がニヤニヤしやがって。」
どうやら鬼から解放された気持ちは隠せていないみたいだ。
「しかも何もってんねん?」
不審そうに眉を寄せる錦戸の目の前にその箱を差し出すと
「うわ、串のイカ?」
「そう、みんなで食べようと思って箱で買ったんだー。」
隆平はプラスチックの蓋をあけると、取り出しやすいように錦戸の目の高さに差し出した。
匂いがきつかったのか、怪訝そうに身を引き、一泊遅れてサックスもそっと箱とは反対の膝に移した。
「何?くれるの?ありがとう。」
怪訝な顔のまま錦戸はスルメを一本引き出すと、また「ありがとう。」と言った。
「てか、今日は飴ちゃんやないんやね?」
眉根を寄せたまま右手にスルメ、左手に首から繋がったサックスを持った錦戸はなんだかとても可笑しくてかわいかった。
「みんなもいるかー?早いもん勝ちやで♪」
大きな声で立ち上がりながら隆平はスルメの箱を高く掲げた。
「何でスルメ箱買いやねん。」
そう言って一番に近づいて来たのは大倉忠義であった。
彼も楽しそうに笑っており、人懐っこいこの二人が並ぶととても目立った。
箱に手を入れようとした大倉に隆平が一歩近づいたものだから
「マル近いわー。」
と大倉が豪快に笑う。
意味などなく、ぐふぐふと笑いあう二人をいったい何人の部員がこっそり見ていたことであろう。
「何で2コとんねん!」
スルメを掴んだ大倉の右手をピシャリと叩く。
「マリーの分やん!」
そう言われて隆平がマリーを見ると、大倉のトロンボーンを左手に2本のホーンを持って座っていた。
「おぅ、ならえーよ。」
「顎、しゃくれてて気持ちわる。」
大倉はニヤリと隆平の目を見ると、取り出したばかりのスルメを顔の前に上げた。
「うわ、ホンマにこれ、超臭う。」
臭いと分かっているのに嗅いでしまう性分なのか、鼻を近づけてもう一度改めてその匂いをかいだ。
「今コレ食べて、楽器吹いて、また明日吹く時に、あれ?この匂いって?うわー、スルメや!って騒ぐで俺ら。」
「ふふふふ、お前も串に刺して焼いてやろうかぁ?」
「うっわぁ、キモ。」
スルメを挟んで大倉と笑いあうのは楽しかった。こいつは本当にゲコでいつも一番に笑ってくれる。そう、隆平にとってとても大切な存在であった。
大倉は向きを変えると、アイスクリームを買ってきた彼氏のようにマリーの元へ戻っていった。
「マル、オレにもくれる?」
いつのまにか近くに居た安田に隆平は気が付かなかった。クラリネットを抱えて瞳をキラキラさせている安田の高さに合うように、隆平は音楽室に作られた段差を一段ストンと降りたが、それでも安田は隆平より小さく見えた。
その小さな体はさながら小型犬のようで、優しく作った笑顔とは裏腹に、朝早くから一人で練習に打ち込むストイックなところと比べるとあまりにもアンバランスでとても不思議な人間であった。
「わぁ、スルメ。」
嬉しそうに箱を覗き込み丸山に笑いかけた。「あぁ、女の子みたいでドキドキする。」がその時の安田への素直な感想だった。
そんなことも知らない安田は懸命にスルメの串を引き抜こうと必死だった。
隆平は取りやすいようにとさらに箱を下げたが、それで安田の手はスルメを掴めずにするりと箱から抜けてしまった。
「何でその密集してるところから取ろうとすんねん!そのバラけてる所から取ればエエやん。」
近くで見ていた錦戸が呆れたように声をかける。
「そっか、こうか。」
箱から嬉しそうにスルメを取り出すと、錦戸の方へ「取れたで。」と一振りフヘヘと笑い、クラリネットを抱えたままトトトと子供の様に戻って行ってしまった。
隆平はその場にいた部員にスルメを配って回った。あんまり大きな声で笑っていると村上先輩が飛んでくるで!と大倉にからかわれながら。
その間、一人の女子生徒が錦戸を呼んだ。
小柄で可愛い女の子が錦戸に色目を振りまいているのが遠目でも分かった。口元に両手を添え、おかっぱ頭のサラサラヘアーが首を傾げる度に揺れる。
