彼の部屋をひとりで訪れるために

特急を乗り継ぎました。

彼と待ち合わせた駅前が

ひどく暑かったのを覚えています。

まだ9月の初めでした。

 

彼の部屋の扉を開けるとき

ログインしたんだ、そう思いました。

 

 

核心に触れるのが怖くて

2人でお酒を飲み始めました。

彼がビールを、私がカクテル缶を飲んだ後

酔った私に彼がマッサージをしてくれました。

 

彼は普段から自分のことを

器用貧乏だと称していました。

手先が器用でなんでも上手にこなす。

首筋、背中、もも。

マッサージはとても気持ちよかった。

 

リュウさんの目を見て私は言いました。

「この間の続きをしてあげる」と。

彼は真面目な顔をしてズボンを下ろしました。

なんだか少しおかしかった。

でも、カチャカチャとベルトを緩める音には

どきりとしました。

 

そのまま、口でしました。

彼はずっと私の髪を撫でていました。

 

今度は彼が口でしてくれました。

私はただゆらゆらと波を漂っていました。

身体の一部だけが目覚めていて

頭はぼんやりしていました。

自分の小さな声が遠くで聞こえていました。

猫みたい。そう思ったのを覚えています。

このまましちゃうのかな。

どこか他人事みたいに、そう思っていました。

 

 

不意に彼は私を起こすと私の肩をつかんで

必死な顔で問いかけてきました。

 

「お前、旦那しか知らないんだろ。

俺が2人目になっていいのか。

嫌なら、ここでやめるから。我慢するから。」

 

私はぼんやりしたままでした。

どうしてここでやめるんだろう。

もう、ここまできたら

したのと一緒じゃないか。

 

私はこのとき彼がどれほど

私のことを考えてくれていたのか

妻に不倫をされた側だった彼が

どれほどつらいのか考えていませんでした。

男性がここまできて

「やめる」ことの苦しさを知りませんでした。

 

 

「ねえ、しよう」

そう彼に言いました。

そうして私達は抱きあいました。

 

私は夫と身体を重ねていて

達したことがありませんでした。

子どもを3人産んではいるけれど

快感というものを

よくわかっていませんでした。

こんなものなのかな、と。

 

彼と抱きあって私は初めて

無我夢中になるという経験をしました。

「小夜子、歯を立てないで」と言われて

初めて私は自分がしていることに

気がつきました。

 

 

私はこの午後のことを

途切れ途切れに覚えているだけです。

あんな経験は小説の中だけだと思っていた。

彼はこの午後を覚えているのでしょうか。

私が記憶していない分まで、2人分。

 

 

終わった後は身体が動きませんでした。

彼はそんな私を見て少し笑っていました。

  

 

家に帰らなければいけないということが

つらかった。

彼に駅まで送ってもらった時

2人とも言葉少なでした。

このまま線路に飛び込めたら

幸せだと思いました。

 

線路に飛び込んだら警察に解剖されるのかな。

そうしたら「生前情交痕跡あり」と

判明するのかな。

子どもたちには知られたくないな。

 

 

電車が動いた後、彼から

「ありがとう」とメールが来ました。

「ありがとうございます」と返しました。

 

ログアウトしたんだ。そう思いました。

 

 

私はこの後3回、彼と寝ました。