30.ユキオさんの奥様。36歳の秋と冬
SNS仲間にユキオさんという男性がいました。この方は私のもう一人の先生でした。ユキオさんは仲間たちのなかでは年上でした。ユキオさんは私達にSNSでの画像の加工の仕方などを教えてくれました。穏やかで博識な方でした。私はユキオさんに一度だけお会いしたことがあります。最初の名古屋オフ会で。ユキオさんはSNS同様穏やかな方でスーツからほんのりと白檀の香りがしました。私はユキオさんと毎日メールを交わすようになっていました。お互いに恋愛感情があるわけではなく現実の生活とSNS仲間との騒ぎとのほかに静かに言葉を交わす相手として私とユキオさんとはお互いにちょうどよかったのでしょう。ユキオさんは毎日各地を移動しているようでした。私はユキオさんの仕事の内容を最後まで知りませんでした。 今日は仕事が忙しくてこれから昼飯です。3時頃にそんなメールとラーメンの画像が送られることがありました。 今日の出先は海の近くです。そんなメールと港の景色が送られてくることもありました。私は昼ご飯をとっているファミリーレストランで お疲れさまです コーヒー奢ってさしあげますそんなメールをガストのコーヒーの画像とともに送りました。平日のお昼に一往復だけのやりとりでした。リュウさんとの不安の絶えない関係のなかユキオさんとのやり取りは心の中がほんのり暖かくなるような当時の私にとっての拠り所でした。ある日、SNS仲間の一人の女性の個人情報がある場所に書き込まれました。書き込んだのはユキオさんの奥様でした。ユキオさんの奥様はユキオさんより年上でした。妻はパソコンにもネットにも疎い。そうユキオさんは語っていました。奥様のスマホの設定も何もかもユキオさんがしていたようです。その年代の女性には珍しいくらいネットを使わない奥様だと聞きました。奥様はユキオさんとの家庭を守っていた専業主婦でした。ユキオさんは奥様のことをSNSによく書いていました。とても奥様を大事にしていると私達は思っていました。私達の目にはそのように映りました。奥様はSNSに熱中しオフ会にも頻繁に出かけるユキオさんを訝しみ最初は浮気を疑ったようです。のちにユキオさんがSNSに熱中していることを知りご友人の助けを借りて自宅のパソコンからユキオさんのアカウントでログインしユキオさんとバーベキューに行ったSNS仲間の女性の住所を書き込んだようです。別の日には ユキオの妻です ユキオはもうSNSを辞めると言っていますとの書き込みがユキオさんのSNSにありました。誤字だらけのその書き込みを私たちは痛ましく見ていました。その後ユキオさんはSNSのアカウントを削除しました。その後に聞いた話ではユキオさんは奥様をSNS仲間と行ったバーベキュー場や居酒屋にひとつひとつ連れて行きノイローゼ状態にあった奥様を労わったと聞いています。私達のSNSは最初はただ馬鹿騒ぎに興じやがてお互いの傷に寄り添うものでした。SNSのなかで恋心や行き違いで傷つく人を見てきました。私もそのひとりでした。けれどSNSの外側で私達のSNSが原因で傷ついた人がいたことはショックでした。私達は、自分たちに人を傷つける力があるとは思っていませんでした。ユキオさんからのメールも途絶えました。のちに私はユキオさんのようなメール相手を求めて出会い系に登録をします。