何を言われたのか、錦戸はそのまま音楽室から姿を消してしまった。恋愛禁止という条例は部内だけのことかもしれないけれど、隆平は錦戸のそんな行動にも嫉妬してしまったが、すぐに戻ってきた錦戸に何があったのかとそれとなく問いかけると
「何でもないで。ただ提出したと思ったノートが別の教科やったから、ちゃんとしたやつ出してきただけやで。」
「ふぅーんそっか、意外とおっちょこちょいやね。」
錦戸は急いだのだろう。めずらしく大きく息をしていた。その道中に食べたのか、渡したスルメはなくなっていた。
ロイヤルミルクストーリー
全く気が付かなかった。
用紙に書きこまれた文字を解読しながら予算をげるのノートにまとめていた文字がくっそ汚い。
6mm幅の行が引かれたノートはボールペンの黒いインクで埋め尽くされていた。
集中していたのは悪くないが、ここまで汚いと自分でも笑える。
「ふっ。」
と不敵に笑ってしまったようで、向かいに座っていた倉子がちらりと顔をあげた。
櫻井翔は握りしめたペンを置くと、凝り固まった首を左右にそれぞれゆっくりと倒し、大きく伸びをした。
頭で叩き出された答えを伝える回路が遅いとは思わない。書き込むスピードに右手が追い付いていないだけであろう。波打つように書かれた文字を眺めながら少し自分に呆れる。
まぁ、いい。どうせコレを最終的にまとめるのは自分で、その時はパソコンになるから字が汚いなど気にしない。自分にだけ読めればいい。
伸びたまま壁の時計を見ると17時を少し回っていた。
「あぁ、ごめん全然気が付かなかった。もうこんな時間だからみんな切りが良いところで上がってね。」
自分も、サッカー部には顔だけでも出しておきたかったので、今やっている予算のまとめだけやったら部活動に向かおうと思った。
「まいこちゃんは弓道部だっけ?集中力いるし、結構あの弓?って、こう、引くの力いるよね?」
翔は伸びをしたまま、弓を弾くジェスチャーをした。まいこは一年生の書記で、その隣に座る倉子もまた同じく一年生の書記。倉子はなんの部活動だったろうか?
「はい、まだ本格的に弓は引いていないんでけれど、練習用の弓みたいな棒にゴムが付いてて、それを使ってフォームを練習しています。この辺が筋肉痛です。」
まいこは照れるように胸の当たりから腕の付け根をさすった。
「そっか、大変だけれど頑張ってね。」
そう伝えると他のメンバーにも退出を促した。
「そういえば、すば子さん戻ってきませんね。」
倉子はすば子の机に置かれた小さな小ぶりのカバンを眺めながらぼんやり呟いた。
そうだ忘れていた。
この生徒会室には学校に似つかわしくないような素材にこだわった机と肘掛のついた椅子がおいてあり、それは生徒会長のお付が無言で運び込んだものだった。
窓の面した上座ではなく、陽が直接当たらない場置かれていて、今そこに主はいない。
そこにあるだけで十分な存在感を放つその机の上には、彼女を輝かせる道具と小瓶が整頓されて並び、筆記用具の類はひとつもなく、マトチョーシカの様に大きいモノから順に揃えられている所をみると、彼女の聖女さが感じられた。
その生徒会長こそ西園寺すば子は、この場所が居心地よいようで、特に雑務はしないのに、いつも放課後になるとこの部屋に現れ、翔も現れる時はその仕事ぶりをじっと眺めて過ごしていた。
ことの他いつもは気にも留めないのだが、今日は予算報告のまとめをしてしまいたかったので「校内を偵察してきてはいかがですか?」とそれとなくすば子を追い出したであった。
「日ごろ、知りえない事がきっとたくさんございますよ。」
「まぁ、それは素敵。」
予想以上に興味を示したすば子は、何も持たずにこの部屋を出て行ったしまった。
しまった、この部屋に鍵をかけることができない。
「うん、私はもう少し作業をしておこうかな。みんなは早く部活動に向かって下さい。」
