わたしは36歳になっていました。

彼に会うために

特急電車を乗り継ぎました。

 

彼に会うために平日に有休をとりました。

夫には個人的に仕事の勉強会で東京に行くと

嘘をつきました。

勉強会の資料は日付の入っていないものを

あらかじめ用意しました。

 

彼へのお土産と勉強会の資料の入った鞄は重く

私の身体も軽くはありませんでした。

 

 

狂おしく好きなひとに抱かれるのに

彼に会ったあとは

ひどく強いエネルギー源に

気力を吸い取られたように

私はぐったりしました。

私はこのあとも彼に会った後は数週間は

仕事が手につかないほどの虚脱感を

感じることになります。

私はそれを覚悟して彼に会いました。

彼は強いなにかを発するひとでした。

 

彼の部屋についてすぐ

彼と口論のようになったことを思い出します。

 

彼は離婚経験者でした。

奥様は複数回の不倫をして

彼はその不倫に気づき

最終的には離婚に至っていました。

 

 俺は自分がされていちばん嫌だったことを

 ひとにしているんだよ。

 

彼は苦しそうにそう言いました。

 

 じゃあ、やめる?

 

 いいや、やめない。

 

吐き捨てるように言って

彼は私を抱き寄せました。

 

 

その日の私は

ワイン色のカーディガンに

同系色のペーズリーのマーメイドスカートを

合わせていました。

あのスカートは今でも思い出します。

 

私はストッキングやタイツが

好きではありませんでした。

着ている姿が、なんだか不格好な気がして。

私はいつもレースのついていない

サイハイを履いていました。

 

このままではスカートに

染みがついてしまうから、と

私のスカートを脱がせた彼が

それにひどく反応したのを覚えています。

 

じゃあ、ガーターも好きなの?と聞いた私に

「あれは娼婦が履くものだ」と

あまりいい感情を持っていないように

彼は答えました。

 

彼が離婚後の苦しい時期

仕事を転々としていたこと、

そのようなお店で店長として

働いていた時期があったことは

あとで知りました。

 

彼はサイハイを履いた私の姿を

写真に撮りたがりました。

顔は写さないから、という約束で

彼は私の脚の写真を撮りました。

そのあとにも、数枚。

 

私はあとで彼が写した写真を見て

ひどく驚きました。

私と彼の姿は

まるで商業として流通している性のなかの

男女のようでした。

 

 これじゃあ、まるで女のひとみたい。

 

そう呟く私に

 

 女のひとだろ?

 

彼が答えました。

 

私は自分のなかに

流通するような女性性があるとは

思ってもいませんでした。

彼にとって私は女のひとなのだと

息が止まる思いがしました。

 

 

彼と抱きあっている最中

彼は私の知らないことを

始めようとしていました。

怖がり拒否する私に

小夜子にとって初めてのことがしたいと

小夜子の初めてが欲しいと

彼は囁きました。

次に会ったときに彼と私はそのことを

最後まですることになります。

 

 

私は彼に

達したのはこの間が初めてだったとは

あなたが初めてだったとは言えませんでした。

うぶな人妻が浮気相手に伝えるには

手垢のついた陳腐な台詞でした。

 

彼にそれを最後まで伝えなかったのは

夫に対する

最後の義理立てだったのでしょうか。

それとも女性として未成熟だったと

思われたくなかったのかもしれません。

 

 

彼にそう告げたならば

彼は嬉しく思ったでしょうか。

それとも私を変えてしまったことを

ひどく悔やんだのでしょうか。