夏にリュウさんの部屋に4人で集まったとき
私はランコムのミラクという名の
香水を付けていました。
ミラクは清潔で少しだけ甘くて
柔らかなフリージアの香りがします。
私の好きなジャスミンの香りも。
「miracle=奇跡」という名前も
ちょっと子供っぽいけれど
嫌いではありませんでした。
その夏は思ってもいなかった奇跡が
起こってしまったわけですが。
はじめてリュウさんとふたりきりで会ったとき
私はマークジェイコブスを付けていました。
クチナシの香りです。
白く甘く、少し青みがかった香り。
彼が私を抱き寄せて
「この間より甘い香りがする。
ハワイのプルメリアの香りだ。」
と言ったのを覚えています。
リュウさんは結婚していた頃
毎年夏には家族を連れて
ハワイに長期滞在していたそうです。
私はプルメリアの香りを知りませんが
きっとクチナシのように
雨が似合う花なんだろうと
思います。
白く甘く重い香り。
クチナシは梔子と書きます。
クチナシの果実は熟しても
実が割れないそうです。
割れる口がないことから
口無しと呼ばれるようになったと
私は何かで読んだことがあります。
口がないから秘密を口外しない、
秘密を守るとも。
マークジェイコブスの香水は
今は私の手元にありません。
彼と別れた後に手放しました。
雨と秘密が似合う香りでした。