翔は少し考えてそう伝えると、生徒会メンバーが困惑な表情をして翔をみつめかえしてきた。
「本当に気にしないで、会長に判ももらわなきゃいけないしね。」
そう咄嗟に嘘をつくと、分かりましたと2年生を先頭に扉の向こうに消えてしまった。
みんなが姿を消すと、翔は先程まで座っていた椅子に座り、カバンから参考書を引っ張り出した。
大学では真剣に経済学部への進学を考えているので、一分一秒と無駄には出来なかった。いつ戻るか分からない人を待つことにイライラしないよう、ひたすら問題を解いてゆくことに集中した。
それから5分もしないうちにすば子はひょっこり帰って来た。
「会長お帰りなさい。校内はいかがでしたか?」
開いていた参考書を閉じ、即座に身支度を整えながらそう問いかけると、扉から顔だけ覗かせていたすば子はゆっくりと体をすべりこませ、扉に向きなおって静かに扉をしめた。なぜか閉まる時「パタン」と声に出すのは癖なのだと最近は気にならなくなった。
今気になると言えばその左手に摘まむようにもっているスルメだけが合成のようで、すば子からくっきりと浮いていた。二度見とはこのことだろう。翔の感知センサーが「そこには触れるな!」と警告を発している。
「会長、私部活動がありますので、こちらの部屋は施錠をさせていただきます。」
早く出て行けとは言えないので、事務的に率直に伝える。だがその声は届いていないようで、この部屋に入ったままですば子は手元のスルメを愛おしそうに眺めていた。
そこには触れたくもない。翔はすば子の机の上に置いてあった小さなカバンを丁寧に持ち上げ、彼女の唯一の手荷物をすば子の手元に運んだ。左肩に食い込むほど重い自分のカバンとは比べないようになるべく平静をたもったまま。
すば子は、あら?なぜ私のカバンをあなたが?と訴えるような目で翔をみつめた。
「帰りますよ。」
翔はそう言うと、小さなカバンをすば子の目の高さまで持ち上げた。
「イカ、ですって。」
すば子はカバンを受け取らず、代わりにスルメを翔の顔の間に突き出した。
「知ってますよ、小さい頃は親に隠れて食べたりもしていました。こんな合成着色料の塊をあなたが持っているのは変な感じですが?」
「これを、召し上がったことが、あるのですか?」
そういってパッと目を輝かせている。不覚にも話を自分から掘ってしまった。
「先程、殿方から頂きました。僕はそばにはいられないからコレを、と。」
そう言うと、花束を抱えるようにスルメを胸元にそっと持っていき、ふうと小さくため息をついた。
この校内にスルメを分身のように渡す輩がいることに翔は呆れた。それに、すば子の話もどこまでが真実かは窺い知れるところである。
「スルメをかかげた紳士はさぞカッコ良かったのでしょうか?」
面倒くさくなって相手のおもりが適当になってきたのを自分で感じた。
すば子はなにも言わず頭を振りかぶるようにコクリと頷いた。結構素直な一面に翔は驚きを隠せなかった。
「殿方は、真っ直ぐな瞳をお持ちで、はにかんだ笑顔はやっと会えたねと私を掴んで放しませんでした。」
思った以上に陶酔している。
「そのお話は明日、じっくり聞かせていただきます。きっと素敵な出会いでしょうから、今私に話すのは勿体ないですよ。」
「そうね。」
案外はっきりした返事で、翔はイラっとしてしまった。
「でもひとつ質問です。」
そうすば子は告げると、翔の手から優しくカバンを受け取った。
翔は返事をしない代わりに何でしょう?と目で訴えると、すば子は続けた。
「あの、殿方はどなたですか?」
「とんでもない質問ですね?」
思いも寄らぬ方向から飛んで来たので、翔は率直な意見が口から飛び出した。
「そうですね、質問というよりも問題のようですわね。」
そして悲しそうにまたスルメを見つめてしまった。
「私も、いきなりだったから今のは夢だったのかしら?と思ったの。階段を上っていたら突然彼が現れて、驚いて目をつむってしまったわ。」
「階段で出会われたのですか?」
「そう、ここに黒いこう輪っかになったモノをぶら下げている方で、酷く慌てていました。」
黒い輪っか?翔が怪訝な顔をしたからか、すば子は小さなカバンを持った右手で、胸の前を首からみぞおちの当たり、左右に人差し指で線をひいた。
「その階段は西ですか?東ですか?」
すば子はそんな呼び方など知らないのであろう、校舎のどっち方向かしらと窓の方をみてあれこれ考えている。
「じゃあその前に何を見ましたか?」
「その前・・・」
すば子は少し前を思い出すように天井を上目使いで見上げた。
「理科室を拝見したり、パソコン室を覗かせいただいたりしました。」
そして、体育館へ行きたかったのにそれが反対方向だと分かって、この階を上ったら廊下を渡って反対へ向かおうと思ったそうだ。
そうなると、登っていたのは東階段だ。相手は上から降りてきた。制服姿でいた所をみると、運動系の部活ではない。ただ少し色黒だったことが引っ掛かる。
「教室に向かっていると言っていました。」
すば子ははっと嬉しそうに思い出したことを伝えた。
上層部の部活動は、美術部に吹奏楽部、写真部もいたかもしれない。なにせ黒いその紐のようなものがそれを思わせたが、どうも何かが引っ掛かった。
翔は試しに携帯電話で「吹奏楽 首から黒い紐 楽器」と検索をしてみた。すると、トップにサックスフォン、クラリネットと項目が上がり、イメージ画像を開くと確かに長さを調節出来るストラップのような輪の先に、何かをひっかける様なフックがついていた。どうやらこれで楽器を支えるようだ。
「これですか?」
くるりと携帯電話をすば子に向けると、わぁと顔をほころばせた。
「殿方は何者ですか?」
懇願するような瞳は今更ながら大きいと翔は思った。
「どうやらそのお方は吹奏楽部に在籍しているようで、おそらくサックスもしくはクラリネットを演奏されているようです。」
翔は答えると、さあ質問は終わりだと言わんばかりにすば子の脇を抜けこの部屋の扉のノブを回した。
「また、お目にかかれるかしら?」
だったら今から音楽室にでも行って来たらいい。そう思っても、一緒に来てくれなどと言われたらたまったものではない翔は、この場を切り上げる為に瞬時に思考した。
「きっと今は夏のコンクールなどに向け、どの部活も忙しいと思います。確か秋ごろ定期演奏会が体育館で開催される予定ですから、その日まで焦らすように待つ、というのも恥じらいが合って宜しいかもしれませんね。」
翔は半ば強引にそう言いくるめると、逃げるように廊下へ出た。
何だか吐き捨てたようで申し訳なくなった。
右手で額をポリポリ掻いていると、ゆっくりとすば子も部屋から出て来た。
「あなたに会いたい、でも会えない、会えなさすぎ切なすぎ。」
「はい?」
「強く生きる勇気下さい。」
もう己の世界に陶酔しているのであろう。うっとりとした瞳は明後日の方を見て翔の存在など認識してはいなかった。
歌うようにゆっくりと呟くその言葉に翔は思わず呆れてしまった。
「すば子さん、大丈夫ですか?」
するとすば子はにっこりと笑い、翔の制服の裾を摘まみ半歩翔に近寄って来た。
「イカ、ないで?」
打たれた時の反動のように体を仰け反ると、翔は思いっきり吹きだしてしまった。
「か、会長、からかわないでください。」
くすくすと妖艶に翔を見つめる。この人はいったい何がしたいのだろう。
「翔櫻井は面白いですね。」
「その呼び方止めてもえてませんか?」
「いえ、間違えました。とても明瞭ですね。」
翔の頼み事は無視をし、代わりに先程の推理を誉めてくれた。
確かではない。と言いかけて口をつぐんだ。
「定期演奏会には何を着て行こうかしら?」
そんなに楽しそうな彼女に、制服です。などと言わる訳もなく、翔は扉の鍵を閉めた。
